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                           かけはし2004.04.19号

「小泉首相の靖国参拝は憲法違反」-福岡地裁で画期的判決

「戦争国家」体制と「新たな英霊」作りにへの打撃

                                   
 小泉首相の靖国神社参拝は憲法の政教分離規定に違反するとして、小泉首相と国を相手どって損害賠償を求めた「福岡靖国訴訟」の判決が、四月七日に福岡地裁(亀川清長裁判長)で下された。同訴訟の原告は、九州各県と山口県に住む宗教者や市民、肉親が靖国神社の「英霊」として合祀された遺族、強制連行された在日朝鮮・韓国人など二百十一人。判決は、「損害賠償」については却下され「原告敗訴」になったものの、小泉首相の「靖国参拝」については、きわめて明確な形で「憲法違反」とされて事実上の原告側「勝訴」となった。国を相手にした首相参拝をめぐる靖国訴訟ではっきりとした「違憲判決」が出たのはこれが初めてのことである。
 判決文は述べている。
 「小泉首相は公用車を使用して靖国神社に赴き、秘書官を随行させ『内閣総理大臣小泉純一郎』とあえて内閣総理大臣の肩書を付して記帳し、『献花内閣総理大臣小泉純一郎』との名札を付した献花をした」「これらの諸事情に照らせば、参拝は行為の外形において内閣総理大臣の職務の執行と認められ、国家賠償法1条1項『職務を行うについて』に当たる」。
 「本件参拝は、このように靖国神社本殿で、一礼して祭神である英霊に対して畏敬崇拝の心情を示すことにより行われた行為であるから……宗教とかかわり合いを持つものであることは否定できない」「小泉首相は……将来も継続的に内閣総理大臣として参拝する強い意志を有していることがうかがわれることからすれば、単に社会的儀礼として本件参拝を行ったとは言い難い。……あえて自己の信念か政治的意図に基づいて本件参拝を行ったというべきものである」「本件参拝によって靖国神社を援助、助長、促進するような効果をもたらしたというべきである」。
 「以上の諸事情を考慮し、社会通念に従って客観的に判断すると、本件参拝は宗教とのかかわり合いを持つものであり、その行為が一般人から宗教的意義を持つものととらえられ、憲法上問題のあり得ることを承知しつつされたものであって、その効果は神道の教義を広める宗教施設である靖国神社を援助、助長、促進するものというべきであるから、憲法20条3項によって禁止されている宗教的活動に当たると認めるのが相当である」「従って本件参拝は憲法20条3項に反するものというべきである」。
 このような明解な違憲判決は画期的である。なぜなら各地で行われている小泉首相靖国参拝をめぐる訴訟では、すでに一審判決の出ている松山、大阪両地裁とも、参拝が違憲がどうかに踏み込まずに原告の請求を棄却しており、「憲法判断の回避」の趨勢は裁判所において大きな流れとなっていたからである。
 しかし今回の福岡地裁判決は敢えて「司法の責務」として、違憲の判断に踏み込んだ。この点についても判決文は「あえて本件参拝の違憲性について判断したことに関しては異論もありうるものとも考えられる」とした上で以下のように述べている。
 「靖国神社への参拝に関しては、過去を振り返れば数十年前からその合憲性について取りざたされ、『靖国神社法案』も断念され、歴代の内閣総理大臣も慎重な検討を重ねてきたものであり、中曾根康弘・元内閣総理大臣の参拝時の訴訟においては大阪高裁の判決の中で、憲法20条3項所定の宗教的活動に該当する疑いが強く、同条項に違反する疑いがあることも指摘され、常に国民的議論が必要であることが認識されてきた」。
 「しかるに、本件参拝は靖国神社参拝の合憲性について十分な論議も経ないままなされ、その後も参拝が繰り返されてきたものである。こうした事情にかんがみるとき、裁判所が違憲性について判断を回避すれば、今後も同様の行為が繰り返される可能性が高いというべきであり、当裁判所は本件参拝の違憲性を判断することを自らの責務と考え、前記の通り判示する」。
 すなわち小泉首相の靖国参拝が、合憲性についての疑問があることを押し切ってきわめて意識的・継続的に行われ、今後も「累犯」の可能性が高いということから、あえて「違憲性」を正面から判断した、と述べているのである。この判決は、憲法の存在そのものを否定し、憲法改悪への道を切り開くために敢えて歯止めなき違憲行為を次々と積み重ねている小泉首相を正面から批判したものなのである。
 形式的には原告の要求を棄却した「敗訴」判決であるにもかかわらず、原告にとっては予想もしない「完全勝利判決」と受け止められているのは当然というべきだろう。
 福岡地裁「靖国訴訟」判決は、「敗訴」した原告側が事実上の「勝訴」として控訴しなかったことにより、確定判決となった。それは東京、千葉、那覇で争われている小泉靖国参拝違憲訴訟にも一定の影響を与えざるをえない。それは小泉首相にとって大きな打撃である。
 小泉は「靖国参拝」に対する原告の提訴に際して、敵意むき出しに「世の中、おかしい人たちがいるもんだね」という暴言を吐いた。今回もまた福岡地裁判決を受けた記者団からの質問に対して「何で憲法違反かわかりませんね」と答え、「参拝方法を改める考えはないか」という問いにも「何で改めるの」と居直った。また中国訪問が不可能になっている失態を捉えた「外交に支障が出ている」という質問に対しては「何で外交に影響が出るのか。日本人が靖国神社を参拝してどうしていけないのか。不思議でしようがない」と強がっている。
 しかし言うまでもなく靖国神社が、国家神道の宗教的・軍事的施設として天皇制日本帝国主義の侵略戦争を支え、国民を戦争に動員するための装置であったこと、そしてその教義はなんら変更されていないことは、自明の事実であり、たんに「東条英樹ら七戦犯を合祀している」といったことだけが問題なのではない。靖国神社への参拝とは、侵略戦争への「国民的動員」を称揚する政治的デモンストレーションなのである。
 今回の福岡地裁判決はこの問題を、きわめて常識的に次のように述べている。
 「憲法の政教分離規定は、明治維新以来国家と神道が結びついて種々の弊害が生じたことへの反省の観点から設けられたものであって、神道を念頭に置いた規定である」「靖国神社が戦没者のうち軍人軍属、準軍属のみを合祀の対象とし、空襲による一般市民の戦没者などは合祀の対象としていないことからすれば、内閣総理大臣として第二次大戦による戦没者の追悼を行う場所としては、宗教施設たる靖国神社は必ずしも適切ではない」。
 「戦争国家」体制の確立に邁進する小泉には、このような「常識」すら通用しない。小泉は、四月七日の福岡地裁判決など一向に意に介することなく、意識的に違憲行為をエスカレートすることによって、憲法改悪の道を加速させようとしているのだ。        
 今回の福岡地裁「靖国訴訟」判決に対して、正真正銘の「靖国」派である産経新聞は「死者の慰霊や鎮魂ということへの日本の伝統文化をどう考えているのか、常識を疑った」「国のために死んだ人びとは英霊となり、靖国神社にまつられて`神aとなる。それは欧米でいう`ゴッドaとは違う。おまいりすることはいわゆる宗教的活動ではない。先祖をうやまう人間的で自然な儀礼なのだ。そのことが裁判官にはわかっていないのではないか」(4月9日「産経抄」)と批判した。
 こうした産経の反応は十分に予想できたことである。しかし問題は、「相対的リベラル」派と目されてきた毎日新聞ですら同紙長老の岩見隆夫の「近聞遠見」欄(4月10日)で「粗雑すぎる靖国・違憲判決」と題して、次のように述べていることだ。
 岩見は、四月八日の憲法調査会での自民党・森岡正宏衆院議員の「なぜ首相が、国家のために命を落とした人をまつる神社に参ってはいけないのか。1人の地裁判事が私的な気持ちを判決の名を借りて吐露し、それに対して控訴もできない仕組みがおかしい」という主張に「そのとおりだ」と賛成する。そして「戦争を引きずる深刻な難題に、戦後生まれの一裁判官が気負って軽々しい憲法判断を下す。手をたたくのは、靖国問題を外交カードに使う中国と韓国だ」と述べる。「靖国参拝違憲」判決は「国益」に反する、というわけだ。「国益」のためには「憲法判断」などするべきではない、というのだ。
 ここに今日のメディアの翼賛構造が如実に表現されている。きわめて当たり前の「靖国参拝違憲判決」への攻撃に反対し、小泉の「靖国参拝」強行を阻止する運動を広げよう。それは「戦争国家」への道に対決する日本の労働者・市民の主体的な課題なのである。
  (4月11日 平井純一)  


資料
「昭和の日」法案を三度目の廃案に
私たちは「昭和の日」制定を断じて許さない

 四月二十九日の「みどりの日」を「昭和の日」とする「祝日法改正案」が今国会に上程された。二〇〇〇年、二〇〇三年の上程と廃案に続く三度目の上程である。戦前の治安維持法による暗黒の時代、二千万人のアジア人民と三百万人の日本人民の命を奪った戦争の時代と戦後の時代を、丸ごと賛美する「昭和の日」法案を三度目の廃案に追い込まなければならない。

 先代天皇裕仁の誕生日である四月二十九日を、「みどりの日」から「昭和の日」に変えるとする「祝日法改正案」が、三月十二日に国会に提出された。二〇〇〇年、二〇〇三年の廃案に続いて三度目の提出である。裕仁の誕生日を「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」日として記憶しようというのがその趣旨だ。
 ふざけるのもいいかげんにしてほしい。侵略・植民地戦争で数千万のアジアの人々を殺し、そのためには自国民の命を消耗品として位置づけた末、敗戦を迎え、その直後からアメリカの傀儡となり、朝鮮戦争・ベトナム戦争で経済的「復興を遂げた」。これらの歴史をなんら教訓とすることなく、「激動の日々」を彩るエピソードにしようというのだ。
 このような「激動」と「復興」の「昭和」と命名された時代、そしてその戦争責任をとらず、死ぬまで天皇として君臨し続けた戦争の最高責任者昭和天皇を、賛美し記念する祝日を、どのような道義で認められるというのだ。もし政府が歴史的経験に真摯に向き合おうとするならば、やるべきことは裕仁の誕生日を祝賀することではなく戦争を励ます天皇制を廃止することである。天皇として存在するかぎり、そして裕仁の「偉業」を継承すると宣言した現天皇明仁も、同様に許されない存在である。
 この法案の主役である裕仁は、即位して間もない一九二七年、「明治節」制定詔書を発した。内容は、明治天皇がすぐれた徳を持って成し遂げた「偉業」は前例のない発展をもたらしたので、十一月三日を「明治節」と定め、明治天皇の「遺徳」を仰ぎ、「明治」を追憶する、というものだ。
 明治天皇の「偉業」とは、北海道(アイヌモシリ)・沖縄の武力による統合、日清・日露戦争、台湾・朝鮮の植民地化という、まったくもって人道に反する膨張政策の遂行でしかない。その「明治」の時代を讃えるところから始まった「昭和」の時代も、やはり戦争に邁進した時代だったのだ。敗戦後は、他国の戦争で潤い、経済侵略をひた走った。
 そしていま再び、戦争法や「愛国心」を押しつけ始めた政府は、「明治節」をつくったとまったく同様に、「昭和節」をつくろうとしている。この「昭和の日」とは、天皇主義右派議員が集まりできた〈「昭和の日」推進議員連盟〉によって執拗に推し進められてきたものだ。日本はいつまで天皇制を頂きながら、アジアの人々と敵対し続けるつもりなのだ。
 私たちは、いつまでもこの悪しき循環につき合うつもりはない。「昭和の日」制定とは、戦争と最高無責任者天皇を容認し、受け入れさせていく時代づくり以外にはありえない。制定には反対するべきである。
 私たちは、ひとかけらの反省もなく「昭和」を記念し、天皇制を賛美する「昭和の日」制定を策す政府を、断じて許さない。
 反「昭和の日」プロジェクト


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