もどる

                          かけはし2003.6.9号より

朝鮮民主主義人民共和国の国名略称問題について


 本紙の読者である篠原道夫さんから、朝鮮民主主義人民共和国を「北朝鮮」と略記する問題について反対意見が寄せられています(本紙02年10月21日号、03年1月27日号「読者からの通信」欄)。この中で、篠原さんは略記なら「朝鮮国」と表記すべきである、と述べています(02年10月21日号)。また「北朝鮮」という呼び方は差別主義であり、地理的な位置づけに過ぎない「北朝鮮」という表現を本紙でも使用しているのは朝鮮民主主義人民共和国を一人前の国家として認めたくない資本主義イデオローグの立場に安易に乗っかっているのではないか、と主張されています(03年1月27日号)。そして後者の投書ではあわせて、この表記問題について討論し、「北朝鮮」と表記する根拠について回答してほしい、と私たちに求めています。
 私たちはこの問題について討論しましたが、必ずしも一致した見解を持っているわけではありません。したがって以下は、本紙編集委員会の一員である私のとりあえずの考え方です。

「北朝鮮」「南朝鮮」という表現

 「北朝鮮」という表記の「不適切」性については、元共同通信記者で同志社大教員の浅野健一氏も次のように主張しています。
 「朝鮮民主主義人民共和国(DPRK)を北朝鮮と呼ぶのは誤りだ。朝鮮民主主義人民共和国をどう短縮しても北朝鮮にはならない。国連に加盟し、日本、韓国、米国以外のほとんどの国々が国交を結んでいる国を、北朝鮮と呼ぶのは不適切である。/英語でNorth Korea と呼ばれるが、この場合は大韓民国をSouth Korea と表記している。朝鮮を北朝鮮とするなら、韓国は南朝鮮とすべきだ。日本と朝鮮のことを短く言うときだけは『日朝交渉』としている。決して『日北交渉』とは言わない。朝鮮でいいのだ」(「欧州で考える『拉致』報道」、人権と報道・連絡会編『検証・「拉致帰国者」マスコミ報道』社会評論社刊所収)。
 この点については、私たちも一九七〇年代半ばまで朝鮮民主主義人民共和国、大韓民国をそれぞれ「北朝鮮」「南朝鮮」(あるいは「北部朝鮮」「南部朝鮮」)と表現してきた経過があります。
 それは民族的分断を余儀なくされ、対立構造の下に置かれてきた諸国家を表現する際の一般的慣例にしたがったもの(「南ベトナム」と「北ベトナム」、「西ドイツ」と「東ドイツ」など)であるだけではなく、一九六五年の日韓条約によって大韓民国を「朝鮮半島における唯一正統な国家」として認め、朝鮮民主主義人民共和国の存在を敵視・無視してきた日本政府の政策を批判し、朝鮮半島の南北統一を支持する政治的立場に立ったものでした。

なぜ「朝鮮」としなかったか

 「南朝鮮」という表記を「韓国」あるいはその後カッコを外して韓国と表記するようになった経過は、一九七〇年代の韓国における反軍事独裁闘争の高揚、あるいは「韓国籍」を選択した「在日」の人びとの闘いの中でも「韓国人」としてのアイデンティティー意識が強まってきたことが背景にあります。私たちはこうした人びととの連帯運動を通じて、「韓国」としてのアイデンティティーを無視・否定する「南朝鮮」という表記を、半ば経験的に改めてきました。旧来「在日朝鮮人」として一括してきた「在日」の人びとについての呼び方を「在日朝鮮・韓国人」に変更したのも、そうした認識に基づいたものでした。
 それでは「南朝鮮」を「韓国」という呼称に変えたとき、「北朝鮮」についてはどうなのかという問題が出てきます。この点について私たちが突き詰めて自覚的に考えていたかというと、必ずしもそうではありませんでした。
 ただ朝鮮民主主義人民共和国をたんに「朝鮮」とする略記方法を採用しなかったことには理由があります。朝鮮民主主義人民共和国は「韓国」について「南朝鮮」と呼び、大韓民国の側は「北朝鮮」を「北韓」と呼んでいます。それは、南北のそれぞれの政権が自らを朝鮮半島における唯一正統な政権であるとする認識に基づいたものだと思います。しかし私たちの「南北朝鮮」の統一を支持するという観点は、いずれかの国家が朝鮮民族を「唯一正統」に代表するものとして捉えることにくみするものではありません。朝鮮民主主義人民共和国を「朝鮮」と略記することは、朝鮮民主主義人民共和国がその主権を朝鮮半島全体に及ぼすべき正当な権利を持つとする見解に立つことになるというのが私たちの判断でした。
 そしてそれは、朝鮮民主主義人民共和国を韓国流に「北韓」とは呼ばないという私たちの立場にもつながっています。「南朝鮮」を「韓国」という略記に変更したことは、統一問題に対する韓国政府側の認識をわれわれが共有したことを意味するものではないからです。
 私たちが、朝鮮民主主義人民共和国について「北朝鮮」という従来の略称を踏襲してきたことは、朝鮮民主主義人民共和国の国家的存在を否定したものではありません。それぞれのアイデンティティーの上に立ちつつ、克服されるべき民族的分断の中で存在する朝鮮半島北部の国家としての朝鮮民主主義人民共和国の略称として「北朝鮮」と表記することが相対的に妥当だと判断していたのです。

見解の一致へ近づくために

 もちろん国名呼称は、歴史的・政治的文脈と切り離しがたく結びついています。国名や地名の表記が政治的・思想的・文化的アイデンティティーを表現し、深刻な対立を作りだしてきたことを私たちは認識しなければなりません。国名や地名の変更が、植民地支配や民族的差別の克服、抑圧されてきた民族が自らの歴史と尊厳を取り戻すためのすぐれて政治的な行動であったことは、多くの事実が教えています。
 「韓国」「朝鮮」という呼称についても、それぞれ相違をふくんだアイデンティティー意識が錯綜しています。したがって国名表記の問題が、今日の「北朝鮮の脅威」キャンペーンや日本の中に存在する差別排外主義・侮蔑の感情をシンボリックに表現するものになりうることに私たちは自覚的であろうと思います。たとえば日本帝国主義の植民地支配と結びついた「北鮮」という差別表現に対する闘いは、その一環です。
 私たちは、そうした問題は、私たちがこれまで使用してきた「北朝鮮」という略称を変更することによって解決されるものではないと思っていますが、同時に「日本人」としての私たちは、様々な見解を聞きながらさらに認識を深めていきたいと考えています。
 この問題については、たとえ暫定的なものであるにせよ、納得のいく一致した見解を提起することは簡単なことではないと思いますが、そこに向かう接近のプロセスが重要だと思うからです。   (平井純一)                        



資料
アムネスティ発表国際ニュース(03年04月11日)
朝鮮民主主義人民共和国の人権に関する懸念

 以下に資料として掲載するのは、アムネスティ・インターナショナルが四月十一日に発表した、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)でまん延しているきわめて深刻な人権侵害に関する国際ニュースである。(見出しは字数調節で若干変更した。)

深刻な人権侵害に直ちに終止符を

 国連人権委員会において朝鮮民主主義人民共和国の人権状況が審議されている中、アムネスティ・インターナショナルは本日、同国で深刻な人権侵害が続いていること、また蔓延する栄養失調状況に対処する有効な対策がとられていないことに対し、懸念を表明した。
 アムネスティが朝鮮民主主義人民共和国における人権侵害に関し、長年に渡って抱いている懸念の中には、拷問や死刑、恣意的拘禁や投獄、非人間的な刑務所の環境、表現の自由や移動の自由など、基本的自由のほぼ全面的な抑圧が含まれる。
 このような懸念は長期的なものであるが、一方で近年の朝鮮民主主義人民共和国における多くの人権侵害は、直接、間接に、一九九〇年代半ばから同国を襲っている飢餓と深刻な食糧不足に関連している。このため国民の間に栄養失調が蔓延し、何十万もの人びとが食糧を求めて移動している。中国との国境を越える人びともおり、その多くが生きるために食糧を求め、結果として人権侵害の犠牲となっている。
 このような状況において、差別なくすべての人々に公平な食糧の分配を保障することこそ、朝鮮民主主義人民共和国政府がその国際的義務に沿い、国際社会から適切な支援を得て、緊急に取り組まなければならない最優先事項であるとアムネスティは考える。同国政府はまた、拷問、即決処刑、恣意的処刑といった他の深刻な人権侵害に直ちに終止符を打つ措置を講じなければならない。

飢餓や栄養失調からの自由を

 朝鮮民主主義人民共和国は国民に食糧を供給するため国際援助に頼っている状況が続いているが、なお多数の人々が飢餓や栄養失調に苦しんでいる。FAO(国連食糧農業機構)が昨年公表した調査によれば、朝鮮民主主義人民共和国では人口の半数以上にあたる千三百万人が栄養失調に苦しんでいた。援助機関の推定によれば、一九九〇年代の半ばから二百万人が、自然災害と経済失策によりひき起こされた深刻な食糧難の結果死亡した。数百万人の子どもたちが慢性的な栄養失調に陥っており、身体的精神的発達が阻害されている。また、多数の国民が、医療従事者や医薬品の不足のため適切な医療措置を受けられないでいる。
 飢餓や栄養失調からの自由は国際人権法で保障された最も基本的な権利のひとつである。食糧を得る権利は社会権規約により保障されており、朝鮮民主主義人民共和国もその締約国である。人道援助が必要とされている場所に食糧を供給するのは締約国共同の責任でもあり各国個別の責任でもある。社会権規約の履行状況を監視するために設置された専門委員会は、すべての締約国が、独自にかつ国際協力を通じて、「世界の食糧供給を必要に応じて公平に分配すること」を保障する義務があると結論づけている。
 朝鮮民主主義人民共和国は、すべての国民に、差別なく公平に、国際食糧援助や他の食糧供給を分配することを保障しなければならない。もし国民に必要とされる食糧が自国で調達できないのならば、政府は外からの援助を求めなければならない。その際に、食糧を交渉材料として利用してはならない。援助することができる他国もまた、特定の政治目的を絡めることなく、必要な食料援助を行なわなければならない。食糧が政治的経済的圧力の道具として使われることがあってはならない。食糧の禁輸措置が取られることがあってはならない。

厳しい入国制限による調査の困難性

 独立した人権監視団の入国が制限されているため、朝鮮民主主義人民共和国における人権侵害の規模についての詳しい情報はほとんどない。同国に関する情報や入国が依然として厳しく制限されているため、人権状況に関する調査の妨害となっている。しかしながら、様々な情報源からの報告は、同国において、以下に述べるような、一連の深刻な人権侵害が起きていることを示唆している。

民衆の集まる場所での公開処刑

 学校、商店、農家などで事前に告知がなされた上で、多くの民衆の集まる場所で、公開処刑が行われているとの情報をアムネスティは受け取っている。家族の目の前で処刑された囚人もいるという。処刑方法は絞首または銃殺である。

表現の自由と信教の自由の侵害

 体制批判は一切許されない。情報によれば、党の立場に反する意見を述べた人は厳しく処罰され、多くの場合、家族も同様に処罰される。国内のメディアは厳しい検閲を受けており、国際メディアの放送へのアクセスは制限されている。
 当局の許可を得ないどのような集会であっても「集団的騒乱」と見なされ、処罰される。信教の自由は、憲法で保障されているにもかかわらず、実際には厳しく制限されている。公の場であるいは私的に宗教活動に携わった人びとが、投獄され拷問や処刑をされるといった重大な抑圧を受けているという報告がある。多くのクリスチャンが労働キャンプに入れられているという。

拘禁施設でまん延する拷問と虐待

 様々な情報源からの報告によれば、刑務所や労働キャンプにおいて、拷問や虐待が蔓延している。中国から強制送還された人が、他所に移送される前に尋問のために入れられる拘禁施設においてもまた同様である。刑務所や労働キャンプの状況は非常に劣悪であるという。囚人は早朝から深夜まで農場や工場で働かされ、ささいな規則違反によりひどく殴打されることがある。しかしながら、いくつかの情報によれば、拷問や虐待よりもむしろ、食糧不足、劣悪な環境、医療の不足のために死亡する人のほうが多いということである。

強制送還される脱北希望者たち

 多くの人びとが国境を越え中国に流入し続けている。在中国の外交関係施設や外国学校に保護を求め、第三国経由で韓国に渡ることができた人びともいる。しかし数百人が、中国東北部で捕らえられ、朝鮮民主主義人民共和国に強制送還されたという。
 強制送還された人びとは尋問のため、治安当局が管理する拘禁施設や警察署に収容される。身元や尋問の結果により、出身地に送還されるか、六カ月間以下の労働キャンプ送りになる可能性がある。特に前幹部や宗教文書を所持していた送還者などは、重労働つき長期刑が課されることがあり、場合によっては処刑される。出身地に送還された人々は、地域の中で排斥され、監視される。
 多くの人びとが再び国外逃亡する。繰り返し逃亡しては送還され、そのたびにより厳しい罰を受けているという人びともいる。

朝鮮民主主義人民共和国への勧告

 アムネスティは繰り返し、朝鮮民主主義人民共和国における人権を尊重するための、以下の措置を取るよう、同国政府に対し求めてきた:
bすべての市民に対し、差別なく、飢餓と栄養失調からの自由の権利を保障すること
b朝鮮民主主義人民共和国が批准している国際人権諸条約(自由権規約、社会権規約など)の原則を遵守し、その原則を国内法に反映すること
b死刑を廃止すること
b基本的人権の平和的行使のために拘禁され投獄されている人びとを釈放すること
bすべての国民に表現の自由と移動の自由を保障すること
b現行法を国際人権基準に沿うよう見直し、人権侵害に対する保護と救済策を市民に与えるための対策を講じること
b国連の人権機構に同国を訪問させること
b独立した人権監視団に自由なアクセスを認めること
info@amnesty.or.jp

http://www.amnesty.or.jp/


もどる

Back