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イ ラ ク                      かけはし2003.9.22号より

米英軍占領下、状況はますます絶望的になりつつある



 米英軍によるイラク不法占領が続いている。侵略戦争で破壊し尽された生活基盤の復旧は全く進まず、民衆は深刻きわまりない社会的混乱の中に放置され、不安と怒りと絶望がますます広がっている。



 友人のみなさん。
 気持ちの上では毎日手紙を書いているつもりなのですが、その手紙をコンピューターに入力する意欲がなくなっていただけです。幸いにも今回、手紙を書きました。ここで何が起こっているかの最新情報を提供したくなったのです。
 先に出した約一カ月前の手紙で、私は一日に電気がつくのは八時間から十二時間だと言いました。私たちは、七月二十五日以後になれば電力供給はもっと改善されると約束されました(誰が約束したかはご存じでしょう)。今日は八月二十四日ですが、一日に八〜週二時間以下しか電気は来ません。おかしな話ですが、今日の記者会見でブレマー氏は、電力状況はずいぶん改善されたと語ったのです。そう、この国の話ではないのでしょう。おそらく彼はニューヨークについて言及したのでしょう。そこでは、だいぶ良くなったよようですから。
 燃料についてはどうでしょう。燃料を求める列は約一キロから約百メートルにまで短くなりました。百〜二百メートルの増減がありますが、それが何によるものなのか私には分かりません。ある日は、列のなかに数十台の車がありますが、別の日には五、六台ということもあります。ある日には誰も燃料を手に入れられず、別の日には誰もが手に入れられるというのがなぜなのかについては、私の理解を超えています。
 治安について。新車は依然として大きなリスクを伴います。新車で行くとおそらく撃たれ(必ずしも殺されるわけではありません。神に感謝!)、車は持っていかれます。不幸なことに私の車はプジョーで、そんなわけで私の車はこの四カ月間、ガレージを出ていません。多くの人がまだ新車で外出していますが、私はそんなリスクを冒したくありません。正直なところ、以前は毎日車を盗まれた話を聞きましたが、いまでは週に一、二度です。これも事態の改善ということでしょう!
 この数は私が聞いた話であって、バグダッド全体で盗まれた車の数についてではありません。私は中古の車を買おうとしましたが、政府がないため、車を売ろうという人を誰も信じることはできません。それが盗難車かもしれません。だから車を手に入れるのは思ったほど簡単な話ではないのです。
 何万台もの中古車――私は数をおおげさに言っているわけではありません――が、あらゆる国から輸入されています。しかしその輸入中古車の登録がどうなっているのか、車の税金や登録料を払う必要があるのかどうかについて誰も知りません。こうした車はすべて通りを走っていますが、ナンバーなどありません。
 多くの道路は、依然として米軍によって封鎖されています。現実には、封鎖されている道路の数は増えています。橋は依然として封鎖されています。私たちは毎朝働きに行きますが、オフィスには二十分で着くか、それとも一時間かかるかです。
 私たちはこうした道路封鎖が一時的なものだと思っていました。しかしそれから四カ月後の今も、きわめて重要な道路であるアブ・ノアス通りは封鎖されています。近々封鎖が解かれるようには見えません。
 水道はほとんどいつでも出ますが、非常にチョロチョロとです。しかしこれに対する不満の声はありません。MCI(電話会社)は、七月中旬に携帯通話サービスを七月中旬には行うと発表しました(少なくとも私は、彼らが公式文書でそう言っているのを見ました)が、それはもう一つの履行されざる約束になりました。多くの地域では、電話交換機能が打撃を受けたため、今でもあらゆる電話サービスがありません。
 要するに、この二カ月の間で注目すべき改善はなかったということです。そのため人びとはより絶望的になり、楽観的だった人もいまでは楽観主義を失ってしまいました。私もその一人です。
 きわめて短期間のうちに重要な石油パイプラインが何度も破壊され、ヨルダン大使館(私たちの家から二キロ以内のところにあります)がきわめて多量の爆発物を使って攻撃されたことはご存じでしょう。同じ日に、私の職場から約一キロのところでも攻撃がありました。そして国連のバグダッド本部で起こった事件です(この間にも、あちこちで小規模の爆破事件がありました)。こうしたことが起きると、私たちがどう感じるかを想像してみて下さい。
 人生で初めて、私は国を離れることを考慮すべきかと思いはじめました。私は希望を失っているのです。私たちは、毎日のように盗難から、殺人、爆破にいたるまで悪いニュースを聞いています。毎日のように、その日の残りの時間をめちゃくちゃにすることから一日を始めるのです。それを考えてみて下さい。
 ここ数カ月の私たちの経験について。私たちに与えられたほとんどすべての約束が破られました。十月中旬にはパスポートを作るという約束(たいして重要な約束ではありませんが)さえ、破られてしまったということが分かりました。
 一週間前、私は父の退職年金を受け取りに出かけました。その額は六十ドルで、バグダッドのすべての退職者に一カ月の期間、一カ所で支払いが行われます。私の父の順番は八月十二日でした。その日は気温が五十二度でした(フランスでは四十二度になったせいで三千人以上が死んだそうですね)。そこにいたすべての人びとが六十歳以上で、彼らは屋外で長い列を作って立っていなければなりませんでした。アメリカ人が人権をどう考えているかがそこに現れています。
 私が列に並んでいる間に、二人が気を失って倒れました。昔のように家に近い銀行にそれぞれが出向くというのが、そんなに難しいことなんでしょうか。ところで、六十ドルという額は三カ月分です。
 私の友人が、米兵の姿をよく見かけるかと聞きました。そう、一人あるいは二人の巡視兵の姿を見ることなしに十五分以上外に出ることなどできません。ヘリコプターはほとんどいつもいます。
 昨日、私が屋根の上で寝ていると(電気がないため、いまやほとんどのイラク人は屋根の上で寝ています)、ヘリコプターがあまりに低く飛んできたため、ほとんと手でつかめるほどでした。
 考えてください。安全にすやすやと寝ている時に、十メートルも離れていない上空を飛ぶヘリコプターの音で目が覚めるのです。
 そんなに近かったということを信じられないというのなら、証拠があります。私は暗闇の中で、眼鏡を外したままそれを見たのです。信じてくれますか。
 私は以前のいかなる時よりも自然に近い生活を送っています。私は多くの時間を庭で過ごし、夜には屋根の上で、きわめて暗い中で輝く星を数えながら眠るのです。
 この手紙はあまりに悲観的に聞こえるかもしれません。しかしそれは、私がそうしか考えられないからなのです。事態は私が考えているよりもましになるかもしれません。しかし不幸にも私はそう考えているのです。
アーメド、イラク・バグダッドにて
03年8月24日
(英「ソーシャリスト・レジスタンス」03年9月号)
              

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