もどる

映評『華氏911』米国映画(マイケル・ムーア監督)        かけはし2004.09.6号

軍需・復興・オイル企業が先導したイラク戦争



観客動員千二百万人、米国民も真実を知りたい

 上映前から評判であるイラク戦争をめぐるこの映画は、米国大統領ブッシュへの強烈な批判に焦点が充てられている。すでに米国では、六月に公開され、これまでに観客が千二百万人を超え、現在も記録更新中という。
 この映画が、米国内でこれほどうけるのは、米国メディアのあり方にあると言われる。ブッシュ政権とイラク戦争について、メディアが正面からの批判を、差し控えてきたことに対し、米国の国民は、特に9・11の真実の背景を知りたがっていた。恐らく日本のメディアが取り上げた幾つかの重要な視点も公には取り上げられずにいた。ムーアは、そこをうまく衝いている。
 国内外のマスメディアが、こうした情報の閉塞したなかで真実を語る際、後につじつまの合わなくなることがあるのは、常に付きまとうものだが、今回は、戦争当事国の観客が思い知らされたのではないか。
 当初、この映画自体、米国上映にあたりディズニーからの配給を拒否された経過をもっている。その理由として、「戦争を取り扱うのは、ディズニーとしてそぐわない」というものであった。これは、かつて、ベトナム戦争当時、ディズニーが、米国政府に全面的協力を惜しまなかった経過がある。ミッキー・マウスをはじめ多くのアニメキャラクターをその都度、動員しながら、そのベトナム戦争を鼓舞した過去を持つ配給元としての拒否理由なのだからお粗末極まりない。
 かつて、ベトナム戦争を告発した記録映画「ハーツ・アンド・マインズ」は、記録部門のアカデミー賞を受賞した。日本では、あれほどベトナム反戦が関心の的であったのに、観客動員が望めないと理由で日本での上映が、断念された過去がある。ある者は、あの時の皆の興奮は一過性であったのかと談じているが、日々流される日本国内のマスコミの視点も、この種の映画がどのように扱われ、それがどのような背景にあるのかという問題意識があまりにも希薄ではないのか。

最初から仕組まれたイラク戦争

 まず映画は、四年前の大統領選挙に遡る。この選挙自体が、不正な集計でブッシュが勝利したと告発する。そして9・11のテロリストによる自爆テロまでのブッシュのお気楽な日々が描かれている。9・11の映像は映さず、真っ暗なスクリーンのみで、突然自爆テロの音だけを流す手法を採っている。この手法こそ9・11に至る映像との乖離が、観衆に大統領ブッシュへの怒りを醸し出し、ぐいぐい観客を引き込んでいく。
 さらに、この映画は、9・11の原点をあらためて考えさせてくれる。まず今回のテロが少なくとも二〇〇一年七月、八月頃には、CIA、FBIなどからその情報がブッシュの耳に入っていたこと、さらに米国の巨大投資会社カーライルグループが、ブッシュ親子とサウジアラビアの富豪ビンラディン一族と深く関わっていること、またブッシュ親子と軍需企業との関連、オイル企業、さらにイラク復興で稼ぐ企業など、ブッシュ親子の息がかかった集団のための戦争であったことをマイケル・ムーア監督は、強調する。すでに米英軍の今回のイラク介入の錦の旗であったイラク国内の「大量殺戮兵器」の存在など、ネオコンとブッシュはいまやどこ吹く風とでもいった厚顔無恥な態度である。
 また米国議会の議員は五百三十五人いるが、子どもをイラクに送っているのは一人だけ。この現実に対して、議員に「あなたの息子をイラクに送るか」と突撃レポートでマイケル・ムーア自身が迫り、それに怪訝そうな顔で逃げ去る議員。別の映像では、戦死者の母親の悲しみや苦しみを伝える。映像の最後に「もうブッシュにはだまされないぞ」と締めくくる。
 一般公開を前に「ムーア作品を禁止したい十の理由」が、英国のミラー誌に発表されたが、社会的反響に対するこうした歯止めも、フランスのカンヌ映画祭バルムドール賞の受賞、配給元の確保、全米での大ヒット、民主党大統領候補ケリー陣営の格好のブッシュ批判への便乗も加わって、なす術なしと言った感がある。
 但し、民主党自身が、イラク戦争介入に毅然とした態度は採らなかった。むしろクリントン政権当時の政策が前提になった今回のイラクへの介入の中で、米国政権内の共和党と民主党の力のバランス変化によって何らかのイラク政策の変更を期待できるのだろうか。はなはだ疑問が残るが、この映画が、世論に一石を投じたことは間違いない。その波紋をさらに大きくし、運動のなかでさらなる広がりを作り出し、米国をはじめとする外国軍の全面撤退へとつなげよう。(浜本清志)



ムーア監督「華氏911度は自由が燃える温度」

 今年のカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した、米国映画「華氏911」(マイケル・ムーア監督)が八月中旬から日本で上映されている。
 マイケル・ムーア監督は、コロンバイン高校で起きた銃乱射事件を取り上げ、銃社会の問題を告発したドキュメンタリー映画「ボーリング・フォー・コロンバイン」で知られているが、この度の受賞作もドキュメンタリー映画で、主演はジョージュ・ブッシュ。

ブッシュとケリーに違いは

 米国では、この映画上映をめぐって反対運動もあると聞く。ウオルト・ディズニー社は配給を拒否した。日本の新聞によると、この映画を見て共和党から民主党に支持を変えたものはあまりいないとのことだが、実際のところはどうだろうか。最近の日本のメディアの報道では、民主党大統領候補ケリーの弱点は、ブッシュ再選を阻止することがケリー支持派の共通の意識であって、ケリーの外交などの政策がブッシュとあまりかわらないことだ、と言っていた。
 共和党であれ民主党であれ、いずれもアメリカ帝国の利権を守ることでは変わりがないのがから、大まかに言えばその通りだろう。しかし、ブッシュ政権が登場してから大きくかわったこともある。これから米国は大統領選挙に入っていくが、どのような結果になるだろうか。

小泉は避け、違う映画観賞

 まさに大統領選挙本番に入る前に作成され、最も権威ある映画賞を受賞した「華氏911」を、金曜日の夜に映画館で楽しく過ごせる映画として作ったというのがムーアの言である。確かにほとんど気を抜けないまま最後まで一気に見たが、ブッシュおろしを意図した(?)、とても政治的な映画だと思う。
 仏の映画監督ゴダールは、「この映画によるブッシュ攻撃は敵を利するだけだ」と評したそうだが、映画がこれを見た人にどのような影響を与えるかは、見た人によってちがうだろう。日本で上映された初日、小泉首相はわざわざ「華氏911」をさけて別の映画を見たという。

事実が伝わってくる教育映画

 わたしの場合で言えば、この映画で初めて知った事実もかなりあった。ブッシュは就任から9・11までの八カ月間のうち四二%は休暇だったこと。ブッシュがビンラディン家と親しいつきあいをしていた映像。9・11の被疑者の多くはサウジ人なのに、二日後、なぜかサウジアラビア人は米国から出国できたこと。イラクに派兵された若い米兵が、ヘルメットの中のCDから流れる曲を聴きながら敵のイラク人を銃撃するんだと語っている場面。この国(イラク)は嫌いだ、自由になるのを助けるために来たのに、集団で攻撃してくる、と語る若い米兵。
 あんなヤツが二度と大統領になれないようにしてくれと訴える息子の戦場からの手紙を読む母親。イラク人が丸焦げになった米国人を棍棒で何度もなぐり、そのあと竿につるしている映像。銃を持ってイラク人の民家に軍靴で押し入り、若い青年を拘束していく米軍の姿、泣き叫ぶ母親。イラク情勢が泥沼化の様相を呈し、兵力増員のため募集要員の陸軍の下士官が裕福な地区はさけ貧困な町で若者に声をかけ、入隊を勧誘する場面。息子をイラクにやっている母親が「我が家は軍隊一家です。その人たちのおかげで生活できている」といい、町の失業率は五〇%を超えていると話す場面。
 自分の経済力では教育を受けさせることができないから、軍隊に入れて世界を見させたいと言う母親。これと同じ言い方を募集要員の下士官が青年に語っていた。復興支援事業を入札なしに手に入れたチェイニー副大統領系列の企業が、テレビで行っている宣伝の内容、などなど。
 現在進行形の「歴史」を扱っていて、学校で上映したらいいような教育的でとても刺激的な映画である。
(大阪・S)


メキシコからの便り 

「メキシコは安全ですキャンペーン」
3 巨大なデモ

 ある日曜日、テレビをつけて驚いた。巨大なデモの流れを写しだしているではないか。デモの人並みは広いメキシコシティのソカロを埋め尽くし、三キロメートルほど先の独立記念塔の向こうまで道路いっぱいになって続いている(何でも三十万人参加したという)。
 通常メキシコのデモはひどく騒々しい。シュプレヒコールに、車の警笛の音、大きな横断幕や政党のシンボルマークの付いた旗が林立し、ひどく賑やかだ。デモは左翼の専売特許ではないらしく、政府与党も盛んに行う。実は私がクエルナバカで見たデモは二回とも、州政府支持を訴えるPAN(国民行動党)のものだった。
 しかしこの日のデモはシュプレヒコールはするものの、静かであり、野党の旗も与党の旗もない。人々は`Seguridaa(安全のために)とか、`Bastantea(もうたくさんだ)と書いた、絵のない紙のプラカードを両手で掲げている。
 テレビ局のアナウンサーが次々に参加者にマイクを向け、向けられた人たちは自分自身の身内が暴力事件にあった様子を語り、対策を政府に求めている。どうやらこのデモは暴力事件による犠牲者の増大に対して政府に対策を求める行進のようである。
 一九九四年の経済危機以来メキシコの治安は急速に悪化した。地下鉄や市バスでの暴力的なスリの横行、タクシー運転手による法外な運賃請求や脅迫、低額な身代金、つまり中流の上でも払えそうな額を要求する誘拐事件の頻発等である。
 しかしおかしいではないか、このテレビ局の積極報道姿勢はなんなのか。メキシコには多数のテレビチャンネルはあるのだが、それらのチャンネルは基本的には「テレビサ」と「アステカ」の二局の所有となっている。そしてこの二つのテレビ局とも、長期に渡ってメキシコを支配してきたPRI(制度的革命党)の影響下にある。従ってテレビ局は伝統的に、政府寄りなのだ。
 もっとも、今はPANが大統領を握っているのだが、政府の広報番組のようなものも多いので当然現政府の影響も強いのだ。そのテレビ局が現政府や、前のPRI政府の失政を批判するような放送を長時間するわけがないのである。
 デモの翌朝、学校への途上で私はまたびっくりした。たいして大きくもない交差点にパトカーが並び、二十人以上の警官で車の一斉検問を行っているのだ。朝の通勤時間帯である。当然長い車の渋滞ができている。日曜日の市民の行動に素早く応えたというわけなのだろう。それにしても政府の対応が早すぎる。
 登校した私はさっそく校長に、昨日の行進は誰がなんのために組織したのかを尋ねてみた。すると校長は「暴力事件や、交通事故の被害者が自主的に組織したものであり、政府や政党はいっさい関係はない」と答えるではないか。
 しかし、そうではあるまい。結局、いろいろな人の話を総合してみると、確かに被害にあった市民が自主的に始めたものではあるらしい。しかし、その費用は銀行や大企業からでており、テレビ局が全面協力し、裏では政府も関わっていたようである。
 数日後の夜の九時、テレビ局は人気番組を一斉に中断し、フォックス大統領の演説を放送し始めた。フォックスは二カ月で治安の問題を解決すると語り、次々と治安対策を発表したのである。
 なるほどこれで疑問はすべて氷解した。あの行進は就任以来、経済問題でも治安問題でも一向に成果が上がらないフォックスの、一大政治ショーだったのだ。
 翌日、演説の内容を詳しく知るために、わたしはある新聞を買った。当然、一面トップは昨日のフォックスの演説である。スタッフを従えて政策発表するフォックスの写真の上で、「二カ月で解決する―フォックス」という大きな見出しが踊っている。
 しかし、その大きな写真の隣には、小さな見出しで「公約は果たされてはいない」とあり、その新聞社のアンケート調査が載っている。b公約はすべて実現された一%、bおおよそ実現された一四%、b何も実行されていない一五%、bほとんど実行されていない六七%。(尾形 淳)


もどる

Back