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                          かけはし2003.4.7号より

イラク侵略-帝国主義の論理と戦争のゆくえ(下)

米英軍は殺りくをやめ、即時無条件に撤退せよ!

 「アメリカ国際主義」は破綻する

 アメリカの軍事費は、第二位から十五位までのすべての諸国の軍事費の合計よりも多い。そして偵察衛星とGPS(全地球測位システム)を駆使した精密誘導兵器からネットワーク化された陸海空統合運用や広域戦場管理にいたるRMA(軍事革命)によって、文字通り他の追随を許さない隔絶した圧倒的軍事力を誇っている。
 これに対してイラクの軍事力は、陸軍空軍ともに湾岸戦争でその半分以上を破壊された上、その後の経済制裁で部品の調達もままならない状態に置かれている。残されているのは、湾岸戦争で米軍の攻撃ヘリの劣化ウラン弾とミサイルのえじきとされ「鉄の棺桶」となった旧式のソ連製戦車と火砲、小火器しかないといっても過言ではない。
 軍事的に圧倒的な劣勢に置かれたイラクに味方するのは、全世界の反戦闘争が象徴する米英の国際的孤立とアラブ・イスラム圏全体に爆発的に広がる反米意識という政治的要因と、猛烈な砂嵐などの気象条件だけと言っても過言ではない。
 したがって、いくらイラク軍が激しく抵抗したとしても、軍事的決着にそれほど時間がかからないという可能性を否定することはできない。しかしそれは、中東における「アメリカ国際主義」の勝利をまったく意味しない。
 「異教徒」たる米英侵略軍に対する怒りと反発は急激に広がり、侵略戦争そのものとフセイン打倒後の占領政策を困難にし、長期化させ、エジプト、サウジアラビア、アラブ首長国連邦などの親米イスラム諸国の支配体制を大衆的反米意識との関係で不安定化させるだろう。
 中東全体に深刻な政治的流動化と混乱が生じるだけでなく、アメリカの政策に対する不信を世界的にますます強めることになるだろう。「アメリカ国際主義」は、全世界の怒りで包囲され、「反米国際主義」を作り出すことになるだろう。

ポスト・フセイン政権の展望はない

 フセイン打倒後の親米政権樹立の見通しは、いまも全く立っていない。フセイン政権は、人口の二割程度に過ぎないイスラム教スンニ派を基盤としたバース党独裁体制が、人口の三分の二を占めるイスラム教シーア派と人口の二割弱のクルド人を支配するという構造である。
 シーア派は、ブッシュが「悪の枢軸」とののしり打倒の対象とするイランの圧倒的多数派であり、イランとの関係も深い。シーア派反フセイン勢力をフセイン後の親米政権の中心にすれば、打倒対象であるはずのイランの影響力が強まりかねない。
 昨年四月、フセイン独裁と対決してきたクルド人の二大組織の一つKDP(イラク・クルディスタン民主党)が、ワシントンで開催を予定されていた「イラク反体制派会議」に、憲法草案を提出した。イラクをクルディスタン州とアラブ州で構成する「議会制民主主義にもとづく非宗教的な連邦国家」にするというものである。KDPと激しく対立してきたPUK(クルディスタン愛国者同盟)もこの憲法草案に全面的な賛意を表明した(中川喜代志「クルド問題から見た米国のイラク攻撃」『世界』03年1月号)。
 ところが、国内に千五百万人ものクルド人を抱え、その独立運動に過酷な弾圧を加えてきたトルコの軍と政府が、連邦制はクルド独立国家につながるとして激しく反発し、国境沿いで大規模な軍事演習を展開した。北イラクの油田地帯に住むトルコ系少数民族トゥルクメン人組織もトルコに呼応して激しく反発した。同様に国内に六百万人近いクルド人を抱えるイランも国境に軍隊を派遣し、連邦制への敵意をあらわにした。
 トルコ軍は「北イラクはもともとトルコ領である」と主張してきた。そして米英のイラク侵略戦争が開始された現在、トルコ軍が「難民保護」の名目で北イラクのクルド自治区に侵攻しようとしている。
 ブッシュ政権が思い描いているという第二次大戦後の日本占領型の占領計画は、民族的にも宗教的にも国際関係的にも敗戦直後の日本とは比べ物にならないほど複雑なイラクでは、全く成立しない。イラクには、米軍の占領政策に全面協力した天皇裕仁のような安直な「国民統合のシンボル」は存在しないのである。
 フセインを打倒して米軍政を敷き、カイライ政権を作ろうとしても、せいぜいのところ米軍の権力を背景にしたフセインなきバース党独裁体制を作るしかないだろう。占領と米軍政支配は長期化し、「異教徒による軍事占領」に反発する大衆的反米意識はますます強まっていく。そして中東全体の政治的不安定性と流動化がさらに深刻化することになるだろう。

ますます燃え広がる反米意識

 石油支配をめざすアメリカ帝国主義の中東政策そのものが、次々に自らへの脅威を作り出してきた。五三年、大衆的人気に支えられて石油国有化を断行したイラン・モサデク政権を、CIAに率いられたイラン国軍がクーデターで打倒した。残虐な弾圧体制を敷くパーレビ王朝を自らのカイライとしたアメリカは、石油利権をむさぼり、イラン人民の人権抑圧に手を貸し続けた。
 七九年にイランでイスラム革命が起き、パーレビ体制が民衆蜂起で打倒された。それは当然のことながら、「反米」革命であった。するとアメリカはイランと国交を断絶し、経済制裁を課すなどして敵対した。
 イラン・イラク戦争では、イスラム革命の波及に恐怖するイラク・フセイン体制に全面的にテコ入れした。すでに広く知られているようにアメリカは、イラクにイラン軍の動きに関する偵察衛星の情報を与え、化学兵器の原料を供与してイラク軍に直接協力し、巨額の軍事・経済援助を与えてフセインを中東の軍事的怪物に仕立て上げた。
 そして当時の米レーガン政権は、イラクによるイラン軍兵士やクルド人に対する化学兵器使用と大量虐殺を黙認した。その結果、またもアメリカが黙認するだろうと考えたフセインはクウェートに侵攻し、湾岸戦争が引き起こされたのであった。
 他方、同様にイスラム革命の波及に恐怖するソ連邦のアフガン介入に対して、アメリカはソ連軍と戦うイスラム原理主義武装集団を支援し、軍事・経済援助を与えて育成した。そこからオサマ・ビンラディンのネットワークが形成され、湾岸戦争でのサウジアラビアへの米軍駐留に怒ったビンラディンらの反米闘争が広がっていく。
 ブッシュ政権は、イランを「悪の枢軸」と名指しした。ところがイランのハタミ体制は「9・11テロ」以降、反米意識を強める原理主義的保守派と対決しつつ、国境を封鎖してタリバン兵の逃亡を阻止し、タリバン政権崩壊後のカルザイ暫定行政府体制を支援して五億六千万ドルを復興資金として拠出するなど、ブッシュ政権の「対テロ戦争」にむしろ協力的姿勢を示してきたのである。
 ハタミ大統領はイランへの敵対姿勢を強めるブッシュ政権に対して、「イランの善意を台なしにして、穏健なイスラム勢力を抑圧し、ビンラディンのようなイスラム過激派の活動を助長することになっている」と非難した(宮田律「イラク攻撃、その時イランは」『エコノミスト』03年2月4日)。
 まさにハタミの言うように、ブッシュ政権の武力による「アメリカ国際主義」は、民主化を求める学生などイランの改革派を追いつめ、ハメネイら保守的原理主義派を強化し、反米闘争の全アラブ的爆発を準備しているのである。
 それは、イスラエルによるパレスチナ侵略をアメリカが黙認し、軍事的・経済的にその侵略を支え続けてきたことへの怒りと連動し、さらに増幅されている。サウジアラビアのヤマニ・元石油相は「イラク戦争の目的は、米国による石油支配とともに、イスラエルが中東での唯一の強国になるために地域の政治地図を塗り替えることにある」と述べた。このような理解が、アラブ世界全体に広がっているという。
 開戦が秒読みとなった二月二十七日、エジプトにあるイスラム教スンニ派の最高権威機関「アズハル」の評議会が、「イラク攻撃は新十字軍による侵略行為であり、侵略と戦うのはジハード(聖戦)である」という声明を出している。
 アズハルは世界中のスンニ派イスラム教徒にとって、カトリック教徒にとってのバチカンのような大きな権威を持っているが、エジプト政府の直属機関であり、総長の任命権は大統領にある。親米政権であるはずのムバラク政権のもとにあるこのアズハルが、このような反米ジハードを呼びかける声明を出さざるを得ないほど、理不尽極まりないブッシュ政権の侵略戦争への怒りがアラブ全域に満ちあふれているのである。
 そして開戦後、カタールのアルジャジーラTVなどが報じる米英軍の爆撃とイラク市民に広がる悲惨な被害は、ますます「新十字軍」たる米英軍への激しい怒りをかき立てている。反米テロがアラブ各地で激発するだろう。
 そしてそれは、いまなお米軍を駐留させているサウジアラビアをはじめとするアラブ各国の支配体制を揺さぶり、不安定化させていくだろう。腐敗し切った王族の専制支配が続くサウジアラビアでは、五百五十億ドルの湾岸戦争戦費負担と九〇年代の石油価格低迷の中で財政赤字に陥り、失業率二五%という状態になっている。にもかかわらず、年間四十五億ドルもの国費を浪費してぜいたく三昧を続ける王族への怒りが高まっており、いまやサウジアラビアはイスラム革命でパーレビ王朝が打倒される直前のイランに酷似していると言われるほどの状況になっているのである。

世界資本主義の危機は深化する

 バブル崩壊以降、アメリカ資本主義経済の危機は急速に深まっている。二〇〇二年の経常赤字が五千三十四億ドル(約六十兆円)と過去最悪を更新する一方で、海外からの直接投資は〇一年の千三百八億ドルから三百一億ドルと四分の一以下に激減した。民間の対米証券投資もこの一年で六百四十億ドルも減少した。
 これにともない、アメリカから海外への投融資も大幅に落ち込んでいる。〇一年に九百四十七億ドルだったアメリカからの対外証券投資は〇二年にはゼロ以下に落ち込み、二十二億ドルのマイナス(売り越し)となった。米銀による対外融資も〇一年の千二百八十七億ドルからわずか三十一億ドルへ、四十分の一以下に激減した。
 九〇年代にアメリカ経済が謳歌してきた「繁栄」は、膨大な経常赤字を海外からの資金流入でファイナンスし、その資金を海外に再投資して巨額の金融収益をふところにする「世界の投資銀行」として、国際的資金循環構造を作り出してきたことによる。そのような、アメリカ資本主義に一方的に利益をもたらす構造が、急速に崩壊し始めている。
 経常赤字のファイナンスに大きな位置を占めたのは、「ドル買い介入」も含め一千億ドル近くに達した海外の公的部門による対米投資であった。最大のドル買い介入を行った日本の外貨準備高は六百六十一億ドルもの増加となっている。アメリカの経常赤字ファイナンスはますます海外の公的部門、すなわち政治に大きく依存するようになっているのである。
 そしてイラク戦争が始まった。アメリカの二〇〇二年の貿易赤字は四千三百五十二億ドル(約五十二兆円。対GDP比四・二%)となり、戦後最悪水準を更新した。財政赤字も三千六百億ドル(約四十三兆円)に膨れ上がった。ブッシュ政権は、イラク侵略戦争のために七百三十億ドル(約九兆円)の補正予算を請求している。
 ブッシュ政権は一年半の米軍駐留を検討しているという。議会予算局の昨年九月の試算では、一年半の駐留人員の維持費だけで二百五十億〜六百八十億ドルかかる計算になる。駐留にともなう施設構築などがあれば、コストは大幅に膨れ上がる。
 しかもイラク人による親米政権が安定的に成立する見通しが全く立たないため、駐留が一年半で終わる展望はほとんどない。財政危機はさらにすさまじい水準に膨れ上がり、世界経済は恒常的ドル暴落の危機に直面し続けることになる。また巨額の財政赤字の圧力は長期金利上昇への圧力となり、再び八千ドル台割れ寸前になった株価の下落と景気後退を加速させることになる。
 しかし、イラク問題でアメリカとEUとの政治的対立が深まったことによって、EUが巨額の戦費及び占領経費負担に応じることも、ドルを買い支えるための協調介入に積極的に動くことも、ほとんど考えられない。したがってブッシュの番犬たる小泉政権に対する天文学的戦費・占領経費負担要求が突きつけられるとともに、ズルズル減価し続けるドルを買い支えるドル買い介入を、運命共同体的に続けさせられることになるだろう。
 そして崩壊するドル支配を支える最大の役割を与えられた日本経済自身が、まさに泥沼の危機の中にある。東証平均株価は八千円の大台を割り込んだ。主要銀行七行の株式含み損は五兆七千億円に達し、昨年十二月から赤字企業にも引き受けさせて行ったなりふりかまわぬ二兆四千億円もの超大型増資の半分近くが吹き飛んでしまった。
 言うまでもなくこの超大型増資は、竹中路線で厳格化された不良債権特別検査と引当金積み増しのために激減する自己資本の穴埋め対策であった。それが穴を埋める前に吹き飛んでしまったのである。自己資本比率を何とかして維持しようとすれば、分母となる資産=貸し出しの圧縮、すなわち貸しはがしに走るしかない。デフレ・スパイラルはさらに加速する。
 資本のグローバリゼーションの流れと衝突を繰り返しながら、ドル・円ブロックとユーロブロックへ、緩やかなブロック化への流れが進行し、それが世界資本主義経済の危機と混迷をさらに深める要因になるだろう。そしてユーロブロックは、政治的に常にドルの側へ引き寄せられるイギリスを抱え込むことになった。

世界政治の不安定化と新たな闘争主体

 アメリカ帝国主義が単独行動主義を押し通し、国連憲章を踏みにじる侵略戦争を強行したことによって、第二次大戦における戦勝国連合による世界支配の枠組みとしての「国連の権威」はかつてなく低下した。戦後一貫して帝国主義諸国の戦略的結集軸であり続けてきたNATO同盟にも、かつてなく深い亀裂が走った。
 そしてブッシュ政権が単独行動主機を押し通して世界化しようとした「アメリカ国際主義」は、自ら作り出した巨大な「反米国際主義」によって包囲されている。「ニューズ・ウィーク」誌(1月1〜8日号)でさえ、「『ならず者超大国』と呼ばれるアメリカ」と自国への国際的評価を自嘲的に語るほどなのである。
 頂点を極めたアメリカ一極支配が自解し始めることによって、世界政治の不安定化と流動化のうねりが進行していくだろう。WTO(世界貿易機関)が象徴する資本のグローバリゼーションと多国籍資本の世界支配は分裂と対立を内包し、全世界の労働者人民にその要求を押しつける力を衰退させていくだろう。
 帝国主義世界政治の不安定化を進行させる主体として、世界的に連帯した反戦闘争が登場したことは極めて大きな意味を持っている。二月十五日の世界一斉反戦デモには、全世界六百カ所以上で、一千万人をはるかに超える連帯した大衆行動の、史上空前の巨大なうねりが作り出された。ローマのデモは三百万人(警察の過小な発表でも百万人)、ロンドンのデモは二百万人(同警察発表七十五万人)、バルセロナで二百万人のデモが行われたスペインでは、全国で同時に行われたデモに国民の十五人に一人が参加したと言われている(「ガーディアン」紙2月18日)。
 昨年十一月にフィレンツェで開かれたヨーロッパ社会フォーラム後の百万人反戦デモが象徴するように、このような巨大な国際反戦行動の基盤となっているのは、九九年WTOシアトル会議を粉砕した反グローバリゼーション運動の世界的広がりであった。全世界の労働者人民に「底辺への競争」を強制する新自由主義的グローバリゼーションに対決する闘いが、帝国主義の戦争政策を許さない意志と結びつき、第二次大戦後かつてない巨大な闘いを作り出したのである。
 イラク戦争は、歴史的可能性を使い果たしつつある現代資本主義とその支配体制に対して、政治的にも経済的にもますます膨れ上がる巨大な重圧となってのしかかっている。危機を深める世界資本主義は、分解し、方向性を失い、統一した政策貫徹力を失いつつあるにもかかわらず、労働者人民に対してより一層、過酷な生活破壊の新自由主義政策を押しつけようとせざるを得ない。反戦闘争と結びついた反グローバリゼーション運動を、さらに拡大し、資本の支配そのものと対決するインターナショナルな闘いに発展させることをめざさなければならない。(3月31日 高島義一) 


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