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ボルトアレグレからインドへ前進する世界社会フォーラム |
| エリック・トゥサン(世界社会フォーラム国際評議会メンバー)に聞く |
世界社会フォーラムは、三度続いたポルトアレグレでの会合の成功をうけて、二〇〇四年にはインドに場所を移し、二〇〇五年にはまたブラジルに戻ることになる。地理的移動は、方法論、参加のあり方、さらに政治的文化の点での移動も含みこんだものである。第三回世界社会フォーラムでの結論からほぼ二カ月――時間は貴重な歩みを作りだすものだ――を経過した今、エリック・トゥサンはこの作業プロセスの現状と将来について分析している。エリック・トゥサンは、世界社会フォーラム国際評議会のメンバーで、ブリュッセルの第三世界債務帳消し委員会(CADTM)の代表である。彼は、異なった種類のグローバリゼーションをめざす精力的な活動家であり、ヨーロッパにおけるこの分野での最も有能な政治分析家の一人でもある。
世界社会フォーラムの現状
――ポルトアレグレ・プロセスを振り返って分析してみて、世界社会フォーラムの現状をどう考えますか。
豊かな経験の蓄積がなされています。その蓄積が二〇〇一年には一万二千人の参加者だったのが、今回の第三回目には十万人も結集することを可能にさせたのです。このプロセスによって、革新的なグローバルな力学を作りだすことができたのです。この力学は、幾つかの大陸、とりわけ南米と西欧ではきわめて具体的に実行されましたが、アジアや北米ではそれほどではなく、アフリカや東欧ではいまださらに低い段階にあります。
――インドへの移動についてどう感じていますか。
世界社会フォーラムの「アジア化」は根本的な前進です。世界の人口の半数以上がアジアに住んでいます。多くの意味で、世界の変革は最初にこの大陸で行われなければならないでしょう。私たちは、西欧と南米の人口は世界全体の一五%に過ぎないことを忘れてはいけません。
世界社会フォーラムは、その発端から今日にいたるまで、影響力や基本的特徴においておもにヨーロッパならびにラテンアメリカに焦点を合わせたものでした。場所の移動は、われわれの活動の方法や発言する人びとの変化を意味するでしょう。最初の三回の会合の参加者は毎回同じであり、私たちは繰り返し参加しました。私たちはきわめて貴重な一連のテーマ(第三世界の債務、水、グローバリゼーション、オルタナティブ・メディア、反戦の抗議、女性の闘争、食糧主権など)について論議を交わしました。
今回のインドへの移動は、継続性の中での刷新をもたらすでしょう。問題を提起し、討論する上での新たな方法が作られます。さらに極めて重要な要素を付け加えれば、ここインドでは社会運動が高度な発展を遂げてきました。
多様で力強いインドの社会運動
――私たちはその社会的力学について多くを知らないのですが。
あちらでは、目を見張るようなすばらしい社会運動がいくつかあります。数百万人のメンバーを抱えた草の根の農民組織、大衆的な労働組合(工業、公共・民間サービス、漁業などの部門)が、企業主導型のグローバリゼーションをめぐる大きな課題をめぐって行われる動員の担い手となっています。
ヒンズー教徒の農民たちは、多国間投資協定(MAI)、遺伝子組み替え食物、モンサントなどの多国籍企業、ナルマダ川開発計画のような多国籍企業や世界銀行が押し進めているエネルギープロジェクトに反対して闘っています。私たちは、有毒ガスの流出によって一万五千人以上が死んだ一九八四年のボパールでのユニオンカーバイド社の事件のような、多国籍企業の犯罪的な責任放棄の問題に対処しなければならない人びとのことについても話しています。
フォーラムの力学を広げる好機
――インドに移ることは、したがってこのプロセスにおける質的なステップなのでしょうか。
さまざまな経験を結びつけ、フォーラムの力学を、世界中の敏感な地域において発展しているきわめて豊かな社会運動の中に移植するチャンスだということが主要なことです。
――ポルトアレグレの第三回世界社会フォーラムでよく出された質問は、次のようなことでした。インドには、このプロセスの継続性を確保する組織的キャパシティーがあるのか、と。
私たちは、以前のポルトアレグレのフォーラムが達成してきたものと同じか、それ以上のものを他の大陸で行うことを求めることはできません。私たちは二〇〇一年に一万二千人の参加者で始めたことを忘れてはいけません。したがって、二〇〇四年のインドで三万人の参加者でスタートするのは実際のところ当たり前のことであって、悪い結果とは言えないのです。
諸設備のレベルは異なったものでしょう。おそらく私たちは、ポルトアレグレの市政やリオグランデドスル州政府から受けてきたような支援を、地方・全国の政府から受けないでしょう。私たちは、忙しい準備作業と活動家ネットワークにいっそう依拠しなければならないでしょう。そして参加者たちは、私たちがいつも享受してきたような快適さを手に入れられないかもしれません。
インドの世界社会フォーラム組織者は、大きな財団からのファンドを貰わないことを決めています。先のポルトアレグレでの世界社会フォーラムは、フォード財団からほぼ五十万ドルに上る財政的支援を受けました。この新しい観点は、私にとって興味深いものです。それは、私たちがもっと初歩的なインフラでやっていくことを要請するものです。
ポルトアレグレの以前に、一九九六年にチアパス(メキシコ)にあるラカンドンのジャングルで、サパティスタが新自由主義に反対し人間性を求める初めての会議を行ったことを、私たちは忘れてはなりません。それは、この全体のプロセスのきわめて豊かで刺激的な出発点でした。
私は、社会運動間の交流を保障するイベントを組織するインドの友人たちの能力について、一瞬たりとも疑ったことはありません。このイベントで、彼らは将来の課題についていっしょに決定し、彼らの参加と協調を強化するでしょう。それは成功し、世界社会フォーラムを強化することになるでしょう。
――世界社会フォーラムは、ますますグローバルな運動を動員していますね。
そうです! 二〇〇四年一月ないし二月の第四回世界社会フォーラムよりもさらに重要なことは、二〇〇三年に予定されているすべてのイニシアティブと闘争です。第一に戦争に反対し、米州自由貿易協定(FTAA)、GATS(貿易・サービス一般協定)、WTO(世界貿易機関)に反対することであり、債務帳消しとIMF(国際通貨基金)との協定の帳消しを支持することです。
地域や大陸規模のフォーラムの全準備プロセスも、二〇〇四年の世界社会フォーラムそれ自体より重要です。それは下からの、地域から世界へのすべてのイニシアティブを結集し、市民運動を動員するでしょう。
世界社会フォーラムは、ダボスの経済フォーラムへのオルタナティブとしてのシンクタンクから出発しました。その最初の局面では、市民運動を動員することなど誰も考えていませんでした。もともとのアイデアは討論のためのフォーラムでした。ポルトアレグレの第三回フォーラムで、基本的なコンセプトを変えることなく、「新自由主義に反対し、戦争に反対し、もう一つの世界を求める」グローバルな抗議の一日行動を、ダボス・フォーラムの期間中に、毎年組織することをわれわれは決めました。われわれは重要な前進のステップを踏み出しましたが、それは誰も考えてはいなかったことでした。
最初は、私たちがデモを組織することなど誰も思いつきませんでした。この二月の戦争に反対する大規模でグローバルなデモは、皆さんご存じのように脅威を止めることに成功しませんでしたが、強力でグローバルな反戦運動を構築することに貢献しました。それはきわめて重要なシグナルです。初めて、戦争が始まる以前にそれが正当なものでないとされたのです。それはフィレンツェのヨーロッパ社会フォーラムと、アメリカ合衆国自体の内部でのデモの結果です。
私たちは、グラムシが述べたような歴史の上で例外的な瞬間を生きています。それは市民の大多数が、より高度の集団的意識に向けて大股で進むような啓蒙の瞬間なのです。ブッシュ、ブレア、アスナール、ベルルスコーニなどは、今日のシステムの偽善、シニシズム、非人間性をさらけ出しているのです。世界規模で、多数の個々の人びとがこのシステムに反対してますます急速に政治化しています。
別の非常に重要なデモが計画されています。たとえばジュネーブの近くのエビアン・ルバンで五月二十八日から六月三日まで開催されるG8サミットに反対するデモが行われますが、私たちはそこに十万人以上が参加すると予測しています。さらに今年九月にメキシコのカンクンで行われるWTO閣僚会議の最中にもデモがあります。私たちは、ほぼ毎月のようにこうしたイニシアティブが取られる情勢の中にいるのです。
ポルトアレグレと世界反戦運動
――これまでのところ、こうした動員のプロセスのすべてがポルトアレグレのおかげだと言うのですか。
二月十五日の世界的規模の反戦抗議行動は、フィレンツェの第一回ヨーロッパ社会フォーラムがなければ起こらなかったでしょう。そしてフィレンツェはポルトアレグレがなければ行われなかったでしょう。フィレンツェでヨーロッパが一同に会し、それからグローバルな抗議に転化したのです。もちろんそれは二〇〇一年のポルトアレグレで始まったわけではない統一プロセスの結果です。しかしポルトアレグレは統一の軸となり、拡大する自己決定の力学となりました。このプロセスには限界がありません。私たちは、前進するこうしたすべてのイニシアティブに完全に開放的でなければなりません。
「諸運動の運動」に向かう大きな流れ
――新しい政治のロジックと文化に対して開放的ということですか。
そうです。私たちは求心的プロセスの中にあります。たくさんの川が「諸運動の運動」という大洋に向かって流れているようです。そこでは資本主義と家父長制が、世界の諸問題の根源にある二つのシステムだと見なされています。
――もう一度、やや副次的ですが、決して現実性が薄いというわけではない問題について。ポルトアレグレでは社会運動(最終宣言を採択した)とフォーラムそれ自身の間の緊張がはっきりしました。これをどのように読み解きますか。
私は、労働組合、あるいは伝統的な労組連合をふくむ社会運動の相対的な影響が、フォーラムの力学の中で増大してきたとて考えています。こうした運動の力は発展しています。それに対して、当初のイニシアティブで重要な役割を発揮したのは、NGOや「ルモンド・ディプロマティーク」などのオルタナティブ・メディアでした。私はこの傾向は、きわめて積極的だと思います。
このアプローチを、世界社会フォーラムに自らの場を見いだしているすべての他の諸組織に押しつけるのは正当化できません。しかし、堅固な社会的基盤を持つ組織や、現実の闘争に参加している組織が、他のグループを周辺化させることなく根本的な役割を果たしているのは、とても勇気づけられることです。さらに私は、このプロセスが世界規模でより多くの市民運動を引き入れることができるし、引き入れなければならないと確信しています。
私は、「諸運動の運動」と言えるものが力をつけていると感じています。それは諸運動の集中あるいは結集だけではなく、それ以上のものです。ここには集権化された指導部はありません。それは良いことです。しかし「諸運動の運動」の構造が形を取りつつあることは明らかです。これは新しい事実です。
ヨーロッパの場合、昨年十一月のフィレンツェについて認識しなければなりません。ヨーロッパ社会運動の誕生が目撃されました。すでに大陸規模のキャンペーン(債務帳消し、失業に反対するユーロマーチ、鉄道ストなどのヨーロッパ規模のストライキなど)の波が存在していました。しかし、以前にはこれほどの規模にまで到達したものはなかったのです。まさに素晴らしいことです!
(世界社会フォーラム・インドから送られてきたメールより)
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