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資本主義の復活と民族的統合の破綻            かけはし2004.12.6号

ウクライナはどこへ行く

「西」からゆさぶられるプーチンの強権体制 

EU拡大が激化させた欧州「東西」関係の危機

 十一月二十一日投票の大統領選の結果をめぐってウクライナは分裂の危機に直面している。野党陣営の背景にはEU、与党陣営の背後にはロシアが控えている。欧州の大国ウクライナの危機は、EU・NATOとロシアの間の均衡関係を大きく揺るがし、プーチン政権の危機を作り出すことになるだろう。

情勢の環・ウクライナ

 昨年二月に開催された第四インターナショナル第15回世界大会決議は、ウクライナ情勢に関して次のように規定した。
 「ロシアよりも深刻ですらある経済的退行を経験してきたウクライナは、安定した政治体制の枠組みの確立からはほど遠い。それは依然として二つの地域間の断絶に脅かされている。つまり西欧と中欧を指向する西部と、隣接するロシアの影響下にある東部の問題である。ウクライナの運命は、東欧で問題となっているものの中で最も重要な課題の一つである。世界の中でのこの地域全体の均衡は、かなりの程度この国の展開にかかっている。つまり可能性としてこの国が、NATOの権力の影響圏に統合されるか、ソ連崩壊によって切り裂かれたつながりを回復しつつ、母なるロシアの胸に戻るかのどちらに動くのか、ということである」(決議「新しい世界情勢について」 第5章「帝国主義の新秩序を不安定にさせている矛盾」2項「ロシアと帝国主義諸国との関係」より。『社会主義へ、新しい挑戦――第四インターナショナル第15回世界大会報告決定集』p42)。
 一昨年刊行された、元駐ウクライナ大使・黒川祐次の好著『物語ウクライナの歴史』(中公新書)も、次のように書いている。
 「ウクライナは西欧世界とロシア、アジアを結ぶ通路であった。それゆえにこそウクライナは世界の地図を塗り替えた大北方戦争、ナポレオン戦争、クリミア戦争、二次にわたる世界大戦の戦場となり、多くの勢力がウクライナを獲得しようとした。ウクライナがどうなるのかによって東西のバランス・オブ・パワーが変わるのである。……またこの地域はソ連が思いもかけず崩壊して、いまだ安定した国際関係が十分でき上がっていない。その意味でウクライナが独立を維持して安定することは、ヨーロッパ、ひいては世界の平和と安定にとり重要である。これはアメリカや西欧の主要国の認識であるが、中・東欧の諸国にとってはまさに死活の問題である」。
 この二つの引用を通じて、ウクライナ国家を東西に二分する政治的対立の中でロシアとEUならびにアメリカが、戦略的に死活の利害をかけてそれぞれの側にてこ入れ、介入を行っていることの意味が直観できるだろう。
 五十八万平方キロとロシアに次ぐ欧州第二の面積があり、五千万人の人口を持つ大国ウクライナの国家的分裂をふくんだ政治危機は、今後のEUとロシアをめぐる情勢、世界情勢にとって深い影響をもたらざるをえない。

国家的分裂は拡大する

 十一月二十一日に行われたウクライナ大統領選挙の第二次投票で、独裁者クチマ大統領の後継者である親ロシア派のビクトル・ヤヌコビッチ首相が、出口調査で有利と伝えられた親欧米派の野党候補ビクトル・ユーシェンコ元首相に勝利したとの選管発表(11月22日)以後、ウクライナの情勢はまさに国家を二分する「二重権力」状況に突入した。
 中央選管の「ヤヌコビッチ勝利」の発表以来、大規模な不正が行われたとしてユーシェンコ支持派は数十万人の動員で首都キエフの街頭を埋めつくし、十一月二十三日にユーシェンコは自ら大統領就任を宣言した。十一月二十四日、親ロ派ヤヌコビッチも大統領就任を宣言し、ユーシェンコ派はそれに抗してゼネストを宣言し、最高会議議事堂など政府諸機関を包囲し、道路封鎖に踏み出した。
 ポーランドのワレサ元大統領や中東欧諸国やEUの首脳も「調停」という名目で野党支援にかけつけた。EUのソラナ共通外交・安保上級代表は「不正な選挙を認めるわけにはいかない」とヤヌコビッチ陣営を批判し、パウエル米国務長官も選挙に不正があったことを警告して、ユーシェンコ陣営に肩入れしている。
 親欧米派のユーシェンコは選挙公約にEUへの加盟のみならず、NATOへの加盟をも掲げていた。EUとアメリカはそれぞれ独自の思惑からであれ、ウクライナをEU、NATOの下へ統合し、ロシアの影響力から切り離すことに利害を持って、ウクライナへの介入を強めているのである。他方、強権化を深めるロシアのプーチン政権は、NATOの東方拡大がウクライナにまで及ぶことに危機感を抱き、EUに対するロシアの独自的イニシアティブを発揮するためにもヤヌコビッチ陣営を支援してきた。
 こうした中で、行政機構、警察組織をふくめた両陣営への分裂は決定的なものになっており、ウクライナ国家の東西分離すら射程圏内に入るところに至っている。十一月二十七日に開催されたウクライナ最高会議は、大統領選挙投票の無効、中央選管不信任を参政多数で可決したが、事態の帰趨はいまだ定かではない。

民主化闘争と国際展望


 ウクライナの民族運動はその東西において、一九一七年のロシア革命以後も、ソ連のスターリン官僚独裁体制とポーランドによる容赦ない弾圧にさらされてきた。トロツキーと第四インターナショナルは、スターリンによるウクライナ自治運動への弾圧に対して、「独立統一ソビエト・ウクライナ」のスローガンを掲げて闘った(『トロツキー著作集 1939―40下』柘植書房の諸論文参照)。ソ連邦にとってウクライナは絶対に手放すことのできない戦略的拠点であった。第二次大戦後、旧ポーランド領内の西ウクライナをはじめとしてウクライナ人の居住地域は、ほぼすべてがソ連内のウクライナ共和国に統合されることになったが、ウクライナの民族主義が弾圧されたことは、スターリン時代もその後も変わることはなかった。
 一九八六年四月にウクライナ共和国で起きたチェルノブイリ原発事故は、環境問題だけではなく民族問題に関しても、ウクライナ内部からソ連官僚支配体制への不信を促進する決定的な契機となった。
 一九九〇年七月、ウクライナ最高会議はロシアに続いてソ連邦に対する「主権宣言」を行い、一九九一年八月十九日のモスクワでの保守派クーデターの失敗後の八月二十四日、最高会議のほぼ全員一致によって独立宣言を採択した。同年十二月のウクライナ国民投票では、実に九〇%以上の賛成で独立が支持された。ロシア人の多い東部ウクライナの各州でも独立支持は八〇%を超え、ロシア人が過半数を占めるクリミアでも独立賛成が五四%と過半数を上回った。ウクライナの「民族統一」は、ここで最高潮に達した。
 しかし、独立達成後の急速な資本主義的市場経済化の導入による経済崩壊による生活水準の下落と貧富の差の拡大は、歴史的なウクライナ内部の「東西対立」をより深刻に再燃させ、クチマ独裁体制を生み出した。
 今日、マスメディアは西ウクライナの野党陣営を親西欧の「改革派」、東ウクライナの親ロシア派を「保守派」と色分けしている。それほど問題は単純なものではないとしても、EU統合に危機解決を託す西ウクライナの民衆と、プーチンのロシアとの一体化によってEU統合の圧力に民族主義的に抵抗しようとする東ウクライナの民衆との間の統一は、確かにきわめて困難なものである。独立を達成したウクライナが十数年後に直面している「東西分裂」の溝は、当面の間、いっそう深まっていくだろう。不正選挙と独裁体制に抗する西ウクライナの巨万の決起は、当面、チェチェン独立運動に大弾圧を加えているプーチン体制の危機感を強め、反民主主義的強権化をいっそう促進するだろう。それはロシアとEU関係の不安定さを促進する重要な要因とならざるをえない。
 この局面の中で、われわれは西ウクライナ労働者民衆の、民主主義と人権を求めるきわめて正統性のある大衆的闘いが、東ウクライナの労働者民衆、さらにロシアの労働者民衆の闘いとどのように結びつきうるのか、さらにはEU内部の新たな左翼オルタナティブをめざす潮流が、この闘いにどのように連帯を広げうるのかに注目しなければならない。
(04年11月28日 平井純一) 



アメリカの読者からの通信
ブッシュ再選後の階級闘争
米カリフォルニア州サンノゼ J・Z


労働者階級にとって大きな打撃

 二〇〇四年のアメリカ大統領選の結果は、労働者階級にとっては深刻な打撃に違いない。ブッシュは再選後、さらに労働者階級の生存条件を奪い、大企業を代弁する政策を推進する。もちろんアメリカ労働者階級は選挙前にすでに負けていたが、多くの人は「ケリーが勝っても」という期待で、選挙後の闘いを想定してきた。今回の結果は予想よりも厳しかった。
 われわれが特に注目しなければならないのは、大量の白人労働者が民主党のリベラル・エリート路線を捨てて、共和党の社会保守路線のアピールに転じたことである。実は、その現象は、去年のカリフォルニア州の知事選挙ですでに現れていた。アメリカの政治土壌にブッシュイズムが根づき、ブッシュの八年間で氾濫、蔓延して、アメリカ政治を何十年間も後退させるだろう。それはまさに米労働党の創立者トニー・マゾッチが十数年前に指摘した通り、「われわれがリードしなければ悪のアジェンダを持つ勢力が、労働者のマインドを奪っていく」ということだ。
 今回の選挙で、大量の反戦活動家、労働組合員、失業者、全国民保険の活動家が、戦争、自由貿易、保険業者の利益を優先する候補者を精力的に支援した。私の知るカリフォルニア州のNPO活動家も、わざわざミシガン州に行き、いわゆる「不確定州」でケリーを支援してきた。それらの活動はみごとに裏切られた。民主党は選挙での大敗で、さらに「中道」に移行するだろう。

民主党から独立した闘いが必要


 労働・反戦運動は、民主党との関係を断つことはできないが、独立性を保たなければならない。百年前にプルマン・ストライキは資本家階級と政府権力に弾圧されたが、そこから新しい労働運動が生まれた(編集部注:一八九四年、シカゴのプルマン車両会社の労働者は賃金の二五〜四〇%の引き下げ、高額社宅家賃の据え置きに反対して、会社側との交渉を求めたが、会社側はそれを拒否。プルマン労働者はアメリカ鉄道労組〔ARU〕に支援を求め、二十六万人の鉄道労働者が参加するストライキに発展した。ARUの指導の下に労働者はプルマンの車両を一斉に機関車から引き離し、六月末には全米の鉄道が止まった。この闘争に連邦政府軍が派遣され、抵抗する労働者を銃撃戦をふくめて武力で弾圧し、三十四人の労働者が虐殺された。ARU指導者のユージン・デブスはこの闘争で逮捕され、獄中で社会主義を学び、一八九七年にアメリカ社会民主党〔後の社会党〕を結成する。デブスは一九〇四年から一九二〇年まで、ほぼ毎回の大統領選挙に社会党から立候補した)。今こそ、アメリカ政治は独立した労働運動、労働党を必要としている。
 今回の選挙での投票率は、一九六八年以来最高と言われたが、何十年間もアメリカの四〇%以上の有権者、および何百万もの移民労働者は、このシステムから見捨てられてきた。彼らを組織して、新たな労働者階級の多数派を建設することが当面の急務である。
 ブッシュ再選後のアメリカ政治は、労働者階級にとって生存のための闘争になるため、広範な連帯、大胆な戦略、有限な資源の再配置などが必要である。たとえば中絶、同性婚姻などのイッシューは、労働者階級を分断する道具になってはならない。労働者階級は両大政党が捨てさった、平和、全国民保険、雇用、無料教育などの生存にかかわるイッシューで広範な連帯を組織し、ブッシュ政権下の四年間を闘いぬこう。(04年11月21日)


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