| 「戦争する国」への流れを阻止するために公開シンポジウム |
十二月六日、「憲法改悪の流れをうち破ろう―全国交流会公開シンポジウム」(主催・実行委)が開かれた。会場は東京・千駄ヶ谷の日本青年館。政府は憲法違反の自衛隊イラク派兵の準備を進めつつ、同時に改憲案の発議のための「国会法改正案」と「憲法改正国民投票法案」の国会提出ももくろんでいる。イラクでは邦人外交官二人が射殺された。国を挙げた追悼ムードの真っ只中に開催された本集会には、満席の約百人が集い、いかにして平和憲法を護ってゆくのか、多様な論点が提起された。
イラク派兵を阻止する闘いのなかで
まず司会の高田健さんが開会のあいさつ。「米軍のイラク攻撃以降、実に忙しいスケジュールで私たちは運動を進めてきた。来週には首相官邸、そして公明党本部への要請行動も計画している。毎日をただ突っ走っているだけではなく、たまには落ちついて頭のなかを整理してみることも必要だ。そんな意味合いも込めてこのシンポを企画した」。
最初の発言は憲法学者の山内敏弘さん。山内さんはまず先の総選挙の結果を振り返った。「選挙区制の問題点もあるが、社民党と共産党の惨敗は予想以上に厳しいものだ。そして辻元起訴、田中真記子不起訴は極めて政治的な判断で行われた」「憲法九条の役割と問題は、日本の言論の自由と密接に結びついている。同時に今まで明文改憲を阻止してこられたのは、アジアの人々の大きな声があったからだ」。
イラク派兵反対運動とメディア
もう一人のパネリストは朝日新聞社会部の本田雅和さん。本田さんは自身が取材して書いた十二月四日付の夕刊記事について話した。この記事は、北海道で現役自衛官の妻が、「自衛隊イラク派遣反対」の意見広告運動に参加するまでの経緯を紹介したものだ。陸自の駐屯地で働く夫のイラク行きが決まると、妻は泣き崩れた。結果的には別の同僚が行くことになったが、その同僚にも家族がいる。苦悩に落ち込むある日、夫の進退を心配した勤務先の友人が「意見広告運動」のビラをくれた。それから妻は派遣を止めさせるために積極的に運動に関わりはじめた。
本田さんはこの記事を巡る興味深いエピソードを次々と披露した。一般的に大新聞は、同じ日付であっても「版数」によって紙面が変わる。遠方への配送ほど締め切りが早くなり、近距離ほど印刷をぎりぎりまで待ち、新しい情報を載せられるのだ。
本田さんの記事には最初「あなたに人が殺せるの」という追い詰められた夫婦の葛藤を表現する見出しが付けられ、筆者もこれを大歓迎した。しかし整理部はやがて抽象的な見出しに変えてしまう。
本田さんは日本国憲法の持つ「抑止力」について大きく評価し何度も強調した。「いまでこそ都知事石原が戦車を銀座の真ん中に走らせているが、それまで許されなかったのは九条の持つ『抑止力』の賜物だ」「最近の自民党と民主党の若手議員などは、自分一人のアイデンティティ獲得のために憲法を変えろと主張している。とんでもない話だ」。また、「東京新聞は市民運動や反戦運動をまじめに取り上げている。社の幹部の方針でしょう。非常にいい新聞です」などと述べて会場をわかせた。
「憲法改正国民投票法」をめぐって
高田さんは「憲法改正国民投票法案」について、明確に反対の立場を明らかにした。「推進派は、地方議会や行政で行われる直接住民投票と、今回の国民投票をまるで同じもののように触れ回っている。とんでもないギマンだ。一町村単位ならば反対運動の側もそれなりに宣伝や運動を展開して、ほとんどの有権者に政策をアピールできるだろう。しかし全国規模の国民投票では状況がまったく違う。マスメディアの動員や、潤沢な資金や政治力を使った圧倒的な宣伝戦の前に、護憲派=私たち市民運動の側が五分五分で戦うことなど事実上不可能なのだ。改憲を前提とした国民投票には乗るわけにはいかない。断固反対していくべきだ」。
来年に向けて闘いを作り出すために
パネラーと参加者との討論が始まった。
「社共共闘も大切だが、民主党内に手を突っ込んで、内部から変革する必要もあるのではないか」「街頭ビラで声をかけてきた創価学会員のエピソードについて」などの意見が会場から出された。
パネラー間の討議では、「国民投票じたいは違憲ではない。それが出されるタイミングと中身が問題だ。護憲派もきちんと理論武装すべきだ」(山内・本田)。「学会員への働きかけも確かに重要だ。社共共闘=統一候補の出馬を言うのは簡単だが、実現は難しい。生半可な準備ではできない。市民運動がよっぽど力をつけないと無理だろう。この時代に政党の方針を変えるのは大変なことだ」(高田)。限られた時間のなかで実に忌憚のない意見が交わされた。パネラーではないが、会場には内田弁護士や沢藤弁護士も駆けつけて、発言した。最後に高田さんが改憲反対署名、三月のワールド・ピース・ナウの集会など、年末から来年に向けての運動計画を紹介して閉会した。 (S)
派兵に反対するイラク指導者を派兵に利用?
小泉とアル・リカービ氏の対談
十二月四日付の新聞各紙は、三日の午後に小泉首相が「イラク南部の部族長の子息」アブドルアミール・アル・リカービ氏と会談したことを報道した。この異例の会談は「首相の強い希望で実現」したもので、「首相自ら自衛隊派遣の地ならしをする狙いもあったようだ」(12月4日、読売新聞)とされている。いずれにせよ、首相とその周辺にとっては、三日の会見と報道がイラク南部の住民との「合意・協力」の下に自衛隊が派兵されるという印象をよびおこすために設定されたことは間違いない。
この会談をセットした日本財団は、イラク南部への援助や投資話などを持ち込んで小泉首相と引き合わせる工作をしたようである。そしてアル・リカービ氏とのバイプを作ったのは、中東問題専門家で、日本財団傘下の東京財団に在籍する元拓大教授の佐々木良昭という人物である。そしてこの佐々木は一昨年十二月、大学の研究室で酔って学生の腹部を日本刀で刺し、懲戒免職になったという事件を起こしている。しかし不思議なことに彼、佐々木は逮捕されず傷害と銃刀法違反容疑の「書類送検」だけで済まされている。大塚警察署は逮捕しなかった理由を「逃亡や証拠隠滅のおそれがないため」と発表した(毎日新聞02年1月29日)。何という「寛大な措置」だろうか。
占領と派兵に反対する反帝国主義者
しかしアル・リカービ氏は、反サダムであるとともに、侵略戦争と軍事占領に反対してイラク民衆の民主主義的主権の確立を求める明確な反帝国主義の立場に立っている。彼は「イラク民族民主主義潮流」のスポークスマンであり、サダム・フセイン独裁体制に対決して民主化闘争を続け、二十年以上にわたる亡命生活を余儀なくされてきた。
アル・リカービ氏がスポークスマンをつとめる憲法制定国民会議準備委員会は、五月にジャカルタで行われたブッシュの戦争と占領に反対する国際会議や十一月にパリで開かれた欧州社会フォーラムにも参加し、戦争と占領に反対し、米英軍肝煎りの「統治評議会」にも明確に反対する立場を表明してきた。
欧州社会フォーラムに提起された憲法制定国民会議準備委員会のコミュニケは、彼らがジャカルタ会議で「もっとも自立した形で憲法制定国民会議を設立するイラク民衆の権利を支援してほしいと要望した」こと、「この国民会議は、占領軍を支持する者たちと、占領軍によって破壊された後、新しいイラク国家を樹立するために新しい体制を自由に選択できるイラク民衆の権利を擁護する者たちの間に、明確な区別の線を引くものである」と述べている。
また同コミュニケは、「イラク統治評議会が安定へ導き、同意を得た占領の終焉となる、と主張することは虚偽でしかない」と述べ、彼らの目指す憲法制定国民会議は「人民を解放し、民主主義を広めると称する新植民地主義と真っ向から闘う組織である」「私たちの会議は、占領政策と真っ向から対立し、闘うものであるのに対し、イラク統治評議会は占領計画の道具でしかない」と明確に述べている。そして「反戦と新自由主義的なグローバリゼーションに反対する運動」への希望と連帯を表明しているのだ。
川口との会談をキャンセルして抗議
アル・リカービ氏との「会談」を、イラクへの自衛隊派兵の露払いとして利用しようとした小泉政権の思惑、ならびにマスコミ報道にアル・リカービ氏たちはただちに抗議の意思を表明し、ただちにメディアに訂正を要求するとともに、四日に予定されていた川口外相との会談予定をキャンセルした。この彼の立場は、十二月六日付(五日発売)の「日刊ゲンダイ」紙上で「小泉首相と会談したイラク指導者の怒り」として明らかにされ、六日の朝日新聞でも紹介された。
「朝日」の記事でアル・リカービ氏は「あらゆる外国軍隊のイラクへの派遣と駐留、占領は受け入れられない」との「原則的な考え」を述べ、「今の状況下で自衛隊を送れば、人道援助という目的によっても、占領軍の一部になるという本質を変えることはできない」「現状では自衛隊のイラク派遣にも反対する」と語っている。
自衛隊派兵のためにアル・リカービ氏との「会談」を利用しようとした小泉内閣の意図は破産したのである。 (12月6日 純)
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