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「国立大学法人法案」を廃案に            かけはし2003.4.14号より

多国籍資本のための人材育成・下請け研究機関化をねらう


 小泉内閣は、二月二十八日の閣議で「国立大学法人法案」を決定し、国会に提出した。小泉「構造改革」の一環としてのこの法案の背後には、一つには財政運営の「効率性」確保というねらいがあるが、新自由主義的グローバリゼーション時代における多国籍資本の大学への要求の反映があることも見逃せない。
 法人化とは、そもそも「行政改革」の一環として国の財政負担を減らすための方策である。国立大学法人法案では、国立大学の設置者が、現行の学校教育法の国から、国立大学法人に変更されている。学校教育法上では、設置者が経費を負担することが原則であり、国の財政責任は明確であったが、法人法案では、大学の経費を負担する義務を負うのは法人となる。国から法人への財源措置については、独立行政法人通則法の規定を準用するとされている。つまり、国は法人に必要な金額を「交付することができる」とされているにすぎないのである。今回の法人法案によって、国が大学に対する財政責任を放棄する方向にむかって進んでいることはあきらかである。
 この結果、各法人は財源を確保するために、授業料の大幅な引き上げに走ることが予想される。法人化後は学部別授業料も可能となるので、とりわけ医歯学系や自然科学系では学費が高騰することが予想される。もし実際にこのようなことが行われれば、「教育の機会均等」どころではない、まさに「貧乏人は大学に来るな」というに等しい事態が生じることになるであろう。
 法人化によって、大学にたいする国家の統制が著しく強化されることも重大な問題である。法人法案によれば、国立大学が法人化された場合、六年サイクルの中期目標・中期計画を定めなければならないが、中期目標を定めるのは文部科学大臣であり、この中期目標にもとづいて各大学法人が作成した中期計画は文部科学大臣の認可を受けなければならないとされているのである。
 さらに、中期目標・中期計画の達成の度合いは、文部科学省内に設置される「国立大学評価委員会」によって毎年評価され、この結果にもとづいて予算配分を行うとされているのである。このような形で大学の予算が左右されるならば、大学においては、文部科学省の気に入るような研究や教育ばかりが行われることになってしまうであろう。
 それでは、文部科学省はどのような観点から大学を評価しようとしているのであろうか? その一つの手がかりとなるのが、遠山文部科学大臣が昨年八月三〇日に経済諮問会議に提出した「人間力戦略ビジョン 新しい時代を切り拓くたくましい日本人の育成」である。ここでは、「『知』の世紀をリードするトップレベルの人材の育成 」なるものが掲げられているが、これは新自由主義的グローバリゼーションの時代に対応できる企業人の育成という多国籍資本の意向を反映したものにほかならない。このような観点から大学が国家によって事細かに統制されるならば、大学はもっぱら多国籍資本にとって役に立つ人材の育成の場になりはててしまうであろう。
 今回の法人法案は、国家の統制を通じてばかりでなく、より直接的に経済界の意志が大学運営に反映する仕組みをも作ろうとしている。法案によれば、大学全体の方針は学長と学長の指名する理事で構成する役員会で決定することになる。学長と学長の指名であるから、学長の権限は著しく強化される。
 この役員会のもとに、教育研究評議会と経営協議会がおかれるのだが、経営協議会については、学外者が半数以上を占めるとされているのである。つまり、財界人が大学役員として大学運営に直接に口を出すことも可能になるのである。従来「大学の自治」の象徴とも言われてきた「教授会の自治」を奪う学長権限の強化と学外者の登用によって、多国籍資本にとって役に立つ大学への改革が強力に推進されることになるだろう。
 大学ではさまざまな分野の研究が行われており、その中には、直接に産業の役に立つものもあれば、そうでないものもある。しかし、カネ儲けの手段にならないからといって、その研究が人類社会にとって意味のないものだということにはならない。もっぱら短期的に産業の役に立つか否かという観点から評価され、役に立たない研究にはカネを出さずに切り捨てるということになれば、学問・研究のあり方に著しい歪みをもたらすことになるのはあきらかである。
 今回の法人法案は、全体として、国際的な競争力の強化をあせる多国籍資本のために、大学をその人材育成機関・下請け研究機関へと変質させようとするものであると評価することができる。こうした「改革」への抵抗の拠点になりうる存在として、学生の自治・自主活動への攻撃は、今後いっそう強まることが予想される。このような攻撃にあくまで屈することなく、学生が全国的な連携を強めつつ教職員とも団結して、また新自由主義的「構造改革」によって苦しめられている各階層の闘いとも連携して、この大学「改革」に対抗していくことがもとめられている。(堀川俊弘)

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