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韓国、いま                     かけはし2003.2.10号より

巨大マスコミと野党の攻撃にさらされるノ・ムヒョン次期大統領

市民・社会運動との連携で突破できるか

 「戦争」は既に始まった。引受委(大統領職引き継ぎ委員会)の関係者は「『成功した大統領』になろうとするノ・ムヒョンと『失敗した大統領』へと座らせようとする勢力の争い」だと表現した。「対ノ・ムヒョン戦争」の先鋒に保守的マスコミ権力が陣取っており、その後ろに巨大野党や巨大財閥などの保守・既得権層がスクラムを組んでいる、という形だ。戦争の兆しは、至る所で見てとれる。

対立をあおる
巨大マスコミ

 「何かの革命でも起きたようですね」。ノ・ムヒョン次期大統領が最近「引受委と財閥間の葛藤」を報道した「朝鮮日報」を見て言った話だ。引受委経済第2分科のキム・デファン幹事は「マスコミは新政府と財界の間を広げて争いをけしかけようとしている感じを受けた」と語った。
 「朝鮮日報」は「財閥改革のシグナルか、財界臨戦体制」(1月6日付)、「サムスンが財閥改革の一番手か」(1月7日付)などの見出しで1面と3面を埋めて連日、引受委と財界の葛藤を煽った。「東亜日報」も遅ればせに同じような記事を送り出した。問題は、このような報道が事実に基づいたものと言うよりは大統領選挙時の公約集に出てきた内容を引受委の検討事項へと歪曲した、という点だ。
 最近の引受委関連の巨大マスコミの報道は、大部分がこのようなやり方だ。引受委代弁人室の関係者は「作文をしようとするのならキチンとしなければならないのに引受委の方針とは正反対のトップ記事もある」と語った。
 巨大マスコミはノ・ムヒョン政権がまだ発足もしていないうちに確実にひるませようとの勢いだ。引受委関係者は「巨大マスコミは3年目にさしかかったDJ(キム・デジュン)政権を攻撃するときの勢いで競って叩いている」と吐露した。

マスコミと財閥の
連携と少数政権

 「朝鮮日報」の最近の報道姿勢はパン・サンフン社長の今年の新年の辞から読みとれる。「あくまでも変えてはならない原則は、朝鮮日報が守ってきた新聞製作の基本路線と哲学であろうと私は確信します。最近、私どもの路線や論調に対して少なからぬ挑戦がありましたが、韓国社会の中心を支えてきた私どもの新聞の基本哲学を時流に合わせるというやり方に変えることはできない、と改めて強調したいと思います」。保守ゴリゴリのキム・デジュン(現大統領と同姓同名音の別人)編集委員を解雇しはしたものの、ノ・ムヒョン政権との一戦をも辞さず、との意思がうかがわれる。
 ハンナラ党の態度もいつにないものがある。ソ・チョンウォン代表はノ・ムヒョン政権を左派政権と規定し、いわゆる「7大疑惑」に対する特検制(特別検査制度)や国政調査推進の方針も明らかにした。ノ・フェチャン総裁の時に院内多数議席を武器に各種の弾劾案や解任案などを国会に提出してDJ政権を思いのままに料理した経験を再活用するということだ。
 財界側も新政府の顔色をうかがいながらも、おいそれとはいかないぞとの意志を表した。ソン・ピョンドゥ全経連副会長がノ次期大統領の財閥改革にかかわる公約を真正面から批判し始めた。全国経済人連合会のキム・ソクチュン常務は「ニューヨーク・タイムス」のインタビューで「引受委の目標は社会主義」だとまで決めつけた。
 98年、DJ政権の初期には、これとは違った。巨大マスコミも最初は新政府の顔色を見たし、財閥もまた多くを語る余裕はなかった。ところが今回は様相が全く違う。なぜ、そうなのか。引受委トップクラスのひとりは「唇歯寒論」(唇がなければ歯は冷える、転じて親しい仲の一方が亡びると他の一方も危いことのたとえ)を展開した。
 「巨大マスコミや財閥など新政権の失敗を望んでいる勢力が〈歯〉だとするなら、保護してくれる〈唇〉はハンナラ党の国会での過半数議席だ。歯が保護される唇を守ろうとするなら17代総選挙で勝たなければならない。どのみちノ・ムヒョン政権との妥協は不可能だと判断し、早々に強攻策にうって出たのだ。戦争を早々と始めたのだ。初盤から決めつけ、来年の総選挙の時まで気を取り直す余地を与えないとの意図と思われる」。
 事実、ノ・ムヒョン政権の政治的基盤は極めて脆弱だ。チョ・スニョン議員は「史上最弱体の政権」だと表現した。誇張ではない。ハンナラ党は国会在籍議席(273)の55・3%にあたる151議席を占めており、16の市・道広域自治体のうち全南・北と光州、忠南、済州など5カ所を除く11カ所の首長を握っている。新政府はこの状況にあって国会や地方自治体を掌握している野党の協力を受けずにはことを運べない。どんなに良い政策や公約を実践しようとしても、ままならない状況だ。
 やはり少数政権として発足したDJ政権は「DJP(デジュン、ヨンピル)連合」を通じて少数議席の限界を克服できた。議員引き抜き騒ぎを呼んだ野党議員の迎え入れもひとつの方便だった。しかもノ・ムヒョン政権はDJ政権の発足当時よりも外的条件は不利だ。
 引受委企画調整分科委員の翰林大ソン・キョンニュン教授は「キム・デジュン政府には反対勢力を潜在させる通貨危機という『お化けの棒』があったが、現在の北韓(朝鮮民主主義人民共和国のこと)の核危機は逆にノ次期大統領には大きな負担として作用している」と語った。さればとて権力機関を利用して野党議員を引きはがせる時代でもない。ノ次期大統領もまた、そのような意志は全くないと明らかにした。
 問題は17代総選挙だ。次の総選挙の結果は、「少数与党―巨大野党」の力学関係が維持されるのか逆転されるのか分水嶺だ。巨大マスコミや野党としては17代総選挙で執権勢力の多数議席を阻みさえすれば、鼻歌も歌えるというものだ。残る4年の任期中、ノ・ムヒョン政権をがんじがらめにし、事実上「執権野党」の役割をすることができるからだ。
 反面、ノ・ムヒョン政権が多数党になればマスコミ、財閥など社会全般の制度改革案を立法化しつつ、それを余裕をもって強いることができる。反対に「歯」に該当する巨大マスコミや保守・既得権層は多数野党という「唇」が消え去り無防備状態のまま露出される。彼らには、それこそ最悪のシナリオが現実化するのだ。
少数政権の限界
を突破できるか

 巨大マスコミや野党が引受委の陣容も整わぬうちに攻撃の手綱をぎゅうっと引いている訳は、このような脈絡から理解できる。「保守・既得権勢力が17代総選挙を長距離走ではなく短距離走と判断したようだ。時間は多くないと見て初盤から揺さぶっていくという考えだ。国会が開かれれば見ものだ」。引受委高位関係者の状況判断だ。
 ノ・ムヒョン次期大統領は「史上最弱体の政権」という客観的限界を、どう突破していく考えなのか。いや、このような壁をどう破り、何かを実現していくとの意志が、どれほど強いのか。ノ次期大統領は「失敗した大統領になるのならないのと言うぐらいなら、むしろ大統領にならない方がましだ」と語ったことがある。候補単一化の後、チョン・モンジュン代表の閣僚職配分の圧迫にも、このような原則でがんばった。彼の意志をうかがい知れるところだ。
 また別の逸話のひとコマ。1月初め、改革派のある側近議員が次期大統領に会った。この議員は「改革は水の流れるように」などの発言を例に挙げて「改革に対する意志が弱まったのではないのか」と不満をほのめかした。すると次期大統領は「名分のないことはしない。私の意志は確固としている。私を疑わないでくれ」と軽くいなした。
 ノ次期大統領の意志を確認できるもうひとつの物差しは「朝鮮日報」に対する断固たる態度だ。彼は引受委が公正委のマスコミ社に対する課徴金取り消しの措置を問題にしないとしたことを強く叱責し、監査院の特別監査を要請するよう指示した。これを受けて監査院は監査に突入した。ノ次期大統領の中枢幹部は「対話や妥協は共通の利害がなければならないが、向こうが譲歩するものはないし、こちら側が譲歩するものもない。ものの道理についての考えが違うからだ」と「朝鮮日報」に対するノ次期大統領の考えを伝えた。「朝鮮日報」に対するインタビュー拒否の方針にも変化がない、というのだ。
 引受委関係者のノートに書かれた「次期大統領の指示事項」というメモも示唆を投げかける。1月3日付のメモには「マスコミ社の税務調査の結果を追跡すること。94年のマスコミ社の税務調査や国税審判所が触れていない部分への再調査」が書かれていた。マスコミ改革の問題について静かに身構えていることを示しているというわけだ。
 意志があったからと言って、ことがなしとげられるというわけではない。ノ次期大統領はどんな手を使って少数政権の限界を突破すると言うのだろうか。引受委の事務室に大きな文字で書かれている「国民が大統領です」というスローガンにカギを見いだせる。国民を相手に政治をしていく、というのだ。
 ノ次期大統領は新年の辞でも「国民が大統領である時代、国民が主権者である時代を開いていく」と念を押した。引受委に国民参与センターを設置し、その目標を「国民参与の活性化と国民とともに歩むノ・ムヒョン政権の具現」と見なす点も目につく。インターネットを通じた人事の推薦も同じ脈絡だ。改めて言うまでもなくノ次期大統領は総有効投票数(2456万1916票)の48・9%にあたる1201万4772票を得て歴代当選のうちで最多票を得た。2強の構図から出た結果とは言え、いずれにせよ国民の50%近い支持を得た。これはキム・デジュン大統領の得票率40・2%やキム・ヨンサム前大統領の42%をはるかに上回った数値だ。

情報公開による
最適政策づくり

 市民運動の蓄積された力量もある。ノ次期大統領は「市民運動の蓄積がなかったなら当選は難しかっただろう」と感謝を述べた後、「市民・社会運動が、わが社会を率いていく中心」だと語ったことがある。引受委には市民・社会運動陣営の活動家たちが多数参加している。
 国民を相手に政治をしようとするなら、名分があり正当なことをするほかはない。名分のないことに国民が拍手を送るわけがあるだろうか。このような脈絡で引受委は政策的議題を大衆的に明瞭に作り、包み隠すことなく示していくとの意図を明らかにしている。例えて言うなら「リナックス式政策開発」だ。推進する政策の趣旨や内容をインターネットなどを通じて公開した後、国民の多様な意見を求め、最適な政策を生み出していくとの計画だ。こうなれば「ウィスキー&キャッシュ」を動員してマスコミをあやす必要もなく、特定勢力と結託したり、裏取り引きを図る必要もなくなる。
 ノ次期大統領には少数政権の限界を克服できる良い条件が少なくない。まず「DJP連合」の限界のゆえに人事権をちゃんと行使できない、という致命的弱点がない。また彼には東橋洞系や上道洞系など、世話になった借りを返さなければならない人脈も少ない。弱点をつかまれることが少ないのだ。ここには検察などが聖域のない捜査に乗り出せるという意味も込められている。カネや組織によって動員されない自発的で熱情的な支持者たちが多いという点も大きな財産だ。代案媒体やインターネット言論の発展など言論の状況もDJ発足当時よりも良い方だ。
 結局、新政府が少数政権の限界をかかえていても改革に対する確固たる意志と正当にことを解決していくという姿勢さえあれば「成功した大統領」となる道は開ける。権力の蜜の味に味をしめるのか、初心を忘れないのかがカギというわけだ。ノ次期大統領は1月6日、市民・社会団体連帯会議の新年祝賀会に出席し「5年後に対する心配が泰山のごとくだ。そのときも現在のように昂然とあいさつできれば、と思う」と語った。いまや「成功した大統領」のひとりぐらいは持てるようになったという市民の期待と望みは大きい。欲張りだろうか。(「ハンギョレ21」第443号、03年1月23日付、イム・ソッキュ記者)


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