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グローバル化の中のインドネシア           かけはし2003.6.23号より

軍事非常事態宣言を撤回せよ!アチェ独立運動への弾圧中止を

スハルト以後の「改革」問う

ワヒド前大統領ら迎えシンポジウム

 五月三十一日、東京・四谷の上智大学で「グローバル化のなかのインドネシア――スハルト以後の改革・民主化を考える」と題したシンポジウムが開かれた。主催は「上智大学21世紀COEプログラム/地域立脚型グローバル・スタディーズの構築(AGLOS)」とインドネシア民主化支援ネットワーク。この日の企画には、インドネシアのアブドゥルラヒマン・ワヒド前大統領と、女優で民主活動家のラトゥナ・サルンバエットさんがスピーカーとして出席した。
 五月十九日に、アチェ和平交渉が決裂し、インドネシア政府がアチェに軍事非常事態宣言を布告して自由アチェ運動(GAM)に対する軍事攻勢が展開されるという緊迫した情勢の中で、アチェ問題についても多くの討論がかわされた。

ワヒド前大統領らが現状批判の報告

 「グス・ドゥル」の通称で知られるアブドゥルラヒマン・ワヒド前大統領は、祖父が創設したインドネシア最大のイスラム団体「ナブダドゥル・ウラマー」(NU)の議長であるとともに、一九七〇年代以来のNGO活動家であり、スハルト政権時代には政治と宗教の癒着を批判して自ら「民主主義フォーラム」を結成した。一九九九年十月には民族覚醒党(PKB)の事実上の指導者として大統領に就任したが、国軍との対立の深まりの中で二〇〇一年七月には大統領を「辞任」することを余儀なくされた。しかし次期の大統領選挙には再度出馬する意思を固めている。
 ラトゥナ・サルンバエットさんは、一九九三年三月に女性労働者マルシナが賃上げ要求ストライキに参加したのち行方不明となり、数日後に遺体で発見された事件(国軍が殺害の責任者だとされている)をテーマに劇「マルシナ―地下からの歌」「マルシナは訴える」を制作、上演。一九九八年には自ら「民主化のための国民連合」を結成。最近ではアチェでの人権侵害をテーマとした劇「アリア―セランビ・メッカの傷」を制作・上演している。
 ワヒドさんは、「自分が大統領在任期間に達成した重要な成果は、報道の自由の前進と共産党へのタブーの解消に向けた道を開いたことだ」と最初に述べ、「変わってないのは政権・官僚支配のシステムであり、政党間のバランスへの配慮、軍への配慮によって抜本的改革ができなかった」と振り返った。そしてアチェの軍事戒厳令には「自由アチェ運動(GAM)を交渉の舞台に乗せるためという側面もあるのではないか」と語った。
 他方ラトゥナ・サルンバエットさんは「アチェでは過去さまざまな人権侵害が放置されていた。自由アチェ運動(GAM)がわずか三百人から一万人の武装勢力にまで拡大したのはこの人権侵害によって『育てられた』からだ。まず過去の過ちの解決が必要だ。現在の行動は逆にGAMを成長させる結果を作りだす非人道的軍事作戦だ。敵対的行動をしながら対話ということはありえない。すでにこの間の軍事作戦で四百人以上が死に、学校が放火されている。私はインドネシアの統一共和国体制を支持するが『統一』の名で人権侵害や殺人が行われることに反対だ」と強調した。
 ワヒドさんは「私はスハルト体制下でアチェでの住民投票を支持し、その結果すべての人びとを敵に回したことがある」と語った上で、「現在の各政党はイニシアティブを発揮しえておらず、権力にくっついていく傾向が強まっている。軍・警察の上層部でも良心的な部分は左遷されている。各政治組織はアチェの人びとの置かれている状況についてよく理解していない。私はアチェについて討論してきたが、軍事的対決ではない別のアプローチが必要だ。他方、国軍内部でも軍事非常事態宣言については意見の対立があり、たとえばユドヨノ政治治安担当調整相は戒厳令に反対している。軍人がすべて悪で文民がすべて正しいとは言えない」と訴えた。
 それに対してラトゥナさんは、「東京で行われた和平交渉に派遣されるはずの五人のアチェ側交渉担当者が逮捕された。私は国軍だけを批判しているわけではない。アミン・ライス国会議長が国民協議会でのアチェ問題の平和的解決決議を破棄してしまったことは違憲だ。私の言いたいことは『市民社会に機会を』ということだ」と応えた。

グローバル化との関連で考えるべき

 こうした討議を受けて、インドネシア民主化支援ネットワークのメンバーで上智大教員の村井吉敬さんは「アチェの問題はたんなる一地域の問題ではなく、グローバル化が促進した民族紛争、宗教紛争という全体的文脈で捉えなければならない。いわゆる宗教・民族紛争は民族の違い、宗教の違いで起こっているのか? そうではない」とインドネシアが抱えるいわゆる地域・宗教対立をグローバリゼーションとインドネシアにもたらしたその否定的結果との関連で分析する必要性を強調した。
 討論は「芸術と民主化」、「インドネシアのイスラム」といったテーマについても行われた。     (K)            




姜尚中+酒井啓子著 編集:日弁連 太田出版刊 700円+税
『イラクから北朝鮮へ――「妄想」の戦争』
「平和」と「人権」の意識的切断は正しいのか


先制攻撃戦争に反対する闘い

 本書は、日本弁護士連合会と東京弁護士会、第一東京弁護士会、第二東京弁護士会が主催して、三月二十日に開催された「緊急対談 アメリカの『正義』と日本の『有事』――イラク・北朝鮮を考える」と題した市民集会での姜尚中氏(東大社会情報研究所教授)と酒井啓子氏(アジア経済研究所主任研究員)の対談の記録に、四月二十九日にその後の情勢の経過をふまえて内田雅敏弁護士が姜尚中氏に対して行ったインタビューを加えて編集されている。
 日本弁護士連合会(日弁連)は、有事法制に反対して憲法の基本原則を擁護するために市民に向けて精力的な活動を行ってきた。それは全国のすべての弁護士を会員とする職能的組織としての日弁連としては、異例のことであった。おりしも米軍のイラク全面戦争開始の日にあたる三月二十日に行われたこの日の集会も、そうした日弁連の平和と憲法を守る活動の一環だった。日弁連が自ら編集して、その活動を広く市民に公開するために本書を出版したことにも、弁護士たちのなみなみならぬ決意を感じることができる。
 本書前半の対談では、「アメリカの正義」に基づくブッシュの先制攻撃戦争が、どのような「妄想」のなせる業なのか、それがイラク、北朝鮮に対してどれほど侵略的な本質を持っているのか、また小泉政権の推し進めてきた有事法制確立の攻撃がいかに憲法を破壊し、平和と人権と民主主義を破壊するものであるかを姜、酒井両氏が縦横無尽に切っている。後半の「イラクから北朝鮮へ」というインタビューでは、ブッシュ政権によって「悪の枢軸」の一つに指名され、イラクに続くターゲットに擬されている北朝鮮・金正日体制との関係を日本の立場からどのように構想し、「東アジアの平和」を確立していくべきかについての姜氏の立場が明らかになっている。

「平和」と「人権」は切り離せない

 後者については姜氏の近著『日朝関係の克服』(集英社新書)の中で、より体系的に書かれているが、私が疑問に感じたことについて率直に述べてみたい。それは「金正日体制打倒」といった「レジーム・チェンジ」(体制変革)ではなく、「いちおうレジームの存続を認めた上で、国交を回復すべき」という立場から、「国交があれば、日本からいろいろいえるし、人が向こうに行ける。そうすれば、朴正煕時代の韓国がそうであったように民主化へのサポートができる時代が少しずつ来ると思います」といった、意識的な漸進的アプローチを金正日体制に対して取っていることである。
 そして「朴正煕政権がひどいからといってレジーム・チェンジをはかれば大変なことになってい」た。それと同様に、「北朝鮮の体制存続を認めて、一〇年二〇年かけて、少しずつ前進させて、お互いを変えていく」のが「いちばん正しいやり方」と述べている。
 つまり姜氏は、一九七〇年代の韓国ですさまじい人権弾圧と闘う民主化運動がかかげていた「朴軍事独裁打倒」という「レジーム・チェンジ」の方針は誤りだった、としている。漸進的改良主義こそが、当時も今も唯一可能な道だというのが彼の主張である。ここから必然的に、「平和」の問題から北朝鮮における「人権」の問題を意識的に切り離し、後者を当面の緊急課題から外してしまおうとする姜氏の方法がもたらされている。
 しかし、旧ユーゴへの「人道的介入」戦争が示すように、そのような「平和」からの「人権」の切断こそ、「人権」をも看板にかかげた帝国主義の戦争政策に世界の平和運動が敗北してきた要因だったのではないだろうか。また一方、北朝鮮の「レジームの存続を認めた上で」と姜氏は主張するが、北朝鮮の体制的危機はそうしたアプローチを許さないほどに切迫しているのではないか。
 有事法制と結びつけて北朝鮮に対する先制的軍事力行使をふくめたキャンペーンが展開される中で、それに抗し、交渉と対話を通じた「拉致問題」の解決や、日朝国交回復による東アジアの平和を強調する姜氏の強い使命感については理解できる。しかし、われわれは困難であろうとも「平和」と「人権・民主主義」を切り離すことなく結びつけた構想を労働者・市民の立場から作りだしていく必要があるのではないだろうか。(純)    


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