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――上半期労働者民衆闘争の評価            かけはし2004.09.27号

ノ政権に対する不明確な態度が生んだ反新自由主義戦線の流失

韓国・労働者の力


 ノ・ムヒョン政権は今年3月、「仕事の場創出のための労使政社会協約」を貫徹させた。これは「青年の失業を解消するためには仕事の場を創出しなければならないし、仕事の場を創出するためには今年、労働界は賃金安定(=下落)に協力すべきであり、円満な労使関係が実現してこそ仕事の場を創出することができる」という政府の基調が反映されたものだった。
 大統領弾劾の局面で政治圏の利権争いが極に達していた4月には信用不良者が400万人(経済活動人口中、5人中1人の割)を超え、個人の破産が急激に拡大している中で1日平均3人の民衆が生計を悲観して命を断った。また最低生計費以下の貧困層は800万人、社会の両極化現象が新聞の社会面を覆っていた。
 総選挙以後ノ・ムヒョンが再び戻ってくると、5月には石油価格の引き上げや中国ショック、急騰する物価によって経済不安を口々にしていたのに「労使政代表者会議合意」が新聞のトップ記事に浮かびあがった。国会でのイラクへの追加派兵がなされ、キム・ソニル被殺事件によって反戦闘争が展開されているとき、改悪された勤労基準法は6月の労働者闘争にも、どこ吹く風とばかりに大部分の対象事業場で適用された。あまつさえ政府は7月、2004年の賃金引き上げ率(労働部=省発表で平均5・6%)は2000年以降、最も低い引き上げ率だとして、賃金自制政策が受けいれられているとまくし立てた。
 軌道やLGカルテクス労働者たちの闘争は政府や資本の強硬な態度や職権仲裁という古い悪法の前にあえなく崩れた直後、与野が乗り出して社会的合意を語りつつ、経済再生のための全国民的合意が必要だと力説した。8月25日、民主労総(全国民主労働組合総連盟)指導部は労使政代表者会議の復元と社会的交渉について代議員大会への案件上程を決定した。
 反新自由主義闘争戦線の復元という労働者民衆運動全体の課題は、このような流れの中で流失し、内部の混乱と動揺とを繰り返しながら闘争は漂っている。下半期、総資本の新自由主義の攻勢は一層強化されるものと予見され、社会的合意主義の流れが本格化しているこの時点で、上半期の闘争をどのように評価するのかは極めて重要な問題だと言わざるをえない。

上半期の闘争での
注目すべき諸点

総選挙後のノ・ムヒョン政権の支配力強化は新自由主義攻勢の本格化として現れた

 総選挙での開かれたウリ党の勝利と憲法裁判所の大統領弾劾訴追の棄却決定は、支配勢力内部での新自由主義改革勢力に主導権を付与した。ノ・ムヒョン政権は、その動力を基礎として政治改革に続く司法(?)行政改革、最近の過去史清算作業に至るまで、支配ブロック内部の主導権や管理力を強化するための一連の政治的諸措置を進めた。
 そしてこのような諸措置は新自由主義の攻勢を本格化する作業と同時に進められているが、「自由にして公正な市場の構築(起業するのに都合のよい環境づくり、と何一つ違わない!)」という名の下に各種の新自由主義的改革の諸措置を強行している。昨年、通過した経済特区法に依拠して仁川、光洋などの地域では事業が進められ始めており、次いで経済5団体が提出した起業都市に対する意見は、政権が積極的に受けいれる意思を明らかにするとともに、可能な地域の選定や解決すべき規制内容を検討する水準にまで至っている。
 最後に、ノ・ムヒョン政権はこのような新自由主義の改革政策を執行するための全社会的動員体制を構築しようとしているが、その代表的なものが、ほかならぬ労使政の交渉の枠組みづくりだ。そしてこれはノ・ムヒョン政権が明らかにしているように、政権の最も核心的課題として位置づけられている。
 5月の労使政代表者会議の構成を皮切りに上半期に本格化した社会的合意主義の流れは、それ以降あちこちで噴出した労働者民衆の怒りや闘争の要求を上層指導部の包摂戦略を通して管理していくことにおいて一定程度の成功を見るとともに、下半期には一層具体化している。

市民運動諸勢力の改革第2中隊の役割は一層強化され、これに対する労働者民衆運動内部の動揺は政権の妥協体制構築のねらいに応える流れを急速に拡散させている。

 弾劾の局面で示された「ノ・ムヒョン蘇生」とキム・ソニル被殺事件を契機に再点火された派兵反対闘争において「反ノ・ムヒョン闘争反対」を主張してきた市民運動勢力の第2中隊としての役割は一層強化されている。これはキム・デジュン政権の時節からすでに現れていたことでもあるが、この役割がさらに強化されているという点に注目しなければならない。
 特にノ・ムヒョン政権が核心的に推進している労使政の社会的合意を通じた妥協体制構築の試図に市民勢力は積極的に加勢している。市民運動勢力は労使政の社会的合意の論議が可視化されると、労働問題ばかりではなく経済、社会、貧困、失業など諸般の社会的諸課題を扱うための機構の構成を主張しつつ、自分たちのつけ入る場を要求している。
 現在、ノ・ムヒョン政権が試図している新自由主義を持続しつつも、労働階級を体制内的に管理していける道具づくりに積極的に協調しているのだ。そればかりか、さまざまな社会の諸議題にまで拡張することによって、最初から全社会的領域を包括する形態の完成された社会的合意体制を主張することに結びつくノ・ムヒョン政権の社会的合意の攻勢に動力を吹き込んでいる形だ。
 このような流れは労働者民衆運動内部の動揺にも影響を及ぼした。IMF以後、労働者民衆運動の核心的闘争の基調は反新自由主義であり、これを否定する労働者民衆陣営はない。そして継続された労働者民衆闘争は新自由主義の執行者である政権に対する反対の基調を明確にしてきたし、キム・デジュン政権の時期には退陣闘争としてハッキリと表れた。
 それにもかかわらず、キム・デジュン政権の政策基調を承継し、これを一層強化しているノ・ムヒョン政権に対する態度は不徹底さを通り越して、新自由主義への反対と政権への態度を分離させる過程にまで至っている。このために上半期に噴出した労働者民衆闘争は集中することができずに個別化していき、全国闘争戦線の復元へとは進展させられなかった。主要な動力である民主労組運動陣営において上層指導部は、このような政権の妥協体制構築の試図に調応しつつ大衆闘争を管理し、内部の動揺を拡散させることによって全体としての労働者民衆運動を急速に右傾化させている。そしてその結果は全国闘争戦線の復元の失敗として表れている。

ノ・ムヒョン政権の社会的合意攻勢と、これに調応する流れが全体として労働(組合)運動に本格化した。

 6月(?)、8月に集中した労働者闘争は量的には増加した。2003年に改悪された週5日制を中心とした賃金(?)・団体協約闘争は病院、民間サービス、軌道、電力、化学繊維などで展開された。また昨年下半期の烈士の政局は今年上半期のパク・イルス烈士闘争へと続き、非正規職労働者たちの闘争が各所で噴出した。
 だが、このような闘争は集中することができず産別連盟へ、事案や時期の違いによって個別化され、またこれを集中させていく主体もなかった。主体としてあるべき総連盟の指導部は労使政の社会的合意に積極的に調応しつつ、6月闘争のどまん中で労使政代表者会議を死守していたし、社会的交渉の枠組みについての構成と協議に集中した。闘争の主体は産別労組であり該当単位労組であったのであって、総連盟はこれを支援し交渉を成立させたり調整する単位へと転落した。
 そして上半期の闘争に対するノ・ムヒョン政権の包摂と排除の選択的適用は、軌道やLGカルテクス闘争に対しては職権仲裁をおし立てた強硬な態度によって、逆に一部の闘争に対しては名分と実利を分けて制度改悪を貫徹させつつも社会的合意の流れに亀裂が生じないように調整するという態度として表れた。この両者の関係は相互に調応しつつ大衆闘争の拡散や闘争戦線の復元を阻み、軌道(?)、LGカルテスの労働者たちの闘争や非正規職の闘争は、このような流れに破裂口をうち抜くことのできる可能性があったにもかかわらず、闘争指導部の誤りや内部動揺の問題、分散的対応などによって、これを突破できなかった。この過程で労使政代表者会議の留保、社会的交渉の枠組みに対する論難がなされてはいるものの、社会的合意主義の流れの本格的な始動をかけたわけだ。

キム・ソニル被殺事件を契機として形成された派兵反対闘争は、その内部にノ・ムヒョン政権に対する怒りと糾弾の流れが存在していたにもかかわらず、ノ・ムヒョン政権の本質を大衆的に暴露していく闘争へと進展させられずにいる。特に労働者闘争と結合できない反戦闘争は流失した全国闘争戦線の復旧ということでは限界があった。

 昨年の帝国主義のイラク侵略戦争の勃発と、これへの合流を決定したノ・ムヒョン政権への怒りは、イデオロギー的対応闘争の水準にとどまっていた反戦闘争を大衆闘争へと進展させ、労働者たちが主体的に踏み出さなければならないとの大衆的認識を拡散しきった。だが派兵問題に対する民族主義的アプローチや市民運動などの流れを圧倒する闘争へと踏み出せないまま、持続性を持てず停滞した。
 6月、キム・ソニル被殺事件を契機に派兵反対闘争は再点火され、大衆闘争へと拡散した。だが闘争は派兵反対とノ・ムヒョン政権に対する態度を徹底して分離させていた民族主義勢力と市民運動によって、反ノ・ムヒョン(?)大衆闘争は撹乱された。市民運動勢力はもちろん、米国の軍事覇権主義が貫徹される韓国社会において巧妙な弱小国の論理を押し立てている民族主義的アプローチは、反米と派兵決定の実質的な執行権者であるノ・ムヒョン政権への反対とを分離させ、反戦(?)反ノ闘争を大衆的に再点火させぬくための努力にもかかわらず、大衆闘争へと拡散できずにいる。特に労働者闘争と結合しぬくことができないまま流失した闘争戦線の復旧には限界を露呈した。

労働民衆運動と
主体の評価と課題

総連盟の位相の変化! 対国民世論を組織する主体としての民主労総(?)

 2004年上半期闘争の主体の地形において特徴的なことは「民主労総指導部の変化が主体の力量にいかなる影響を及ぼしたのか」だ。ここで民主労総の指導部を評価しようとするのは、民主労組運動の歴史や経験において「民主労総」が持っている積極的な役割と集中性、そしてこれに伴う本来の任務や役割をどう果たしたのかを評価するためであり、民主労総の任務や位置づけそれ自体によって全国戦線構築の核心的役割を遂行しなければならないとの理由のためだ。
 総連盟は上半期の核心的要求として「賃(?)団協の4大要求」、「制度改善および社会改革6大要求」を提出した。これとともに時期集中闘争と地域別集会の形を提出するとともに、総連盟の次元では「社会的争点化と支持、援護闘争を通じて制度改善を実現しぬき、下半期総力闘争の踏み石とする」という闘争の目標を提示した。
 2004年民主労総の実践的流れの最大の特徴は「民主労総の位置づけの設定」から現れた。総連盟指導部は単位事業場や連盟の闘争を支持、援護し、これを通じた社会的争点化を目的とした。このような修正された位置づけは総連盟次元の闘争を狭小なものとさせ結局、上半期闘争を個別単社や業種別闘争として進めるようにすることによって、全国戦線の構築が遥かかなたのものになるという根本的限界を露呈した。結果的に闘争のイメージとして時期集中闘争を提出したものの具体的計画は提出せず、展開された闘争に対しては労使政社会的流れに亀裂を及ぼすことのないレベルで管理しぬいた。

 このような様相は、それぞれの要求案に対する具体的な結びつきを作れず、核心的諸要求について対市民的世論を意識し、労働者たちの生存権をバーターする形として表れるところとなった。例えば非正規の「撤廃」ではなく「差別の撤廃」に、「実質賃金削減のない」が抜け落ちた「週5日制」、要求なしに強調される「産別交渉の実現」などだ。
 それぞれの要求案は、その真剣さにもかかわらず、資本の要求に調応する結果へと収束された。この中で総連盟の指導部を初めとする妥協的労働運動の諸勢力は、いわゆる「国民的世論」を意識する基本的基調によって闘う勢力を追い出し、大衆闘争を強化するために助力するのではなく、市民社会団体との関係模索に主力をおく「国民と共に歩む労働運動」の実体を見事なまでにさらけ出した。その核心にはノ・ムヒョン政権の新自由主義の攻勢に対して根拠のない期待の心理が働く一方、新自由主義の改革に対する受けいれを前提としていることが分かる。

資本の分割戦略に対応する闘いの企画不在

 今年初め、ノ・ムヒョン政権は仕事の場の分かち合いという社会的話題を提起しつつ、雇用創出や非正規職、青年失業問題の解決に対するジェスチャーを取ってきた。これはその後、民主労総指導部の仕事の場分かち合いの社会協約へと結びつくとともに、正規職の譲歩を通した非正規職の差別撤廃という基調として固められることとなった。
 大工場、正規職労働者に対する「貴族労組、数千の年俸」など、政権による虚偽事実の流布は正規職と非正規職を分割しつつ相互対立を助長する政治としての役割を果たしたし、これに調応していた運動陣営の流れは正規職労働者たちの闘争の意味を失墜させる役割を果たした。
 結局、足踏み状態ではあるものの、うまずたゆまず闘っていた正規職労働者たちの闘争や、主体(?)的戦線形成の困難さに苦しみながらも心身を賭して闘いを展開した非正規職労働者たちの闘いが、互いに調応できないようにした。
 正規職の闘争は、より多くの賃金の引き上げと労働者全体の利害を代弁する要求を持った闘争へと進展されなければならないし、非正規職の闘争は正規職の譲歩を通した施恵を得るのではない、主体として立つ過程が核心的な課題なのである。正規職が非正規職を闘争の主体として認めて立てていく過程が重要なのであり、逆に非正規職の独自的な組織化や闘争の企画が同時に提出されなければならない。
 だが上半期の闘争の過程において持続的に提起されてきていたマスコミの「大工場労働者の利己主義」、「世論の支持を得られない無謀な闘争」などの攻勢に闘争の主体たちは撹乱されてしまった。資本のイデオロギーに対抗した闘争において、より重要なことは社会的争点化ではなく実質的な労働者の大衆闘争を形成することであり、これが全国的な単一戦線として構築されるときにのみ、イデオロギー対抗闘争を展開できるだろう。
 
代理主義を乗り越える主体形成の問題

 もう1つの主要な評価は、代理主義実践の公式化だと言えよう。総選挙の時期の政治活動のあり方を選挙組織化作業としてのみ封じ込め、大衆闘争と選挙闘争が明白に分離された。権力再編期としての政治空間を活用するのは、大衆の政治意識が形成できるという点で重要な意味を持っている。
 だがその空間での大衆闘争をどう組織するのかが前提とされないならば、代理主義が広範囲かつ大衆的に拡散されざるをえない。このような面から見るとき、上半期の総選挙の時期を前後して配置された闘争は、その要求や主体の厳しさ、あるいは準備の度合いとは関係なしに、「選挙」というメカニズムに全面的に振り回され結局、該当組織の強化や主体形成という成果として収れんされるどころか闘争においても敗退し、選挙でも比例代表10人という象徴だけ手にしたまま支離滅裂となってしまった。
 これは以降の賃(?)団協闘争にも影響を及ぼし、組合員大衆の躍動性に基礎をおき、彼らを主体として作り出す過程としてのストライキ闘争ではなく、見た目にはストライキ闘争という形式性に多くの側面からとらわれてしまった。

ノ・ムヒョン政権に対する態度を明確にせずして反自由主義戦線は共にできない

 下半期のグローバリゼーション、労働の柔軟化、貧困の深化など、自信感を回復したノ・ムヒョン政権の新自由主義攻勢が一層強化されるだろうことは火を見るよりも明らかだ。すでにノ・ムヒョン政権の本質は満天下にさらけ出された。彼が語った「改革」は「労働者民衆の生存権抹殺」であり、「対話」は「労働者の飼い馴らし」であり、「参与」は「新自由主義の加速化に大きな領域を担当せよ」という要求だった。
 新自由主義改革勢力と「対話」や「連帯」が可能だという罠から抜け出さないかぎり、労働者民衆の暮らしは「どんづまりに向かっての疾走」から脱け出せないだろう。ノ・ムヒョン政権に対する態度は「階級的なのか、そうでないのか」を識別する重要な指標だ。今こそ、もはやノ・ムヒョン政権に対する態度を明確にすることなしには反新自由主義の戦線において共に歩むことはできない。(「労働者の力」第60、61号、04年8月27日付)


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