小泉政権の戦争加担を糾弾して七千人がデモ
二月十九日、東京・日比谷野外音楽堂で「STOP THE WAR 私たちはイラク攻撃に反対します2・19集会」が開かれた。主催の集会実行委員会はフォーラム平和・人権・環境、戦争反対、有事法案を廃案に!市民緊急行動、日本消費者連盟、原子力資料情報室、ATTACジャパンの五団体。
会場には、二月十五日の世界六百都市で一千万人以上が参加した反戦行動を引き継いで、ブッシュ政権・ブレア政権と小泉政権を追いつめるために、七千人(主催者発表)の市民、労働者が結集し、新橋から銀座、東京駅前を通るデモで「イラク攻撃反対!」「日本の戦争協力反対!」と訴えた。
オープニングはウリパラムのダイナミックなチャンゴ演奏。最初に、平和フォーラムの太田敏夫事務局次長が主催者を代表してあいさつ、続いて政党から民主党の横路孝弘副代表と社民党の土井たか子党首、労働組合から連合の阿部道郎さん、障害者インターナショナル日本支部の金政玉さんがあいさつに立ち、それぞれ小泉政権の突出した戦争協力の姿勢を糾弾し、「戦争を止めるために全力をあげよう」と訴えた。
赤新月社とフランスのNGOと協力して経済制裁下で苦しむ子どもや母親に対する医療・福祉面での支援体制を作るために、一月中旬にイラクを訪問した日本国際ボランティアセンターの熊岡路矢さんが、イラクの状況を報告した。
「経済制裁が始まってから十二年間に乳児死亡率が二倍以上にはね上っている。小児病院では白血病や血友病の子どもたちが、必要な薬や血漿が入手できない上に、輸血からC型肝炎まで併発しているつらい姿を目の当たりにしてきた。戦争が起きれば、かろうじて命をつないできた治療も中断され、戦場と同様に多くの命が奪われることになる」
「かつてのベトナムやカンボジアのように、厳しい経済制裁はイラクでも社会の底辺にいる人々を失業などで苦しめている。子どもたちは『学校に行くよりも稼いでほしい』と親に言われ、靴磨きや街頭で物を売ったりして働いている。一日で日本円にすれば数十円という稼ぎでしかないが、一家の貴重な生活費になっている。その結果、ユニセフによれば、制裁前に九%だった学校に通えない小学生の比率は、二三・七%にまで上がってしまった。戦争はこのような人々にさらに大きな打撃を与える。日本政府は戦争後の再建に協力すると言っているが、『戦争になったらけが人を直しましょう』『戦争で道路や橋や建物が壊れたら直しましょう』というのはおかしい。経済制裁ではなく人道支援を。戦争ではなく非戦をめざす国境を超えた力を」。
アジアン・スパークのブッシュ・パフォーマンスに続いて、三月八日に日比谷野外音楽堂を中心に取り組まれる「WORLD PEACE
NOW 3・8」への大結集が呼びかけられた。二月十五日ニューヨークでの四十万人が集まった世界反戦行動に参加した派遣団からは、議会の権限を飛び越えて大統領が戦争を決定するのは違法だとする訴訟を、バーバラ・リー議員らが開始しようとしていることや、見渡す限り人で埋めつくされた当日のデモの様子などが報告された。
集会アピールを全体の拍手で確認しデモに出発、「ノー、ウォー!」「イラク戦争反対!」「小泉政権は戦争協力するな!」と訴えた。 (I)
2.15全世界同時行動
ベルギー・ブリュッセルの反戦デモに参加して
二月十五日のイラクへの戦争に反対する全世界同日行動のデモに、私は旅先のベルギーの首都ブリュッセルで参加した。晴れてはいるが、最高気温が零下という寒い日だった。
集合予定の午後一時過ぎ、デモ出発地点のブリュッセル北駅には、すでにATTACの「%旗」を持った人びとや、グリーンピース、OXFAMなどのNGO、労働組合、さまざまな左翼政治グループ、中東やアフリカからの移住労働者が集まっている。階段を下りた広場、さらにそこから延びる通りには、旗やプラカードが林立しており先頭がどこだか分からないほどにデモ参加者の波が続いている。
後からの報告では、八万人の参加者ということだった。もちろんロンドン、ベルリン、ローマ、パリ、マドリードといった他のヨーロッパ諸国の都市での百万、五十万といった結集には及びもつかないが、総人口千万人の小国ベルギーの反戦デモとしては大結集であることには間違いない。まして、日本のデモとはスケールが一回りも二回りも大きい。労働組合運動や社会運動の厚みが違うのだ。
しばらく人波をかき分けて進むと、SAP/POS(社会主義労働者党、第四インターナショナル・ベルギー支部)の旗が何本もひるがえっているのを発見し、その隊列に加わることになった。しかし、なかなかデモの列は前に進まない。待機している最中も、各グループはスローガンをリズムよく繰り返し、楽器を打ち鳴らすなど、さまざまなパフォーマンスを繰り返している。
一時間ほどして、ようやくデモが動きだして、道いっぱいに広がった行進となった。SAP/POSの隊列の前後には、巨大なパレスチナの旗を広げたグループ、「CHENGE THE WORLD」(「CHANGE」ではなく「CHENGE」なのは、言うまでもなく「CHE」ゲバラをもじったもの)と大書したゲバラのポスターを掲げた毛沢東主義者のベルギー労働党(PTB)、トルコ、イラン、イラク、アルジェリアなどの国旗を掲げた移住労働者、エコロジー運動グループ、さらに社会党など色々な勢力が渾然となっている。若者たちの元気の良さも目立った。しばらく中腰になって立ち止まり、掛け声を続けた後、前の列との間隔が広がった後、いっせいに全力で走り出すグループもいた。
ピカソのゲルニカを描いた大きな幕を台車に載せて進む人びと、道路に面した建築現場の足場に赤旗を取り付けてアピールするトルコ人のグループもいる。
二つの横断幕を広い道幅いっぱいに広げたSAP/POSの隊列は、アフリカ系の若者が叩く太鼓を先頭に「ノン・ア・ラ・ゲール(戦争反対)」「ブッシュ・シャロン・アササン(ブッシュ、シャロンは殺し屋)」「リベレ・パレスティン(パレスチナ解放)」、「USゴーホーム、ストップ・ザ・ブッシュ」などフランス語と英語の入り交じったかけ声で、にぎやかに行進。そのうちにイタリア語で「ビバ! カルタ・インターナチオナーレ(第四インターナショナル万歳!)」などといったもろに「党派的」なスローガンも叫ばれる。
ブリュッセル北駅前を出たデモは、中心部の繁華街をぬけ、解散地のブリュッセル南駅前に向かう。一つの掛け声に同じグループの人びとだけでなく、他のグループの人びとも唱和するのも印象的だ。普通に歩けば三十〜四十分でいけるコースを三時間半近くかけたこの日のブリュッセル反戦デモは手足のかじかむ寒さの中を、最後まで元気一杯につらぬかれた。私も、最後は「US GO HOME! NO BLOOD FOR OIL」と大書された横断幕を持ち、マイクを回されて掛け声を上げながら、インターナショナルな闘いに参加できた感動にひたっていた。 (純)
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