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名古屋刑務所リンチ殺人事件             かけはし2003.3.24号より

何百人殺されているのか-受刑者への暴力・殺人が横行する刑務所


 名古屋刑務所で、刑務官が受刑者に悽惨なリンチを加え、二人を殺害、一人に重傷を負わせ、しかも名古屋刑務所全体と法務省矯正局が一体となってその隠ぺいを図っていた事件が発覚した。それは、日本の刑務所とは刑務官によるテロとリンチと殺人行為の横行する文字通りの無法地帯であり、日本の法務行政・刑務行政が人権感覚ゼロの世界最悪の水準にあり、ほとんど軍事独裁政権なみと言っても過言ではない恐るべき状況であることを、あらためて暴露する事件である。
 事件として立件されたのは、革手錠で受刑者の腹部を締めあげて肝臓などの内臓破裂で殺害した昨年五月の事件、同様の革手錠リンチで重傷を負わせた九月の事件、真冬に全裸にした上に消防用高圧ホースで下腹部に放水を集中的に浴びせかけ、直腸を裂傷させて殺害した十二月の事件の三件である。
 いずれも名古屋刑務所から報告を受けた法務省矯正局が「不審な死」として把握していたにもかかわらず、何の処置もせず、矯正局ぐるみで隠ぺいしようとしていた。五月の革手錠殺人事件では、司法解剖に通常は立ち会わない刑務官を五人も立ち会わせ、肝臓挫裂創と腹腔内の大きな血腫を発見した解剖医が、検察官に「死因が明確でないので報道機関への発表を控えてほしい」と発言したと報じられている(朝日新聞3月11日)。
 高圧ホースによる殺人事件は「心不全」「自傷によるショック死」という虚偽の報告で闇に葬られようとしており、福島瑞穂参議院議員(社民党)が五月のリンチ殺人事件を調査する中で発覚した。凶器となった高圧ホースは数十メートル離れた場所から保護房に引き込まれていた。すなわち、多くの刑務官の協力あるいは少なくとも暗黙の了解の上でリンチが行われていたのである。
 そしてこれらの事件の調査をめぐって衆院法務委員会の命令で法務省が提出した受刑者の「死亡帳」は、全国の刑務所で同様の悽惨なリンチが日常的に行われ、何百人もの受刑者が殺害されているかもしれないという恐るべき事実を暴露したのである。
 法務省が衆院法務委員会に提出したのは、名古屋、府中(東京)、大阪、横須賀(神奈川)の四刑務所で、昨年までの十年間に服役中に死亡した受刑者の「死亡帳」である。それによれば、四つの刑務所での服役中死亡者は十年間に二百六十人にも上り、しかもそのうち病死でも老衰死でもない「変死」(不自然な死)として「変死者死体検視」が行われたものが、何と百二十三人に達しているのである。
 この「服役中変死者」には「医務室で急死した」など、急死しているケースが多い。「興奮状態だったので筋肉注射をしたら自発呼吸が低下し心停止した」(府中刑務所)などというものもある。いったいどのような薬剤を注射したのであろうか。
 名古屋刑務所の高圧消防ホース殺人事件や革手錠殺人事件も記載されているが、「急性心不全」「直腸裂傷」「倒れていたところを発見」などと書かれているだけで、消防ホースや革手錠については全く触れられてさえいない。「ある(衆院法務委員会の)理事は『刑事事件になった二件でさえ、この程度の記述しかされていない。同程度に怪しい記述の死亡帳が山ほどある』と話した」(東京新聞3月14日)。
 十年間の「服役中変死者」の数は、名古屋刑務所二十二人、府中刑務所五十四人、大阪刑務所四十六人、横須賀刑務所一人となっているが、大阪については法務省が九三年と九四年の二年分を提出していない。
 全国の刑務所は札幌、仙台、東京、名古屋、大阪、広島、高松、福岡の八つの矯正管区にそれぞれ、六カ所、五カ所、十三カ所、八カ所、七カ所、六カ所、五カ所、十カ所、計五十九カ所設置されている。そのうちわずか四カ所だけで、「服役中変死者」が百二十三人に達している。五十九カ所すべての刑務所の疑惑の「変死者」を合計すれば、十年間で千人以上に達する受刑者が、人知れず殺害されているかもしれないのである。
 高圧ホースによる殺人事件について新聞各紙は、殺害された受刑者が刑務官に反抗的な態度を示し、自分の汚物をまき散らしたりする「奇行」(朝日新聞2月12日)を繰り返したので、刑務官が取り押さえ、革手錠を装着したなどと、刑務所側の主張をそのまま報じている。それだけ読むと、あたかも殺害された被害者が極めて特殊な人格であったかのような印象を受ける。しかしこの問題を、日本の刑務所と、とりわけ殺害現場である保護房とはどんなところなのかということを抜きにして語ることはできない。
 日本の刑務所では、受刑者は起床から就寝まで、一挙手一投足のすべてが完全に形式化された規則によってしばられ、刑務官の徹底した監視と管理のもとに置かれている。食事の開始と終了、刑務作業に向かう時の歩き方と声の出し方、作業中に顔を向ける方向や動作などの態度、トイレの回数と時間、入浴の時のタオルと石けんの持ち方から湯桶で湯を浴びる回数まで厳密に決められている。
 しかもすべて命令と許可が必要だ。命令や許可のない行動や規則通りでない行動は、どんなささいなものでも懲罰の対象となる。どんな理不尽な命令であっても、反抗的姿勢を具体的に示せばよってたかってリンチを加えられ、革手錠で腰と手を締め上げられて保護房にたたき込まれてしまうのである。
 真夏に冷房のない房内で作業中に吹き出る汗も勝手に拭くことはできない。許可なく汗を拭けば「不正拭身」として懲罰の対象となる。「独居房在監者は、指定された場所に指定された向きで一日じっと座って作業する。房内での屈伸運動どころか手を伸ばしたりすることも規則違反である」(菊田幸一『日本の刑務所』岩波新書)。
 「工場内で作業中に職員が扉を開けて入ってきたのを見ただけで『職務怠慢』の懲罰となることがあるが、その時『謝っているじゃないですか』などと言おうものなら、これが『担当抗弁』として新たな懲罰の対象となる。……聞こえなくて返事をしなかった時も『担当抗弁』と見なされると懲罰となる。……工場で作業中、他の受刑者が部品を落としたのを見た隣の者がそれを拾ってやったのが『不正動作』であり、相手が声に出さずに『ありがとう』とうなずいたのが『不正発声』という理由で軽屏禁の懲罰を受け、この一件で二人とも仮釈放にならなかったという事例の報告がある」(前掲書)。
 名古屋刑務所の犠牲者は保護房で殺害された。保護房は、自傷・自殺のおそれがあったり、暴行や施設の損傷や逃亡のおそれがある時に受刑者を拘禁する特殊房であるということになっているが、懲罰の対象者を懲罰に先立って一時隔離するために使われている。拘禁は七日を限度とすることになっているが、必要がある時は三日毎に更新できるとされ、「反抗的」な受刑者への懲罰手段として恣意的に多用されている。
 保護房に入れられる時は多くの場合、両手を腰の前と後ろに固定した革手錠をはめられる。両手を使用できないので、食事も「犬食い」しかできない。革手錠は夜もはずされないので、就寝しようとしても転がった状態になることしかできないため、ほとんど眠ることもできない。しかも二十四時間、蛍光灯がつきっ放しになっている。
 両手を腰に固定されているため自分でズボンを下げることができず、排便も垂れ流しになってしまう。刑務所によっては、股の部分が切れた特殊なパンツとズボンをはかせるところもあるという。名古屋刑務所で虐殺された受刑者が「自分の汚物をまき散らした」と報じられているが、保護房に入れられた場合はむしろそのように状況になるのが当たり前なのである。保護房は、受刑者の間で「拷問房」「虐殺房」と呼ばれている。二千四百四十七日間の受刑日数のうち、断続的な保護房拘禁が千百四十五日に及んだという例もある。革手錠は全国の刑務所に約千個備えられている。
 懲罰の中で最も多いのが軽屏禁である。独居房で起床から就寝まで座布団もない床の上に一日中、正面を向いたまま正座し続けなければならない。手足を伸ばしたりすれば新たな懲罰の対象となる。運動、入浴、新聞、読書、手紙の発受、面会、訴訟関係の信書発信もすべて禁止される。トイレも一日二回だけに制限される。最高六十日間とされているが、違反があったとされ満了と同時に次の軽屏禁となることもある。二〇〇〇年度に懲罰を受けたものは延べ二万七千六百四十一人で、その九七・一%が軽屏禁を受けている(前掲書)。
 三月十一日の初公判で、昨年五月と九月の革手錠殺傷事件の被告五人は、「職務を適正に遂行しただけである」として無罪を主張した。これが日本の刑務行政なのである。
 日本の刑務所での受刑者に対するこのような処遇は、「何人も、拷問または残虐な、非人道的なもしくは屈辱的な取扱もしくは刑罰を受けることがない」と定めた国連の世界人権宣言に違反し、日本政府も批准し発効して遵守義務のある「自由人権規約」に違反し、同様に一九五五年に「犯罪予防及び犯罪者処遇に関する第一回国連会議」で採択された「被拘禁者処遇最低基準原則」に違反するものであることははっきりしている。
 そのため国連の規約人権委員会はこれまで、日本政府に対してその是正を繰り返し勧告してきた。たとえば九八年にも以下の点を指摘し、その是正を求めている。@受刑者が自由に話をしたり、周囲との親交を持つ権利やプライバシーの権利などを含む基本的な権利を制限する過酷な所内規則A厳正独居の頻繁な使用を含む過酷な懲罰手段の使用B懲罰の決定についての公正で開かれた手続きの欠如C刑務官による報復行為に対し不服申し立てを行った受刑者に対する保護が不十分D受刑者の不服申し立てを調査するための信頼できるシステムの欠如F残虐で非人道的な取り扱いとなり得る革手錠のような保護手段の多用\\。
 ところが日本政府は、このような処遇の是正を求める国連の勧告を無視し続けてきた。九五年には国連で「被拘禁者処遇最低基準原則」の実践を求める決議が採択されたが、日本政府は逆に「最低基準」を切り下げて過酷な処遇の容認を求める報告書を提出している。
 日本も七九年に批准した国連自由人権規約は、第十条で「自由を奪われたすべての者は、人道的にかつ人間の固有の尊厳を尊重して取り扱われる」と規定している。しかし日本の刑務所では、明治天皇のもと大日本帝国憲法下で一九〇八年に制定された「監獄法」が今日なお存続しており、受刑者の「人間の固有の尊厳」を徹底的に踏みにじる制度化された暴力が横行し、多数の受刑者が命を奪われ続けているのである。

 監獄法のもとでも、受刑者が刑務所内の人権侵害などについて手紙で法相に直接「不服申し立て」できる「情願」という制度がある。刑務官によるあらゆる制限やいやがらせや脅迫や敵対にもかかわらず、年間三千件もの「情願」が法相宛てに出されている。今回の事件をめぐって、法務大臣が自ら読んで判断すべきこの「情願」を、すべて法務省矯正局が法的根拠もなく開封して読んで「情願却下」などの一方的処置を行い、森山大臣は一通たりとも読んでいなかったことが発覚した。
 受刑者を管理する機関が同時に同時に不服処理機関であっては、公正な処理はとうてい不可能である。したがって欧米では、法律家や専門家やNGOによる第三者機関が不服申し立てを処理する制度が一般化している。
 たとえばイギリスでは、被収容者はいつでも電話でオンブズマンに連絡することができる。また、全国に「訪問者委員会」が設置され、委員は刑務所側の立ち会いなしに被拘禁者と面会し、記録を閲覧し、勧告する権限を持っている。アメリカでは舎房の廊下に受刑者が不満を記して投函できる箱が設置されているが、管理者は手紙の開封どころかその箱を開けることも許されず、刑務所外の第三者委員会に直接送致されるシステムになっている。
 国連ではこのような不服申し立てを公正に処置するための制度を整備するよう日本政府に勧告している。ところが日本政府はこの勧告を無視し、弁護士への手紙さえ開封し検閲するという人権を踏みにじる前近代的やり方を頑迷に堅持し続けているのである。
 近代の行刑(刑を執行すること)の目的は、受刑者を再教育し社会復帰をうながすことに置かれている。そのためにも刑務所は地域と社会に開かれ、しかも出所後できるだけ早く社会生活への復帰が可能な制度的枠組みが作られていなければならない。
 欧米では受刑者に不在者投票を行う権利を保障しているところも多い。家族や友人などとの、飲食や身体的接触を含む数時間に及ぶ面会も、ほとんどの国で当然の権利になっている。面会の少ない受刑者にはボランティアによる面会を勧めるところもある。
 イタリアでは四年前から、服役しながら大学卒業の資格が取れるという試みを開始している。法学と政治学の二コースで、大学から教員が教えに来るほか、所内の自習室でパソコンを活用して授業やレポート提出などを行い、試験に受かれば大卒資格が取れ、弁護士への道も開かれるという(朝日新聞98年11月12日)。
 もちろん、「9・11テロ」をめぐってブッシュ政権が行っている中東出身者や「アルカイダ兵」とされグアンタナモ基地に不法に収容されている人々への処遇一つ取ってみても、これら欧米やラテンアメリカの刑務所と刑務行政を理想化することはできない。
 しかし日本の刑務所と刑務行政が、国連の「最低基準原則」や各国の一般的あり方と比べて、あらゆる面でほとんど考えられないほど劣悪な水準にあることは確かである。たとえば刑務所内の懲役労働で与えられる報酬(作業賞与金)も世界最低ランクで、見習工は時給四円九十銭で月額七百八十四円、一等工に昇進しても時給三十四円に過ぎない。しかもあらゆる口実でかけられる懲罰で、千円、二千円単位で賞与金が没収されている。長期刑で出所しても手元にはスズメの涙しか残らない。
 日本の刑務所の特徴は、繰り返し入所するものが多いことである。全収容者のうち二回以上の入所歴を持つ者は二〇〇〇年で五二・五%、このうち五回以上の入所歴を持つものが三〇%を超えている。日本の刑務所と刑務行政は、受刑者の尊厳を破壊し、社会復帰を妨げ、しかも不当な処遇に抗議したりすれば殺害にまで至るリンチを加えるという、まさに軍事独裁政権並みと言っていい世界最悪水準の前近代的システムなのである。
 監獄法の廃止を求め、国連の被拘禁者処遇最低基準原則にもとづいた新たな刑務関係法の制定を要求しなければならない。そのための出発点は、名古屋刑務所でのリンチ殺人事件をきっかけにその実態がようやく表面化しつつある刑務官によるすさまじい人権侵害と暴力を徹底的に究明し、森山法務大臣を含むすべての責任者の処罰を要求することである。全国の刑務所でこの十年間に千人に達したかもしれない刑務官による受刑者殺し事件の、徹底的な究明を要求しよう。                          
 (3月16日 松本龍雄)


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