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多国籍企業と新自由主義の支配のなかで         かけはし2004.03.01号

取り残されるサハラ以南アフリカ

ジャン・ナンガ


 コンゴ、ナイジェリア、ケニア、コートジボアール、ジンバブウェ、ザンビアなど、いわゆるサハラ以南アフリカ十四カ国は、新自由主義的エリート層と多国籍企業の支配のもとで、いまなお深刻な貧困化のプロセスに置かれたままである。コンゴの革命的マルクス主義者であるジャン・ナンガは、この現実は資本主義が極悪非道で非理性的であることを証明するものだとして告発している。


 一九八〇年代以降、サハラ以南アフリカ諸国に課せられた新自由主義的構造調整政策は、独立後最初の数十年間に確立された低開発の従属福祉国家の解体をねらったものであったが、多数のサハラ以南諸国で民衆的反対を引き起こした。従来の新植民地体制の正統性の消失によって、表現の自由の領域の相対的な「民主的開放」、複数政党制、軍事クーデターではなく選挙による政権交代が許容されるようになった。その間に、南アフリカではアパルトヘイト体制が終焉した。
 一般に、この「民主的開放」は政治的複数主義をもたらさなかった。なぜなら、それは結局、新自由主義的エリートによって支配されたものだったからである。これらのエリートは色々な形で国際的資本主義の利益に結びついており、その利益に従って彼らは民族的、国家的、宗教的対立を操作しているのである。
 「民主化」、すなわち一党体制から複数政党制への移行については、ジャック・シラクの暴言(1)が有名であるが、これはとりわけ新植民地主義的政治的階級の再構成に有利に作用した。民主主義とは、複数政党制プラス市場経済またはIMFと世界銀行が作成する新自由主義化プロセスであると理解されている。これは新自由主義の一定の正統化を許容し、当初民衆的反乱に直面した構造調整政策を容易にするものであった。
 サハラ以南アフリカ経済は、依然として従属的で、違ったやり方ではあるが、帝国主義の支配のもとにある。対外債務支払いの悪循環は、いわゆる構造調整政策、すなわち、最ももうかる国営企業の民営化(2)、経済からの国家の撤退、多国籍企業の利益のために地方の小生産者を犠牲にする市場開放を正当化するのに役立っている。
 これらの政策は、農村の農業環境の貧困化をひどくするだけであり、農村はいまや国家の援助を奪われた上に、世界市場における主要生産物価格の下落にいっそう激しくさらされるようになった。これらの政策は、構造調整政策の下での輸出優先主義によって、交易条件の極端な悪化をもたらした。
 コンゴ(ブラザビル)(石油に富む)、コートジボアール(西アフリカ経済通貨連合の経済の主力)、ナイジェリア(OPEC第六位の産油国で、西アフリカ関税経済連合の経済の主力)などの国は、かっては「中産国」と位置づけられたこともあったが、重債務貧困国イニシアティブの対象の候補であり、いまや人口の七〇%が貧困レベル以下にある。
 平均寿命は一九五〇年には五八歳、一九九二年には五六歳であったが、二〇〇一年には五一歳である。ケニヤ、コートジボアール、ジンバブウェ(3)、ザンビアなどの諸国の平均寿命は五〇歳以下で、実際には四五歳以下である。都市部では、国営企業の民営化や公益事業におけるレイオフなどの結果による大量失業が存在し、貧困層の若者、とりわけ女性は教育を受けることがほとんどできない。
 アフリカの経済成長が再び始まったことが認められるが(一九九五年以降三%以上)、これは大多数の(雇用されている中間階級からルンペンプロレタリアートに至るまでの)人々の繁栄をもたらしていない。
 貧困は、中央および西アフリカに児童人身売買の発展をもたらした。ユニセフによれば、ベニン、ブルキナファソ、マリ、トーゴでは年間二十万人が、たとえばコートジボアールの、コーヒー畑やココア畑で働かされている。子どもたちは、貧しく悲惨な状態に置かれている両親の同意を得て搾取されている(4)。サハラ以南の十四カ国の人間開発指数は明らかな後退を示している。その中には、南アフリカも含まれている。南アフリカは近年大量のレイオフを経験した。公共企業の民営化とトヨタのような民間大企業の新自由主義的「リストラ」によるものである。
 サハラ以南アフリカの成長(二〇〇一年は三・二%、二〇〇二年はやや下がって二・六%)は、主として鉱山業と石油によるものであり、農業生産の成長によるものではない。農産物の世界市場における価格の下落は、最近では例外というより通例になっている。これは輸出優先を名目とする組織された過剰生産と輸入国の家計消費の減退の結果である。
 新しい油田の発見に伴って石油生産はますます重要性を増しており(コンゴ、ガボン、ナイジェリア)、産油国クラブへの新規参加(赤道ギニア、スーダン、チャド)はサハラ以南アフリカにおける帝国主義のプレゼンスの強化をもたらしている。
 特に米国、そして日本、さらに中国は、サハラ以南アフリカの天然資源に対する関心を公然と表している。彼らは新植民地主義的超過利潤を作り出すことを保障されている。なぜなら、投資および労働コード(非常に安価な労働力の搾取の自由と普遍的社会的権利のじゅうりん)のおかげで、アフリカではほかのどこよりも急速に投資に対するリターンを得られると考えられるからである。
 これらのコードは、IMF、世界銀行、世界貿易機関(WTO)およびOECDによって各政府に口授されたものである。「民主的に選ばれた」議会(5)は、EUとアフリカ諸国、カリブ海諸国、太平洋諸国との協定の枠組の中で、ヨーロッパ帝国主義の希望に従って、単にサハラ以南アフリカの自由貿易地域への転換を実施しているに過ぎない。
 一九九六年に米国商務長官ロナルド・ブラウンは次のように語った。「アフリカ大陸の国々は、世界の政治と経済の情勢に強力な影響力を持つようになろうとしている。(……)わが国は、アフリカの再生をもたらすために人的および経済的資源を投資するように迫られている。(……)アフリカはアメリカのビジネス・リーダーの際立ったはけ口を提供している。(……)この意味で、アメリカのビジネスは、フランスやポルトガルなどのアフリカの通常の貿易相手と競争することができる。(……)将来、米国はアフリカとの取り引きをヨーロッパ企業に任せておかなくなるだろう……(6)」。
 コリン・パウウェルが何と言おうと、アフリカにおけるこの新しい利益を説明するのは、テロに対する戦争ではなく、石油である。米国は、ギニア湾の油田におけるプレゼンスの強化に関心を持っている。米国の石油輸入量におけるアフリカのシェアを一七%から二五%に拡大できるからであり、中東石油への依存度を減らすことができるからである。また、ブッシュ政権はナイジェリア(米国への石油供給量第五位)がOPECを脱退することを切望している(7)。

 確かにアフリカに対する米国の投資額は大きくないように見えるが、無視できるほどではない。サハラ以南アフリカへの米国の輸出は、二〇〇〇年の五十六億ドルから二〇〇一年には六十八億ドルに増加した。その四二・四%は輸送用機器、一一・六%が化学製品、一〇・四%が電子製品、九・九%が機械工具である。また、フランスのアフリカとの経済関係は三十二億ユーロの黒字であることも無視することはできない。
 帝国主義間対立は、アフリカ人エリートの利益として作用する。彼らは従属/支配の悪質な再生産とアフリカ国家の賃貸料生活者状態の中に自己の役割を見出すのである。この賃貸料は戦時ですら支払われるが、この賃料の支配をめぐる闘争と特定の帝国主義的特権的地位の維持が、不正選挙や新たな軍事クーデタ(中央アフリカ共和国、コンゴ、コートジボアール、ギニアビサウ、ニジェール)や地方の新植民地主義的分派間の戦争(民族的または宗教的戦争とされているが)(アンゴラ、コンゴ、コートジボアール、ニジェール、スーダン)を産み出すのである(9)。
 これらのエリートは、賃貸料生活者としての地位のほかに、戦争においては鉱山資源の独占を目指す多国籍企業と結びつき、政府側か反乱側かにかかわらず、将軍による鉱山資源の略奪と輸出の領地を確立するために国を切り分けることに加担する(リベリア、コンゴ民主共和国、シエラレオネ)。
 私兵の頭目たちは、ルンペンプロレタリアート化した若者を大量に徴募し、乱暴な行動をためらわないあらゆる種類の傭兵に依拠している。サハラ以南諸国の支配者が資本主義的蓄積のこのような乱暴な企てにますます公然と参加することによって(コンゴ民主共和国に対するブルンジ、ウガンダ、ルワンダ、ジンバブウェの介入、リベリア、シエラレオネ、アンゴラに対するコートジボアールとブルキナファソの介入)、彼らが世界資本主義経済の新自由主義的再構築にいっそう全面的に参加することが可能になっている(10)。
 サハラ以南の新植民地主義的エリートの経済的動機にもとづくシニシズムは、米国帝国主義が執着する油田をめぐるソマリアの血まみれの切り分け、ツチ虐殺と「穏健なフツ」の二十世紀末の人類の一大惨劇(事実上ありふれたものにされてしまったが)、そしてコンゴ民主共和国のダイアモンド、銅、ニオブ・タンタル(携帯電話に使用)、金などをめぐる三百万の犠牲者を出した直接的間接的戦争において極限に達している。
 サハラ以南のルンペン資本主義の犯罪性は、過去の世紀の資本主義のいくつかの側面を思い起こさせるが、しかし完全に現代のものである。資本主義は、サハラ以南アフリカにおいて極悪非道で極めて非理性的であることを必然としていることにより、有罪であると思われる(11)。
 構造調整政策による進歩の約束は、うそであることが証明された。約束された投資、仕事、繁栄は実現しなかった。公式の数字によれば、南アフリカを除くサハラ以南アフリカ諸国は、受け取る資本より多くのものを西側に譲り渡し続けている(12)。これらの数字は、西側が略奪し処理した天然資源や西側の銀行に預けられた公共資金は考慮に入れていない。このようにして、サハラ以南アフリカの新自由主義化は、アフリカ人民の貧困状態の恒久的悪化をもたらしている。
 アフリカ人新自由主義エリートの自称開明派は、「アフリカのルネッサンス」に夢中になり、欧州連合にならって「アフリカ連合」を打ち出し(一九九九年)(13)、二〇〇二年七月に新植民地主義的なアフリカ統一機構(OAU)の灰の中からこれを結成した。アフリカ連合は、地中海からインド洋に至る大陸統合プロジェクトを完結するものと考えられている。
 しかし同時に、結成参加国は排外主義的政策を追及し、他のサハラ以南諸国からの移民を自らの新自由主義的社会政策の失敗のスケープゴートにしている。すなわち、ガボンにおける小さな漁村の強制立ち退きと破壊、コートジボアールにおけるブルキナ、ガーナ、ギニア、リベリア、マリ出身者に対する「イボアールらしさ」の強調、リビアにおけるサハラ以南アフリカ人に対する暴力、南アフリカにおけるモザンビーク人移民労働者(アパルトヘイト下では重要な労働力であった)や他のサハラ以南アフリカ人に対する差別、などである。隣国との戦争については言うまでもない(エチオピアとエリトリア、ギニアとリベリア、チャドと中央アフリカ共和国、ルワンダとコンゴ民主共和国)。
 アフリカ連合は経済プログラムとして「アフリカ開発のための新経済パートナーシップ(NEPAD)」を持っている。「アフリカ人のためにアフリカ人が考えた」プログラムと称するが、その正統性はいかなる民衆的協議にもかけられたことがない。
 諮問を受けたのはむしろ帝国主義である。ダカールにおける多国籍企業の会議(二〇〇二年四月)やカナスキス(カナダ)におけるG8で紹介され、G8ではアフリカのための行動計画が採択された。NEPADの国家首脳たちは最近のダボスにおけるサミットやエビアンにおけるG8でひな壇を飾った。フランス国家はNEPADに自分たちの代表として元IMF理事のミシェル・カムデシュを送り込んだ。唯一のアフリカ人との協議は、アフリカの市民社会を代表するとされる「民間企業家」たちと行われた。
 NEPADの目標は、アフリカの経済的離陸の基盤を確立することであり、今後十五年間に年率七%以上のGDP成長率と、同じ期間に極度の貧困状態にある人々を半減することを目指している(14)。
 NEPADは、その支払いが国家の社会政策予算を窒息させている外国債務の無条件のグローバルな免除の要求を掲げていない。戦略的公共企業の民営化プロセスの停止も計画されていない。反対に、民間企業との「パートナーシップ」の追求を掲げることで、国家は民営化プロセスへのいっそうの熱意を示している。
 このようにして、たとえばナイジェリアでは、近年投資が増加し、再選されたオバサンジョ(二〇〇三年)は国の最も戦略的な国営企業の民営化を強行した。そればかりか、経済の責任を世界銀行のナイジェリア人高官に委任した。また、全般的な普遍的社会的権利や特に賃金労働者の権利の回復についても、プログラムから抜け落ちている。
 労働者の権利は、構造調整政策が広がる中でいたるところで採用された新自由主義的労働コードによって掘り崩されてきた。多国籍企業との関係で小生産者を保護するメカニズムの回復の問題も取り上げられていない。投資コードは、多国籍企業と地方小企業との平等を確立した。NEPADの背後にいる主導者たち(アルジェリアのブテフリカ、南アフリカのムベキ、ナイジェリアのオバサンジョ、セネガルのワード)は、プログラムの資金面での多国籍企業の重要な参加を期待している。しかし、多国籍企業の支援は、安全と利潤の保証という条件付である。
 これらのすべてによって、帝国主義的支配の新自由主義的再生産のプロジェクトが出来上がる。アフリカ・ブルジョアジーの各分派はそこから大きな利益を得ることを期待しているが、資本主義の下では提携とは階層的なものであり、帝国主義間においてさえそうであることを知っており、帝国主義間の複雑さと対立は、この枠組の中ではアフリカの将来にとって非民主的アフリカ連合の野望よりも決定的であることを知っているのである。
 もちろん、帝国主義は、アフリカの富に対する支配を壊滅させるようなプログラムに金は出さない。かくして、南アフリカ民間資本は、特にサハラ以南アフリカにおける小権力者の地位を熱望し、一般にアフリカ全体の権力者の地位を望んでいる。
 実際、NEPADの下では、経済は本質的に私的になり、多国籍企業の手に握られるだろう。アフリカ国家経済あるいはアフリカ経済についての議論はすべて、実は「アフリカに投資された西側資本」と他の「西側資本」の取引についての議論にほかならない。
 「アフリカ的」であることが絶えず強調されているが、NEPADには民衆的合意はない。国民的市民社会との協議が欠如していることは、開発および人権NGOから厳しくく批判されている。これらの批判の多くは、プログラムの基礎にある新自由主義的パラダイムに手を触れることなくプログラムを修正することを目的としている。一九九三年のエビアンにおけるG8に対するカウンター・サミット活動の一環として行われた「もう一つの世界のためのサミット」におけるNEPADに対するアフリカ人の介入のほとんどすべてがこれにあてはまる。
 しかし、いまだ非常に少数派の潮流ではあるが、ジュビリー・サウス(アフリカ)に代表される潮流が存在している。これはNEPADに対する根本的な批判の基礎を、外国債務の無条件免除とワシントンコンセンサス(IMF・世界銀行などによる米主導の新自由主義的経済政策)合意の拒否に置いている。民営化と基本産品に対する価格補助金の停止は、一部の国では反対運動が始まっており、労働組合主義は一種の覚醒を経験し始めている。
 たとえば、ナイジェリアでは、石油労働組合は、物価値上げに対する反撃として、二年間に二回のゼネラルストライキを行った。二〇〇三年の六〜七月の物価値上げは、一週間にわたって事実上国を麻痺させ、ブッシュ訪問の直前にオバサンジョ政府との妥協が成立するまで続いた。
 しかし、ほとんどすべてのサハラ以南諸国において、「市民社会」や労働組合運動の進歩的セクターを結集させることができる政治的急進主義の極が欠如している。「共産主義の終焉」に伴う「民主化」は、新植民地主義に反対する意識の一定の復活に有利に作用し、新植民地主義的国家内の権力交代に自己の野心を限定している政党はこれを利用した。かくして、存在の社会的条件の悪化は、新自由主義的少数独裁的政党の増殖に合わせて進行している。

原注 (1)一九九〇年二月は、複数政党制と民主主義を要求する民衆の動員が一般にサハラ以南アフリカ、特にフランス語を話す諸国で盛り上がっていた時期であったが、シラクはコートジボアール訪問中に、複数政党制はアフリカにとっては贅沢であるというウプエトボアニー体制の立場を公然と支持して次のように語った。「私は、開発途上国は経済の拡大に努力を集中すべきであると考える。経済の拡大は複数政党制においては必ずしも容易ではない。民主主義が尊重されない複数政党制が存在し、民主主義が完全に尊重される単一政党体制が存在する。たとえば、コートジボアールがそうである。」(『ルモンド』、一九九〇年二月二十七日)。したがって、彼がトーゴの独裁者エヤデマを支持し続けているのは論理的なのである。
(2)民営化は、国庫にとって収入の源であると言われたし、現在も言われているが、実際には何ももたらしていない。(ロワ・ピヴィエール、「民営化、灰色のバランスシート」、『マルシェ・トロピコ・エ・メヂテラネエン』、二〇〇三年七月十八日)
(3)ロベール・ムガベの唾棄すべき体制に対するほとんどすべての批判は、一九九〇年以降ジンバブエの国家は、経済一般と特に農業をIMFと世界銀行の勧告に従って再編成したことを忘れている。
(4)この現象は、「今日アメリカで出生証明書なしに出現した大量の資本は、昨日英国で児童の血が資本化されたものである」というマルクスのコメントを思い起こさせる。
(5)世界銀行とIMFが後押しする新自由主義化のプロセスにおいては、国家は、比較的に有利であると見なされた資本の循環と労働力の搾取に関する法律の修正を余儀なくされる。
(6)『ジュヌ・アフリク』第一八三六号、一九九六年三月十三―十九日
(7)ナイジェリア脱退を求めるこの圧力は、ベネズエラのチャベス転覆の企てに関連している。OPECの存在は、ワシントンおよびヒューストンでは新自由主義と両立しないと考えられている。
(8)二〇〇三年フランス・アフリカ投資家会議報告書「フランス企業とアフリカ」、『ルMOCI』第一五七九号、二〇〇二年十二月三十一日。二〇〇一年には、サハラ以南アフリカに対するフランスの貿易黒字は二十億ユーロを超えている。
(9)ジャン・ナンガ、「新自由主義的民族主義」、『インプレコール』第四六八―四六九号、二〇〇二年三月―四月を参照。
(10)以下を参照。フランソワグザヴィエ・ヴェルシャヴ、『ラ・フランサフリク』、「株式」、パリ、一九九八年。「黒い沈黙」、『レザレーネ』、二〇〇〇年。国連「コンゴ民主共和国の天然資源および他の形態の富の違法な利用に基づく輸出に関するパネルの報告」、二〇〇二年四月。人権監視、「瀬戸際への後退。リベリア政府および反乱側による戦争犯罪。リベリアおよびその中の地域に対する大いなる国際的注意を払うことの呼びかけ」、二〇〇二年五月。ピエール・バラシエツ、前掲書。ボニー・キャンベル、前掲書。
(11)以下を参照。エメ・セゼール、「植民地主義に関する論争」、マンスリー・レビュー・プレス、二〇〇〇年。ルワンダおよびコンゴ(旧ザイール)に関するベルギー人ジャーナリストのコレット・ブラックマンの著作(マルク・フェロ監修)。「植民地主義黒書」、ファイヤード、二〇〇二年
(12) UNCTADによれば、南アフリカをのぞくサハラ以南アフリカへの短期資本の流入および流出に関しては、一九八〇〜一九九八年の期間においては、累積純流出額が三百八十億ドル、累積流入額が三百億ドルであった。(「アフリカにおける資本フローと成長」、UNCTAD、二〇〇〇年)
(13)たとえば、アフリカ連合の執行機関は、欧州連合の欧州委員会に似た構成のアフリカ委員会である。
(14)アフリカ開発のための新経済パートナーシップ、公式文書、アブジャ(ナイジェリア)、二〇〇一年十月
〈「インタナショナル・ビューポイント」04年1月号〉



コミュニケ
ラディカル左翼48組織のムンバイ会議
帝国主義の世界支配に対決する真のオルタナティブのために!

 二〇〇四年一月二十日、インドのムンバイで、アジア・太平洋とヨーロッパの十八の政党が招集したラディカル反資本主義政党の国際会議が開かれた。この会議の第一の目的は、さまざまな大陸の諸組織が知り合い、国際的協力のプロセスからそれぞれの組織が何を期待するかについて最初の意見交換を行い、公式化するという意図を持たずに現存する連携を拡大・深化し、共同行動についての討論を開始することであった。
 この機会に四十八組織が会合した。他に五組織が参加の意思を表明していたが、結果としてムンバイに来ることはできなかった。したがって、全体で二十五カ国の五十三組織がこのイニシアティブに積極的に回答したことになる。参加組織のほとんどはアジア・太平洋とヨーロッパからだったが、アフリカ、ラテンアメリカ、中東からも参加していた。ここに関与した諸組織は、異なった起源、歴史、組織力量を持っていた。ムンバイ会議の以前にはおたがいに知ることさえなかったが、この会議は、異なった大陸からの、さまざまなイデオロギー的軌跡を持つ諸組織間の新たなつながりにとって、ユニークな機会となった。
 参加した諸政党は、反資本主義的・反帝国主義的展望を共有しており、現在の軍事的グローバリゼーション・企業グローバリゼーションに反対する大衆動員に関わっている。これら諸党は、対話を行い、相互の連帯を擁護し、ともに国際的に行動することを望んでおり、かくして国際主義に新しい具体的な内容を与え、世界的な民衆闘争の強化、今日の帝国主義世界秩序に対する真のオルタナティブの緻密化に貢献しようとしている。
 会議では、きわめて暖かい雰囲気の中で、今日の闘争の多くの側面について全般的な意見交換ができた。その幾つかについて挙げれば、軍事主義と戦争との闘い、労働者階級・被抑圧者の権利の擁護、民族解放、ジェンダーの平等、保健・医療への平等なアクセス、環境問題などである。その主張において、そしてすべてのレベルで、帝国主義に対して闘い、挑戦し、打倒しなければならないという共通の感情が生み出された。
 ラディカル諸政党のムンバイ会議は、アメリカの反戦運動と世界社会フォーラムを機会に会合した反戦運動の調整グループが主導した、二〇〇四年三月二十日の世界規模の動員デーの呼びかけを全面的に支持した。すべての組織は、パレスチナ人民、ならびに占領と軍事介入に直面している人びとと連帯し、平和を求め、イラク占領に反対するこのイニシアティブの成功を支えるために全力をつくすだろう。
 会合で出発したプロセスを調整し、持続させるために推進委員会が選出された。現在の推進役は、オーストラリア、ブラジル、フランス、イギリス、インド、イタリア、アメリカのメンバーである。
 ラディカル諸政党の第二回会議は、一年以内にブラジルのポルトアレグレで開催されるだろう。その会議は、eメールリストならびに、われわれの諸組織が会合するここ数カ月の国際集会の機会での意見交換を通じて準備されるだろう。準備討論は、さまざまなテーマの中で、二つの主要問題に焦点をあてる。軍事的グローバリゼーション・企業グローバリゼーションに反対する世界的な運動の発展との関係でわれわれが共有する責任、そして過去とは違った形でのラディカル諸党の国際的協力を、今日的にいかに形成できるか、である。
 ラディカル諸党の国際的会議は、ムンバイでのイベント以前のプロセスには組み込まれてこなかった新しい諸組織に開放されている。
ムンバイにて04年1月20日

参加諸組織
のリスト(*印はムンバイ会議には参加できなかった組織)

アフリカ
マリ:民主主義と独立のためのアフリカ人連帯(SADI)*
ニジェール:新民主主義革命組織(ORDN)
南アフリカ:オルタナティブ情報・開発センター(AIDC)/反民営化フォーラム

南北アメリカ
ブラジル:労働者党・社会主義的民主主義(DS・PT)/労働者党・統一社会主義運動(MUS・PT)/統一労働者社会主義党(PSTU)
カナダ―ケベック:オルタナティブ/進歩的勢力連合(UFP)
アメリカ:国際社会主義組織(ISO)/ソリダリティー/真実(Truth)

アジア・太平洋
オーストラリア:民主的社会主義党(DSP)/国際社会主義組織(ISO)
インド:インド共産党マルクス・レーニン主義者〔解放〕(CPI・ML Liberation)/インド共産党マルクス・レーニン主義者(CPI・ML)/インド共産党マルクス・レーニン主義者〔赤旗〕(CPI・ML Red Frag)
インドネシア:民主人民党(PRD)
日本:日本革命的共産主義者同盟(JRCL)
韓国:オール・トゥゲザー/労働者の力(PWC)
パキスタン:パキスタン労働党(LPP)/キサン・マスドール党(PKMP)*/サラキ民族党(SNP)*
フィリピン:市民行動党(Akbayan!)/フィリピン労働者連帯(BMP)/民衆民主主義協会(IPD)/フィリピンマルクス・レーニン主義者党(MLPP)/フィリピン労働者党(PMP)/革命的労働者党―ミンダナオ(RPM―M)/革命的労働者党―フィリピン(RPM―P)
スリランカ:新左翼戦線(NLF)/ナバサマサマジャ党(NSSP)
タイ:労働者民主主義

ヨーロッパ
エウスカディ(バスク):ヘリ・バタスナ(HB)
フランス:ル・アルタナティフ/革命的共産主義者同盟(LCR)
イギリス:社会主義連盟(SA)/社会主義労働者党(SWP)
ギリシャ:ギリシャ共産主義組織(KOE)/国際主義労働者左翼(DEA)/ギリシャ民主的共産主義組織(OKDE)
アイルランド:社会党(SP)
イタリア:共産主義再建党(PRC)
ポルトガル:左翼ブロック*
スコットランド:スコットランド社会党(SSP)
スペイン:エスパシオ・アルタナティボ(オルタナティブ・スペース)/統一左翼・オルタナティブ(EUiA カタルーニャ)/革命的労働者党(POR)
スイス:ソリダリテ

中東
エジプト:社会主義研究センター(CSS)

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