もどる

いまこそ参院で廃案に                 かけはし2004.05.24号

全額国庫・事業者負担で生存権保障の基礎年金制度を作れ

憲法が保障する「国民の生存権」を破壊させるな


このまま成立させてしまうのか

 国民年金未納・未加入問題は五月十四日の金曜日、週明け発売の『週刊ポスト』誌上で自らの未加入歴が暴露されることを知った小泉が慌てふためき、緊急記者会見で自らそれを発表したことによって、まさに頂点に達した。
 五月十二日には公明党の神崎代表、冬柴幹事長、北側政調会長の三幹部を先頭に十三人の未納が発覚した。自民党では、法案の衆院通過まで「個人情報だ」と言い張って公開を拒否し続け辞任に追い込まれた福田前官房長官と、麻生総務相、谷垣財務相、中川経済産業相、竹中金融・経済財政担当相ら七閣僚、年金行政を担当する厚労省の森・谷両副大臣、橋本元首相ら党三役経験者三人、閣僚経験者十四人など、すでに党幹部を中心に六十四人もの未納が発覚したにもかかわらず、なおも党全体としての公表を拒否し続けている。
 国民年金の未納率が四割近くに達し空洞化が進行し続けていることにいらだつ小泉政権は、「未納者への罰則の強化を」と叫んできた。その小泉を含むきわめて多数の自民党幹部国会議員たちが、長期にわたる未納歴・未加入歴を年金大改悪案衆院通過まで隠し続けてきたのである。民主党では辞任に追い込まれた菅前代表ほか三十三人、共産党と社民党もそれぞれ一人ずつの未納者が発覚した。
 政治不信、とりわけ年金制度に対する不信は、天井知らずに高まっている。各種の世論調査でも未納問題で小泉の説明では「納得できない」という者が過半数を超え、「年金改革法案」の今国会での成立に反対と答える者が七〇〜八〇%に達している。
 菅直人に代わって民主党代表に就任することが決まっていた小沢一郎にも未納歴があったことが発覚し、小沢は代表就任を取りやめた。小沢が代表に決まれば、民主党が全面的に与党にすり寄ったことで成立した「三党合意」が破棄される可能性もあった。そうなれば、政治不信の高まりのなかで参院で立ち往生し廃案に追い込まれる可能性もまた存在した。
 しかし小沢が代表就任辞退に追い込まれて民主党の危機がさらに深まり、菅前代表とともに「三党合意」を推進した岡田幹事長が党代表に就任することによって、参院でも衆院と同様「三党合意」が維持され、ほとんどまともな審議もないまま年金大改悪案があっさり可決され成立してしまう可能性が強まることも予想されている。

憲法違反の大改悪を許すな


 小泉政権がなおも強行しようとしている年金制度大改悪案は、今後十二年間で国民年金と厚生年金の保険料をそれぞれ年間四万三千円、十二万円も引き上げ給付を一五%も削減するというものだった。
 女性の厚生年金受給額の平均は月十二万五千円で、二七%は十万円にも達していない。国民年金の受給額は平均で月わずか四万六千円。国民年金しか受け取っていない高齢者は約八百九十万人に達しているが、その半数近く、四六%の受給額は月三万円台という極度に低い水準にとどまっている。年金しか収入のない所帯は、高齢者所帯の五九・六%に上っている。
 このような、憲法で権利として保障されているはずの「健康で文化的な最低限度の生活」さえとうてい維持できないほど低い給付水準からも、自動的に実質一五%という大幅な削減を行い、しかもその一五%削減の水準に維持するためには消費税大増税を意味する「抜本的税制改革」が必要だという。言うまでもなく消費税大増税は、年金収入だけに頼る貧困な高齢者所帯に最も過酷な打撃を加えることになる。
 それだけではない。法案は、少子化の進行がストップして出生率が大幅に上昇することを前提にしている。深刻な景気後退局面が終わって安定的な経済成長が長期に持続することを前提にしている。このような、ほとんど実現の見通しのないきわめて楽観的な前提が崩れれば、「マクロ経済スライド」なる方式によって受給額はさらに大幅に引き下げられるのである。
 それに加え、毎年引き上げられ続ける国民年金保険料が二〇一七年以降、月額一万六千九百円で固定されるという小泉政権の説明が大ウソだったことがはっきりしたのである。共産党の小池参議院議員の質問に答えた坂口厚労相は、法案が前提にしている賃金上昇率(二〇一七年度以降、毎年名目で二・一%)で計算すると、二〇一七年度は月額二万八百六十円、二七年度には二万五千六百八十円にもなると答弁した。そうなったら年間の国民年金保険料負担は三十万八千百六十円。負担増は年間十四万八千五百六十円でほぼ倍増である。
 貧困な高齢者の負担は際限なく引き上げられ、きわめて低額な受給額も際限なく引き下げられようとしている。これが小泉政権の、弱肉強食の新自由主義をむき出しにした年金大改悪案の正体である。それは、「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」としての「国民の生存権」を乱暴に侵害する、憲法違反の悪法案なのである。

小泉が深刻化させた年金の危機


 今日の年金制度の危機は、労働者人民の責任で生じたわけではない。年金危機を激化させたのは第一に、小泉「構造改革」に支援されて押し進められた大リストラと大失業、派遣・有期・パートなどの不安定雇用の増大が、厚生年金加入者を激減させるとともに、国民年金保険料も払えないような低所得者層を大幅に増加させたからである。
 第二に、改悪につぐ改悪で「年金不信」が激化したからである。昨年九月の自民党総裁選直後、小泉は何と「平均寿命が延びた」ということを理由に、支給開始年齢を六十七歳にすることを検討するよう、坂口厚労相に指示している。若い世代が、自分たちは高い保険料を取り立てられるだけで、年金を受け取れなくなるのではないかと考えるのは当然なのだ。
 第三に、政府が行ってきた年金積立金を投入する株価操作(PKO)や、年金資金を投入して全国に建設した大規模保養施設グリーンピアに象徴される年金を食い物にした腐敗した政治が、年金財政に重大な打撃を与え続けてきたからである。三十兆円も投入した株式の運用などによる損失は累積で六兆円を超えた。グリーンピアなどは処分される方針だが、三兆円近くが焦げつく可能性がある。
 年金制度は、小泉政権と財界に食い物にされ、基礎を掘り崩されたことによって危機を深めてきた。その「成果」の上で小泉政権は、自ら激化させた危機を理由にして一層の大改悪を押しつけ、労働者人民の老後の最低限度の生活を保障しようとする制度としての年金を、根本から破壊しようとしているのである。

何をめざし闘うべきなのか


 資本主義社会における今日の公的年金制度は、労働者人民が「自己責任」で積み立てた保険料を政府や企業に運用してもらい、高齢になってから負担に見合った分を返してもらうなどという制度ではない。それは年寄りが若者に養ってもらう「世代間扶養」とか「世代間連帯」とかの、ふやけた没階級的なシステムではない。
 年金制度は、労災保険や失業保険と同様、資本主義社会のなかで商品としての労働力を売ることによってしか生活手段を得ることができない労働者階級が、労働力を売ることができなくなった場合も生きていくために、激しい階級闘争の歴史のなかで資本と資本家政府に負担を要求し、獲得してきた成果なのである(本紙3月8日号〜3月15日号年金論文参照)。
 言うまでもなく、年金改悪が進められているのは日本だけではない。ドイツやフランスやイタリアなど、日本とは比較にならないほど年金などの社会保障制度が充実している諸国でも、その改悪が進んでいる。それは、第二次大戦後に形成された現代資本主義が歴史的発展の可能性を使い果たしつつあり、賃下げと「福祉国家」の解体という新自由主義政策によって利潤率を回復し、生き延びようとしていることの表現なのである。
 日本のように、最低二十五年間にわたって保険料を納め続けなければ一円も年金を受け取れず、四十年間というきわめて長い年月、一月も欠かさず保険料を納めなければ「最低限度の生活」の維持さえおぼつかないわずか月六万五千円程度の「満額」を受け取れないという国は、ほとんど例がない。現在の年金制度でも、憲法で権利として補償された「国民の生存権」が侵害されているのである。
 あえて言えば、国民年金「未納問題」は枝葉末節である。国民年金のような基礎年金を実施している多くの国は、被保険者が拠出する保険ではなく、税で制度を支えている。したがって、その国に一定期間居住し、一定年齢に達すれば受給することができる。
 小泉の年金大改悪に対置するべきなのは、今日の「少子高齢化」に対応した「世代間連帯」の合理的な「制度設計」ではない。労働者人民が高齢になっても、憲法で権利として保証された「健康で文化的な最低限度の生活」が十分に営めるような基礎年金制度の確立である。
 それは最低限、十八歳・単身で生活扶助と住宅扶助合わせて十四万一千円になる東京都の生活保護費を下回ることは許されない。生活保護制度もまた、憲法二十五条の「国の社会保障義務」にもとづいて存在しているからである。
 そのような最低限度の生活を保障する基礎年金としての国民年金は、税制民主主義の「応能負担原則」にもとづいて抜本的に強化された所得税と、法人税によってまかなわれるべきであり、一人一人の保険料負担は廃止しなければならない。
 政府や資本は、こうした要求は不可能だというだろう。しかし現在では三七%にまで引き下げられた日本の所得税の最高税率は、八〇年代末まで七〇%だったのだ。現在三〇%の法人税率も四二%だった。それでも日本資本主義は、バブル景気に沸き、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」を謳歌していた。問題は、労働者人民の生存権がかかった重大な争点で、政府・ブルジョアジーと労働者人民のどちらが後退するのかということなのである。
 日本では、数百万の街頭デモやゼネストとして展開されているヨーロッパのような大衆的で戦闘的な年金改悪反対闘争は全く起きていない。あらためて小泉政権の年金大改悪法案の廃案を要求するとともに、階級闘争の論理の復権をめざして闘わなければならない。
(5月18日 高島義一)                             


もどる

Back