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プアン(扶安)住民の反核民主闘争に連帯を       かけはし2004.01.19号

核廃棄物処分場は韓国のどこにも作らせない

04年-脱原発への大きな一歩を

 本紙一八〇八号で報告した韓国全羅北道扶安(プアン)郡蝟(ウィ)島の核廃棄物処分場建設計画をめぐる住民の闘いは、次々に大きなうねりをつくりだしている。
 十二月十日、核廃棄物処分場計画の政府責任者のユン・ジンシク(尹鎮植)産業資源部長官は記者会見で、プアン住民に公開謝罪し、プアン以外の地域からの誘致希望を追加して受付けるという発表を行った。またユン長官は辞表を提出、ノ・ムヒョン大統領は十五日にこれを受理、後任に李煕範(イ・ヒボム)ソウル産業大学総長を任命した。
 十三日午後、反核民主広場で「プアン反核・生命・平和のための汎国民大会」が民主労総、全国民衆連帯などの全国結集で一万数千人が参加して開催された。大会では、政府は謝罪したが警戒を緩めずに白紙に返すまで最後まで闘い、核エネルギー政策を転換させようという決意が固められた。夕方からは百四十一日目のロウソク集会が行われ、牛を売却して闘争資金カンパとして提供するなど闘いの先頭に立つザング・ミョングスンさんらが登壇し、発言した。
 日本では、先月末にプアンで開催された核廃棄物処分場フォーラムに参加した仲間たちにより、連帯行動のひとつとしてカンパの訴えがはじまった。日本ではすでに`低レベルa核廃棄物は六ヶ所村の処分場に埋め捨てされている。`高レベルa処分場は原子力発電環境整備機構(原環機構)によって「概要調査地区の選定に際し、その候補となる区域を全国の市町村から公募」中であり、すべての市町村・都道府県に書類が送られている。日本では、われわれすべてが核廃棄物処分場の当事者でもある。プアンの闘争と連帯することはわれわれの闘いでもあるだろう。
 振込先は次の郵便振替口座に。00140―3―63145『原子力資料情報室』、必ず「プアンへのカンパ」と明記のこと。
 十二月十日の記者会見で、ユン産業資源部長官は「敷地選定過程でプアン住民の意思を十分に反映できなかった問題点」、「公募に多くの地方自治体が参加することができなかったことで、結果的に国民と地域住民に混乱とご迷惑をかけた点を先に謝らせていただく」と、住民に公開謝罪した。引き続きユン長官は、七月十四日のキム・ジョンギュ(金宗規)プアン郡守の公募への申し込みとこれによるウィ島選定に関し、「住民の直接選挙によって選出された自治体首長が誘致申請をする場合、住民の反対意志がある場合はよく説得して事業を推進するのが望ましいと考えていた」と、この間の心情を明らかにした。「当初の選定手続きにはなかった住民投票実施が、政府と反対側で合意されたし、今後の忌避施設建設の際には国民負担で行うべきだという判断をした」と、公募追加の理由を述べた。
 総面積約四百万坪のウィ島の住民は早い段階で切り崩されていた。住民千五百人中九百三十七人の署名を集め、今年五月、施設の誘致を郡に請願していた。キム郡守はこれを背景に誘致申請を七月十一日に宣言、郡議会は同日、ウィ島住民の請願を否決した。韓国では行政手続き上、首長による契約を議会では覆させることができない。そのため、住民投票の法制化が必要であった。
 ウィ島住民切り崩しには「日本では、核施設を誘致した六ヶ所村では所得が他地域を上回った」という`事例aを持ち出した。『朝鮮日報』は「申請書の受け付けが諜報作戦のようだったとか、郡守の家族が隠れて暮らすのを見ると、決断までの道のりがいかに困難だったかがうかがえる」と伝えており、卑劣な誘致活動であったことが逆に浮かび上がっている。
 ユン長官の記者会見で行った政府の「公募の追加」案では次のようになる。
 政府は新しい公告を年内に告示、来年一月一日から他地域に対する予備申請を受けつけ、来年六月から九月までに選定決定する。すでに申請済みのプアン郡は住民投票で賛否を決定し、他地域でも住民投票の賛否を経て誘致申請を受けつける。プアン郡の住民投票で誘致賛成で可決され、他地域からも申請があり、応募地が複数となった場合、プアンを優先的に配慮する。プアンと他の地域の住民投票時期は各自決定することも可能、などという内容である。
 新規に申請する地域では、まず計画地の単位自治体住民の五〇%以上の賛成で産業資源部に敷地調査請願を提出し、自治体首長が地方議会の意見を聞いて予備申し込みをしなければならなくなり、その後約三カ月の間、テレビ討論、共同説明会、海外調査団派遣など討論期間を経て、該当の地方自治体首長が住民投票を実施することを優先させることになった。これはプアン郡守の卑劣な誘致行為から住民の反対運動が高まったため、この修正は政府の`反省aとも受け止められている。
 しかし、こうした政府の期間をとった`配慮aは、プアン住民が住民投票の年内中の実施を求めていたこととは逆で、反対運動を沈静化させるための冷却期間、切り崩しの期間とも考えられている。また、従来から政府は、プアンにおける住民投票を来年四月の総選挙以後とすることで、住民投票の効果を低めようと先延ばしを行ってきていた。
 この政府案に対し、環境運動連合など五十以上の市民・環境団体で構成された『反核国民行動』は、「いまは核廃棄場・原子力発電所を建設するのではなく核政策全般を検討する時だ」、「核廃棄場問題の核心は核廃棄物を発生させる原子力発電所の問題だ。原子力発電中心全力政策を続ければ、第二第三のプアン事態は全国どこででもまた発生する」という声明を発している。
 現在、核廃棄物処分場の誘致を希望する自治体は、全羅南道・ヨングァン(霊光)や全羅北道・コチャン(高敞)など二〜三カ所が取り上げられているという。

 十二月十三日、「プアン反核・生命・平和のための汎国民大会」は午後三時から反核民主広場ではじまった。
 まず、全プアン郡住民対策委員会のキム・インギョン共同代表が「偉大なプアン郡民の闘いの熱気は、いま全国民とともにしている」と歓迎のあいさつ。引き続き全国民衆連帯と環境団体代表たちの発言が続いた。 このなかで民主労総タン・ビョンホ委員長は「ノ・ムヒョン政権は住民の意見を尊重すると言いながら`プアンに優先権があるaとプアンに核廃棄場を強行しようとする陰謀を進行している。完全な勝利をするまで一緒に連帯闘争する」と発言した。
 この日まで三十一日間の断食座り込みを続けてきたムン・ギュヒョン神父は「政府と核マフィアたちは(政府の謝罪と公募が拡大された)いまこの瞬間にもプアン核廃棄場をあきらめず、さまざまな策略を駆使している」と発言、「政府は地域間住民間、 地域間葛藤と競争で核廃棄場問題を解決しようとするどんな試みも第二第三のプアン抗争を招くだけで必ず失敗することを理解しなければならない」と強調した。
 ウィ島住民の切り崩しのため、六ヶ所村をはじめ日本の原子力開発におけるカネのばらまき実績を推進側は利用していた。いま日本では、二〇〇六年七月の本格操業が目論まれている六ヶ所再処理工場をめぐり、重要な時期を迎えている。プルサーマル計画をはじめとした再処理推進路線の国策と、電力自由化で新規参入事業者との価格競争下に入った電力会社との間で、廃棄物処分や再処理しきれない使用済み燃料の保管についてなど、これまで費用手当てがされてこなかったバックエンドコストをどのように「広く薄く」国民に負担させるかについての審議会がおこなわれ、事業者の試算では十九兆円にも達することが明らかとなり、政策見直しを求める声も高まっている。
 日本原燃は、再処理工場で行われた三百カ所近い不良溶接工事を見抜けず、原子力保安院から命じられた設備総点検を続けている。平行して施工時の書類点検を行っており、約二二%を終了した段階で記載漏れなど書類上の不備の可能性があるケースが約三千八百件もあることが判明している。はじめて再処理工程に放射性物質を入れることになるウラン試験を来年一月に着手するのが原燃の計画だが、この十二日、ウラン試験の前段である化学試験の最中に、作業員の顔に硝酸が飛び散る事故が起きている。
 先月末にプアンで開催された核廃棄物処分場フォーラムで日本の仲間は、一度原子力施設を受け入れると、次から次にやっかいな施設がやってくると報告し、原子力施設を一歩も入れないいまの闘いの重要性を訴えた。いま、日本で同様に重要なのが、六ヶ所再処理工場の操業をストップさせるため、まずウラン試験をさせないことだ。
 プアンでは五カ月におよぶ連日連夜の闘争を続け、大量の負傷者や拘束者がでており、カンパでの連帯が重要であるのと同様、わが身の闘いでもある六ヶ所再処理工場の操業をめぐって、日本の原子力政策の転換のための闘いを勝利に導くことが最大の連帯となるだろう。
 本稿は韓国の次の市民メディアなどに掲載された情報をもとにまとめた。
核廃棄場白紙化・核発電所追放・全プアン郡住民対策委員会
http://nonukebuan.or.kr/)、
プアン21
http://www.buan21.com/)、チャムソリ・ほんとうの声(http://www.cham-sori.net)、環境運動連合
http://www.kfem.or.kr/)。
翻訳はOCN翻訳サービス(http://www.ocn.ne.jp/translation/?U )などが利用できる。誤訳などの責任はすべて筆者にある。
 (12月15日記 斉藤浩二)

【追記】ロウソク集会は昨年末、プアン郡中心街から周辺の地域にリレー形式で継続され、一月九日まで百六十九日間連続で開催されている。大晦日には格浦(キョッポ)漁港を中心に、年越しのイベントも行われた。現在、二月中旬実施を目標とした自主住民投票が準備されている。



  
プアンから世界の人たちへのメッセージ

希望を作る生命の連帯を!

……(略)……
 大韓民国政府は、もっと多くの原発を建設して核産業政策を駆り立てるために、二十年前から核廃棄場を建設しようと多くの試みをしてきましたが、地域住民たちの極限的な拒否と不信で成功していません。
 私たち扶安住民たちの闘いも、まさしくこの核廃棄場建設反対の闘いであり、陽子加速器設置など扶安地域一帯を核産業団地として造成しようとする陰謀に対する暴露の闘いです。
 二〇〇三年ノ・ムヒョン政権が発足するとともに、大韓民国政府は核廃棄場敷地選定で全国あちこちをそそのかしたうえ、最終的に全羅北道扶安郡の蝟(ウィ)島という島に核廃棄場を作ると大騷ぎをしています。わが国では核廃棄場反対が言論によって地域利己主義として排除される傾向がありますが、たとえ地域利己主義だとしても政府の誤った政策に対する住民抵抗として正当なだけでなく、私たち扶安住民は扶安の地だけでなくどこにも核廃棄場が作らせてはならないと身をもって言っています。
 私たち扶安住民の核廃棄場反対の闘いは、もう一つの側面でデモクラシーの闘いという重大な要素が込められています。地域住民によって選出された扶安郡守が、地域住民の意思は全然問わないまま独断的に核廃棄場の誘致を申請したため、私たちは軍政独裁者に対するデモクラシー守護の闘いと同様に闘っています。そのため私たちは、私たちの闘いを反核民主の闘いと呼んでいます。また私たちのデモクラシーの闘いはエネルギー代案政策に対する要求も含んでおり、大韓民国の電気を完全に独占している韓国電力公社の中央集中的な電気権力及び電力産業に対する異議申し立てでもあります。
 半年の間、日常化されてしまった私たちの反核民主の闘いはおびただしい苦痛と犠牲と損失を支払っていますが、その高い対価で非常に貴重な意味と資産を得てきました。私たちは私たちの闘いを通じて生命人権思想を学んできたし、生態的環境と主体性だけが長続き可能な生を保障することができることを悟りました。
 それは時には強硬な闘いを通じて、懺悔の三歩一拝の苦行を通じて、そしてロウソクデモという毎日毎日の文化的闘いなどを通じてでした。またデモクラシーというのは選挙で完成されるのではなく、私たち住民たちの地域政治及び生活政治への積極的参加を通じて獲得されることだということを、もう一度悟らざるを得なかったのです。
……(略)……
 私たちの反核民主の闘いは韓国社会で見るとき、遠くは百余年前の東学農民革命から、近くは一九八〇年の光州民衆抗争の抵抗の歴史のように考えています。そして世界的に見るときは最近十年の間、対政府抗戦をして来たメキシコ農民共同体たちの美しいサパティスタの闘いなど、グローバル化と新自由主義に反対する闘いと脈を一つにしています。
 私たちの闘いは資本と権力に対する闘であり、韓国のそれらを超えて全地球的に社会を危険に陥れ世界の超国籍核産業資本をねらっており、そうすることによって私たちは、本当に核のない世の中を開くもっと大きい力を集めていけるでしょう。
 私たちは二〇〇三年、大韓民国扶安という小さな農漁村都市で始まった二〇〇四年まで引き継いで行くしかない反核民主の闘いを、地球村の美しい世界人たちに知らせて支持と連帯を訴えるところです。可能な限り他の世界に向けた闘いに私たち七万扶安住民たちも一緒に行動します。希望を作る生命の連帯、それがとりもなおさず私たちの生です。
二〇〇三年十二月三十一日
大韓民国扶安人々


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