かけはし重要記事

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『トロツキー研究』36号・37号「党統一のための闘争(07〜14年)」                           かけはし2002.4.29号より

通説を覆す歴史的新事実の発掘

レーニンとボルシェビキを変えた「党統一のための闘い」と組織論


「空白期」の真実を掘り起こす

 一九〇五年革命の輝ける指導者としてのトロツキーについては、ロシア革命についてある程度の知識がある人なら、トロツキストでなくてもよく知っている。また、〇五年革命を総括する中で構想された永続革命論についてもよく知られている。もちろん一九一七年十月革命の組織者としてのトロツキーや、スターリニスト官僚専制支配体制による世界階級闘争の破壊を告発しつつ勝利の道を指し示し続けた不屈の闘いについても、極めてよく知られている。
 しかし、〇五年革命と十月革命の間の時期に、トロツキーがどのような闘いを展開したのかということについては、トロツキストであってもほとんど知ることなく済ませてきた。いわばこの時期は、「トロツキー研究」にとっての「空白期」であった。第36号、第37号は、この「空白期」のトロツキーの闘いとそのロシア革命における意義を、これまで世界的にもほとんど翻訳されてこなかったこの時期の重要文献をロシア語から翻訳して解明したものである。

統一のための闘いが果した役割

 この時期のトロツキーについて一般に知られているのは、ボルシェビキとメンシェビキに分裂して対立していたロシア社会民主党の統一のために活動した「調停主義者」だったということであり、しかもそれは実を結ぶことのなかった「不毛な闘い」というという「常識」がまかり通ってきた。さらに言えば、バルカン戦争に記者として参加したことなどから、政治的にはほとんど不活動状態であったかのようなイメージを持たれてさえいたのである。
 『トロツキー研究』第36号と第37号は、ウィーン「プラウダ」や「ボリバ」など、トロツキーが当時、編集していた新聞や雑誌の諸論文を通して、このようなイメージを完全に打ち砕く。詳しくは西島栄による第37号の八十ページにも及ぶ特集解題論文と、掲載されているトロツキーの諸論文を直接読んでほしいが、結論を手っ取り早く紹介してしまえば次のようになる。
 「一九一七年にボリシェビキが広範な革命家層を統合して新しいボリシェビキ党として成立することができたのは、トロツキーらの党統一派の努力があってこそだった。ボリシェビキを独自の新しい革命党として確立しようとしたレーニンの分離主義的努力と、党内のすべての生きた分子を結集して、より広い基盤に立った革命党を建設しようとしたトロツキーの統合主義的努力とは、一九一七年における新生ボリシェビキ党として、絶妙のバランスをもってより高度の水準で融合したのだと言える」(第37号特集解題)。

「レーニン主義」とトロツキスト

 しかしトロツキーは、スターリニストとの闘争の中で自らを真のレーニン主義者として押し出す必要もあって、レーニンと対立したさまざまな問題をすべて自分の誤りとして単純化してしまった。とりわけ今回取り扱われている「党統一のための闘争」についても、「調停主義」「中間主義」として否定した。
 このため、「何をなすべきか」以来の、あらゆる日和見主義と対決し続けたレーニンとボリシェビキの不屈の闘いが一歩一歩前進し十月革命の勝利を実現したという、スターリンによって聖典化された極めて単純なボリシェビキの単線的発展論の「神話」が、トロツキストの中にも事実上、定着してしまったのである。
 西島は、「これはトロツキストにとって歴史的悲劇だった」と言う。レーニン的なセクト主義を排し、現に闘っているあらゆる革命家を柔軟に、広範に組織しようとしたトロツキーの努力と組織論は忘れ去られ、トロツキストはその後、セクト主義的分裂と対立を繰り返すことになったからである。
 しかしいま、第四インターナショナルがこの十数年にわたって続けてきた非セクト主義的実践がようやく実を結び、世界各国で左翼組織の組織的再編成と複数主義的な反資本主義左翼の形成が力強く進み始めている。西島は「こうした再編過程において、反動期のトロツキーの党統一論は大いに有効な示唆を与えてくれるはずである」と述べている。

知らないことはまだまだ多い

 『トロツキー研究』には驚かされることが多い。十月革命の勝利が、われわれが「レーニン主義者」として何の疑問もなく信じていた最後通牒主義的な「革命的祖国敗北主義」によるものというより、むしろトロツキーの過渡的綱領的な「平和のための闘争」によるものであったことを明らかにした第14号「平和のための闘争」。ロシア社会民主党第二回大会におけるボリシェビキとメンシェビキの分裂についての「通説」を打ち砕いた第16号「レーニン党組織論批判」。グラムシに対するトロツキーの巨大な思想的影響と、スターリン支配の下でのねじれた複雑な関係を説き明かした第27号「グラムシとイタリア共産主義」……。
 ずいぶん長いことトロツキストとして活動し、トロツキーの文献もそれなりに読み込んでいるつもりでも、まだまだ知らないことが多いということを「トロツキー研究」にはいつも教えられる。何の疑いもなく信じてきたトロツキストの「常識」、いや左翼の「常識」が次々にくつがえされるのである。今回もそうだった。知識は力である。「トロツキー研究」はわれわれに新たな力を与えてくれる貴重な存在である。
(4月20日 高島義一)


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