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郵政4・28処分撤回裁判に不当判決           かけはし2002.4.22号より

国家による不当労働行為と不当処分を免罪

名古屋哲一(4.28免職者)


 郵政4・28処分撤回を求める公判の東京地裁判決が、三月二十七日に出された。原告七人に対し「請求を棄却する」との不当判決だった。当然にも控訴し、首切り許すまじの闘いは今後も続く。
 「山口幸雄裁判長、お前もか!」。シーザー(カエサル)が驚いたほどではないにしても、民間争議ではけっこうまともな判決(国労採用差別高裁判断とは全く逆の青山会判決や、女性差別を一部糾弾した野村証券判決)を出していた山口君が、国を相手にした裁判で本性を現してしまった。
 二十三年前の四月二十八日、郵政省は五十八人の懲戒免職を含む八千百八十三人への政治的処分を出した。全逓十八万人組合員が全国の郵便局で、「差別・組合つぶしをやめろ」と七八年年末から二カ月にわたり「反マル生越年闘争」を闘ったことへの報復だった。
 これ以前、十七年間も続いた人権侵害・不当労働行為に対して怒りが爆発、年賀状も配らない「物溜め闘争」は全国を揺るがした。自民党政府は、4・28大量処分により全逓労組をおとなしくさせ、次いで国労に襲いかかって労戦の右翼再編=八九年連合発足へと至らせた。判決は、これらの闘いと処分との背景を、不思議なことに、まったく無視する。
 不当判決だと自覚しつつ不当判決を出す裁判長の心理とは、どのようなものなのだろう? 山口君は恥かしくて仕方なかったのだろうか、それとも、「良心的裁判長のポーズ」を維持しようと懸命だったのだろうか?
 百人の傍聴(長崎、広島、京都、静岡からも仲間が駆けつけてくれた)に対して立ち見を認めた。判決言い渡しの前に「十六年間もの長い裁判となったことは、裁判所としても反省している」と述べた。これに対し「反省を判決の中身で示せよ」の傍聴席の野次についても、注意もせずに黙っていた。この異例ずくめの判決公判を、不当判決の「おかげ」で、ボクらは体験することができたのだった。
 そしてまた、山口君のリップサービスは、判決文の随所にも見いだせる(これはまた、裁判闘争の成果でもあるのだが)。
 公判での郵政当局側の主張は、本当にお粗末なもので、だれがどう考えても原告側主張が圧倒的に勝っていた。判決文は、このお粗末な当局側主張に規定されていた。
 最も基本的な争点である「マル生差別=国家による不当労働行為」に関して、判決は一言も触れていない。こんなことがあって良いのだろうか? 良くはないが裁判所としては仕方なかったのだろう。何せ当局側の主張は、「マル生差別はなかった」云々と真っ向から嘘デタラメを述べるのではなく、「反マル生のための闘いではなく、闘いのための闘い、全逓の下部からの突き上げをなだめるための闘いだった」と、ウルトラ発想の嘘デタラメだったのだ。
 「闘いの単純参加者の方が指導者よりも重い処分(免職)」という前代未聞のメチャクチャ。これへの裁判史上初めての判断であるにもかかわらず、どのような場合ならこのメチャクチャが許されるのかには一言も触れない。「両者の処分の間の均衡が失していると言えなくもない」とリップサービスしつつも、「指導行為が現認できなかったんだしゃあ、しょうがないっしょ」とのたまうのだ。
 「十八万人組合員が皆同じように闘ったのに、五十八人免職者をどうやって選んだのか」と、処分の不公平性や恣意的な選定も大問題だ。これについても、「原告らと同等ないしそれ以上の程度、態様で怠業行為を行った者がいることは推認するに難くない」「処分の均衡を欠くと主張する原告らの心情も理解できなくはない」とリップサービスの大安売りだが、結論は「全員を現認できないのだからやむを得ない」となる。この「現認態勢の矛盾」を原告は問題にし、判決はこの「矛盾」を認めたうえで、「矛盾した現認はやむを得なかったから処分の不公平もやむを得ない」とわからないことを言うのだ。
 人事院不公平審査不当判決を受けての裁判闘争、九一年全逓本部による提訴取下げへのだましペテンと免職者の切り捨てなどを経てのこの日の判決。直後に4・28ネットは郵政事業庁へ抗議行動をし、四月四日の東京総行動でも糾弾し、四月二十六日の反処分二十三周年一日行動でも攻め続ける。今後ともご支援、よろしくお願いします。                 

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