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                          かけはし2003.2.17号より

労働法制大改悪ねらう小泉政権

首切り自由・低賃金・無権利・過労死労働の全般化を阻止しよう

 一月二十日から始まった通常国会には、昨年十二月に厚生労働省の労働政策審議会がまとめた労働関係法改悪案が一斉に提出されようとしている。
 労基法改悪案では、「解雇ルールの明確化」の名目による「首切り自由」原則の導入、サービス残業を合法化し過労死労働を強制する「裁量労働制」の大幅拡大、正社員を無権利の契約社員へと変換し「若年定年制」を実態化する「有期雇用の期間延長」がねらわれている。
 労働者派遣法改悪案では、正社員を低賃金の使い捨て労働者に代えるための「派遣労働の期間延長と対象業務拡大」がねらわれている。
 雇用保険法改悪案では、保険料率の引き上げと給付額の削減に加えて、雇用対策の柱の一つであったはずの教育訓練給付の受講費用助成率が、なんと半減される。
 政府・財界は「規制緩和」の名のもとに、九八年と九九年に労基法改悪と派遣法改悪を強行し、労働者の権利を保護してきた労働法制の破壊を押し進めてきた。しかし、労基法改悪阻止全国キャラバンなどの闘いは、それにさまざまな形で歯止めをかけることに一定の成功を収めた。今回の大改悪案は、これらの闘いの成果を一掃し、首切り自由・低賃金・無権利・過労死労働を労働者に押しつけようとするものである。
 九五年、日経連はめざすべき雇用のあり方として「新時代の『日本的経営』」を打ち出した。それはすべての労働者を@「長期蓄積能力活用型グループ」A高度専門能力活用グループ」B「雇用柔軟型グループ」の三つにわけ、一握りの@だけが「期間の定めのない雇用」(長期雇用)で、大多数を占めるAとBは年俸制や時給制で昇給も退職金も年金もない有期雇用(不安定雇用)労働者にするというものである。言うまでもなくそのねらいは、「労働コスト」を徹底的に切り下げて利潤を極大化し、世界的な「大競争の時代」に勝ち残ろうとするものであった。
 今回の労働法制大改悪が強行されれば、この新自由主義をむき出しにした「新時代の『日本的経営』」の法的基盤が事実上、完成する。資本のグローバリゼーションのなかですべての労働者が命を削る「底辺への競争」に駆り立てられることになる。
 小泉政権の労働法制大改悪による雇用破壊・人権破壊・生活破壊を許してはならない。新自由主義的グローバリゼーションに反対する全世界の闘いに合流しよう。労働法制大改悪に反対する労働者の全国的抵抗闘争を作り出そう。
 労働法制改悪の第一の柱は、「解雇ルールの明確化」である。労基法の中に、「使用者は労働者を解雇できるが、正当な理由なく行った解雇は無効」という規定を置き、さらに「裁判所が解雇無効と判断しても労使双方の申し立てで金銭補償と引き替えに労働契約を終了できる」ということが盛り込まれる。
 「正当な理由のない解雇は無効」という規定は一見、全労協や全労連などが主張してきた「解雇制限法」(判例で確立している整理解雇四要件の法制化)という要求に譲歩したかのように見える。しかしそれはまやかしである。
 整理解雇四用件とは、労働者に責任がない経済的な理由による解雇については、解雇対象となる労働者の生活の基盤である職を奪うこともやむを得ないと言えるほどの事情を必要とするという考え方の上に、@経営上の不可欠性があることA解雇回避努力を尽くしたことB解雇基準とその適用に合理性があることC労働者及び労働組合と誠実な協議を行ったこと――という四つの要件を満たさなければ解雇は無効であるとするものである。
 この「整理解雇四要件」の明文化は見送られた。これまでの多くの不当解雇撤回闘争が示すように、首を切られた労働者が圧倒的に強大な力を持つ企業を相手にして、裁判で「解雇不当」を立証するのは極めて困難である。このまま「解雇は原則自由」を前提にしてしまえば、これまで以上に不当解雇が横行するのは避けられないだろう。
 その上、裁判所が「解雇無効」と判断しても「金銭解決」が可能ということになれば、企業が気にいらない抵抗する労働者はどんどん職場から追い出せるということになりかねない。「カネさえ積めば不当解雇も許される」社会を拒否しなければならない。
 そもそも小泉政権は、「今のままではいったん雇うと解雇しにくいので、企業は雇用を増やさない。解雇し易くすれば雇用は増える」と主張し続けてきた。そして今回の労働政策審議会の報告は、一昨年九月に小泉政権の「総合規制改革会議」が打ち出した労働市場に関する規制改革の方向性に添ったものである。ねらいはあくまでも「解雇し易くする解雇ルールを作る」というところにある。「首切り自由」の合法化を許してはならない。
 労働法制改悪の第二の柱は、労基法を改悪してサービス残業(長時間ただ働き)を強制する「裁量労働制」を事務系ホワイトカラー労働者全体に広げようとすることである。
 「裁量労働制」は、仕事の進め方を労働者が自分の「裁量」で「自由」に決めるという建前で、実際に働いた時間に関係なく労使協定で定めた時間だけ働いたと「見なす」ものである。しかし所定の労働時間では終わらせられない仕事が押しつけられ、サービス残業という長時間のただ働きを強制されているのが現実である。
 裁量労働制は八七年と九八年の労基法改悪で導入されたが、一日八時間労働の原則を崩す可能性があるために、導入には条件が付けられた。「専門業務型」は研究開発など厚生労働省令で定める十八業種に限定され、事務系ホワイトカラーを想定した企画・立案・調査・分析などの「企画業務型」は本社のほか、「事業運営上の重要な決定が行われる事業場」に限定されていた。今回この限定をはずし、ホワイトカラー労働者全体に裁量労働制を広げようとしているのである。
 労基法改悪反対闘争が広がったことによって、「企画業務型」裁量労働制には@労使同数の労使委員会を設立A対象業務・対象労働者・みなし労働時間などの決定は同委員会の全員一致が必要B労働者本人の同意が必要――などの厳しい要件がつけられた。
 このため、財界からは「使い勝手が悪い」という批判が強く、このような限定を取り払えという一層の規制緩和要求が上がるとともに、多くの職場で労基法再改悪を先取りして法律の要件を満たさない違法な擬似裁量労働制が導入されてきた。とうてい一日ではこなせないような仕事を強いられ続け、連日のサービス残業の中で過労死させられる労働者はますます増えているが、裁量労働が適用されている部署でとりわけ多発している。
 すでに何年も前から銀行労働者の労働時間は「セブン・イレブン」(午前七時に出勤して午後十一時まで仕事)と言われるようになっていた。ホワイトカラー労働者にもすさまじいリストラの嵐が吹き荒れている。残業代をまともに請求したりすれば、「超過勤務になるのは能力がないからだ」というレッテルが張られてしまうのではないかという強迫観念に陥るような状態が作り出されている。
 労働者は、「職場に残れるかどうか」という「生き残り」を賭けて「実績」を競う競争に駆り立てられている。総務省の二〇〇一年の労働力調査でも、過労死ラインと言われる週六十時間(年間三千百二十時間)もの超長時間労働をさせられる男性労働者(非農林業)は五百六十万人、全体の一七・四%に達している。九六年の一五・六%から大幅に増加した。
 とりわけ三十歳代の男性労働者は平均労働時間で週五十時間に達し、法定労働時間の週四十時間をはるかに超えている。ヨーロッパでは週三十五時間が当たり前になりつつある。リストラで職を奪われる労働者が増えれば増えるほど、職場に残った労働者は先進工業国では例のない超長時間労働を強制されているのである。限定がはずされて裁量労働制が全般化すれば、「八時間労働制」という原則は文字通り有名無実となり、年間千数百人と言われる過労自殺や、年間一万人をはるかに超えている過労死が激増するだろう。
 労働法制改悪の第三の柱は、有期雇用期間の延長である。
 労基法で、有期雇用契約期間の限度は原則一年と定められていた。そして一年契約が長期にわたって反復して繰り返されていれば、実質的に「期間の定めのない労働」とみなされ、契約期限切れを理由にした解雇(雇い止め)は解雇権の濫用であり無効であるという判例が確立していた。有期雇用期間延長は、この確立された労働者の権利を崩そうとするものにほかならない。
 九八年の労基法改悪で、専門的労働者や六十歳以上の労働者については三年までの雇用期間を認めた。今回の改悪案は、原則の一年を三年に、専門的労働者などは五年に延長することになっている。契約更新の回数がこれまでよりはるかに少なくてすみ、使用者側は解雇権濫用とされることをまぬがれて「雇い止め」が容易に行えるようになる。
 正社員から低賃金で社会保険もほとんど保障されない契約社員への転換が加速し、契約を一回更新されれば終わりという、事実上の「若年定年制」が広がるだろう。また逆に、期間延長によって人身拘束につながるとの指摘もある。女性のワーキングライフを考えるパート研究会の酒井和子代表は言う。
 「正社員は一定の手続きを踏めばやめられる。有期雇用者は契約期間中は退職の自由が保障されない。改定は雇用者が縛っておける期間が三年まで伸びたに過ぎない。……判例では、更新を繰り返して実質的に正社員と同じ状態になった場合は簡単には契約を打ち切れないが、三年の有期雇用ができれば更新は一回程度に抑えられ、判例の適用を免れることができる。新卒女子が三年働けば出産適齢期。会社が育児休業逃れのために、正社員女性を三年の有期雇用者に置き換えることもあり得る」(朝日新聞02年12月27日)。
 すでにそれは大量失業とリストラの圧力を背景に、法改悪を待たず急速に既成事実化しつつある。
 労働法制大改悪の第四の柱は、労働者派遣法の抜本的改悪である。特定の業務に限って認められていた労働者派遣は、九九年の改悪で対象業務が原則自由化となった(港湾運送・建設・警備・医療・物の製造に関わる業務は禁止)。しかし、労働者の反対運動の高まりによって、「実際の使用者が雇用責任を負わない派遣によって正規常用雇用を代替してはならない」という原則が国会決議で何度も確認され、さまざまな制限が設けられてきた。
 現在、@二十六業務の派遣Aプロジェクト業務の派遣(期間制限は三年)B出産・育児・介護休業代替派遣(出産・育児休業で最高二年、介護休業で最高一年)C臨時的一時的派遣(就業の場所ごとの同一の業務で継続して一年)が認められている。臨時的一時的派遣では、一年の制限期間を超えて働かせると派遣先に雇用責任が生じることになっている。
 財界としては、派遣先に雇用責任が生じるような面倒なことになってしまっては困る。派遣労働者を働かせるうまみがなくなるからだ。したがって改悪案では、@臨時的一時的派遣の期間制限を一年から三年に延長A従来の二十六業務の三年という期間制限の廃止B物の製造(製造業)への派遣解禁などが打ち出されている。
 正規常用雇用をいつでも首が切れる低賃金の派遣労働者に全面的に代え、人件費の削減と雇用の調整弁として活用しようという財界の意図が露骨に表現されている。正社員を自主退職や整理解雇で削減した後で派遣労働者を入れる企業は多い。「あなたの賃金なら派遣労働者を二人導入できる」といわれて退職の圧力をかけられるケースも少なくない。
 法律で禁止されているにもかかわらず、工場などの製造ラインでは「請け負い」という名の違法派遣が横行している。製造ラインの一部をレンタルで請け負う形で、低賃金で健康保険や雇用保険もない多数の派遣労働者が導入されているのである。しかも派遣先企業が直接の雇用責任を負わないため、労災の危険性が高い製造業務であるにもかかわらず労働者の安全衛生管理がおろそかにされている。派遣法改悪は、労働者を使い捨てにするこのような違法派遣を合法化しようとするものにほかならない。
 小泉政権がねらう労働法制大改悪は、労働者の大部分を低賃金で無権利の不安定雇用に追いやり、一握りの正規雇用労働者もいつ不安定雇用に転落するかわからないという恐怖の中で「生き残り」を賭けた「底辺への競争」を強制しようとするものである。これが「小泉改革」なのだ。
 それは、第二次大戦後に形成された現代資本主義がその歴史的可能性を使い果たし、労働者に雇用も生活の安定も保証できなくなったことの無残な表現である。全世界で「もう一つの世界は可能だ」という鮮明なスローガンのもと、新自由主義的グローバリゼーションが強制する「底辺への競争」を拒否する闘いが高揚している。それは、資本の支配と対決する労働者の新しいインターナショナルな闘いの時代の始まりを告げ知らせている。
 労働者の団結した闘いで小泉政権による労働法制大改悪を阻止しよう。ヨーロッパ、南北アメリカ、韓国などアジアの労働者の闘いに続き、日本でも労働者の反グローバリゼーション運動を力強く登場させよう。
  (2月3日 松本龍雄)


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