| 『中国現代化の落とし穴』何清漣著、草思社刊――1900円によせて かけはし2003.7.14号より |
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官僚による国有財産略奪で進行した全面的資本主義化(1) |
「世界の工場」となった現代中国をどのようにとらえるのか。「かけはし」ではこの数年間にわたって、全面的資本主義化が完了、あるいは完了しつつある社会として規定する論文を掲載し続けてきた。以下は、元中国共産党深 市委員会宣伝部の記者であった何清漣の著書『中国現代化の落とし穴』を軸に、中国社会の全面的資本主義化の構造をとらえようとしたものである。同書は中国では発禁となった。
はじめに
『中国現代化の落とし穴』が翻訳・出版された。本書は、序章「改革は中国に何をもたらしたのか」という問いに、豊富な資料や具体的事例を示しながら解答を導き出そうとした労作である。
九八年一月に中国で発行され、瞬く間に大ベストセラーとなったにもかかわらず、二〇〇〇年三月、著者の何清漣が中国社会の階層構造に関する批判的な論文を発表したことにより、当局から発禁処分を受け、出版社も閉鎖された。著者は二〇〇一年六月に米国に逃れるまで国家安全局(公安警察)の監視下に置かれた。
このたび日本で出版された訳本には、最新のデータや事例を加筆したうえに、前述の当局の逆鱗に触れた階層構造に関する論文および二十年にわたる「改革・開放」政策のバランスシートを論じた論文が収められている。著者は一九五六年生まれで、大学教員、共産党深 市委員会宣伝部、「深 法制報」記者という経歴を経て、現在はアメリカに移住している。
中国で本書が出版されてすぐに、香港の同志から「読むに値する」という推薦付きで送られてきた。「発展する中国」「世界の工場」という半ば政府見解をそのまま垂れ流すマスコミか、粗末な民族的偏見の立場から発せられる「中国脅威論」が氾濫する中で、本書が日本に紹介された意義は大きい。日本の反共層の願望を意識した「中国崩壊論」的な宣伝文句とは裏腹に、豊富な資料を駆使して中国社会の激変を真面目に解説しているものである。
90年代前半に原始的資本蓄積完了
本書の核心は、「現代中国の原始的な資本蓄積のプロセスは九〇年代前半に完成した」(一二一頁)と述べた第五章であり、「現代中国の原始的蓄積のプロセスは実際には、政治、経済という二大組織とその従属者が『権力と金銭の取引』というレントシーキング活動(後述:引用者)を行い、社会の富を共同で山分けするプロセスであった。その主な略奪対象は、全人民が四十余年来、血と汗を流して築いてきた国有資産である」ということを詳しく解説した第一章から三章である。一言でいうと株式制の導入、国有地の囲い込み、国有企業改革という三つのプロセスを通じて、官僚を中心とした権力者がわずか十数年で原始的蓄積を完成させた、というものである。
これら国有資産の略奪による原始蓄積に先立ち、計画経済と市場経済のはざまで、利ざやを稼ぐ原始蓄積がおこなわれた。八五年に実施された「二重価格制」を利用して富を蓄積することができたのは、官僚の縁故者あるいは本人たちである。
この「二重価格制」によるもうけの仕組みは次の通りである。当時、政府は品薄商品に対して購入の許認可制を導入した。政府の許認可を通じて購入できる商品は市場価格よりも安かった。許認可権を持つ官僚は、購入許可書を自らの親族や知人に発行し、彼らは安価で購入した商品を市場に転売して莫大な利ざやを稼いだ。八九年の民主化運動の攻撃の対象となったいわゆる「官倒(官僚ブローカー)」がそれである。
著者は言う。「一九八九年の民主化運動で叫ばれた反腐敗のスローガンは『打倒官倒』(官僚ブローカーを打倒せよ)であり、その照準は当時最大の官僚ブローカーと目されていた樸方、すなわち小平の長男にむけられていた」。八九年六月四日の天安門事件の一年前の八八年一年間だけでも二重価格制が生み出した差益は千億元にのぼるという。
この官僚ブローカーたちにより資本の原始蓄積は加速度的に進行した。「かれらは一九九一年以降、権力という強みとそれまでに蓄積してきた資本を元手に『株式制改造』と『開発区用地囲い込み運動』に取り組み、中国を席巻する『株ブーム』と『不動産ブーム』の中、世界でもまれにみるスピードで巨万の富を蓄積していった」。
本書では触れられていないが、莫大な富を蓄積しつつあった官僚たちに対する闘争であった八九年民主化運動を徹底して弾圧した官僚支配体制は、労働者民衆からの抵抗をほとんど受けることなく富を蓄積し、その後の「国有企業改革」を起点とする資本主義化政策の中で貨幣を資本に転化していった。
逆に見れば、八九年民主化運動はまさに中国における資本主義復活に反対する闘いでもあったと考えることができる。闘争の敗北とそれにともなう一党独裁の一層の強化が、その後の資本主義化を加速、実現させたといっても過言ではない。この点については、最後にもう少し詳しくふれる。
株式制導入による国有財産私有化
それでは官僚たちがどのように国有資産を略奪し、原始蓄積を行ってきたのかを章立てに沿ってみてみよう。
第一章「株式制改造――社会主義の無料ランチ」では、国有企業の経営メカニズムの変革を模索していた政府が八〇年代後半に実施した国有企業の経営請負制度の失敗を受けて、御用学者たちが提唱した「秘策」である「株式制」の導入がもたらした国有資産の流出と官僚をはじめとする権力者たちによる原始蓄積の構造を紹介している。
株式制の導入は、それにより国有企業の欠点(無責任体制)を払拭できると楽観的に予測していた御用学者たちの期待を見事に裏切った。九〇年に深 株式市場が暴騰し、莫大な富を蓄積したのは、実験的に試行された株式制に懐疑的だった市民にかわって大量の株式を購入した当時の深 市長など一部の権力者であった。
このニュースは全国の権力者の間を駆け巡った――「未公開株を大量に取得してボロもうけができる」と。だれも株式制度の導入による現代的企業制度の確立を気にかけるものはいなかった。それゆえ、企業メカニズムの再構築などは実現するはずもなく、「大部分の株式制企業は『看板すげ替え会社』にすぎず、低効率の運営体質から脱却できていない。……三分の一は明らかな赤字、三分の一は潜在的な赤字、三分の一が黒字である」。
著者はこの株式制導入の本当の目的が「株式発行によって資金を調達して窮状を打開するか、あるいはこのチャンスにひともうけを企むことにあった」と断言する。御用学者たちの予想に反したこのような現実を導いた理由は、「各地の政府と企業の権力者が『株式制改造』を国有資産の大分割に変貌させてしまったからだ」と語る。
著者はここで本書のキーワードとなる「レントシーキング」という概念を用いている。レントシーキングとは「権力を利用した超過利潤の追求」を意味する。「レントシーキング活動は二重価格制、株式制改造、不動産開発、国有企業の資産所有権譲渡といったあらゆる経済活動において存在している。……ただ問題のカギは、職権を振りかざして甘い汁を吸う大小の役人がこの機会を巧みにとらえ、『改革』の旗じるしのもと、芝居さながら分配に権力を行使するという昔ながらのレントシーキング活動が、前代未聞のレベルとスケールで行われたことにある」。労働者国家における官僚による分配過程での特権はいまに始まったことではない。しかしかつての官僚的特権と異なるのは、その量と質である(後述)。
一九九〇年の株ブームで、多くの「未公開株」株主が億万長者になった事実は、各地の権力者の「株式制改造」への情熱をかきたて、「株式制改造」に名を借りて国有資産を分割する原始的蓄積活動が一気に高まりをみせた。官僚による国有資産の食い荒らしが全国的に発生した。九三年には中央政府が反腐敗闘争のなかで、株式制改革を通じた違法な蓄財を「経済犯罪の捜査、処罰」の重点対象に置かざるをえなくなった。
著者は株式制改造を次のように総括する。「『株式制改造』の出現は、中国の権力階層による国有資産の分割が経営請負責任制以降、新たな高まりをみせていることを示している。それと同時に、権勢者グループによる大規模な私有化プロセスがはじまったことも告げている」。
土地囲い込みによる資本の蓄積
第二章「『開発区用地囲い込み運動』の結末」では、一九九〇年代の二重価格制、経営請負責任制、そして『株式制改造』に次ぐ社会的な富の再分配として、「開発区用地囲い込み運動」によって「権力階層は一部の利益集団と結託して、レントシーキング活動の手を国有地にまでのばした」ことが報告されている。「開発区」とは各地の地方政府が、おもに外資を誘致するために導入した「ミニ特区」と考えていいだろう。このミニ特区の建設が、九〇年代から全国各地で展開されている。
中国の土地はいまだ国有である。これは革命中国から引き継いだ残り少ない「遺産」のひとつであることは間違いない。しかしその「遺産」が、親の意図に反して放蕩息子によって浪費されるケースもないわけではない。以下、本書の第二章にそって、どのように国有地が原始蓄積のために「浪費」されてきたのかを詳しく見てみよう。
八六年の「土地管理法」施行によって始まり、九二年に最高潮に達した「開発区ブーム」について、著者は「各級の権勢者が土地資源とそこから得られる利益を大々的に山分けするものであった」と総括する。
最も早く土地の価値を認めたのは香港に隣接する経済特区である深 特区である。一九八七年、全国に先駆けて「土地使用権」(使用期限は五十年)の有償譲渡を競売方式で導入。八九年三月の第七期全国人民代表会議(国会に相当)の第二回会議は、憲法の改正に際して「いかなる組織あるいは個人も土地を不法に占有したり、売買したり、あるいはその他の形式で不法に譲渡してはならない」という文言に「土地の使用権は法にもとづいて譲渡できる」という一文を付け加えた。そして翌九〇年五月に「国有地使用権の売却・譲渡暫定施行条例」で、土地使用権と同時に一定限度の占有権、利益権、処理権を取得し、販売、交換、贈与等の方法によって使用権を譲渡できると定めた。
これを契機にした「用地囲い込み運動」は香港に隣接する広東省から展開する。広東省の各地方政府は独自に「開発区」をつくり、土地使用権の有償譲渡を行い、そこに大量の香港資本が押し寄せた。「用地囲い込み運動」はあっというまに全国に展開する。九二年には、香港の資本市場総額の十分の一にあたる資金が中国不動産に投資された。著者は、九一年から九三年までの中国に投資された外資の九割が不動産に流れたとしている。
中国のメディアは、「用地囲い込み運動」の驚異的な発展スピードを「市場経済の新しい寵児」と賞賛した。しかし現実は違った。多くの地方が投資計画や資金にみあった開発能力がないまま、やみくもに大量の土地放出を許可し、乱開発していたのである。乱開発は耕地の減少を招いた。開発区として徴収された耕地の大半が野ざらしとなった。
問題はそれだけではなかった。権力者と不動産業者が結託し、極めて安値で広大な土地を囲い込み、その後その土地使用権を高額で転売して暴利をむさぼるという現象がみられた。土地使用権の取得において、入札という方法はほとんど重視されなかった。九二年二月四日に北京ではじめて行われた入札には誰一人として参加しなかった。広東省では九二年末時点で、入札によって譲渡された土地は供給総量の五パーセントに満たなかった。最も早くから入札方式を導入した深
市でさえ、九二年の土地供給量のうち入札譲渡したものは二五・五%をしめたに過ぎなかった。
なぜか。「多少の金を支払って役人を買収すれば重要な関門をとおりぬけ、行政分与される土地を入手できるからだ。となれば、だれが代価のかかる入札に参加して土地を買うだろうか」。こうして土地使用権の売買に関する行政部門に対する買収が横行していく。正規の手続きでは許可されない土地の囲い込みは、「『書類入り袋』に一束ずつ現金を入れる方法」や「美人の『広報担当』」を通じて許可されていった。こうしたコストは最終的に地価に反映され、それは住宅価格の二〇〜五〇パーセントにものぼるともいわれる。
また、権力を利用して、実際に支払った価格を上回る領収書を発行させ、その差額を懐に入れるという手法も横行している。二〇〇一年に処罰された深 市の副市長ら三十三人による汚職事件では、副市長の娘がコネを利用し、不動産開発プロジェクトで一億二千万元(一元は約十四・五円)にのぼる利益を上げたことが暴露された。同じ時期の深 労働者の平均賃金が月約二千元であることからすると、莫大な額であることが容易に想像できる。
著者はこの「用地囲い込み運動」による資本の原始的蓄積を次にように評価する。「現代中国の資本の原始的蓄積は、個人経営ブーム、農地請負ブーム、→会社設立ブーム(二重価格制の産物)→株式制改造ブーム(株式ブーム)→用地囲い込みブーム(不動産ブーム)といういくつかの段階を経てきた。しかし富の蓄積という神話の中でもっとも『きらきらと光り輝き』、人を魅了するのは『用地囲い込み運動』である。なぜならそれまでの『ブーム』は百万元から数百万元規模の金持ちを生んだだけだったが、『用地囲い込み』では、数千万元から数億元の金持ちが造作もなく生まれたからだ」。
広範囲に蓄えられた膨大な貨幣はそれ独自の力学をもつことになる。著者は、土地資源の有償譲渡を利用した経済発展自体は世界的に見られる現象であり、正しい選択であったが、官僚を中心とした権力者が土地という国有資産を利用して改革を腐敗させたものだと批判する。この政策が失敗した理由を、政府、権力者が土地の有償譲渡市場に直接介入したからであるとしている。
この点で、私と著者との考えは一致しない。経済改革の実験を、無菌室で行うことは不可能である。現実の権力構造と切り離した経済改革はありえない。現在の中国における諸経済政策すべてが、官僚を中心とする権力者の原始蓄積に利用され、資本の再生産が可能になっている現実を直視する必要がある。これが中国における資本主義の復活なのである。もちろん著者の姿勢は、「発展段階における腐敗は、経済発展を促す」として官僚の腐敗を経済発展に有用であるとする御用学者などとは比べ物にならないくらい誠実である。しかしその誠実さが、現実に権力者の腐敗を糾弾する労働者、農民の闘いにつながっていないことは極めて残念である。 (つづく)(早野 一)
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