| 人権のために拉致被害者家族と在日コリアンの協同と模索
かけはし2003.2.24号より |
| 「拉致被害者家族を支援する在日コリアン関西集会」開く |
横田さん、有本さんの御両親を迎えて
二月十五日、大阪市立中央会館で「拉致被害者家族を支援する在日コリアン関西集会―横田さん、有本さんのご両親を迎えて―」が実行委員会の主催で開かれ、参加者が会場を埋めつくした。石川県輪島から来たという在日韓国人など各地からの参加者もあった。
最初に、実行委を代表して高槻むくげの会会長・李敬宰さんは「在日コリアンが拉致家族を支援する集会は全国でも初めてだろう。拉致事件が明らかになった時、この事件をどうとらえたらいいのかずいぶん苦しんだ。それまで、私たちは過去の歴史によってほんろうされてきた。今度私たちの側の者が拉致という非常に重大な犯罪を犯してしまった。そういった中で、拉致よりももっとひどいことしたじゃないかという意見が在日の一部から飛び出しもした。本当にそういう向き合い方でいいのだろうか。私たちにも拉致の被害者の痛みが十二分にわかるはずではないだろうか。こうしたことを考え、在日コリアンが中心となって拉致被害者家族を支援していくべきだと、今日集会を開くことになった」と集会の趣旨を語った。
横田めぐみさんが北朝鮮に拉致されたという報道を最初に行った石高健次さん(朝日放送プロデューサー)は「九一年から帰国運動で北朝鮮に帰った人たちが一万人くらい行方不明になっていると伝えられる中で、帰国者の親族七百人ぐらいに取材をした。二割が収容所送りになっている。帰国者の六人の一人が行方不明になっている実態を知った。取材をすると、『しゃべると帰国した身内がどうなるかわからない。怖い』と言って、取材に応じてくれないことがほとんどだった。原ただあきさんの拉致事件では、北朝鮮から工作員として送り込まれた辛光洙は、帰国者の残された家族の所に入りこみ、『言うことを聞かないと北に行った家族がどうなるかわかない』と脅して工作を行った。そして、他の在日朝鮮人の協力者も同じような手口で脅し、仲間に引き入れて、原さん拉致を実行していった」と、拉致事件と帰国者問題が重なっていることを明らかにした。
横田めぐみさんの御両親が発言
続いて、拉致被害者の家族から訴えが行われた。最初に、横田めぐみさんの父親・滋さんは「めぐみは一九七七年に行方不明となった。石高さんが九七年にめぐみが北朝鮮に拉致された可能性があると報道して初めて、拉致について知った。当時はこの報道はデッチあげではないかとも報道されたり、救出のチラシをまいても受け取ってもらえなかった。9・17日朝首脳会談によって、金正日は拉致を認めた。有本さんとめぐみは生存していると伝えられていたので、『めぐみが亡くなっている』と伝達され強い衝撃を受けた。死亡とされた八人はほとんどが二十代に亡くなったとされている。理由も石炭ガスで三人が死亡、季節外れの海水浴で死亡、交通量が極端に少ない国で交通事故で二人死亡、めぐみは精神病になり、病院で自殺したという内容であった。こんな死因は疑問・矛盾だらけで信頼できない」とあくまで生存を前提に救出運動を続けていく決意を述べた。
「ともに幸せな世界を築きたい」
その後、横田さんは今集会に触れて次のように語った。
「こうした集会を開いてくれたことを、われわれとしては非常にありがたく思っている。当事者からすると非常に勇気のいることだと思う。在日三世がテレビで語っているのを見る機会があり、就職や家を借りる時もいまも差別が残っていることを知った。拉致問題などが報道されると、朝鮮学校の生徒に石を投げるとか、スカートを切るとかの事件があった。多くの人を拉致した金正日体制に対して、われわれは怒りを感じている。しかし、北朝鮮にいる一般の方は苦しんでいて、われわれと同じような被害者だ。コリアン宣言の中で書かれているが、共生していくことが大切だと思う。われわれもいっしょに、幸せな世界を築いていきたい」。
続いて母親の早紀江さんは子どもの頃の父親の教育を振り返りながら、北朝鮮民衆とともに問題が解決するようにと感動的な訴えをした(別掲)。
有本恵子さんの御両親の訴え
拉致被害者有本恵子さんの父親・明弘さんは、「恵子は一九八三年に行方不明になり、八八年九月に三人が北朝鮮で生活していると別の人からの手紙がきた。救出のために、当時の自民党安倍幹事長など、さまざまの人にお願いに行ったが、いっこうに進展しなかった。北朝鮮は拉致などありえないと押し通してきた。その後の十四年間の日本の外交は北朝鮮の言いなりだった。六年前に家族会を作ったが、効果があがらなかった。ようやく、よど号事件の八尾さんが法廷で、自分が北朝鮮に連れていったと証言したので、マスコミも取り上げた。韓国の拉致された人の問題は金大中政府の太陽政策の結果、全然進展していない。みなさんの同胞の韓国の拉致された人々への支援をお願いしたい」と訴えた。
恵子さんの母親・嘉代子さんは「恵子が亡くなったと言われ、目の前が真っ白になった。悲しい時は涙がでない。十月三日に発表された死亡原因を見て、死亡はウソだと思った。子どもたちが帰るまでがんばっていこうと思っている。励ましの手紙をたくさんもらっている。その中に、在日の方からの手紙があった。『拉致という犯罪は民族として恥かしい。自分の親族で、国を良くしようと希望を持って北朝鮮に帰ったが、いまは音信がない』という手紙だった。私が子どものことを思う気持ちと北朝鮮に帰られた家族のことを思う気持ちは同じだ。私は神戸市の長田に住んでいる。近所に在日の方がいるがお互いに助け合っている。同じ人間だから、気持ちは同じだ」と述べた。
さらに、嘉代子さんは「私が二十歳の時に戦争にあった。戦争というのは本当にいやでつらいものであることを身にしみて感じている。核の問題などいろいろ出ているが、そういうことがなくて、近い国なのだから、なんとかしてうまくいけばいいなと思っている。私たちは長い間苦しんできたが、北朝鮮の国民も長い間苦しい思いをしている。北朝鮮が良い国になってほしい」と訴えた。
「朝鮮総聯の人間として謝罪したい」
在日コリアンアピールとして、白星保さん(朝鮮総聯分会長)が発言に立った。
「私は朝鮮総聯の現役の活動家だ。共和国に対しては是々否々で変えていかなくていけないところは変えていく必要がある。改革開放でもってほしいと思っている。総連についても同じで、いまだからこそ、直さないといけないところ、組織が改めなければいけないところを変えていかなければいけない。私は総連の人間だから、総連を支えていく」。
「今日、ここで発言することを決意したのは一時間前だ。朝鮮総連が外に出て、解決していくことが求められていると思ったからだ。分会長という立場があるが、いまからしゃべるのは個人の立場だ。9・17首脳会談を、やっとこの日が来たという思いだった。私は拉致はないと思っていた。拉致を認めたことを聞いてガク然とした。ないと信じてきたことがあると分かった時、ショックだった。何かしないといけないと思った。分会の同胞たちにぼくは次のような内容を紙に書いて配った」。
「拉致問題とひきあいに過去の植民地支配のことを言う人もいる。それはそれで大切だが、人間として自分が犯した過ちをまず、認めることであって、それに対して誠実に向き合うという姿勢を示すことが大切だ。過去の植民地支配の清算ということはわれわれが日本の方々に押しつける問題ではなく、日本の方々が自発的に感じられてその過ちをただしていくことだ。だからこそ、われわれは拉致という過ちをわれわれが自発的に感じて、向き合わないといけない。責任を他人に押しつけるのではなくて、まず、自分の非を認めてそれに対して誠実に向き合うことが大切だ。解決に向けて真剣に取り組むことで、日本の方々に理解していただきたい。そうすることによって、相互理解が生まれる」。
「日本と朝鮮は隣国だ。いろんな問題があり不幸な関係だった。いつまでこの不幸な関係を続けていくのか。私は在日三世だが、自分の子どもの代まで続かせてはいけない。祖国のことも大切で、切り離そうとは思わないが、われわれは日本に永住するわけだから、日本の方々と理解し共生していかなければならない。拉致問題はそういうわだかまりをどかしていく上で、真剣に取り組まなければ、日本の方々と相互理解ができない。私は拉致はないと言ってきた者として謝りたい」。
「在日に新しい風が吹きはじめた」
次に、弁護士の 薫さんは「昨年七月二十日に、在日コリアン弁護士協会を五十人の在日コリアンで立ち上げ、共同代表のうちの一人だ。就職などいまでも在日への差別はある。いままでは祖国に依存してきた。そういう思いを断ち切ることが重要だ。国に間違いがあったら正さなければならない。国家と国民を同一視したり、民族と個人を一体化することをしてはならない。個人として自立して、民族や国を作り上げていかなければならない」と訴え、拉致事件に対する在日コリアン宣言を読み上げた(別掲)。
次に、以下の朝鮮総聯に対する要望決議が採択された。「一、『朝鮮総聯』は『拉致はでっち上げ』と主張して社会を欺いてきたことを謝罪し、拉致被害者家族には直接に謝罪すること。二、『朝鮮総聯』は共和国政府に対して、拉致事件の真相解明を強く働きかけること。三、『朝鮮総聯』は拉致事件への組織関与を徹底して調査し、その有無を社会に公表すること」。
河炳俊さん(近江渡来人倶楽部)は「在日に新しい風が吹き始めた。横田さんや有本さんの在日コリアンへの心配りが、黙っていてはいけない―こういう雰囲気を作り出している。今日やったような行動をあっちこっちでやっていこう。脱北者の生活・人権について、目にし耳にしなければならない。拉致問題をきちんと解決しなければならない。」とまとめた。
最後に、長野県在日同胞有志の会(在日本朝鮮長野県青年商工会の会長サイ・チコウさん、朝鮮小中学校アボジ会会長パクさん、在日本朝鮮人長野県商工会のソンさん)の手紙(別掲)が紹介された。 (M)
横田早紀江さんの発言から
民族を超えた人間の温かみを確かめ合いながら力を合わせたい
めぐみは学校の帰りに、家のすぐ近くで煙のように消えてしまった。消息が分からず、十九年間は本当につらく、生殺しのようだった。北朝鮮に帰った人たちがたいへんな思いをしていることを学んできた。いったい、こうしたことはどこから起きてくるのか考えてきた。北朝鮮のトップの方が自分の口で、これはわが国がやったことですと、はっきりと証言した。これですぐ返してくれると思った。しかし、亡くなっていると一言で言われたが、死んだとは思っていない。これからも北朝鮮のどこかに生きているめぐみを探していきたい。
私の父は非常に厳格でこわい人だった。父は正義感の強い人で、ウソをついたり、弱い者いじめをしたり、偏見をもって人に接したりすると、バーンとよく殴られた。拉致問題にぶつかり、父が何を教えてくれていたのか感じるようになった。
私は京都の生まれです。京都は路地があって、韓国や朝鮮の方が住んでいた。小学生の小さい頃、路地に出てくると、年上の私たちの仲間がいじわるをした。私たちも小さかったから、同じようにした。父が窓からそれを見ていて、「さきえー、帰れ」というものすごい大きな声で呼ばれた。父は「お前はなにをしたか分かるか」とバーンと私を殴った。私はものすごく泣いたことがあった。
父は「どんなにえらい人やおカネ持ちや立派な職業についている人であっても、その人の心の中が、くさっていたら、それはだめだ」と言って叱った。私は父の教えによって、正義を愛する気持ち、どんな人も同じだという気持ちを持って接することができるようになった。
めぐみにも父の教えをもって接してきた。だから、めぐみは北朝鮮に連れていかれても、近隣の人に暖かくやさしく、いっしょうけんめいに平常心を持って、暮らしているだろうといつも私は考えている。必ず人の心が暖かいものであった時に、周囲の人も暖かくなる。それは父が教えてくれたことだ。
いま、北朝鮮は軍事のことに明け暮れているが、総書記が心を開き、国際社会に出てきて、みんなと仲良くしましょうと手を差し伸べれば、どれだけ多くの北朝鮮の国民が助かることか。そしてこちらにいる多くの方が肉親とも行き来ができるか。そうすることによって、人間がどんなにか暖かく元気に過ごすことができるだろうかと思っている。いろんな戦争で命を落としてほしくない。これ以上苦しいことが続かないでほしいと私は思っています。どうか、民族を超えて一人の命としての人間としての温かみを確かめあいながら、この拉致被害者やたくさんの離別をしている方々がいっしょになってよかったと言える日が来るように、力を合わせていきたい。(発言要旨、文責・見出しは編集部)
拉致事件に対する在日コリアン宣言
在日韓国・朝鮮人(以下、「在日コリアン」と言います)は、一九一〇年の韓国併合、日本の朝鮮半島植民地政策を契機に誕生しました。その形成過程には、土地収奪による流民化、創氏改名、皇国臣民化政策による個人の尊厳の否定にとどまらず、様々な形態の強制連行といった人権侵害の暗い歴史が横たわっています。一九四五年八月十五日の後においても、一部の生存権に改善は見られたものの、残念ながら半世紀を経過した現在においても、依然として在日コリアンの人権状況は厳しいと言わざるを得ません。日本政府に対する戦後責任を問う裁判が、戦後五十年以上も経過した現在においても後を絶たない理由はここにあります。
このような基本的人権の侵害された差別状況を一日も早く解消することが、日本に住む人々の共通の歴史的課題であるとの認識の下、在日コリアンは、今日に至るまで、一部の理解ある、良心的な日本人の方々の支援を受け、粘り強い運動により多くの成果を勝ち取ってきました。私たち在日コリアンは、日本政府や日本国民に対する闘いの中で、再三、民族や国籍の如何を問わず、一人一人の基本的人権が最大限に尊重されるべきものであることを主張してきました。基本的人権の尊重という人権思想こそは、全世界の先人たちが貴重な生命を賭し、多大な犠牲を払って勝ち取った、人類共通の財産とも言うべき思想、価値観であり、現在においては、基本的人権の尊重は、大多数の国の憲法や国際人権規約に謳われた、世界の人々の共通語になっているからです。
しかしながら、昨年、九月十七日、朝鮮民主主義人民共和国(以下、「共和国」と言います)は、十三名の日本人拉致と八名の死亡を明らかにしました。未だ拉致事件の真相は明らかではありませんが、共和国による個人の基本的人権の重大な侵害があったことに疑問の余地はありません。二十年以上もの長期間、肉親や友人との接触を絶たれ、隔離された状況で不安な日々を送ってこられた拉致された方々とそのご家族、また死亡と発表されたご家族の方々、その他多くの関係者の苦悩は我々の想像をはるかに超えています。共和国の重い扉を開くために長年にわたり粘り強く闘って来られた方々の労苦は如何ばかりのものでしょうか。
繰り返される国家の犯罪。私たち在日コリアンは、偏狭なナショナリズムに囚われて、拉致事件から目を離してはなりません。在日コリアンがこれまでに日本の人たちに訴え、語って来た人権思想が本物であり、日本の地において、日本の人々と共生するに値する人間であることを、私たち在日コリアン自身が再確認し、また日本の人々に新たに認識してもらうためにも、在日コリアンは、あらゆる過去及び現在の呪縛を解き放って、拉致された人々や、そのご家族の侵害された人権を回復するため、あらゆる連帯と支援を行いましょう。そうすることにより、在日コリアンは、真に偏狭なナショナリズムを克服し、基本的人権を尊重するという、歴史が課した崇高な役割を、この地で果たすことができるのです。03年2月15日
長野県在日同胞有志の会からの手紙
はじめまして、横田さん、有本さん、わたくしたちは長野県在日同胞有志の会と申します。この会は、昨年の十一月に、長野の朝鮮学校に子どもを通わせる父兄の有志で作られた会です。わたしたちは、昨年九月十七日に、ピョンヤンで開催された日朝国交正常化交渉を心より歓迎し、喜びと期待の中で、交渉の成り行きを見守っていました。しかし交渉の中で、明らかにされた拉致問題。多くの同胞ははかり知れない衝撃と失望感、罪悪感にさいなまれることになりました。
私たち自身も、朝鮮総聯を支持してきたものとして、九月十七日以降、朝鮮民主主義人民共和国と親密なかかわりをもって活動してきた総連組織が長い間沈黙を守りつづけきたことに対して、残念でなりませんでした。いままでの自分たちの行動に明らかに誤りがあったこと、拉致被害にあった家族の方々に対し、異国の地で生活を余儀なくされた同じ境遇をもつひとりの人間として、彼らの原状回復のために、できる限りの協力をしようということが、なぜ言えないのか。
私たちは、この思いを朝鮮総聯に進言するために、拉致被害者の方々の人道的解決を含む三項目にわたる嘆願書を作成し、昨年十二月より同胞たちに対して、嘆願書提出に伴う署名運動を呼びかけています。
いま、多くの同胞が拉致問題の人道的解決と日本と共和国との自由往来を望んでいます。昨年九月十七日の翌日から、私たち父兄は朝鮮学校に通う子どもたちの身辺の安全のために、数週間にわたり学校の警備にあたりましたが、テレビの報道で罪のない朝鮮学校の子どもたちに対するイヤガラセや暴行をやめてくださいと訴えていただいた横田さんを見て、胸が熱くなるほど感動し、涙を押さえることができませんでした。本当にありがとうございました。私たちは、これからも拉致問題の一日も早い解決を願い、微力ながら運動を進めてまいりたいと思います。本日は、残念ながら、大阪での集会に行けず、たいへん残念ですが、つたない文章ではありますが、このように思いをお伝えすることができますことを心うれしく思います。
私たちは、一人の在日コリアンとして、一人のアジア人として、世界の平和を願う一人の人間としての気持ちを大切に未来をになう子どもたちにもこのことを伝えてまいりたいと思います。最後に、この問題が早期に解決され、ご家族のみなさんに、平穏の日々が一日も早く訪れることを心よりご祈願いたします。
03年2月15日
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