3月末にあふれでてきた経済諸指標は米国が双子の赤字に踏み込んでいることを明確に示している(この諸指標はイラク戦争以前の時期―今年2月―を示しているため、戦争とは関係がない)。雇用指標、シカゴ製造業の購売指数、サービス業指数のいずれもが急激な弱化のシグナルを示した。
したがって各界の見方では、ブッシュ行政府の当面の選択は次のようなものだった。景気浮揚のために、01年にバラ色の楽観の中でなされた減税措置を撤回し(そうすれば事実上の増税措置となってしまう)、大規模な政府主導の景気浮揚策を展開するのか、あるいは別の脱出口はあるのか。
「双子の赤字」の国際的解決のため
減税措置の撤回は国内政治においてブッシュ大統領の政治力を深刻に損なわせるだろう。何よりもブッシュの主要な政治基盤は、近頃流行の戦争用語を借りれば「減税同盟」だから、反発が半端なものでないうえに、自らの政策の誤りを公々然と認める形になるからだ。こうなれば父ブッシュにも及ばない、つまり戦争さえできず再選に失敗する危険さえ甘受しなければならない。
しかもなお不確実なのは、減税の撤回を通じて連邦予算を増やし大規模な景気浮揚策を用いたとしても、それがはたしてどのぐらいの効果があるか、という点だ。これまでの景気後退は連邦準備制度理事会(FRB)の歴史的金利引き下げによってしのいできたものの、それさえももはやこれ以上、引き下げる余地はほとんど残ってはいなかった。
したがって米国のイラク戦争は、このような経済的問題を「国際的」に解決していくとの意志を示唆するものとして読み取らなければならない。そればかりか米国内経済の解決は国際的にならざるをえない条件を持っている。
このような点で、3月24日付「ニューヨーク・タイムス」に載ったジェイムス・グレントの分析は参考に値する。彼はまず米国という世界最強国が同時に世界最大の債務国だという点に注目せよ、と強調する。90年代末のバブルは海外や国内から流入した資金、結局は債務によって作りあげられた。
米国の昨年末現在の債務規模は2兆3千億ドルに達する。この債務はイラク戦や9・11とは何の関係もない。そればかりか昨年の貿易収支の赤字規模は5千億ドル余に達する。彼によれば、米国が直面した難点の一つは、このような大規模債務や赤字にもかかわらず、ドルの価値が維持され続けなければならないということにある。
万一、債務償還の要求が始まれば、つまり株式市場や国債市場に投資された外国系資本が逃げ出し始めれば米国の金融圏は一瞬にして混乱に陥ってしまう。これは直ちにドル価値の下落へと結びついてしまうがゆえにインフレの主要な要因となりかねない。2つのことは、ほとんど同時に起きる。どちらが先かを言うのは難しい。米国経済の弱化を予想し、投資された海外資本が流出することによってドル貨が弱化し、これによって米国内的にインフレの圧力が強まるからだ。
だとすれば、そうでなくともギリギリだったFRBの金利引き下げは、さらに圧迫を受ける。ジェイムス・グレントによれば、FRBが考慮しているのはインフレに転化できる一種の差等金利制だ。それは現在の金利(現在FRBの金利決定は銀行間の短期貸し付けを通してなされている)はさらに下げるかわりに、金利に影響を及ぼす、もう一方の軸である長期国債価格を下げようというものだ。このような2重金利は歴史的に、いずれも興味深い時期に実施された。1回目は47〜51年に、その次は60年代初めのケネディ政権の下で行われた。この2つのケースは、それぞれ朝鮮戦争とベトナム戦争という戦争の時期と一致する。
帝国主義列強たちの「通貨戦争」
長期国債の価格引き下げ(正確には収益率の下落)は、財政赤字を理由とした通貨量の拡大、ひらたく言えばカネをもっと刷り出すということだ。グレントは、米国がこのような経済的に相互矛盾する措置を円滑にすすめるためには海外との協調、つまり外交が必要だと指摘する。経済は戦争ではない、というのだ。
だが彼の分析は全く異なる解釈を可能にさせる。経済の原則上、通貨量が増えれば、しかも本源通貨が増えればインフレ圧力が生じるが、FRBのこのような差等金利制の構想は、他の政治的含意がある。仮に他の所でドル貨に対する需要が生じればインフレ圧力は相殺される。
他の所? それは海外にほかならない。つまり、ドルが現在よりもいっそう国際的決済手段としての領域を広げれば米国は2匹のウサギを同時に捕らえることができる。経常赤字を通貨発行を通じて補填しながらも国際通貨としてのドルの価値を維持させられる。このようなドルの強勢は輸入物価の引き上げ圧力を相殺するだろう。
問題は、経済的要因によるドルの需要拡大は、すでに90年代末に限界に達したということにある。しかもヨーロッパが経済的統合を加速化するとともにユーロ貨がドル貨を脅かす形で登場している。したがって米国はドルの地位を非経済的やり方によって、つまり強制的に拡張させる以外には道がない。そして戦争を通じた目に見える力は最も有効適切な手段のうちの一つだった(それの平和的やり方は97〜98年のアジアの金融危機だった)。
米国のこのような利害関係はイラク戦争に対する各列強の態度とも正確に一致する。すでにユーロ貨に統合されたフランス、ドイツが戦争に反対したとき、平和愛好だとか人道主義的スローガンの下で自分たちの国内資本の利益も一緒にしたということを告白するには、侵攻後わずか2週間もかからなかった。まだユーロ貨に統合されていない英国の機会主義的ないしは第3の道という態度はユーロ圏とドル圏の間で自らの位置を確保しようとするポンドの身もだえだ(賢明にもブレアは今年初め、ユーロ貨統合関連の国民投票を来年に延期すると宣言した)。
米国はイラクを相手に戦争を繰り広げているが、来年にはまた別の戦争、通貨戦争が進行中だ。これは30年代恐慌が起こったとき、各経済圏がブロック化して繰り広げた通貨戦争と似たような様相を示す。おろかなことに第3世界の砂漠のどまん中で繰り広げられている戦闘は帝国主義列強たちの間の通貨戦争でもあったのだ。
もちろんイラクの石油や地政学的位置も、この戦争では重要だ。だがイラクの石油や再建が全世界的不況を拭い去れるものではない。米国の軍産複合体にとっては戦争が福音だろうけれども、経済的効果は米国経済全体で見れば微々たるものだ。
軍事的ケインズ主義が過剰生産におかれた経済に対する処方となるには、イラク戦は余りにも規模の小さい戦争だ。それにもかかわらずイラク戦が経済を再生できると考えるのは、米国内の通貨主義者たちの確信とドルがわれわれを救うだろうという金融資本の望みでもある(市場は実に露骨に反応する。イラク戦が短期間で終わる可能性が高まるとともに、ダウ指数は今年1万を超えるだろうとの観測が勢いを増している)。
何が何でも戦争が必要だった!
イラク戦争に続いて中東全体が不安定になり世界秩序が混乱に陥るとして、米国が戦争には勝っても政治的には敗北するだろうと見る見解は余りにも一方的だ。その諸不安を通じて、そしてその諸不安を米国の力によって平定していく過程において米国はさらに強くなっていくだろうとの展望を別の側では言うからだ。そのような意味でイラク戦はウルシー前米中央情報部(CIA)局長が語ったように世界大戦なのだ。米国は、そして米国のカネはいまなお占領しなければならない多くの国々を残しているからだ。彼が語っていないのは、それが同時に帝国主義世界大戦、貨幣間の戦争ということだった。
米国が砲撃を始めたとき、一部で出回った「シャレード(影絵遊び)」論は単なる陰謀論ではなく、相当の説得力を持っている。すなわち米国が国連安保理で決議案を上程しようとして交渉したのは実際に合意を引き出すためではなく、単にジェスチャーにすぎなかったというのだ。
戦争勃発の1カ月間のブッシュの発言をよくよく見ると、最初は大量殺傷兵器(大量破壊兵器)の除去で、次はサダム・フセインの追放、その次はフセイン亡命の報道がちらちらされるたびごとにフセイン亡命の有無とは関係なしにイラクに進撃してフセイン体制をなくしてしまうというやり方に変化してきた。したがって米国は無条件に戦争が必要だったとの観測が成り立つ。戦争をめぐるすべての発言は単に「政治的」修辞にすぎなかったというのだ。
もちろん米国も戦争によって相当の危険の負担を甘受しなければならない。何よりも米国の戦争ではあるが、国際的力学関係上、速戦即決で終わらなければならないということが絶対的負担として残る。米国や国際的資本家たちが戦争直前、「イラク戦についての不確実性の除去」を云々したのは、「短期的に終わらせられるのならばやるべきで、そうでなければ他の道を甘受せよ」という通告として理解できよう。
戦争の不確実性を甘受し、正面突破を試みることによってブッシュ政権は自身の真面目を確認させた。彼は金融資本が自身の安定のために信じるに値する使徒だったというわけだ。それは冒険ではあったが、確実な冒険だった。彼が信じたのは精密兵器ではなく、その兵器が民間人を殺傷したとしても、またこの戦争の名分が何であるかに関係なく、彼を支持してくれる米国の民衆たちを正確に読み取っていたのだ。
彼はスローガンが重要なのではなく、勝利がすべてを決定するとの信念の下に動き、大衆は彼を裏切らなかった。「ワシントンポスト」が最近実施した世論調査において米国人の70%以上が今回の戦争で、イラクが大量虐殺兵器を保有していないことが明らかになったとしても戦争に同意すると答えたとき、彼らは正確に自分たちの利益を表現した。米国がベトナム戦で敗北した後に味わった20余年間の生活水準の後退を彼らは覚えていたのだ(米国民の実質可処分所得が第1次オイル・ショック以前の水準を回復したのはバブルの最盛期の01年だった)。
沈黙する多数は戦争の神とともに
彼らは合理的に反応した。イラク戦直前の3月15日、ニューヨークで反戦デモが行われたとき20余万人がタイムスクェアを埋めた。それから2週間後の3月29日の反戦デモには2千人余りのデモ隊しか見ることができなかった。戦争が始まったとき、彼らは自分たちが戦争において勝たなくてはならないということを悟った。米軍が勝利している限り、反戦運動はコップの中の嵐にすぎないだろう。また逆説的に米国が勝つことが確実視されるかぎにおいてのみ反戦運動はある程度、可能だとも言えるだろう。
4月15日に予定された反戦デモは米国の利害関係と良心の関数関係を判読する良い物差し程度としてのみ残るだろう。ベトナム戦さえ反戦デモのゆえに終了しはしなかった。一方では戦争において勝利する可能性がなかったがゆえに、他方では米国の冷戦戦略が変わって中国に対する封鎖政策を解いたために、それは可能となった。「沈黙している多数」はそのときも戦争の神とともにあった。
アラブ民衆の抵抗は、またそこで予想される長期的な政治的負担は、また別の政治工学が解決してくれるだろうとブッシュも国民も信じるだろう。あるいは、そもそも難題として残ったとしても石油や資本が米国に流入してくる限り、その程度の負担は甘受するだろうし、米国が自らを正当化できるさまざまな教説は巷にあふれている。21世紀の最初の大統領を法廷で決定した米国は、世界史を違うものへと作った。彼らは19世紀の歴史を再創造したのだ。(「ハンギョレ21」第454号、03年4月17日付、ニューヨーク=イ・コンスン専門委員)
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