もどる

                                 かけはし2004.09.6号

イラク:米国占領政策の失敗と「主権移譲」計画の誤算

イラク民衆の反占領抵抗闘争との連帯を


米占領政策の失敗と戦略の修正

 六月末の主権移譲を前に、「フォーカス・オン・ザ・グローバル・サウス」のハーバート・ドセナ氏は次のように指摘している。
 「……米国はイラクの人々から移行計画への十分な支持を得ることに失敗したため、現在では、国連のお墨付きを得ることによってイラクの人々(および国際社会)に六月三〇日以降の秩序を受け入れるよう説得できることを期待している……」。
 「これはブラヒミが命令を下すようになることを意味しない。……(暫定政府の)人選に関する最終的な決定権は名目上は国連に与えられるが……米国が強力な影響力を行使するだろう。米国はイラクに対する米国の中期および長期計画を妨げる可能性があるいかなるイラク人の選任も絶対に阻止するだろう」。
 「……入手できる情報から判断して、国連は米国に対して、米国がイラクを支配するためのテコとして確立しようとしている手段を放棄するよう求めていない。たとえ暫定政府が国連によって確立され、米国が完全に不介入を守ったとしても、十四の軍事基地と十三万人の米軍兵士に囲まれ、米国によって押し付けられた法律、政治、経済体制に拘束されている限りは、無力でしかない」。(「米国の計画の破綻と『主権移譲』の行方」、ATTACジャパンのウェブより)
 ドセナ氏が指摘するように、米国は占領政策の失敗の結果、戦略の修正を余儀なくされたが、米国がイラクに対する支配的な権力を行使していることには変りはない。アラウィの暫定政権が米国のカイライ政権であることは日々明らかになっている。
 米国の占領計画の失敗は、今では米国のメディアでも公然と指摘されるようになっており、共和党のシンクタンクであるハドソン研究所のウィリアム・オドムが四月三〇日にNBCテレビで、「アメリカはすでにイラクで失敗することが確定してしまった。今後は失敗による損害をどれだけ減らせるかということが重要になる。だから、なるべく早く米軍がイラクから撤退することが必要だ」、「アメリカは半年後に撤退すると一方的に発表し、それを実行すればよい。国連やEUは、アメリカの下請けになるのが嫌なだけで、本気でアメリカが撤退すると分かれば、代わりに彼らがイラクの再建に注力するようになる……」と語ったという(田中宇『非米同盟』、文春新書)。
 米国の占領政策の失敗は、反米機運の高まりとイスラム急進派に主導された大衆的な反米抵抗闘争によって明らかになった。四月のナジャフ、ファルージャを中心とした民衆の決起は、重要な転機となった。

アラウィ政権の無力さを暴露

 六月二八日の「主権移譲」は、占領政策の失敗を取りつくろうために、なりふり構わず行われた。それは当初から、暫定政権に治安を肩代わりさせ、イラク人同士を戦わせるという米国の意図を前面に押し出した。
 「主権移譲」から一カ月後の時点での状況について、『世界』九月号の酒井啓子氏のレポートは、「(アラウィ政権は)その覚束ない船出のわりには、イラク国民の間で意外に堅固な支持を獲得している」と評している。酒井氏はその要因として、治安問題への取り組み、旧体制派の懐柔、二〇〇五年一月の選挙までの「つなぎ」であることを挙げている。
 しかし、そのさらに一カ月後の状況を見ると、アラウィ政権はすでに大きな危機に直面しており、〇五年一月の選挙の実施も円滑には進みそうにない。国連やEUも、依然として関与を躊躇している。イスラム圏諸国からの派兵の目論見も成功していない。
 八月初めから始まったナジャフを中心とする各地での戦闘は、アラウィ政権の「イラク人の政権」という唯一の「正統性」を剥ぎ取った。暫定政権への参加を拒否し、米軍の撤退を要求しているムクタダ・サドル師を中心とするイスラム教シーア派急進派に対する米軍の攻撃に対し、アラウィはサドル師とマハディ軍に武装解除を要求し、最後通告を発した。すでに米軍の訓練を受けたイラク軍が戦闘の前面に立っている。しかも、イラク軍の役割は形ばかりのものであり、実際の戦闘は米軍の空爆が主力である。
 アラウィ政権にできることは、イスラム教シーア派の有力者であるシスターニ師による仲裁に期待をかけることだけだった。
 一方、八月十五日から十八日にかけて開催された国民大会議は、諮問評議会(百人)を選出したが、その構成は、米国が指名した十九人(旧暫定統治評議会のメンバー)を除く八十九の議席をイラク国民連合(INU)の推薦候補が独占した。この選出は密室的方法で行われ、国民大会議は選挙プロセス開始のためのセレモニーとしての体裁さえ取りつくろうことができなかった。サドル師を中心とするシーア派急進派だけでなく、スンニ派の有力な組織であるイラク・イスラム聖職者協会も会議をボイコットし、アラウィ政権との対立を深めている。
 イラク国民連合は、SCIRI(イラク・イスラム革命最高評議会)、イスラム・ダーワ党、イラク国民合意、クルド民主党、クルド愛国同盟の五つの親米グループから成り、暫定政権の有力ポストを独占しているが、フセイン時代に海外に亡命していたグループであり、国内の基盤は非常に弱いと言われている。
 このように、アラウィの暫定政権も諮問評議会も、正統性を持ちえず、米国主導の「民主化」の構想が現実性を失っている中で、米国はサドル師と彼の支持者であるマハディ軍をターゲットとして、その軍事的壊滅を掲げている。それが〇五年の選挙を実施するための不可欠の条件であると見なしているのだろう。今回はイラク軍と国家警備隊を前面に立てることによって、サドル師とマハディ軍を孤立させることを狙っている。
 しかし、三週間余にわたる戦闘と停戦交渉の過程を通じて、米国の軍事作戦の行き詰まりは明白になっている。米国はまたもや戦略の修正を余儀なくされている。

反戦運動が直面している問題

 米国を中心とする対イラク侵略戦争とその後の占領政策の中で、すでに数万人が犠牲となり、イラクの大部分の人々が今も、「圧制からの解放」どころか、日々生命の危険、失業、停電に苦しんでいる。「対イラク戦争は間違いだった」、「米軍は直ちに撤退するべきだ」という声は全世界で高まっている。すでに多くの国が撤兵を決定している。
 このような状況の中で、ふたたび反戦運動の攻勢を組織することが早急に求められている。そのためには、反戦運動の戦略と展望を明確にしなければならない。
 対イラク戦争に反対し、米軍の撤退を求める運動の中にあるいくつかの弱点を指摘しておく必要がある。

ケリーにも反対の流れを!

 第一に、米国大統領選挙におけるケリーの勝利への期待である。
 もちろん米国の有権者の多数がブッシュの再選を拒否することは望ましいことであり、そのことがその後の米国の政策に大きな制約になることは明らかである。
 しかし、それがケリーへの期待となるとき、米国における大統領選挙のシステムそのものの非民主的性格に異議を唱え、ブルジョア二大政党から独立した選挙闘争を展開しようとする第三の流れを疎外する。
 前回の大統領選挙で、緑の党の支持を得て数百万票を獲得したラルフ・ネーダー氏が今回は保守勢力とも協力していることから、緑の党は同氏を推薦せず、デービッド・コブ氏を推薦した。こうした「第三の流れ」は、民主主義を活性化させるため、また、労働者の階級的独立性のために不可欠の努力であり、注目されるべきである。
 左翼の間でも、多くの人々がケリーへの投票を呼びかけている。
 しかし、ケリーはブッシュが始めた戦争の目的をもっと効果的に実現することを主張しているのである。ベトナム戦争における戦歴を臆面もなく宣伝するケリーは、いかなる意味でも反戦の声を託す相手ではない。
 次の大統領がブッシュであれケリーであれ、米軍の撤退を余儀なくされるとすれば、それは占領政策の失敗の結果であり、イラク民衆の抵抗と米国内外の反戦運動こそがその条件を形成するのである。

米国を救ったEUと国連

 第二には、EU諸国や国連の関与への幻想である。
 一昨年後半から昨年三月の開戦までの時期、フランス、ドイツの政府や国連による抑制が反戦運動の一つのよりどころとなったことは事実である。しかし、九一年湾岸戦争以来の国連の役割が米国の軍事戦略を補完するものに過ぎず、イラクの人々にとって、国連はいかなる意味でも依拠できるものでない。。
 フランス、ドイツ、あるいはロシアの政府は、米国による「戦果」の独占を苦々しく思っており、自分たちの分け前を望んでいる。そのために、昨年三月の開戦直後から、米国との関係を修復し、国連を通じた効果的な政治介入のタイミングを待っていた。彼らは今年六月のサミット前に、主権移譲計画に承認を与える安保理決議を採択し、窮地に立つ米国政府に息継ぎを与えた。

反米抵抗闘争と無差別テロ

 第三に、イラクにおける反米抵抗闘争に対する態度である。抵抗闘争に対する過度の思い入れは、反戦運動の発展にとって有害である。
 イラクにおける侵略と占領に対する抵抗は持続し、組織性を強めている。
 侵略軍に対する抵抗は支持されるべきであり、暴力的形態を取ったとしても、その第一義的な責任は侵略者が負うべきである。
 しかしながら、市民をターゲットとしたテロ、あるいは無差別テロはそれとは区別されなければならない。そのようなテロによる犠牲者が相当な数にのぼっており、イラク侵略・占領による悲惨な状況をいっそうを耐え難くしている。さまざまなグループが関与していると考えられるが、たとえそのようなテロが占領支配を困難にする効果があるとしても、そのことをもって犠牲を正当化することは許されるべきではない。
 一方、サドル師とマハディ軍は、ナジャフ、バグダッドを中心に、占領軍に対する組織的抵抗を続けている。彼らの闘いは、占領軍との関係においては擁護されるべきである。しかし、イスラム教シーア派急進派がこの地域において果たしている役割、とりわけイランの一九七九年以降の反革命的独裁権力との関係で見るとき、サドル師とマハディ軍がイラク民衆の解放をもたらすとは考えられない(彼らの主張、基盤、戦術については慎重な検討が必要であるが)。

非宗教的・民主的イラクを

 米大統領選挙でのブッシュの敗北にも、EU諸国や国連の役割にも、サドル師とマハディ軍を中心とする抵抗闘争にも幻想を持つべきでないとすれば、イラク反戦の運動はいかなる展望と戦略に依拠することができるのだろうか?
 まず念頭に置いておくべきことは、この戦争と占領が、この地域に対する米国の国家戦略として準備され、遂行されているということである。
 ネオコンに牛耳られたブッシュ政権が暴走しているという側面に目を奪われてはならない。「単独行動主義」と「国際協調主義」は戦略遂行上のジグザグに過ぎない。
 また、米国は軍事戦略や石油戦略にとどまらず、経済システムにおいてもイラクを中東における新自由主義のモデルにしようとしている。
 「ピープルズ・プラン」誌第二七号のアントニア・ユーハズ氏とハーバート・ドセナ氏のレポートが詳細に明らかにしているように、米国はすでにイラク経済の全面的な支配(国営企業の民営化、新自由主義モデルの導入を通じて)と、政治・教育・法律のあらゆる分野への影響力の行使(民間のコンサルティング会社等を通じて)を進めている。彼らはこのことを通じて親米エリート層の育成をはかっている。
 反戦運動はこの戦略の一つの側面(ブッシュの国連無視の単独行動主義)と対決するだけでなく、中東地域における米国の軍事・経済戦略と全面的に対決し、パレスチナをはじめとする中東地域全体の平和と公正な発展を目指すべきである。
 そのようなイニシアチブはすでに始まっている。
 第一に、イラクにおける民主的・非宗派主義的勢力の結集の試みである。
 アブデル=アミール・アル・リカービさんの民主的国民潮流(作品社刊『日本政府よ!嘘をつくな!自衛隊派兵、イラク日本人拉致事件の情報操作を暴く』を参照)や、「占領を拒否し、イラク人の独立国家を樹立するための国民会議準備会」(「ピープルズ・プラン」誌第二七号を参照)が紹介されている。それらの組織の実体についての詳細は明らかにされていないが、前者は世界社会フォーラムやヨーロッパ社会フォーラムに結集する流れであり、後者は「アラブ・イスラム」としてのアイデンティティを強調しているが宗派的分断に反対している。
 第二に、失業者組合や新しい労働組合の組織化の動きである。それと連動して、イラク共産党、イラク労働者共産党等の左翼組織が活動を始めている。ただし、イラク共産党は暫定政権を承認し、国民大会議に参加している。
 第三に、「占領監視センター」等のNGOを媒介とした国際的なつながりである。
 九月一七〜一九日には、ベイルートで「グローバル反戦運動と反グローバリゼーション運動にとって、次はどこか」と題する国際戦略会議が呼びかけられ、中東地域からも多くのNGOや社会運動団体が参加する。これは中東地域における平和と公正な発展をめざす運動の歴史的な出発点となるだろう。
 これらの動きはまだ端緒にすぎない。長期にわたる困難が予想される。しかし、ここにこそ、米国にも、テロや宗派主義にも屈しない、非宗教的・民主的イラクと中東の未来を展望することができる。
(8月27日 小林 秀史)


もどる

Back