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石原都政にNO!市民の集い             かけはし2003.2.24号より

石原の極右政治を打ち破る闘いを

都知事選で政治の中心から引きずり降ろす闘いを作るために

 一月三十日、「石原都政にNO!市民の集い」が開かれた。この集会は、防災に名を借りた治安弾圧訓練や社会保障切り捨てや度重なる差別暴言や労働組合つぶしなど、度し難い石原の極右政治に反対して闘ってきた市民運動や都職労などの労働運動活動家が、石原都政の四年間を総括するとともに、四月の都知事選に向けて開催したもので、昨年十一月に続いて第二回目。会場の文京区民センターには百人の市民・労働者が集まった。
 集会は、日本消費者連盟の富山洋子さんの司会で始まった。最初に「なんで原宿に大規模留置所?撤回してよ!市民行動」の渥美昌純さんが、石原が渋谷区との合意を踏みにじって原宿駅に近い社会事業大学跡地にケタ違いに巨大な留置所(国連から廃止を求められている人権無視の代用監獄)を建設しようとしていることを告発した。地元では、原宿大規模留置所建設構想反対区民の会が設立されて反対運動が広がっている。
 続いて都高教の永井栄俊さんと都教組の阿部則子さんが、石原の教育に対する攻撃について報告した。それは、教育に競争原理を全面的に持ち込み、底辺の生徒を切り捨ててエリート教育選別教育を押し進め、教育労働者運動を徹底的に解体しようとするものだ。
 社民党衆議院議員の保坂展人さんは訴えた。「日本を覆う右傾化の嵐は石原都知事の誕生で加速した。今度の都知事選で圧勝させてしまったら、日本の民主主義はボロボロになっていくだろう。知恵を出し力を合わせて、戦争か平和か、人権か強権か、メディアファシズムか草の根民主主義かを賭けた一大決戦として闘おう」。
 この日は、石原が銀行に対して課税した外形標準課税をめぐる裁判の第二審判決が出された。石原は銀行に対する大衆的な不信感を利用して、新自由主義的税制の典型である外形標準課税を全面的に導入する突破口を開こうとした。一審に続いて二審も都側敗訴になったが、内容は自治体の裁量権を大きく認めて一審より都側に歩み寄っている。しかしすでに徴収した数千億円の税金の返還を要求され、東京都の財政危機はさらに深まった。
 自治市民93の福士敬子都議は、共産党都議団も含めて石原に迎合する状況の中でただ一人、臨海副都心開発や一メートル一億円もかかる外環道建設などの巨大な無駄づかいを放置したままの拙速で安易な外形標準課税導入に反対した。この日の判決に対するプレス発表を終えて駆けつけた福士さんは、石原の極めて問題ある多くの政策が、迎合するマスコミの力を借りて大衆的に拍手喝采され、都議会でもほとんどまともな議論もないまま進められるという危険な状況への憂慮を語った。
 続いて、三宅島被災者支援委員会・東京から日本を変える行動する市民の会の柴田勇雄さんが、石原はいま、極めて重大な危機に陥っているのではないかと提起した。三宅島へのNLP(夜間離発着訓練基地)誘致の失敗や、銀行への外形標準化税導入の敗訴による財政再建団体への転落の現実的可能性、相次ぐ側近の離反など、石原政治の重大な行き詰りを列挙した柴田さんは、「多少の違いを超えて石原を打倒することが日本をまともにする第一歩」と訴えた。
 一橋大学教員の渡辺治さんが、「石原思想の原点――強者の美学」と題して講演(講演要旨別掲)。最後に、都労連交流会の柳田真さんがまとめの発言を行い、三月十一日に次の集会を開くこと、そしてその日までに市民運動も社民党も共産党も統一して推すことができる候補を出せるように頑張ろうと提起した。(I)


石原都政にNO!市民の集い 渡辺治さんの講演から

なぜ石原が日本の保守政治のホープになったのか

舞台役者の交代

 石原は七〇年代から活動してきたが、売れたのは今回が初めてだ。彼はこれまで一度も政治勢力を作れたことはなかったし、支配層のイデオローグとして力を持ったことはなかった。そして彼は政治家をやめ、がっかりして退場した。
 その彼が、九〇年代に大国主義的ナショナリストとして登場した小林よしのりや西部邁、西尾幹二に代わって、いまナショナリストの中心に躍り出ている。石原の思想は変わっていない。変わったのは周りであり社会のあり方だ。特に支配層が石原を求めるようになり、国民も彼を受け入れるようになった。
 小林よしのりらとの違いは、石原は単に侵略や植民地支配などの歴史認識の問題だけでなく、憲法や有事法制や不況対策などの経済政策も含めて発言していることだ。これに対して小林よしのりらは政策的発言をしていない。たとえば小林の『戦争論』で有事法制に触れているところは一カ所しかない。新ガイドラインはアメリカが仕組んだ陰謀だと言っている。支配層にとってこれでは使えない。
 石原は右翼の中で位置を占めるようになっただけでなく、保守政治全体の主役の位置に着こうとしている。八〇年代と九〇年代の保守的ナショナリストの中心は中曽根康弘と小沢一郎だった。結論から言うと石原は、軍事大国化と構造改革による不況克服という日本の支配層が求める政策を最もトータルかつ乱暴に提起しているということだ。

石原思想の原点

 彼は思いつき的に色々言っているわけではない。「強い日本の復権」という彼の思想の原点を中心に見ると、バラバラに見える発言や主張から全体像が見えてくる。
 彼の原点は、強い日本の復権への強い執念だ。強い軍事と強い経済を持った国が強い。すなわち石原にとって、アメリカのような国が強い。大日本帝国時代にはそれは実現していた。七〇年代と八〇年代には、強い軍事はなかったが強い経済を持っていた。
 石原にとって、日本が強くなることを妨げてきた二つの国がある。強い日本をアメリカがつぶし、占領し、軍事的に強くならないようにしてきた。もう一つは中国で、アジアから日本を包囲し強くさせないようにしてきた。
 強い軍事を持つためにはアメリカから自立し核武装を含めて自主防衛に踏み切らなければならない。日本の経済競争力は強かったが、それに脅えたアメリカが金融的に支配して吸い上げ、弱めてしまった。ここから石原の反米主義と反中主義が出てくる。

なぜいま石原か

 石原の思想の根底には、「強い人間の美学」がある。彼は強い人間の美しさ、強い人間のいさぎよさを賛美する。強い国家は強い人間によって作られる。弱い人間、弱い国家は彼にとって侮蔑の対象だ。これが植民地支配を正当化し高齢者や障害を持った人々などの弱者への差別を正当化する根拠になっている。彼にとっては強い東京、弱い地方であり、カネは強い東京の再生に使うべきで、役に立たない地方に使うなという。四国に橋を架けるなら東京を変えろと主張する。
 彼は反米と反中を明確に区別している。反米とは、アメリカが日本を大国として認めてくれないことに対する怒りであり、見下されないためにも軍隊を出す。アメリカと手を組んで弱い国の制圧に乗り出す。そして日米同盟を軍事的に対等なものにしたいと考えている。これに対して反中国では、あんな国は戦前の植民地で、幾つかに分裂してしまえばいいと主張する。侵略を正当化しアジアを蔑視する。
 小沢一郎は侵略への反省を語りファシズムを繰り返すなという。中曽根は「石原君のような過去の美化や正当化に私はついていけない。日本が悪かったことを少しは反省したらどうか」と述べている。中曽根も小沢も、過去の侵略や植民地支配に開き直っていると、このグローバル化の時代に総スカンを食ってしまうと考えている。
 その意味で、植民地支配の何が悪いと公言する支配層のイデオローグは初めてと言っていい。小泉がなぜあれほど靖国にこだわるのか。それは石原と同様、ここで開き直らないと軍事大国化の次の一歩になかなか進めないと考えているからだ。ここに、石原が保守政治の中心に上ってきた時代的根拠がある。
 石原は危機管理への執念を持って有事法制に固執している。地震の研究や対震策には冷たいが、震災対策を名目に自衛隊を動員した治安弾圧訓練には執念を持っている。有事法制の必要性も、米軍との共同作戦のためでは国民の中になかなか入らないが、テロや不審船や石原の危機管理の方が入りやすい。
 強い日本経済の復活をめざす石原と小泉はどこが違うのか。構造改革によって福祉を切り捨て大企業の負担を軽くし、財政を再建し、中小企業と農業をつぶす。それをやれば不況がどんどん深刻化する。いま小泉がやっていることがそれだ。石原は同時に、競争力強化のための公共投資をやるべきだという。抵抗勢力の言うような地方のための公共投資は意味がない。そのカネを競争力強化のために使えという。
 石原はアメリカに学べという。レーガン政権はSDI(スターウォーズ計画)に投資した。それがIT産業を育成し、強い競争力を復活する基礎になった。石原は日本版SDIや核融合などへの投資で先端技術を発展させよと主張する。そのためにもエリート教育が必要だということになる。だから石原の教育基本法改正の軸は道徳教育などを重視する中曽根らとは違って、エリート育成にある。
 資本のグローバル化という新しい時代のなかで強い日本を作ろうとするこのような石原の政策、ここに支配層から期待される根拠がある。こうした考え方が、北朝鮮の問題をめぐって大きな高揚を見せている。「日本が核武装した大国となることによってアジア太平洋の平和が守れる」という石原の主張に対して、マスコミは何も言わない。わずか半年前に安部官房副長官が核武装発言をした時はかなりたたかれた。それが半年でこれだけ変わってしまった。
 石原はもう、都政に関心を持っていない。もうやりたくはない。日本を変えたいと思っている。しかしまだ小泉が人気ナンバーワンで、石原はナンバーツーに過ぎない。国民が構造改革の痛みを知って小泉の人気がはげ落ちるまでの時間稼ぎとして、もう一回都政を担い、その実績を引っ下げて日本の舞台に戻ろうと考えている。
 これを許すことはできない。こういう人物を日本の政治の中心に据えることは何としても阻止しなければならない。日本の保守政治のホープになった石原を倒すには、大きな力が必要だ。違いを超えて手をつなぐ工夫をして石原を倒そう。(講演要旨。文責編集部)


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