かけはし重要記事

frame01b.html

もどる

                          かけはし2003.1.27号より

新たな「英霊作り」許すな!小泉の靖国参拝を糾弾する



 一月十四日午後、小泉首相は二〇〇一年八月、二〇〇二年四月に続き靖国神社に三度目の参拝を抜き打ち的に行った。二千万人以上と言われるアジア人民を殺戮し、強制連行・強制労働によって決して回復できない言語に絶する被害を与えた、天皇制日本帝国主義の侵略戦争と植民地支配のシンボルである靖国神社に、小泉が三たび参拝したことを、われわれは怒りをもって糾弾する。
 靖国神社は、天皇制国家に民衆を統合し、侵略戦争に動員するための、軍が管理する軍事的・宗教的施設であった。戦死者を「英霊」=「神」として称揚する靖国神社は、民衆に「忠誠」を強要し、新たな戦死者を再生産する上で不可欠の機能を果たしてきた。
 そのあり方は、戦後においてもまったく変化していない。靖国神社は侵略戦争を「聖戦」として讃え、「大東亜戦争」の正統性を主張する天皇制右翼イデオロギーのセンターであり続けたのである。したがって靖国神社への首相・閣僚の参拝は、韓国、中国など日本帝国主義の侵略・植民地支配によって今日にまで続く被害を受けたアジア諸国の政府と民衆から、厳しい批判を受けてきたのである。
 小泉は、二〇〇一年の自民党総裁選の時から、「八・一五に靖国神社を参拝する」ことを公約にしてきた。それは、有事立法・憲法改悪を通じてアメリカの世界戦略の下での「戦争ができる国家体制」を築き上げようとする構想と密接に結びついていた。労働者・市民を戦争に動員し、「新しい戦死者」を生み出す有事=戦争国家体制を作りだしていくためには、天皇制国家の戦死者を「国難に殉じた」先達とするイデオロギーを活性化させなければならない。靖国参拝は、決して単なる復古主義ではなく、今日の支配階級の国家戦略の重要な一環となっているのだ。
 今回の一月十四日という日程は、「二・三月の韓国、中国の新政権正式発足以前に靖国参拝を行うことによって、新政権との対立を最小限に抑えようとするもの」などという観測もマスコミで流されている。靖国参拝の日程をめぐって小泉自身にどのような政治的計算が働いていたかを知るよしもないが、「新しい追悼・平和祈念施設」をめぐる体制内の対立が関わっていた可能性は高い。
 昨年末の福田官房長官の私的懇談会である「追悼・平和祈念施設の在り方を考える懇談会」報告書は、「国立の無宗教施設」建設を提案した。これに対して日本遺族会など自民党の「靖国」派からは、激しい批判が起きていた。小泉は「靖国は靖国、新しい追悼施設とは別」と述べ、靖国神社の「戦没者慰霊の中心的施設」としての位置を後退させかねない報告書に対して、それにはとらわれない意向を表明していた。今回の小泉の靖国参拝は、この「無宗教追悼施設」建設を無化させる意識的行動であったのかもしれない。事実、日本遺族会会長の古賀前自民党幹事長は「率直に言って大変ありがたい」と高く評価している。
 小泉は参拝後の記者会見で「二度と戦争を起こしてはいけない。戦没者に対する敬意と感謝を込めて、哀悼の念を表してきた」と述べた。しかし、韓国・中国両政府はこの小泉の行動に対して「強い不満と憤慨」を表明した。一月十五日に予定されていた訪韓中の川口外相と金大中韓国大統領との会談も、韓国側の強い抗議の意思の表明により中止された。
 朝日、毎日などのマスコミは、今回の小泉首相による靖国参拝が「北朝鮮核開発」問題をめぐる日本の外交・政治戦略にダメージを与えかねないとして批判している。外務省などにも同様の危惧が存在している。
 しかしわれわれは、小泉首相の靖国参拝に対する抗議・糾弾の闘いを、ブッシュの対イラク戦争への日本政府の支持・参戦、有事法制、排外主義キャンペーンに対する闘いと結びつけなければならない。二月十一日の反「紀元節」行動、卒・入学式の「日の丸・君が代」強制に反対する闘いを全国で取り組もう。(純)

もどる

Back