かけはし重要記事

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アジア社会フォーラムに参加して(3)          かけはし2003.2.3号より

「もう一つの世界、もう一つのアジア」へ

問われる日本の運動主体の責任


 アジア平和連合(APA)ジャパンのワークショップの日は、一月五日である。昨年八月末から九月初にかけてフィリピンで行われたAPAの設立会議で、APAとしてこのハイデラバードのアジア社会フォーラムに主体的に関わり、フォーラムの大きなテーマの一つである「平和と安全保障」を担当することが決まった以上、APAジャパンとしても何らかの責任を果たすことが必要だというところから、このワークショップを持とうということになった。
 APAジャパンのワークショップ「米主導の戦争の下での日本の平和運動」には、日本人以外に、韓国、ネパール、バングラデシュ、インドの人が参加してくれ、全体でのべ三十人ぐらいだったろうか。私が、日本の反戦・平和運動についての概括的なレポートをし、ピープルズプラン研究所の小倉利丸さんが「対テロ戦争」を口実にした国家による民衆管理・支配体制の強化の問題について提起した。また三日、四日に続き広島の被爆者・松原美代子さんが原爆被害の惨状について詳細に体験を語り、武者小路公秀さんが「平和運動と人権運動」との関係について話をした。
 私の報告は、日米安保と「憲法9条」をめぐる支配階級と平和運動のせめぎあい、湾岸戦争以後の「派兵国家」化と有事法制、そしてアメリカのグローバル戦争を全面的に支持する小泉政権の政策などについて紹介するとともに、「平和主義的意識」の危機、大衆運動の困難な現実、新しい排外主義的国家主義が青年たちの中にも一定の支持を広げていること、沖縄や横須賀などの米軍基地を抱えた地域での活動、「9・11」以後の日本の運動についてふれ、ブッシュの「グローバル戦争」状況下で日本の反戦運動がアジア的な広がりと連携をもって作りださなければならないこと、反グローバリゼーションの運動と反戦運動の意識的な結合が図られなければならないことを、ごく簡潔に説明しようとするものであった。
 アジアの参加者からは「平和運動と人権運動」の関連性、また「日本の人びとは北朝鮮に対する戦争を支持しているのか」という質問も出された。私は「日本人拉致事件などによって金正日に対する怒りや嫌悪の感情が広がっていることは確かだが、北朝鮮への『戦争』を支持している人が多数派であるとは考えない」と答えた。
 なにぶん同じ時間に百近くあるセミナーとワークショップの一つであり、出発の前日の大晦日の夕方に資料を印刷するドタバタに象徴されるように圧倒的な準備不足で、宣伝も行き届かなかった。またテーマ設定がアジアの人びとにどれほどの関心を引かせるものであったかは疑問ではあるが、私たちとしてはアジア社会フォーラムに主体的に関わる上で、「日本からの発信」の努力が必要だと考えていた。そうした構えをぬきにしては私たちがアジアの運動と討論し、交流し学んでいくこともできないからである。その意味でもアジアにおける最大の「帝国主義国家」である日本の運動主体の責任は特殊に重要なのだ。
 反省すべき点は多々あるが、その教訓を生かして次に生かすことが必要だ。とりわけ米軍基地に対する闘いを、日本・沖縄、韓国、フィリピンの共同のワークショップやセミナーとして準備することがアジア全体のフォーラムの中では重要だと思う。
 なおピープルズプラン研究所の元コーディネーターで、現在イギリスのエセックス大学に在籍しながらタイで研究活動をしている青山薫さんには、このワークショップの記録をその場で起こし、フォーラム事務局に提出していただいた。重ね重ね感謝!
 同日の夜には、APAジャパン関係者やピースボートの人びとと韓国からのアジア社会フォーラム参加者との間で、交流会が持たれた。この会は韓国側の要請で開かれたもので、韓国から「東アジア社会フォーラム」を準備しようという提案がなされた。この夜の討論はもっぱらそれに集中したが、時間をかけた十分な討議と準備の上にこの構想を実現することは非常に重要なことだと感じた。
 本紙に連載したこの報告では、アジア社会フォーラム全体の意義とその総括についてふれることはできない。私もふくめて日本からアジア社会フォーラムに参加した人びとの多くは、航空便の都合で一月七日の閉会イベントの日の朝にハイデラバードを発って帰途につかねばならなかった。したがって一月七日付で出された「アジア社会・大衆・民衆運動と組織の声明」(別掲)の内容も知らなかった。
 しかしその後、アジア社会フォーラム事務局から送られてきたメールを見るまでもなく、それが「大成功」であったという評価は共有できる。このメールは「フォーラムの組織化にたずさわった人びとだけでなく、参加者の圧倒的多数、パートナー組織、新聞のコメンテーターもアジア社会フォーラムが大きな成功だったということに同意している」と書いている。
 私はこの報告記の冒頭(本紙1月20号)に「一万人以上の参加」と書いたが、一月七日の閉会イベントの発表では、全体の参加者のべ六万人、参加団体の一員として登録した人は一万四千四百二十六人、うち外国代表者が七百八十人、参加組織数は八百四十、登録ボランティアが一日あたり五百人だったとのこと(「派兵チェック」03年1月号掲載の青山薫さんの文章「アジア社会フォーラムでの『安全保障』」より)。
 最後に、あらためて幾つかの印象を述べてこの報告記をしめくくりたい。
 何よりも、インドの社会運動の厚みと多様性をあらためて実感したことである。政党(二大共産党――インド共産党とインド共産党〔マルクス主義〕――が中心だと思うが)、労働組合、女性組織、学生組織、各社会階層ごとの組織と、平和、環境、反差別、マイノリティー、農村の生活向上、民衆文化、女性・子供の人身売買、債務帳消し、学術・科学など多様な課題の運動が、反グローバリゼーション、反軍事化、宗教的原理主義反対、コミュナリズム反対、民主主義・社会的公正・平和・人権の原則にもとづいて結集し、それぞれの団体が独自にイベントやデモを組織し、自己主張をしていくそのあり方は、真に「民衆的フェスティバル」としてのアジア社会フォーラムを支えていたものだったと思う。
 もともとインドは「NGO大国」と言われており、しかもその数は近年急増している。「デリー、ウッタル・プラデーシュ、ハリヤーナの三州だけで年間に二万から三万団体ずつ増えているという研究報告もある」という(小川忠『インド 多様性大国の最新事情』角川選書)。もちろん、この中には著者の小川氏が著名なNGOである「シャプラニール」の大橋正明氏の言を引いて紹介しているように「開発の下請け団体化と腐敗の進行、政府のNGOに対する取り込みという問題」もあるだろう。
 「タイムズ・オブ・インディア」紙ハイデラバード版1月3日付によれば、「マルクス・レーニン主義者の歌手、ガダール」は、アジア社会フォーラムに参加するNGOの一部は「多国籍企業と帝国主義勢力の手先」であると批判し、ダリット(最下層の被差別民衆)やマイノリティーの人びとに対して「アジア社会フォーラムをボイコットするよう呼びかけた」という。実際のところどのような対立があったのかは、外国からの一参加者としては分からない。
 しかしアジア社会フォーラムの全体が、明確に今日の新自由主義的グローバリゼーションとブッシュのグローバル戦争を正面から批判するラディカルな反資本主義の基調に貫かれていたことは断言できる。
 女性とダリットの活躍も、今回のフォーラムで目立った特徴だった。会場内のデモでは、女性団体が最も活発に動いていたし、発言も目立っていた。他方、ダリットをテーマにしたコンファレンスが設定されるとともに、ダリットは全日程を通じた独自の会合を持っていた。「プラジャサクティ」紙「アジア社会フォーラム特別版」によればダリットのアジア社会フォーラムへの結集は千五百人に上ったとされている。
 次に、後から悔やんだことを一つ。それは、一九九〇年以後の新自由主義的「開放」政策によるインド社会の変化と言われるものについての実態はどうか、ということについてもっと多くの質問や討論をするべきだった、ということである。統計によればインドは一九九〇年代半ばに三年連続で年率七%以上の経済成長を達成した。その後も若干の減速はあるものの六%台の成長を記録していると言われる。
 その中心になっているのがマスコミなどでも報道されているIT産業である。ソフトウェア輸出はアメリカに次いで世界第二位、その生産高は一九九九年で五十七億米ドル。アメリカのIT産業の中心であるシリコンバレーに働く技術者の三割はインド人だとされている。そしてインドIT産業の中心の一つが、今回アジア社会フォーラムが開催されたハイデラバードなのである。
 しかし、その一方でグローバリゼーションとともにインド社会の格差はさらに拡大し、とりわけ農村部における貧困層の悲惨な境遇はいっそう進行している。この中でヒンズー至上主義の影響力が拡大し、コミュナリズムを背景にした暴力も顕著になっている。
 私がインドの地を踏んだのは、まだ新自由主義が本格的に導入される前の一九八八年末以来、今回が二度目で、前回はムンバイ(ボンベイ)とデリーが中心だった。この時は物珍しさに目移りするだけの短期間の旅だった。今回はほとんどハイデラバードのホテルと会場を行き来するだけで、「インド社会の変化とは何か」の上っ面を感じ取ることすらできなかった。
 世界社会フォーラムは、来年はポルトアレグレから場所を移してハイデラバードで開催されるはずである。さらに沢山の仲間たちが、この一年の反グローバリゼーション運動と反戦運動の経験の上に、来年ハイデラバードに集まることを期待したい。(国富建治) 

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