| 「自己責任」論と「戦時下」で始まったマスコミの異端排除報道 |
自作自演説まで飛び出した
四月八日に起こったイラクでの日本人「人質事件」で誘拐・拘束された三人はきわめて悪質なバッシングにさらされている。侵略戦争と占領支配が引き起こした深刻な被害に苦しんでいるイラクの民衆、とりわけ子どもたちに心を寄せ、献身的な支援の活動にたずさわってきた三人が、家族をふくめて文字通り「さらし者」にされ、集中攻撃を受けてきたのである。
すでに事件翌日の報道の中で、拘束された三人の責任を追及する「識者」のコメントが語られている。「イラクへの入国は危険が伴うことは分かっていたはずで、ボランティアは身の危険をある程度、覚悟しなければならないし、自己責任が原則だと思う」(佐々淳行・元内閣官房安全保障室長、4月9日「毎日」)とか、「現地は民間人が行けるような状態ではなかった。無謀な行為が大問題を引き起こした」(志方俊行・元陸上自衛隊北部方面総監、4月9日「産経」)というのがその典型である。
「産経」は9日の段階ですでに「戦闘状態が続く国に自らの意思で入った若い三人の無謀ともいえる行動が邦人をターゲットにした『最悪のテロ』を招いたともいえる」という記事を書いている。
しかしこうした批判はまだ序の口だった。小泉首相や政府・与党の幹部は「テロリストの脅しには屈しない。自衛隊は撤退させない」という対応に固執し、ワラにもすがる思いで上京した三人の家族とも会おうとしなかった。こうした姿勢に対する家族の涙ながらの抗議や、連日連夜国会や首相官邸に詰めかけた市民の行動が広がっていく中で、バッシングは決定的にエスカレートした。
すでに事件発生当初から首相官邸では「自作自演論」がささやかれていたという。この「自作自演」論は、「自衛隊撤退という要求の背後に、日本の左翼勢力がいる」という論調に煮詰められていった。たとえば若手の中東学者である池内恵・国際日本文化センター助教授は、4月12日付の毎日新聞夕刊の「イラク邦人人質事件 謎めいたメッセージ」という文章の中で四月十一日の解放予告メッセージを取り上げ、それが「アラブ世界の政治的声明文としてはこれまでに見られない特有の構成である」「日本国内に固有の論点に巧みに働きかけているようにもみえるが、それがいかにして可能となったのか、筆者にとっては現時点では解けない問題」と、遠回しのほのめかしを行った。
池内は4月13日の日経新聞の文章の中で、日本政府批判のデモが犯人グループに「塩を送っている」という主張に飛躍する。さらにそれは池内の論議を援用した4月14日の産経新聞のコラム「産経抄」の中で、「声明文」のロジックは「日本のマルクス主義者が多用しているもの」というところにまで「発展」してしまったのである。
それらの集大成とも言うべきものが三人やその家族への敵意と憎悪をむき出しにした「週刊新潮」4月22日号の特集記事「『人質報道』に隠された『本当の話』」であった。
政府とマスコミの共同作業
三人の「人質」や家族、そして三人を支援する運動に対する批判は、NGOやフリージャーナリストの活動そのものを、「国策」に逆らう「敵対・妨害分子」として統制する「自己責任」論をもう一つの軸にして展開されることになった。
産経新聞はすでに4月10日付の「社説」で、「北朝鮮工作員による拉致事件とは違い、彼らは自分たちの意思で危険を承知で現地に赴いたのだ。『自己責任』の自覚が必要であり、そのツケを政府に回すのは筋違いだ。と同時に外務省は民間人が人質になる可能性を予測していたなら、邦人退避勧告にとどまらず、渡航禁止など法的整備を行い、安全管理を徹底すべきだった」と述べた。
この主張は4月13日付の日経、読売両紙社説に引き継がれることになる。日経社説は「日本外務省はイラク戦争開戦前からイラク全土に退避勧告を出していたが、これは強制力を持たず、徹底することは難しい。イラクには現在、大使館員や報道関係者など七十人程度がいると思われるが、非政府組織(NGO)関係者などの行動は掌握しにくい。このような状況下では自己責任がイラクにおける基本的行動原則であることを再確認しておきたい」と書いた。
読売社説は「人質解放問題によって、日本の国益にかかわる重要な政策が損なわれるような事態は避けなければならない」として家族の要求を批判した上で、「政府は、昨年来のイラクからの『退避勧告』に加え、今年だけで十三回も注意喚起の情報を出し、民間人の退去を求めている。三人は事件に巻き込まれたのではなく、自ら危険な地域に飛び込み、今回の事件を招いたのである。自己責任の自覚を欠いた、無謀かつ無責任な行動が、政府や関係機関などに、大きな無用の負担をかけている。深刻に反省すべき問題である」と書いた。
みごとに一致した論調は、明らかに政府・支配階級の側がメディアに向けて統一した対応をとったことをうかがわせる。
こうした主張に乗っかって政府・与党の側から「政府に迷惑をかけたことを謝罪しろ」「政府職員の残業代や派遣費用などかかった税金を負担しろ」「特定地域への渡航禁止の法的措置を」「行政の施設である北海道事務所を使っているのはおかしい」といった高圧的な打撃が三人とその家族にかけられた。
小泉首相は、高遠奈穂子さんが解放後「イラクでの支援活動を続けたい」と述べたのを聞いて「多くの政府の人たちが寝食を忘れて努力してくれているのに、なおかつ、そういうことを言うんですかね。自覚というものを持っていただきたい」と声を荒らげた。
さらにこの「自己責任」=「自業自得」論にあおられた形で、三人の家族にメール、ファックス、電話などによる嫌がらせが集中した。それは三人やその家族の自由な意見を徹底的に押しつぶし、「国に迷惑をかけた奴ら」として社会的指弾の対象とする巨大な重圧になっている。
独立した報道の規制ねらう
この「自己責任」論は、NGOの国家・大企業から独立した人道支援活動を国家=国益の下に束ねて、その「下請け」業務に変質させ、またマスメディアには統制されないフリージャーナリストたちの自由で批判的な報道活動を禁止しようとする意図に貫かれている。
NGOの復興人道支援活動は、軍隊と距離を置くことによってその活動の条件と安全性を確保してきた。JVCの熊岡路矢さんは「基本的に軍隊的なものが人道復興援助に関係することで人道援助自体がゆがんでしまい、その中立性が失われ、本来の人道援助機関、団体、例えば国連、赤十字等も含む、われわれも含むNGOが危険な立場となるという認識を持っています」と述べるとともに、「武装した自己完結型組織・自衛隊でなければ現在のイラクにおいて復興援助はできない」という石破防衛庁長官の立場を厳しく批判した(1月29日、衆院イラク特別委員会での陳述)。熊岡さんはまた、費用対効果の面でもNGOなら一億円の予算で十万人に給水できるが、自衛隊では三百数十億円かかることを指摘して、自衛隊の「復興人道支援」活動のデタラメを明らかにした。
NGOの「人道支援」は、もともと安全性をもふくめた徹底的な「自己責任」において献身的で有効な活動をねばり強く進めてきたのであり、自衛隊派兵という軍事的占領行為こそがNGOが「自己責任」を行使する諸条件を危機に陥らせているのである。
ジャーナリストもまた「爆弾を落とす側」の視点からではなく「落とされる側」の視点から報道する姿勢を持つことによって、権力・軍からは独立した「真実」を伝えることができる。民衆にとっての「真実」は、ジャーナリストが侵略戦争の被害者の側に身を投じることによってこそ伝えられるものである。それは確実に「危険」な立場に自らを置くことにならざるをえない。意識的なジャーナリストは、自らの「責任」において、攻撃される民衆の中で、その活動を続けてきたのである。
こうした報道は、今日のマスメディアの「従軍記者」的活動によっては不可能である。侵略軍によって「安全」を保障された報道、あるいは武器を携帯したガードマンによって保護された取材活動が、民衆の「真実の声」を伝えることができるだろうか。
イラクに派兵された自衛隊に同行したマスメディアの取材陣が、自衛隊の「人道支援」活動への翼賛報道しかなしえないのは当然である。実際、サマワで自衛隊の活動を取材していたマスメディアの取材陣の四社十人が、四月十五日にサマワから「退避」するにあたって宿営地から米軍タリル飛行場まで装甲車で運ばれ、そこから空自のC130輸送機によってクウェートまで運ばれたという事実は、今日の主流メディアの「報道」が自衛隊に依存したものでしかないことを示している。
われわれはもともと新自由主義による「競争」イデオロギーを正当化し、福祉や公共サービスの解体を合理化するためのキーワードの一つである「自己責任論」が、NGOやフリージャーナリストの独立的活動を圧迫するための論理として活用されていることを厳しく批判しなければならない。
政策破綻への危機感の産物
「自己責任」論による「誘拐・拘束」された人々への非難の集中は、アメリカのイラク侵略・占領政策とそれに追随した自衛隊のイラク派兵が決定的な破綻に瀕していることへの危機感の沸騰と言える。
おりから米英軍の占領支配に対するイラク民衆の抵抗闘争が全土に拡大していた。とりわけファルージャを包囲し、無差別の爆撃・砲撃によって七百人以上の一般市民を虐殺した米占領軍の軍事攻撃は、イラクの圧倒的多数の人々の怒りをかきたて、「非戦闘地域」での「人道復興支援」という自衛隊派兵の前提条件そのものが崩壊していた。スペインに続き、ホンジュラス、カザフスタン、タイなどの諸国が自国軍の撤退を決定するまでに至っていた。イラク占領支配そのものが重大な危機に直面していたのである。
そこに三人の「誘拐・拘束」事件が起こった。とりわけ「解放」条件として武装グループから「自衛隊撤退」の要求が提起されたことは、小泉政権の危機感を促進することになった。「テロには屈しない。自衛隊を撤退させる理由はない」と傲然とはねつけた小泉政権の姿勢は、政権の命運を賭けたイラク出兵政策の破綻の現れであった。
「人質の解放」は、決して「政府の不眠不休の努力」によって実現されたわけではない。人質「解放」の仲介者となったイスラム聖職者協会のクバイシ師が語るように「日本政府は、人質の解放を望んでいないかようだった」というのが真相であった。政府の行った「努力」は、川口外相のアルジャジーラTVでのメッセージのように、「解放」にとっての妨害・攪乱効果しか果たさなかった。
人質の解放を実現したのは、「人質」自身の「イラクの友」としての献身的な活動の実績であり、家族の心からの訴えであり、また彼らを救い、占領に反対し自衛隊のイラクからの撤退を求める市民たちのさまざまなルートを活用した国際的なアピールとイラク民衆の抵抗のネットワークが連携した結果であった。
われわれはこの事実を確信を持って断言することができる。「自己責任」論を大上段に振りかざした政府・与党や右派メディアの「人質」とその家族、そして彼らを支援する市民運動への異様なまでの攻撃は、政府がこの運動の力を自覚しているからにほかならない。(4月19日 平井純一)。
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