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三里塚                        かけはし2004.01.01号

東峰裁判が勝利的和解

謝罪するなら公団は暫定滑走路の供用をただちに中止せよ


 東峰裁判が和解した。空港公団は東峰神社の土地が東峰部落のものであることを認め、立ち木強制伐採について謝罪し、損害賠償を支払うことになった。しかし空港公団は、この和解をテコに、用地交渉に持ち込もうと策動を強めている。しかし住民側は「謝罪するというなら暫定滑走路の運用を即時停止せよ」と要求している。


和解の内容と公団のねらい

 東峰部落住民は、二〇〇一年六月十六日に空港公団が三里塚暫定滑走路供用強行のために東峰神社の立ち木を強制伐採したことの違法性と、神社境内地が部落の総有であることの確認を問う裁判を行ってきたが、十二月五日、公団と和解した。
 和解条項は、@公団が立木伐採を謝罪するA境内地が一九五三年以来、東峰部落の総有財産であることを確認するB公団は、和解成立後直ちに東峰部落住民に対して、本件土地について真正な登記名義の回復を原因とする所有地移転登記手続きをするC東峰神社の景観を回復するため、別途協議のうえ、東峰神社周辺に立木を植栽するものとし、その費用は被告の負担とするD公団は、東峰部落に損害賠償を支払うE公団が一定の現状変更等を望むときは、東峰部落に対して必ず協議を申し入れる││などを柱とするものだった。
 和解に向けた進行協議後、大口昭彦原告弁護団長は、「東峰神社を守り抜き、地域の名誉を回復するという主張が十分に達成された。提訴の目的が完全に果たされたと判断し、和解で決着させることにした。住民は電車のガード下並みの騒音を受けて暮らしている。和解を用地取得の手段とするなら公団の意図は許されない。移転登記は公団からの無償譲渡ではなく、神社建立以来の真正な登記名義を回復したものだ」と発言した。
 石井恒司さんは、「公団は和解が空港問題解決への第一歩と言うかもしれないが、解決したのはあくまで東峰神社の問題だけ。空港問題全体に広げていくというのなら拡大解釈もはなはだしい」と公団の話し合い攻撃の強化を許さない決意を表明した。
 島村昭治さんは、「和解したとしても東峰神社林が元に戻ったとも思っていない。あの立ち木を切ったから暫定B滑走路ができて家の上を飛行機が飛んでいる。公団が迷惑をかけたと言うなら姿勢を正すのが筋だ。和解が二千五百メートル化を達成するための布石なら和解ではない」と述べ、怒りを込めて暫定滑走路供用中止を求めた。
 萩原進さんは、「これを機会に交渉に弾みをつけたいというなら、それこそ謝罪という言葉に信憑性がなくなる」と批判した。
 空港公団は裁判で、@部落の総有関係を否定A移転者を取り上げて部落全員が原告になっていないとする入会権裁判における構成要件不成立論をでっち上げB入会権の主張に対して過去の遺物として否定するなど、許し難い態度を取ってきた。また、事前にマスコミに「東峰部落が反対しているからB滑走路が完成できない」「和解決裂ならば北側延伸か」などとキャンペーンさせた。
 しかし、原告弁護団と東峰部落住民は、被告・公団の法理論体系さえ無視した滅茶苦茶な反証に対して、東峰神社の歴史と故・石井武さんの証言、総有関係の立証、入会権の法的正当性、暫定滑走路自体の危険・欠陥性などを原則的に提示、立証していった。劣勢に追い込まれた被告・公団は、苦肉の策として第七回裁判で東峰神社が部落の総有関係にあることを否定したままの「和解案」を提示してきた。それを原告が拒否したとたん公団は「和解」を用地交渉の契機として位置づけ直し、原告の要求をほぼ全面的に受け入れる形で和解したのである。
 原告たちが次々と暴露しているように、この和解をステップに公団は、マスコミ、地元利権屋集団などありとあらゆる手段を使いながら東峰部落住民に対する話し合い攻撃で分断策動を強めようとしている。〇四年度の「成田国際空港株式会社」への民営化、〇七年の株式上場を控えた空港公団にとって、ジャンボジェット機が飛べる二千五百メートル平行滑走路の完成は、なんとしてでもやりぬかなければならない条件である。現在の暫定滑走路(二千百八十メートル)のままでは民営化そのものの存立根拠を失いかねないのだ。
 黒野公団総裁は、「東峰地区との信頼関係を形成し、話し合いの糸口を見いだしたい。一刻も早く完全空港化しないといけない。裁判で争うより短い時間でゴールできると考えた」と述べ、和解を判断した本音を隠しもせず、公然と開き直っている。また、堂本知事は「和解を契機として誠意を持った話し合いが続けられ、平行滑走路の早期完成が図られるよう期待します」とバックアップしていく発言。さらに、成田商工会議所の野間口会頭も「和解が完全空港化への第一歩であってほしい。公団は短兵急に用地交渉を持ち出さず、ねばり強く農家の心をほぐしてもらいたい。農家側にも和解を機に交渉のテーブルについてほしい」と述べ、地元推進派を動員しながら東峰住民にもっと圧力をかけろと言っている。
 このような政府・空港公団│千葉県│成田市などの利権屋集団が一体となった東峰部落包囲体制の強化と話し合い攻撃を許さず、東峰部落住民の固い団結と新たな闘う決意に応えていかなければならない。人権・生活・環境破壊を続ける暫定滑走路の閉鎖を求めて、支援・連帯を強化していこう。

政府・公団の重圧に抗して

 石井紀子さんは、11・30東峰現地行動の集会で「私たちと公団の間に本当の意味で和解が成立することはありません。日夜、頭上にジェット機が飛んでいるなかで、謝ってもらったとしても、それは強盗がピストルをつきつけながらゴメンナサイと言っているようなものです」と発言し、空港公団を批判した。黒野公団総裁が「ギリギリまでお譲りした。我々の姿勢を評価してほしい」などと言っているが、絶対にインチキ謝罪を認めることはできない。
 黒野は総裁に就任して以降、東峰部落住民の断固たる闘いに対してこのような手法を繰り返してきた。その一つが読売新聞(〇三年一月十三日)に報道させた、東峰地区を東西に分断して営農破壊を強め部落を集団移転に追いこむことをねらった「貨物地区構想」だ。東峰部落住民は、「『東峰の森』を破壊し村を消滅させる貨物地区構想を受け入れることはできない」(一月三〇日)という申し入れ書を公団に突きつけ反撃していった。二月二十日、公団は、東峰の森の伐採や貨物地区構想について、「地区の了解を得ないで一方的に計画を推し進めることはしない」と回答してきた。日夜のジェット機の轟音と「北側延伸案」によってでも東峰住民が動揺せず、話し合いのテーブルに乗ってこないというデッドロック状態に対して、「貨物地区構想」をでっち上げ、意識的に揺さぶりをかけてきた。ところが東峰部落がただちに「申し入れ書」という形でまとまり反撃したことによって、表面的に「地区との話し合い」という対応をせざるをえなかったのだ。
 次に出てきたのが「黒野総裁の謝罪書簡」(三月二十八日)だ。書簡は、暫定滑走路建設について、「計画を一方的に策定し、賛否も問わない一方的な手法でした」と謝罪のポーズをとりながら、「早期に暫定滑走路の北側延伸に踏み切る考えがない」と述べている。だが、その先に見えてくるのが、最終的な選択肢として北側延伸を行いジャンボジェット機を飛ばすぞという脅迫である。事実、〇三年四月一日に空港公団は、〇三年度予算総額二千五百二十九億円のうち、平行滑走路整備費に七十三億円を計上していることを明らかにしている。東峰部落住民が移転することを前提に建設事業費を確保していたのだ。黒野謝罪書簡のインチキ性がここにおいても明白になった。
 さらに空港公団は、五月十八日の朝日と毎日新聞に「空港北側の用地取得」とセンセーショナルに報道させた。暫定滑走路北側の土地約十一万平方メートルは、すでに二年前に取得していたのをわざわざマスコミにリークして北側延伸ムードを作り出し、東峰住民に対するプレッシャーを作り出そうとしたのだ。そして、成田空港開港二十五周年式典で黒野は、「北側への再延伸で二千五百メートル化を図ることも一つの選択肢だが、いまは本来の計画実現を目指したい。何が何でも滑走路二千五百メートル化したい」と発言したのである。
 この路線の延長上に、空港公団は、八月二十七日、〇四年度政府保証債の要求案(旧概算要求)三百七十五億円のうち、平行滑走路に八十九億円、エプロン新設・誘導路などの基本施設整備に百四十四億円を計上した。そして、これらの平行滑走路完成化に向けた動きを集約する形で「成田国際空港株式会社」の中期総合経営計画草案を発表(十月三十一日)し、暫定滑走路の二千五百メートル化を必須の課題として明記し、国際空港競争力のレベルをアップしていきたいとしている。
 このように空港公団は、見えすいた平謝りをしながら、片方では平行滑走路完成に向けた予算を計上し、それを前提にした経営計画まで立てているように、話し合いポーズと追い出し策動を使い分け、東峰部落住民への攻撃を強めてきた。東峰神社裁判の和解に対して、東峰住民が一斉に警戒心を強めていることの重みを受け止めなければならない。それはまた小泉政府・国交省・空港公団と真っ向から対峙している重圧を、全国の力によっていかにはねかえしていくことができるのかとして鋭く問われているのだ。

空港民営化を前に焦る公団


 航空機過密状況をより一層激化させ、航空機事故の多発と騒音公害、環境破壊の拡大につながる羽田空港の国際化と拡張事業に向けた動きが活発化している。六月の日韓首脳会談で羽田空港とソウルの金浦空港とを結ぶ航空便の早期運航に合意し、年内にも昼間に四便程度の国際シャトル便が運航する。これまでの「国内線は羽田、国際線は成田」という役割分担の見直し、実質的な羽田国際化の流れが強まっていく。羽田再拡張事業は財源の不確定からストップしていたが、十二月十三日、神奈川県、横浜市、川崎市、東京都が国に千三百億円の無利子貸し付けすることで合意した。〇九年の完成を目指し、来年度から羽田空港の沖合に四本目の滑走路を造成する事業を開始する。
 国際空港としての成田空港の役割低下につながる羽田拡張事業に対して堂本千葉県知事は、千葉に拡大する騒音被害を理由に反対姿勢をとっていた。だが、〇四年度事業着手をめざす国交省は結局、千葉県に対する負担要請を撤回し、見切り発車することになった。小泉政権の都市再生路線の一環としてある羽田拡張に大手資本、ゼネコンが群がり、またしても乱開発を繰り返すのは必至だ。羽田拡張をめぐる交通政策上の危険性、環境破壊、騒音公害に反対し、巨大な利権構造と官僚の天下り先の拡大などの腐敗を暴き出していかなければならない。
 十一月二十八日、小泉政権の新自由主義路線の具体化の一つである成田空港の民営化に向けた成田空港国際空港株式会社設立委員会が、東京で開催された。〇二年十二月に国交省交通政策審議会が「今後の空港及び航空保安施設の整備に関する方策について」(第八次空港整備計画)の最終答申を受け、〇三年七月に成田民営化法案が成立した。委員会は、奥田日本経団連会長、山口日商会頭、千葉県商工連会長の千葉、さらに黒野公団総裁、堂本千葉県知事、成田空港地域共生委員会の山本、政府関係者などが入っている。〇四年三月に創立総会が行われ、〇七年には株式上場し、完全民営化をめざすことを確認した。
 アジアの国際空港建設競争に遅れをとり、羽田空港の国際化の流れが強まるなかで、成田空港の民営化にとってB滑走路の完成が至上命令になっている。日経連は、〇二年十一月に「空港整備と国際拠点空港の民営化問題」という意見書を発表し、早期完成を強く求めていた。 
 成田空港民営化とは、金もうけ第一主義を徹底的に強化することにほかならない。だから、安全性や空港公害対策などのコスト負担を徹底的に削減していかなければならない。その積み上げによって資産価値を株式投資に有利なものにしていかなければならない。ジャンボジェット機が飛べない暫定滑走路を抱えたままでは、資産価値が下がる。弱肉強食の市場原理からすればそれは絶対に認められないのである。だからこそ空港公団は、東峰部落住民に対してやれることはなんでもやるという路線を強めてきている。逆に言えば、「あせり」の表現だと確認できる。
 黒野総裁は、成田民営化法案が成立した直後の記者会見で、暫定滑走路延長について「〇七年予定の株式上場時点で工事を始めるか、最悪でも地権者の了解は取り付けたいが、完全にできているのはかなり難しい」と発言している。東峰部落住民の闘いに連帯し、全国的な支援を強化することによって、この発言を現実のものとして政府・空港公団に突きつけてやろうではないか。暫定滑走路の閉鎖に向けた第一歩をかちとろう。
 そのための陣形構築に向けて第一に、政府・空港公団と対峙し続けている東峰部落住民の闘いに応えるために、三里塚を全国闘争拠点として強化することである。さらに、反空港全国連絡会の取り組みの成果を確認し、「空港計画の中止、航空機騒音の拡大阻止と抜本的解決、空港の軍事利用阻止」を合い言葉に、全国の空港反対運動や無駄な公共事業に反対する運動に取り組む仲間たちとのスクラムを強化していかなければならない。自衛隊のイラク派兵反対運動との合流も実現していこう。
 第二に、成田空港民営化によるさまざまな問題点を暴露・批判していくとともに、空港誘導路の危険性など欠陥・危険だらけの暫定滑走路を暴きだし、閉鎖運動を作り出していくことである。
 第三に、新自由主義と資本のグローバリゼーションに反対する海外の活動家たちが、次々と三里塚を訪れ、闘う三里塚農民たちとの交流が実現している。この間の交流運動の成果を、さらに広げ、反グローバリゼーション運動の拠点として世界に発信していこう。
 第四は、東峰部落に対する集中した話し合い攻撃と同時に押しすすめている横堀部落解体攻撃をはねかえしていくことである。横堀地区を第二の闘う拠点として、さらに打ち固めていくことである。そのために創意工夫に富んだ取り組みを開始していこう。これらのスタートとして〇四年反対同盟旗開き(一月十一日(日)、正午、横堀研修センター)に結集しよう。
       (遠山裕樹)


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