| 何もやらないしやるつもりもない?
かけはし2002.4.15号より |
三月十九日、政府の地球温暖化対策推進本部(本部長=小泉首相)は「京都議定書」が日本に義務づける温室効果ガス削減(〇八〜一二年の排出量を九〇年度比で六%削減する)を達成するための計画である「地球温暖化対策推進大綱」を決定した。これを受けて小泉政権は三月二十九日、京都議定書批准承認案と「京都議定書目標達成計画」の策定を義務づける「地球温暖化対策推進法改訂案」を閣議決定した。これをめぐって国会審議が開始されることになる。
「大綱」の内容は、気候ネットワークや世界自然保護基金(WWF)などの多くの環境NGOはもちろん、マスコミでさえ「これでは達成は疑問だ」(朝日新聞社説3月22日)と厳しく批判せざるを得ないような、無責任極まりないものである。
京都議定書が日本に義務づけたのは、温室効果ガス排出量を六年間ないし十年間で九〇年より六%減らすことである。ところが驚くべきことに、「大綱」では温室効果ガスを減らすどころか、逆に一・五%も増やすことになっているのである。二酸化炭素(CO2
)は九〇年度比プラスマイナス〇%、メタンなどはマイナス〇・五%、代替フロンは二%増になっている。しかも代替フロンは九〇年度比ではなく、九〇年度よりずっと排出量が増加した九五年度比なのである。
この、増えてしまう排出量を「国民的努力」と「革新的技術開発」で二%減らし、全体でたった〇・五%減らすというのが、小泉政権の「地球温暖化対策推進大綱」という大げさな名前のつけられた「政策」のすべてである。
京都議定書が義務づけた六%削減を達成するために、残りの五・五%はどうするか。それは、実際の効果がどの程度なのか科学的根拠も数値的根拠もはっきりしない「森林吸収」で三・九%「削減」し、経済の崩壊で排出量が激減したロシアなどで「余っている排出枠」を買い取る「排出権取引」などの「京都メカニズム」の活用で一・六%「削減」して帳尻を合わせるということになっているのである。
このたったの〇・五%削減さえ、実際には「絵に描いた餅」にすらなっていない。分野別に見ると、産業部門が七%削減し、民生部門が二%削減することになっている(民生といっても家庭用だけではない。東京都庁のような巨大インテリジェントビル化した官公庁や、デパートやスーパーなどの商業用施設の冷暖房・照明などすべてのエネルギー消費が民生用に分類されており、家庭用はその一部分にすぎない)。しかし、モータリゼーション化の進行をさらに促進するため、運輸部門ではなんと一七%も増やすことになっているのである。
産業部門が削減するという七%は、CO2 換算で六千三百十万トンだが、そのうち実に九六%にあたる六千五十万トンは「経団連の自主的行動計画実施」によるもの、となっている。「自主的にやってください」というわけだ。それでは経団連は「自主的」に何をするつもりなのだろうか。
京都議定書と温暖化防止大綱について語る経団連会長今井敬のインタビューを聞こう。「(京都議定書を)仮に批准しても(削減目標を達成できなかった場合に罰則を受ける)『法的拘束力』を持たせてはいけない。罰則をともなうようになれば、議定書から脱退するという権利を留保すべきだ」「いちばんまじめにCO2
削減に取り組んでいるのは産業界だ。今後、CO2 を減らせるのは民生、運輸部門だ。国民生活に削減がどこまで浸透しているのか、啓蒙するのが環境省のつとめだ」(朝日新聞3月23日)。誤解の余地なく、今井は「産業界は削減のために努力するつもりはない」と宣言しているのである。
「大綱」は「電力会社に新エネルギー発電枠を義務づけるなどの追加対策で三千四百万トン削減」とも書いている。しかしこれもでたらめである。今国会で政府・経済産業省が提出しようとしている「電気事業者による新エネルギー等の利用に関する特別措置法」(新エネ特措法)は、産廃などによる廃棄物発電を普及の対象としているため、逆にCO2
を二%も増加させるとして、環境NGOから厳しく批判されている代物である。しかも特措法は、廃棄物発電と風力発電やバイオマスなどの本来の自然エネルギーと競わせることによって、自然エネルギーの普及を妨げる役割を果たそうとさえしているのである。
「国民の努力」の項では、大綱制定に関わった省庁幹部自ら「笑い話みたいだ」(朝日新聞3月20日)と言う「対策」が並んでいる。たとえば「食器洗い機導入でお湯の消費を削減」「家族が同じ部屋でだんらんし暖房や照明を二割削減」「テレビを見る時間を一日一時間減らす」「シャワーを家族全員が一日一分間短くする」「炊飯ジャーの保温を止める」「歯磨き、洗顔中に水道を止める」「風呂の残り湯を洗濯に使う」……。まさにほとんど真剣さの感じられない、怒りなしには読めない「笑い話」である。
エネルギー消費効率から見れば、運輸省の資料によっても自家用車は鉄道の六倍、貨物輸送では営業用トラックは鉄道の四倍、自家用トラックは鉄道の十二倍のエネルギーを消費している。エネルギー浪費的なモータリゼーション社会からの根本的転換が問われているはずである。
しかし、モータリゼーション社会化の進行は野放しのままで、鉄道輸送の再強化などには極めて小さな位置しか与えられていない。シャワーを一日一分間減らすより、大量のガソリンを飲み込んで野山に排気ガスをまき散らすRV車をはじめ大型の乗用車を禁止するほうがはるかに有効であろう。しかしそのような、基幹産業中の基幹産業である自動車産業が絶対に受け入れない政策を、小泉政権が打ち出すはずもないのである。
「大綱」が掲げる削減対策の最大の柱は原発大増設である。大綱は「原発一基のCO2排出削減効果は九〇年度のエネルギー起源のCO2
排出量の〇・七%に相当する」として、「二〇一〇年度までに〇〇年度比で原発発電量の三割増が必要である」と主張している。
先のインタビューで今井も言う。「原子力発電所がCO2削減の最大の切り札になる。京都議定書は原発を十数基増やすことが前提になっている。原発には反対だが京都議定書を批准すべきだというのは矛盾している。原発を増やさない道を選ぶなら、CO2削減であまり厳しいことはできない」。
これもまた、政府も財界も温室効果ガス削減のためには何もしないという宣言にほかならない。本当に原発一基でCO2 総排出量の〇・七%もの削減効果があるのなら、十数基増設したらそれだけで削減義務の六%に達してしまう。産業界は何もやらなくてもいいことになってしまうのだ。
この三月一日、総発電量の五七%を原発が占めるベルギーで、七基ある原発を二〇一五年から十年かけて全廃する方針が閣議了承された。すでに過去のエネルギーである原発は、老朽炉が次々廃炉となる本格的廃炉の時代を迎えて、日本の電力業界にとっても重荷でしかなくなった。この事実を、電力業界ももはや隠そうとはしなくなったばかりか、原発のコスト軽減のための公的支援さえずうずうしく要求し始めており、小泉政権もこの要求に応える方針を打ち出そうとしている。「原発のコストは火力や水力と比べて一番安い」という大ウソで民衆をたぶらかしてきたのはいったいだれだったのか。
巨額の建設費を要するだけでなく、廃炉をはじめとして放射性廃棄物の後始末にどれだけの時間とカネがかかるかわからない原発を増設するつもりなど、電力業界にはすでにほとんどない(次号に解説記事)。小泉政権も財界も、いまやだれも作りたくない原発ができないことを口実に、「CO2
削減が進まないのは原発に反対する連中のせいだ」として、環境破壊の責任を人民に押しつけようとしているのである。
しかし羅列されているたくさんの「対策」にはすべて、それで「××万トン削減」という「目標」が掲げられているにも関わらず、原発増設の項目には具体的数値がない。一〇〇%実現不可能だしやろうとも思っていないので、数値を書くのはあまりにも恥ずかしかったのだろう。
電力自由化を前に、電力業界は競争力で劣る原発のコスト引き下げのために、定期点検などで手抜きにつぐ手抜きを重ねている。そして老朽化し、建設当初は想定すらしていなかった大規模な修理を繰り返してかろうじて運転を続けてきた原発は、急速にボロボロ化し、数々の重大事故を繰り返している。
昨年十一月には、東海大地震震源域に建つ浜岡原発一号炉で、緊急炉心冷却装置の爆発破断事故が起き、原子炉圧力容器の制御棒駆動機構の亀裂と冷却水漏れという重大事故が発覚した。原発増設を柱とする小泉政権の「地球温暖化防止対策大綱」は、確実に「第二のチェルノブイリの悲劇」を招き寄せつつあるのだ。
世界の科学者たちで構成されるIPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、温室効果ガスの六割強を占めるCO2の排出量を直ちに五〇%〜七〇%も削減しないかぎり、地球温暖化は食い止められないと勧告していた。
ところが九七年に採択された京都議定書で決められたのは、先進工業国全体で二〇〇八年〜二〇一二年に九〇年度比五・二%の削減にすぎなかった。国別では日本六%、アメリカ七%、EU(欧州連合)八%である。すなわち、温暖化防止のために削減すべき量のわずか十分の一程度にすぎなかったのである。
しかもアメリカの激しい抵抗とそれへの日本の同調によって、実際にほとんど削減しなくても帳尻を合わせることができるような「森林吸収」や「排出権取引」、先進国の援助による途上国の削減部分を援助した側の削減率にカウントできる「クリーン開発メカニズム」などの「緩和措置」が導入されてしまった。小泉政権の「地球温暖化対策推進大綱」は、この帳尻合わせ方式を最大限活用し、温室効果ガス排出削減を最大限にサボろうとするものにほかならない。
地球温暖化は、予想を上回るスピードで進行している。今年に入って、南極で過去最大規模の「氷棚」が崩壊したことが報じられた。一九五〇年代から九七年までに南極で失われた氷棚は七千平方キロだったが、九八年一年間だけで三千平方キロの氷棚が消えた。
北極海を覆う氷は過去三十五年間で平均の厚さが三・一メートルから一・八メートルに薄くなり、面積も七八年以来六%減少した。氷の量は半分になった計算になり、今世紀半ばには北極海の氷は夏には全部消えてしまうだろうと予測されている。
全世界で記録的豪雨や記録的干ばつ、長期間の記録的熱波や寒波など異常気象が年を追って激発し、重大な被害をもたらしている。日本でも今年の春の平均気温は全国各地で軒並み最高記録を更新した。地球温暖化は急速に制御不可能な状態に入りつつあるのだ。
小泉政権の「地球温暖化対策推進大綱」は、このような環境破壊の現実を冷笑し、利潤追求の妨げになりそうな温暖化防止対策をすべて拒否しようとするものであり、人類に対する犯罪である。
石油などエネルギー産業の利害を体現するブッシュ政権は昨年三月、「緩和措置」で穴だらけになった京都議定書でさえ「経済の足枷」になるとして拒否し、議定書からの離脱を表明した。そして今年二月、京都議定書に代わるアメリカの「温暖化対策」なるものを発表した。
その中心は、GDP(国内総生産)単位当たりの温暖化ガス排出量を十年間で一八%減らすというものである。しかしこれでは、GDPが増えれば排出量も増えてしまう。経済成長率が毎年三%なら、十年後にはGDPは一・三四倍になる。単位当たり一八%削減しても、排出量は全体で基準年より一〇%も増えてしまうのである。しかもこのブッシュ案の基準年は、京都議定書の一九九〇年ではなく二〇〇二年であり、この間アメリカの排出量はすでに一〇%以上も増加しているのである。
アメリカを除く世界各国の政府やNGOやマスコミから厳しく批判されたこのブッシュ提案を、小泉政権は二月の日米首脳会談で「建設的な提案」(小泉首相)、「真剣に取り組む姿勢を示すもの」(川口外相、大木環境相)と絶賛した。
IPCCの勧告にしたがって温室効果ガスを五〇%〜七〇%も削減するとすれば、大量生産・大量浪費の上に成立してきた現代資本主義は崩壊せざるをえない。地球温暖化防止に敵対する小泉政権とブッシュ政権のかたくなな姿勢は、それを逆説的に立証しているのである。
(4月7日 高島義一) |