| ポルトアレグレから―世界社会フォーラムレポート(1) かけはし2003.2.10号より |
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オープニング・パレードは熱気あふれる七万人のイラク反戦デモ |
二〇〇三年一月二十三日から開始された第3回世界社会フォーラム(以下WSFとする)の初日のオープニング・パレードは、倉庫街を借りた大陸ミーティングの後、ポルトアレグレ市中央のセントロ市場前から繰り広げられた。過去二回と比し、その動員規模が一段とアップし、なんと七万人の人々がパレードに加わった。日本からも、ATTACやピースボートのNGOと国労闘う闘争団など労働組合の仲間が六十人余も参加した。アジアからは、次の世界社会フォーラムとなるインド、韓国の仲間の参加が各々二十五人以上で、大陸会議参加者がアジア社会フォーラムの旗を掲げて行進した。
今回のパレードは、動員数ばかりか、フォーラムの注目点として、イラク攻撃反対の反戦の意思表示とルラ大統領・PT政権の今後の政策展開の動向が挙げられており、各団体が歌(コール含めて)・踊り、大きな旗を皆で上下するなどのパフォーマンスにおいても、平和への訴えやアメリカ批判を込めるものが多く、そのやり方も「もう一つの世界は可能だ」という、その熱意と溢れるエネルギーを感じさせた。とくに、南米各国の動員が前回よりはるかに多く、コールでも、「ブラジル、アルゼンチン、ボリビア、ベネズエラ」と国名をリズム感よく並べるだけで、その国の危機や変革への思いが伝わってくる。ATTACの隊列でも、ATTAC・チリの若者が先頭に立って、南米独特のコールと踊りを皆に徹底させた。
このように、人間の数の多さと徹底した街頭アピール行動で、時間はどんどん過ぎ、六時半に出発したパレードだが、その最後に近かったATTAC隊列にいた日本参加者は解散が夜十時頃となり、解散地点の野外音楽場は人々が溢れかえり、とても入れそうもないので、日本の参加者は終点目前で解散。夏場は九時頃までは十分明るいが、さすがに今日は暗くなってきた。パレードでは、漢字の旗が隊列に掲げられていると参加者・報道陣が次々とデモ中に取材や質問を求めやってきて、日本でのグローバリゼーションの実態やそれとの闘いの実際を知りたい、連帯したいとの気持ちが強い様子だった。
ブラジルではPT(労働者党)からルラ大統領が当選・就任したばかりだが、フォーラム会議の初日だけアピールし、後はダボスでの世界経済フォーラムに「連帯経済」をG8首脳に突きつけに行くと報道されていた。これへの批判的意見もあり、パレードでもPT隊列とPTに批判が強い政党隊列がすれ違うときには、かたや「オレーオレオレオラー、ルーラー、ルーラー」と大統領選挙宣伝歌をPTが歌えば、他方は、「ルーラ!ナーオ(反対しろ)、アルカ(ALCA:米州自由貿易地域協定)、MFI(IMF)」とコールしあう場面が多々みられた。
ALCA=FTAAに反対し、IMFをいかに廃止させていくかもフォーラムの課題であり、今パレードに見られるように、ブラジル国内参加では、政党の旗数が昨年より少なく、圧倒的に多くはNGO団体、MST(土地なき農業労働者運動)など社会運動体やCUT(労働者統一センター)という労働組合。前回フォーラム時にも政党と社会運動体との軋轢もあり、この課題も今フォーラムでの討論となった。
翌二十四日は、セミナープログラムが一日分だけ配布され、それによってネット接続できない人は、何がどこでやるか知ることができた。それによると、ATTACジャパンのセミナーも午前と言われていたのが、急きょ午後となっていた。今回は、このようなトラブルが多々あり、同行した仲間も、ワークショップを申し込んでいたが、その日の午前に設定されており、もう後の祭りとなってしまった。
ATTACのワークショップは、恒例のPUC(キリスト教大学)において、「日本における公共サービス防衛・民営化反対闘争」と題して、全体的な状況報告の後、国労闘う闘争団、電通労組、郵政ユニオンの労組仲間から闘争報告を受け、「人らしく生きよう」英語短縮版を上映した。
これは十七年前、動労などが民営化を受け入れる中、国労の闘う仲間が民営化阻止闘争を掲げ、一〇四七人の解雇攻撃を受けながらも、家族ぐるみで果敢に闘い、国労本部の四党合意受け入れにも闘っていこうとする歴史を分かりやすく映像化したものだ。これにより二十人余のワークショップ参加者の理解が得られ、特に国労の仲間に、なぜ十七年間も闘うことができたのか? どうしたら解決できるのか? といった質問が集中し、討論が深まり、小泉首相への解決要請はがきに多くの人が快く応じてくれた。
この日は、なぜかJR総連も同じようなテーマでセミナーを企画していたが、参加者の話によるとアメリカによるイラク攻撃阻止闘争など日本の反戦闘争を紹介していたという。民営化を組織防衛のために受け入れてきたJR総連に民営化反対闘争の紹介などできないということだろう。
夕方からは、ダボスの世界経済フォーラムに向かう前に、WSF参加者へアピールを! とルラ大統領が野外音楽場に来訪する予定となっていた。私は単独でもPUCから公共バスに乗って会場に向かおうとしたが、多くのブラジルの参加者中心に大群衆が、公共バスに押し寄せ、日本の通勤ラッシュ以上の苦痛を味わいながら野外音楽堂にたどり着いた。途中、警察バイク隊がサイレンを鳴らしながら現れ、後続には黒塗りの車が何台か。すると満員のバスの中から、「ルラ!ルラ!」と大歓声で、外を見ていると車に乗ったルラ大統領が手を振りながら通り過ぎていった。
私が会場にようやくたどり着いたとき、ルラ大統領はPTの閣僚とともに登壇しており、演説を開始していたが、「ダボスに赴くことが資本家たちの味方につくことではない。私は金属労働者で組合活動を始めた時から、今日まで貧困をなくすために闘ってきた。南アメリカ、アフリカ、アジアであろうが、一人も飢えることがあってはならない。政府は第一の政策として、いくつかの都市で、そのための最初の施策にすでに着手している」と述べた。
さらに、「貧しい人々のための連帯の経済を突きつけるためにダボスヘ行くのであって、決して選挙公約は裏切らない。今、南米ではアルゼンチン、ボリビア、ベネズエラと政治・経済の危機であるが、ブラジルが中心となって新しい統一したラテンアメリカを作り上げよう!」とアジテーションした。そして、集まった五万人の聴衆による「オレーオレオレオレー、ルーラ、ルラ」の大合唱。
この熱烈な支持が裏切られることないまま前進していくことを私も思わず願ってしまった。(北野はじめ)(つづく)
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