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イギリス反戦運動と新しい政治・選挙連合        かけはし2004.02.23号

労働党にかわる大衆的左翼政治勢力の登場へ

浅見和彦(大学教員)

 今年一月、六月に予定されている欧州議会選挙と大ロンドン市議会選挙に労働党に代わる左派の政治勢力を登場させるため、RESPECTという政治・選挙連合が発足した(本紙2月2日号号に、この選挙連合を呼びかけたジョージ・ギャロウェー下院議員のアピールを掲載)。SWP、ISGなどの政治組織、左派労組、ケン・ローチなどの左翼知識人が参加したこの連合を、反資本主義左翼に向けた挑戦として注目すべきだ。


 昨年二月のロンドンにおける戦争ストップ連合(STWC)によるイラク反戦二百万人デモは空前の規模であり、イギリスの労働者・国民諸階層のエネルギーの大きな爆発でした。この運動の経験が労働党外左翼に狭い枠組みからの脱却を促すことになりました。一月二十五日に約千五百人が参加して、今年六月の欧州議会選挙と大ロンドン市議会選挙での労働党外の左翼の選挙運動を展開するための組織が結成されたのです。

RESPECTの主要構成勢力

 主要な構成勢力は、イラク反戦をめぐる言動から労働党を除名されたジョージ・ギャロウェー議員、社会主義労働者党(SWP、いわゆるトニー・クリフ派)、国際社会主義グループ(ISG、第四インターナショナル・イギリス支部)、また、公共・民間サービス労組(PCS、二七万人)のマーク・セルウォトゥカ書記長、映画監督のケン・ローチ、さらにムスリムの団体などです。
 この政治・選挙連合は、RESPECTと呼ばれていますが、それは次のような意味を表す言葉の頭文字をとったものです。まずRは「尊重する(Respect)」という意味で、以下の六つの内容・価値を「尊重する」政治・選挙連合をさしています。すなわち、Eは「平等(Equality)」、Sは「社会主義(Socialism)」、Pは「平和(Peace)」、Eが「環境(Environment)」、Cは「地域社会(Community)」、Tは「労働組合(Trade Unions)」です。
 RESPECTの結成をめぐっては、左翼諸党派のあいだで議論もありました。
 この連合が結成される前にはすでに社会主義連合(SA)が結成されていて、これは労働党左派の活動家なども含んでいますが、事実上、トロツキズム諸潮流を中心とした連合組織としての性格が濃厚です。
 この社会主義連合と戦争ストップ連合とは、社会主義労働者党の組織的な力量によって支えられている面をもっています。社会主義連合の全国執行委員会や、戦争ストップ連合の運営委員会・事務局における社会主義労働者党の占める位置は無視できないものがあるからです。
 たとえば、社会主義連合の全国執行委員三十六人中、十三人が社会主義労働者党のメンバーです。党員数は、昨年末でおよそ八千人を数え、労働党以外では飛び抜けた規模の最大党派です。一九九一年に解党し、民主左翼に改組した「正統派」のイギリス共産党CPGBの組織勢力をすでに八〇年代末には追い抜いていたと思われます(あとで出てくるイギリス共産党CPBは、反主流派が一九八八年に結成)。イギリスのみならず、欧州で最大のトロツキスト政党ということになるでしょう。同党は、一九九〇年代末にそれまでの姿勢をあらため、他党派と共同する方向へ転換しました。なお、トニー・クリフは二〇〇〇年に死去しています。
 こうした事情のため、社会主義労働者党とその他の党派とのあいだでは戦略をめぐって議論が起きやすいともいえます。
 今回、他のいくつかの党派が提起した連合をめぐる論点は、@なぜ、社会主義連合とは別の組織をつくるのかA連合の社会主義をめざす方向性が弱いのはなぜか、というのが主なものでした。
 社会主義労働者党やこれと共同している第四インターナショナル・イギリス支部の主張は、社会主義連合は従来互いに衝突を繰り返してきた左翼諸党派が共同の課題で運動しうることが示されたことに重要な意義があるが、歴史的な反戦運動の高揚によって新しい局面に入ったのであり、この運動によって結集してきた広範な諸勢力の連合をつくり上げなければならないというものでした。
 具体的には、労働党から除名されたギャロウェー議員、イギリス共産党(CPB)とその影響下にある勢力、さらに「自分自身を社会主義者とは思っていない広範な人々」として社会主義労働者党がとくに重視したのは、イギリス社会におけるムスリム勢力でした。
 しかしながら、結局、RESPECTの結成大会までに、社会主義党(SP、旧「ミリタント」)やイギリス共産党は結集しませんでした。

ミリタント派と共産党の主張は

 主として社会主義労働者党との確執から社会主義連合を脱退していた社会主義党は、@連合の結成準備の初期にまったく相談にあずからなかったのは遺憾である(昨年末にギャロウェー議員や社会主義労働者党幹部と初めて協議)A連合は主として欧州議会選挙の運動組織としての性格が強いと理解しているBしたがって、直ちには、連合には参加しないCとはいえ、同時に行われる地方選挙では社会主義党の候補者への連合の支持があるものと期待している、という態度を表明し、今後の参加に含みをもたせています。前身の「ミリタント」が労働党に加入活動をしている時期には三人の下院議員をもち、また現在でも五人の地方議員を擁する社会主義党の自信をうかがわせます。
 また、社会主義労働者党が「イラク反戦運動で重要な役割を果たしてきた」と評価しているイギリス共産党(戦争ストップ連合の議長のA・マーレイがイギリス共産党のメンバーであることなども指していると思われます)は、わざわざ一月十七日に特別党大会を開き、この連合に参加するかどうかの討論と決定を行いました。採決の結果は、賛成がおよそ三分の一で否決となり、不参加となりました。
 しかしながら、社会主義労働者党が主導する連合への参加など頭から問題にしないのではないかと思われていただけに、驚くべき変化です。なにしろ、書記長のR・グリフスが参加する方向での提案を行い、事実上の党紙である「モーニング・スター」(協同組合組織が発行する日刊紙)の編集長J・ヘイレットも賛成討論を行ったのです。同紙は、連合への参加の当否について紙上討論を組織し、大会決定後も「参加すべき」との論調を展開しています。

労働党支持をやめる左派諸労組

 さらに、ここ数年の間に労組指導部に左派が進出し、労組と労働党の関係をめぐっても、きわめて重要な変化が生じています。
 すでに主要労組のあいだで、「なぜ労組員の利益に反する政策を実施しているブレアのニュー・レーバーを支持し、政治資金を出すのか」という批判が噴出し、労働党への政治資金の支出を減額してきた労組が少なからず出てきていましたが、左派系の鉄道・海運・運輸労組(RMT、七万人)はさらに進んで、その支部組織などに対して労働党以外の政党への「加盟」や政治基金の使用を認める方針を打ち出したからです。同労組のスコットランド地方本部とその五つの支部はスコットランド社会主義党(SSP)を支援しており、二月に開催された特別大会でもこれを承認し、事実上、労働党との関係に終止符を打ちました。
 スコットランド社会主義党は、スコットランドにおける社会主義党が中心になって一九九八年に結成しましたが、二〇〇一年には社会主義労働者党のスコットランドの組織も合流して、現在約三千人のメンバーを抱え、昨年のスコットランド議会の選挙では六人の議員を擁するまでに成長しています(したがって、イングランド・ウエールズの政党としての社会主義党と、スコットランド社会主義党とは政治的組織的性格がまったく異なります)。
 また、鉄道・海運・運輸労組のロンドン地方本部はRESPECTを支持する動きを見せています(スコットランドのグラスゴーの選挙区から立候補して現在下院議員のギャロウェーは、六月の欧州議会選挙に立候補しようとしています)。
 労働党執行部は鉄道・海運・運輸労組に対して労働党からの「除名」を行いましたが、他の労組、たとえば郵便・電通労組(CWU、二八万人)や消防士労組(FBU、五万人)のなかでも、鉄道・海運・運輸労組と同様の動きがすでに出始めています。
 注目しなければならないのは、左派系労組による労働党指導部への批判が結局、労働党の枠内で行われてきた、ここ百年ほどの伝統を考えると、一つの画期的な変化だという点です。
 もちろん、左派系労組がもっぱら労働党からの脱退という方向だけを検討しているということではありません。
 二月七日には社会主義連合主催の「労働組合左派会議」も開かれ、約七百人が参加しています。以前も社会主義連合は労組活動家の会議を開いたことがあり、今回の会議よりも規模は大きいものでしたが、今回は労組の支部組織からの代表者の参加も多かったことや、なによりも鉄道・海運・運輸労組のボブ・クロウ書記長など労働界のビッグ・ネームが登場したことが大きな違いです。
 そこでも様々な立場からの議論が出されました。クロウ書記長は大会の経過を報告し、またギャロウェー議員も、「RESPECTは労組に労働党からの脱退を呼びかけているわけではない。たしかに労働党から脱退しないでやっていくことは重要ではある。しかしながら、労働党内でうまくやっていけるという可能性を誇張しないということも同じように大事なのではないか」と発言しています。

欧州議会選とロンドン市議会選

 RESPECTの十八人の全国執行委員には、公共・民間サービス労組のセルウォトゥカ書記長、社会主義労働者党・理論誌編集長のジョン・リース、第四インターナショナル・イギリス支部のアラン・ソーネットや、ケン・ローチ監督などが含まれています。連合の結成にむけ、いくつかの主要都市でも集会が行われてきましたが、今後は各地でこの連合の地域組織をつくっていくことが課題になります。
 連合が六月の選挙で直ちに成果をあげることができるか、あげられるとすればどのくらいの成果になるかは、もちろん確言できません。しかし、中長期的に見た場合、かりにイギリス共産党や社会主義党も参加すれば、また労働党離れの進む左派系労組のあいだで連合への結集の動きが加速すれば、イギリスの労働者の間で労働党とは別の新しい政治勢力として――スコットランド社会主義党とともに――注目され、支持を集める可能性がでてきているといえます。


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