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ナッサル・イブラヒム/マジェド・ナッサル      かけはし2002.3.25号より

グローバリゼーションとパレスチナ抵抗運動についてのテーゼ


 ブッシュの「対テロ」国際戦争開始以後、イスラエルのシャロン政権はパレスチナ自治区への連日の砲爆撃と住民虐殺を野放図にエスカレートさせた。ここに掲載するのは、イスラエルの反シオニスト左派グループが提起している、グローバル化の下でのパレスチナ抵抗運動の役割についてのテーゼである。




1―1 反グローバリゼーション運動が、この十年間にわたってますます公然たる支持を集めてきたことは、ほとんど疑う余地はない。この支持は、しばしば大衆的な形で、そしてきわめて爆発的な形で噴出してきた。最も著名なのは一九九九年のシアトルであるが、ワシントン、ジェノバ、ロスアンゼルスなどでも注目すべき激烈さでそれは引き起こされた。おもにこの不満の流出に応答する形で、グローバリゼーションについての言説は、広範な広がりを持った経済的・文化的次元の中で、重要な分析的概念として確立されるようになった。それはグローバリゼーションに対決する民衆運動に政治的・社会的分析が「追いつこう」とするにつれて、進んできたものである。
1―2 反グローバリゼーション運動に対する民衆の支持と、この運動に役立つための分析的枠組みの発展は、多国籍企業に支配された世界市場の力学に挑戦する組織的枠組みの創出を示すものである。反グローバリゼーション運動は、各国内部の、国家間の、「北」と「南」の間の社会的矛盾を拡大する多国籍企業の世界的規模の政策に対決する原則的闘争である。
 グローバリゼーション政策は環境を脅かし、貧困と無知の比率を高めている。それは文化的・宗教的紛争が爆発する諸条件を作りだしている。
1―3 グローバリゼーションは情報・通信革命の産物であり、経済、政治、文化の諸領域にも影響を与えている。このプロセスは、先進諸国においては多国籍企業のグローバルな支配を促進するために資本によって利用されている。同時に、西側先進諸国の物質的・イデオロギー的動機づけは、西側諸国がすべての民族と文化の「到達点」であると見なす西側の社会的・文化的モデルを押しつけようとする帝国主義的実践に、依然として対応したものである。
1―4 多国籍企業と西側帝国主義の複合した支配は、西側諸国家が世界の人びとの多様性を抑圧し、他の民族、文化、社会的特徴の独自性を包摂しようとするにつれて、他の国家への支配を必然的に伴うものになっている。同時に、この支配の政治は、犠牲にされた国家と文化の内部で、世界を戦争と自己破壊の循環に導く破壊的暴力と紛争の諸条件を作りだしている。
1―5 グローバリゼーションに関する論議の枠組みは、現代の経済的諸力一般、特殊的には多国籍企業との関係で、帝国主義の役割を審査させるものになっている。この点で、グローバリゼーションはしばしば多国籍企業の要請に対する国家の黙従として描きだされているが、グローバリゼーション/反グローバリゼーションの枠組みは、より相互的な作業基盤で機能する商業的利益と帝国的願望との関係を据える概念的枠組みを提供している。
1―6 この点で、一方を他方とは切り離すことができないゴールを見ることができる。多国籍企業の商業的利益と西側諸国の帝国主義的願望は、隣り合ったものであり相互に支えあっている。このことは国際関係の領域内での不平等な諸力の日常的適用を通じてはっきりと現認できることだろう。われわれはそれをGATT協定の中に、あるいはアメリカ主導したさまざまな戦争の中に見ることができる。われわれはそれを、レイシズムに反対する会議や環境会議といった国際会議の中で見ている。われわれはそれを、国連でのアメリカによる時間稼ぎの引き延ばしとか妨害的行為の中に見ている。
1―7 人間性の豊かさを防衛するために、このプロセスに対して社会的・道徳的・文化的に抵抗する必要性は緊急のものになっている。こうした抵抗は、科学的・技術的発展の拒否を必要とするものではない。こうした発展は、すべての民族、国民、社会的カテゴリー、階級に役立つことができるし、また役立つべきものである。こうした前進が、何十億人もの人びとの悲惨と貧困を引き換えにした利益に身を捧げている特定の国家、文化、企業グループにのみ帰属することを認めてはならない。
1―8 パレスチナの問題は、帝国の主張に見られるグローバル化プロセスの最も悲劇的な例の一つである。
2―1 第一次世界大戦の終わりに、イギリスは一九一七年のバルフォア宣言を通じて、ユダヤ人のための祖国をパレスチナに樹立することを企てた。イギリスは、自らの委任統治支配の全般にわたって、自民族中心主義的でレイシスト的な植民地的構想であるシオニスト運動を後援した。イギリスは一九一六年のサイクス―ピコ協定に従って、パレスチナに自らの委任統治を押しつけることによってシオニスト運動を防衛し、それを政治的・経済的・軍事的に支援した。イギリスは、三十年間にわたってパレスチナ人の抵抗を残虐に弾圧する陰謀を企てた後で、第二次大戦の終わりまでにパレスチナをシオニストに引き渡す下準備を進めていた。
2―2 第二次大戦の終結と、資本主義体制のリーダーとしてのアメリカの成長とともに、シオニスト構想の後援者はアメリカに引き継がれた。武装シオニスト集団は、一九四七/四八年に非武装のパレスチナ人に対する戦争を開始し、パレスチナの土地の七八%にイスララエル国家を樹立することに成功した。十九年後の一九六七年六月、イスラエルはアラブ諸国を攻撃し、パレスチナ全体とエジプトのシナイ半島、シリアのゴラン高原を占領した。
2―3 こうした戦争の結果として、百万人以上のパレスチナ人が彼らの家と土地から強制的に追放され、アラブの近隣諸国(ヨルダン、シリア、レバノン)のキャンプに住む難民となった。今日、難民の数は約四百万人であり、イスラエルは難民に対して、国連安保理で確立された国際法を侵害し、彼らが故郷に帰還する権利を拒否している。
2―4 こうした植民地的行為は、ユダヤ人民の安寧を保障するという言葉で正統化されていたが、西側諸国の行動はグローバルな勢力関係の形成の決定的な段階でなされたものであり、西側諸国がそれを通じて中東のグローバル資本主義の利益を守ることができる架橋の建設に奉仕するものだった。
2―5 イスラエルはこのような形でこの地域の帝国的プロジェクトの一部として樹立されたものであり、それ自身の目標を正統化するためにユダヤ人の悲劇が利用された。このようにして、ユダヤ人民の多くもまた中東における植民地的プロジェクトの犠牲者なのである。ユダヤ人の利益は、アラブ諸国の敵意を買い、パレスチナ人を追放するというところにはない。ヨーロッパにおけるユダヤ人の悲劇は、パレスチナ人民を西側の植民地的願望の犠牲者にすることを正当化するものではない。
2―6 グローバルな分業の中で、イスラエル国家は帝国主義の国境警察となり、履行すべき次の三つの任務を持つことになった。アラブの資源、とりわけ石油を支配すること。アラブ諸国の内部からのあらゆる革命的高揚に対する防壁として行動すること。その当時はソ連によって代表された中東における共産主義の前進に対峙すること。
2―7 パレスチナの悲劇は、抑圧、占領、イスラエルの地域的侵略に対する無制限の支持に基づく帝国的グローバル化政策の結果である。パレスチナ人はこのプロセスの犠牲者であり、イスラエルは、人権の否定を通じた、占領を通じた、そして無拘束な軍事的侵略を通じた地域支配の道具である。
2―8 シオニストの概念は、排他的なユダヤ人国家としてのイスラエルという見解と、西側の文化的モデルの表現としてのイスラエルという見解を結びつけたものである。イスラエルは排他的国家として、バレスチナ人の民族としての存在を永続的に否定する。
2―9 その結果、パレスチナ人民の権利の承認は、イスラエルの植民地的存在にとっての脅威となる。イスラエルは西側表現のモデルとして、イスラエルの政策と実践が西側の価値と生活様式を防衛し、保護するものであり、「野蛮な東」と「アラブのテロリズム」に対する抵抗線を提供するものになっているとして資本主義諸国が承認することを「強制」する。アメリカや、他の資本主義諸国がイスラエルに対して提供する無条件の政治的かつ物質的な支持は、彼ら自身のグローバルな支配を強化することに基づいた戦略を支えるものである。
2―10 イスラエルの否定的役割は、パレスチナの占領とパレスチナ人の権利の否定に限定されたものではなく、イスラエルの地域的、さらにはグローバルな役割をも含む。イスラエルはグローバリゼーションの帝国的勢力の先兵として奉仕しており、それはその実践と政策を通して、グローバリゼーションのプロセスの最も汚い、最も暴力的な相貌を反映している。それは、アラブ諸国に対するイスラエルの継続的な侵略と、南アフリカのアパルトヘイト体制やラテンアメリカのファシスト独裁、そしてアフリカの軍閥などの世界で最も血にまみれた独裁的・レイシスト的政権とのその関係によって証明されている。
2―11 要するに、イスラエルと帝国主義との同盟は偶然ではなく、感情的・宗教的動機を持っているものではなく、ヨーロッパのユダヤ人の悲劇への返答でもない。そうではない。イスラエルと西側との同盟は、アメリカのグローバル政策の政治的・経済的・軍事的願望に関してイスラエルが防衛している利害の表現である。この点でイスラエルは、アメリカによるパレスチナ人民の権利の継続的な拒否を強化し、中東の諸国を西側の軍事的・政治的支配の下に止めることを助けているのである。
3―1 パレスチナ人民の存在の否定は、民族浄化、体系的隔離、基本的市民権・人権の拒否、パレスチナ人の歴史からの抹消といったイスラエルの植民地戦略によって達成された。植民地化のプロセスについてのイスラエルの物語は、パレスチナへの侵略と占領を正当化する宗教的神話に根ざしていると同時に、一九四〇年代後半、一九五〇年代前半のパレスチナの継続的民族浄化という歴史的事実を拒否している。
3―2 現在、イスラエルの占領に対するパレスチナの政治的あるいは軍事的抵抗のあらゆる形態は、あらゆる手段で終わらせるべき「テロ」として描きだされ、そのためにパレスチナ人の人間としての正当性、したがって彼らには人権が認められるということが否定される。
3―3 西側のメディアにとっては、イスラエルの攻撃、戦争、虐殺は「民主的イスラエル」による「自衛の権利」として描きだされる。この表現の中では、イスラエルは民主主義を理解しないアラブ人とパレスチナ人の暴力に立ち向かっている。イスラエルは、正義と懲罰の基準を設定し、その意思に従わない人びとに対して権威をふるう権利を持つ、文明と民主主義のシンボルを代表している。
3―4 同時に西側のメディアは、西側のイマジネーションの中でアラブ人とパレスチナ人の歪曲されたイメージを創造している。メディアは、憎悪と怨恨を促すステレオタイプを創造する。こうした構築物は、アラブの宗教と文化的信条を侮辱し、「文明の衝突」の諸条件を作りだす。
3―5 要するに、イスラエルによるパレスチナ人民の否定は、グローバル化したメディアの中での西側によるアラブの歪曲と一体になっている。この両側面は、「他者」の独自性を拒否し、彼らの人権を拒否し、彼らの文化的特徴を否定し、彼らの人間としての経験を拒否するレイシスト的様相を帯びている。イスラエルは、他の民族に正義をもたらす権利を持つ優秀な実体として登場する。

4―1 イスラエルの平和獲得のビジョンは、彼らの軍事力、アメリカの支持、アラブは未開だという概念に基づいて、イスラエルがこの平和の諸条件を指示する権利を唯一持っているプロセスを通じて実現されるものである。これは、パレスチナ人民の人権の実現――もしそれがあるとすればだが――の余地をもふくんでいる。
4―2 しかし、この余地は、「ノー」のリストに基づいている。帰還の権利へのノー、エルサレムのパレスチナ人の歴史的・政治的権利の認可へのノー、入植地の撤去へのノー、主権を持ったパレスチナ国家へのノーである。
4―3 この平和についての解釈を指示するために、イスラエルは、パレスチナ人の移動と旅行の権利の制限、暗殺、拘留、包囲、家や農業ストックの破壊によってパレスチナ人の生活を貶める全面的な準備をしている。
4―4 イスラエルは平和を求めているのではなく、降伏を押しつけているのである。
4―5 九〇年代の初めにマドリッド会議で始まった平和プロセスは、米―イスラエル同盟の枠組みの中で設定されたものであり、ソ連邦の崩壊と湾岸戦争の結果のためにさらに先へと進んでいった。このプロセスにおいて、「新世界秩序」というアメリカのポストソビエト時代のビジョンは、「新しい中東」というイスラエルの願望にマッチしていた。
4―6 マドリッドプロセスに続いて多くの経済会議が行われた。中東と北アフリカの経済的構造を再編成することを狙ったカサブランカ、ドーハ、アンマン、カイロの会議は、すでに危機におちいっていた国家体制を、グローバル市場の中での自由化された経済へと向かわせる最後の一押しとなった。こうした会議の目標は、アメリカとイスラエルの政治的・経済的利害を指示することによってアラブ・イスラエル紛争、パレスチナ・イスラエル紛争を終わらせることであった。
4―7 これは二重の指示であった。パレスチナのいずれの要求をもイスラエルが受け入れないままでのイスラエル国家の政治的承認、他方ではアラブ諸国家への社会・経済的自由化の押しつけである。
4―8 アラブ諸国のイスラエルに対する直接・間接のボイコットの撤回は、このプロセスの主要な経済的シンボルである。
4―9 敗北したパレスチナの亡命指導部が、パレスチナのパレスチナ人が拒否した諸条件を受け入れたオスロプロセスの頂点は、中東、中央アジアと南アジア、極東の市場のイスラエルへの開放と軌を一にするものであった。またこのプロセスは、パレスチナ人の将来が、占領地域に建設されることになっているイスラエル・米主導の自由貿易地帯の中での低賃金労働力であることを暴露した。
4―10 パレスチナ人の第二次インティファーダは、抵抗の意思と魂、このプロジェクトへの拒否を反映している。
4―11 パレスチナ人民は、国連決議に基づく戦略的選択としての平和を提案している。この国連決議は、一九六七年六月四日の国境線にまでイスラエルが完全に撤退し、イスラエル国家の近くに真に独立したパレスチナ国家を樹立すること、パレスチナ人の本国への帰還の権利を実現することを求めている。
5―1 国民経済の自由化とならんで、構造調整プログラムの実施、政治的降伏としてのイスラエルとの和平の指示がなされている――グローバリゼーションプロセスのすべての内部的矛盾が、中東で暴力的に現実化している。こうした諸矛盾の現実化は、ラディカルなイスラム、文化的・宗教的紛争の爆発、帝国主義軍隊の介入、すべてのアラブ諸国での民衆の不満の拡大をふくんでいる。
5―2 パレスチナ愛国勢力の帝国主義の構想に対する英雄的抵抗は、こうした諸プロセスへの抵抗の中核である。しかしパレスチナ人民は、政治指導者の暗殺、家屋の解体、土地の破壊、パレスチナのインフラの破壊に対して、自分たちが単独で悲劇的に闘っていると見ている。
5―3 アラブ諸国の指導者とヨーロッパの仲介者たちの極度に不十分な努力は、パレスチナ人の主権と独立を否定した解決策をパレスチナ人に受け入れさせるという彼らの試みに苦い皮肉を帯びさせている。
5―4 反グローバリゼーション運動の役割は、パレスチナ人民の闘争の成功を願うという問題ではなく、彼らの闘争を共有し、その闘争の勝利に助力するという問題である。パレスチナ人の権利、自由、独立の防衛の旗を掲げることは、全世界の反グローバリゼーション運動の義務である。それは新自由主義的グローバリゼーションに対するオルタナティブへの忠誠と関与の表明である。
(マジェド・ナッサルは医療労働委員会連合の副代表。ナッサル・イブラヒムはオルタナティブ情報センターのメンバー)(「IV誌」02年3月号)


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