民主労総新執行体制と議会進出に成
功した民主労働党に何が問われるか |
「われわれを変えよう、世の中を変えよう」との旗印を掲げた民主労総第4期イ・スホ執行部が発足してから3カ月近くが経過した。「6カ月間の試験的な執行体制を稼働してみて執行の戦列を再整備する」としていたので、これまで第4期執行部に対する「拙速な」判断を自制してきた。4・15の総選挙以後、第4期執行部の事業の基調が具体化されるだろうと判断し、「内部革新」の実像に対して息を殺して注目してきた。ところが民主労総上層の「変化」は極めて早く、着々と進められている。4・15総選挙を通じた民主労働党の議会進出の成功は、このような「変化」を一層深く加速化させるだろう。
始まった「変化」はどこへ向かうか
このような「変化」が「新たな民主労総を整備し、革新し、世の中を変える大闘争を攻勢的に展開していくこと、企業別の正規職中心の組織体系を革新して名実兼ね備えた1500万労働者の代表組織に生まれ変わるということ、そして大衆組織の全国中央組織として中枢的総体的交渉構造を闘いとること」ならば、われわれは喜んでその「変化」に「愛情のこもった批判的参加」をするだろう。当然にも内部「革新」の1主体として踏み出すだろう。
だがこの3カ月余の間に急速に実現された「変化」を眺めながら、われわれは「その真正さを疑う」のではなく、ましてや「個人的親疎関係や労働組合の権力をめぐる古い政派の構図」のためでもなく、その変化の「真正さ」を認め、また「労働者階級の統一と団結」のために、「思想と路線にそった正しい組織的分化」の必要性を切実に感じている。
資本主義容認と反グローバル化
「われわれは資本主義体制を認めます。この体制の下で、いかにより平等たりえるかを苦悩していきます」。
イ・スホ委員長が3月30日に開催した「中央フォーラム」で行った発言だ。この発言をマスメディアを通じて見た瞬間、見誤ったのではないのかと、わが目を疑った。「2005年下半期から2006年上半期の間に世の中を変える大闘争を配置し、攻勢的政治ゼネストと全民衆的決起闘争によって突破していくとの方針」を提示した民主労総指導部が言った言葉だからだ。
2つの判断が、ふと胸中をよぎった。第1は、この時期に資本主義体制を認めるというのは新自由主義グローバリゼーションや構造調整の必然性を認めるということなのに、いったいそれを認めながらどうやって「世の中を変える大闘争」が可能なのか理解できない。また資本主義体制自体を揺るがすほどの闘いをやってこそ、そしてそれでさえもその体制の下での平等さえ少しは可能となるだろうに、あらかじめ闘争の対象を「認め」て闘争の方向を「限定」してしまうのだから、いかに「準備された」ゼネストとは言っても、負けることの予告された闘いになるだろうとの判断が、その2つめだ。
再び気を取り直して、あるいは「冷笑的態度で眺めているのではないのか」と繰り返し考えてみた。この発言の「真正さ」を疑ってはならない。それなら何なのか。思想と路線の「違い」だ。「貧富の格差の深化、労働者階級内部の正規職と非正規職間の格差の深化、大工場と中小零細事業場労働者の格差の深化」という今日の労働者の現実は、まさに新自由主義グローバリゼーションと構造調整の産物であり、これは現段階での資本主義の危機の結果であって必然的な歴史的過程だ。
したがって資本主義自体の克服のない、労働者が直面しているこのような苦痛の現実から抜け出せないとの判断が、われわれの現実認識だ。したがって「徹底して組織を点検して闘争を組織すること、要求を大衆的に刻印し組合員の要求として作り出すこと、闘争の集中点を作り出すこと」以前に、まずもって明らかにすべきことは、まさに「反資本、反グローバリゼーション、反新自由主義」という労働者闘争の政治的方向だ。このような政治的方向と結合できない労働者闘争は、それがどんなに準備されたゼネストだとしても世の中を変える大闘争を攻勢的に準備することはできない。
民主労組運動の陣営はIMF経済危機以後、毎年ゼネスト闘争を展開したけれども、威力的な闘争を組織できず対政府闘争についての大衆的信頼が弱まったのは、まさに民主労総指導部が新自由主義のグローバリゼーションや構造調整に対する労働者闘争の政治的方向を明らかにできなかったからだ。「政治」の問題を「闘争の準備」の問題によって代替してはならない。政治的方向を明白にするとき、何をどのように準備するかが明らかになる。
労使委員会参加で考えるべきことは
「現在は状況についての診断と分析を正確にすべきだと思います。言下に新自由主義だから対決せざるをえないとばかり言わず……交渉の環はどこか、闘争の環はどこかを考えてみなければなりません。……労働運動の発展は自己改革から出発し、政策・制度改革のための政策参加の正しい方針設定をいますぐ行わなければなりません」。
かつて民主労総の指導委員であって、いまはノ・ムヒョン政権の労使政委員会委員長のキム・グンス氏は「ノ・ムヒョン政権の誕生は、それまでの政権の誕生とは違うので……早々に正面対決をするのではなく、ひと口乗ってみるべきだ」と民主労総に選択を要求する。「状況自体は労組に厳しく重いのに、対処の仕方はあまりにも甘い」との忠告も惜しまない。
これについて第4期指導部は「これまでの労使政委員会の改編と新たな労使政交渉構造の準備」、そして「産別交渉の争取」と「対政府交渉の争取闘争」の展開を通した「重層的・総体的交渉構造の争取」によって答えている。口先だけの和合ではなく、実践的姿勢を示している。
4月12日、民主労総のイ・スホ委員長は経総のイ・スヨン会長を訪問し、「労使代表の協議の枠組み」の定例化に合意し、またそれ以前に政府とは「民主労総―労働部(省)の定例協議会」の初会議を3月22日に持った。このような一連の動きが「大衆闘争を基本とするが、社会的交渉の場を作り要求を争点化し、闘争の集中点を作っていく過程」であって、「社会的合意主義」とは関係がないと主張するのであれば、その主張の「真正さ」は一応は認める。
われわれは民主労総第4期執行部が〈2004年民主労総の要求と課題の解説〉において提示していたように、「非正規職の正規職化・差別撤廃と労働権の保障」、「労働弾圧の中断と労働3権の保障」、「労働者の健康権保障と産業安定の保障」、「未組織労働者の組織化と産別労組」、「実時間による労働時間の短縮と雇用安定の保障」、「教授・公務員の労働3権保障」、「社会公共性の強化と社会改革」、「対策なき開放と構造調整の中断」、「労働者の政治勢力化と議会進出の実現」、「侵略戦争の中断と派兵の撤回」、「韓(朝鮮)半島の平和定着および自主統一の実現」などの要求を社会争点化し、闘争を集約して闘いとっていくことを望む。われわれはまた、その闘争の1つの軸を喜んで担当するであろう。
われわれが労使政委員会について民主労総の不参加、あるいは労使政委員会の解体を主張しているのは、現実に対して「浪漫的」に判断しているからではない。民主労組運動に対する「敗北主義的認識」のせいでは、さらにない。3つの理由のためだ。
第1に、国際労働運動の経験において「社会的合意主義」の結果として労働者の階級的利益が守護されたり、労働組合運動の組織力が強化されたケースはなかった。第2に、韓国社会において労使政委員会の経験から見るとき、キム・デジュン政権の第1期労使政委員会は「整理解雇」貫徹のための手段として、第2期労使政委員会は構造調整貫徹のための手段として機能した。第3に、ノ・ムヒョン政権での労使政委員会もまた「国際基準」という美名の下、労働のフレキシブル化を一層強化し、賃金を抑制するための手段として利用するだろうからだ。
すでに2月8日、労使政委員会の「雇用創出の社会協約」締結において現出したように、非正規職の差別問題の原因を新自由主義の構造調整それ自体ではなく、大工場の労働者たちの利己主義のせいだと決めつけ、大工場労働者たちの賃金引き上げを抑制するなど、労・労間の対立・葛藤を通じて分割支配していこうとするだろう。
ところでノ・ムヒョン政権は4・15総選挙以後に労使政委員会を一部改編し、ロードマップ問題の論議の期限を延長して民主労総の参加を保障し、非正規職労働者のための社会的基金の設置など新たな議題を採択して民主労総の労使政委員会への参加の雰囲気を助成するとき、民主労総指導部がその誘惑の手を振り切るのは難しいだろう。
仮にこの過程で民主労総が全国的な闘争戦線を形成できなければ、非正規職労働者の保護という名目によって非正規職の存在自体を認めて拡大する「期間制ならびに短時間勤労者の保護などに関する法律」の制定や「派遣勤労者の保護などに関する法律」改正の企図にまるめこまれ、国際基準に合う労働基本権の保障と資本家の対応権強化をバーターする「労使関係先進化法案」の立法推進の「お伴」に立たされるだろう。
労使政委員会への参加問題は単純に「交渉の構造」確保の問題ではなく、新自由主義の構造調整に対する労働者階級の「政治的態度」の問題であって、民主労総自身の「アイデンティティー」がかかった問題なのだ。
民主労働党の議会連帯と労働者運動
「民主労働党が院内に進出すれば民主労総の闘争方式変わっていくことになるだろう」。
政党名簿比例代表制と保守政治陣営の利権争い、そして何よりも労働者民衆陣営の成果に力を得て、民主労働党が議会進出に成功した。労働現場では「期待以上の成果だ。いまこそ展望が開かれた」という期待で膨らんでおり、今後の非正規職問題、労働法改悪、労働弾圧に対して民主労働党が議会内で大きな役割を果たしてくれるだろうと望んでいる。
民主労総もまた4月1日の中執会議で「上半期の事業計画」の論議の際、このような結果をある程度予測して、「4月の総選挙の時期に制度改善要求を大衆的に争点化した後、6月の賃団(賃金、団体協約)協の集中闘争の時期に最低賃金、派遣法などの制度改善要求案に関連する議員立法を民主労働党と協議して推進していること」を決定した経過がある。
民主労働党の院内橋頭堡の確保によって、確かに民主労総をはじめとする労働者闘争が組織化されるやり方、その成果が収れんされるやり方は変わっていくことになるだろう。民主労働党の議会進出が新自由主義グローバリゼーション・構造調整と対決する労働者民衆闘争の制度化・体制内化へと帰結するのか、それとも闘争戦線の拡張へと結びつくのか、それはいまのところ何とも言えない。2つの側面を、ともに持っているからだ。中・短期的には闘争戦線の拡張に寄与し、中・長期的には労働者民衆闘争の制度化、体制内化に寄与するだろうとは予測できるが、これもまた労働者民衆陣営全体がどのように対応していくのかにかかっている。
民主労働党の議会進出、しかも10議席、第3党となることによって、議会の政治構図において「保守―改革」の2大政党の構図に亀裂を作り、以後「保守―進歩」の構図に転換していくことのでき得る橋頭堡を確保した。これまでは労働者民衆の問題を社会的・政治的な議題化とさせるためは爆発的な大衆闘争や焼身などの極端な闘争をしなければならなかったが、いまや民主労働党を通じて社会的・政治的議題化が可能となった。これまで民主労総が必死になってがんばってきた制度改善闘争を、いまや民主労働党との役割分担を通じて、ひいては民主労働党の主導の下でなされていくところとなった。
ところで議会進出の成功と新たな闘争領域・方法の開拓の可能性という、まさにその成果によって、労働運動は以下のような新たな課題に直面することになるだろう。長めには87年の労働者大闘争以後、短めには96〜97年の労働法改悪阻止ゼネスト闘争以後、労働運動の戦略的課題だった労働者の政治勢力化が進歩政党を通じた議会進出という構図として一段落することによって、労働者の政治勢力化の問題は民主労働党という組織を中心に当分の間は大勢を形成することになるだろう。
だが、まさにそうであるがゆえに新自由主義グローバリゼーション・構造調整に立ち向かう政治路線の問題、すなわち「資本主義の矛盾の根本的な克服なのか」、という問題が大衆的に全面化するだろうという点だ。同時に民主労働党が発展すればするほど「政治闘争は議会で、経済闘争は労組が」という政・経闘争の分担論が拡大するだろうし、この政・経闘争の役割分担論こそは労働者闘争を制度内に収れんさせていく水路となるだろう。
このような点において民主労働党の議会進出は一時的には労働者階級政党の建設闘争を萎縮させることもあり得るが、むしろ民主労働党の発展は労働者階級政党の建設を早める条件ともなり得るし、またそのように配置して行かなければならないだろう。民主労働党もまた自らを議会内の政党としてのみ限定せず、「反資本・反グローバリゼーションの戦線」の議会内での1つの主体として位置づけることによって闘争していくならば、資本による「飼い慣らし」を超えて労働者民衆闘争戦線の拡大に寄与できるだろう。依然として問題は、民主労働党か、そうでないのか、ではなくて、「反資本・反グローバリゼーション・反新自由主義戦線」に立つのかどうかなのかという政治路線なのだ。(「労働者の力」第53号、4月23日付、パク・ソンイン/韓国労働理論政策研究所・副所長)
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