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667人が被曝して2人が死亡              かけはし2003.10.13号

JCO臨界事故を忘れない

JCO事故4周年全国集会

いまこそ流れを変えよう
地域・生活の場から脱原発へ

 九月二十八日、東海村石神コミュニティセンターで「JCO事故四周年全国集会〜いまこそ流れを変えよう!市民・住民のつどい」が開催された。全国集会に先立ち、東海村住民をはじめとした住民有志による実行委員会主催で、プレイベント「新エネルギーと新しい村づくり交流会」も開催された。

地域から流れを変えるプレイベント

 プレイベントでは、東海村村議・相沢一正さんの司会により、NPO法人グリーン・エネルギー青森の三上亨さんによる「風車による市民発電」、山形県長井市・レインボープランの菅野芳秀さんによる「地産地消のまちづくり」、水戸農業高校教諭の原田 一夫さんによる「循環型農業をめざして―水農生活科学科の実践から」という三つの講演と質疑が行われた。
 三上さんは、青森県鰺ヶ沢町で今年二月に送電開始した「市民風車わんず」(わんずとは津軽弁で「私たちのもの」という意味)を千二百人の市民出資でつくった経過や、人口流出の続く鰺ヶ沢町の地元産品の紹介を出資者のネットワークの中で行うなど、町おこし活動について講演を行った。
 菅野さんは「まちでは食を消費・堆肥を生産し、むらで堆肥を消費・食を生産する」という、台所の生ゴミを有機農業の中に循環させた人口三万二千の長井市のゴミ行政を作るまでの経過と教訓、そして今後の展望について講演を行った。
 原田さんは「やればやるほど地下資源を食いつぶす近代稲作」の問題に対抗して高校の農園で合鴨農法を実践し、育った合鴨も生徒たちと食べながら命の循環を次の世代に伝えている教育実践について講演した。
 また、相沢さんらとともに脱原発とうかい塾を運営している橋本さんからは、菜種栽培と搾油から東海村で原子力から脱却したエネルギーを展望する活動の苦労話が紹介された。
 東海村では現在、四年前の事故現場である転換試験棟が刑事裁判の確定を受けてJCO東海事業所が表明した撤去方針をめぐり、「原爆ドームのように事故の教訓を忘れないための象徴として後世に残すべきだ」 として村当局を突き上げる住民の声が上がっている。一方で村当局は、日本原子力研究所と核燃料サイクル開発機構の合併なども踏まえ、原子力の総合大学院を誘致し、原子力産業から先端原子力研究への重心の転換という将来像を描いている。
 このプレイベントには原田さんの教え子の現役高校生も多数参加、地元住民中心におよそ百人が参加し、原子力から脱却しても地域づくりが可能であることの自信を深めた。

東海村現地での闘いの重要性を確認

 午後の全国集会は、原水禁全国会議スタッフの井上年弘さんの司会、同副議長の市川定夫さんの主催者あいさつではじまった。続いて弁護士の伊東良徳さんによる「変わりはじめた原子力裁判〜JCO刑事裁判批判、もんじゅ裁判、大泉健康被害裁判の意義〜」と題した報告が行われた。
 伊東さんは、刑事裁判が確定したことで公開が可能になった裁判記録確保の苦労話を交え、これまでに入手した資料から新たにわかった国の転換試験棟の加工事業許可の問題点を指摘した。
 伊東さんによれば、確定以前の情報公開資料で国が三回で終わらせた第二次審査の過程で、臨界事故をまねいた再溶解工程が付け加えられたことが推測できていたが、裁判確定資料の関係者の供述でそのことが裏付けられた。裁判記録は五十分冊、約二万丁におよび、水戸地裁取引業者による一枚六十円のコピーでしか入手できず、すべて入手するまでにはかなりの期間を要するが、健康被害訴訟勝利に役立つ資料を見つけ出す決意が語られた。
 続いて、環境エネルギー政策研究所の大林ミカさんによる「夏の電力需給関係の分析と問題点」、相沢一正さんによる「JCO臨界事故健康被害訴訟一周年の状況と問題」と題した報告が行われた。集会決議採択後、司会の井上さんは、「今回はJCO事故四周年の集会だが、来年三月はビキニ五十周年の行動が準備されている。また、中曽根原子力予算から五十周年でもある。その翌年はヒロシマ・ナガサキ六十周年、さらに翌年はチェルノブイリ原発事故から二十周年となる」とし、引き続きJCO臨界事故全国集会を現地東海村で継続する重要性を訴えた。
 集まった五百人の参加者はデモに出発し、JCO正門前で再度集会決議を読み上げ決議文をJCO窓口に手渡した。
(S)


JCO臨界被曝事故四周年東京圏集会
事故を引き起こさせた核燃料サイクル機構の責任追及


 九月三十日、東海村のJCO東海事業所で、政府発表でも六百六十七人が被曝し二人が死亡する臨界事故が発生してから四年が経過したこの日、シニアワーク東京で「東海村臨界被曝事故四周年東京圏集会」が開かれた。主催はたんぽぽ舎など東京圏の反原発運動グループや個人で作る実行委員会。会場には百五十人が集まった。
 集会では、広島で自らも被爆しながら原爆被爆者の治療にあたった医師・肥田舜太郎さんの講演や、臨界事故の責任は安全管理に危険がある作業をJCOに強要した核燃料サイクル機構にあることを指摘する槌田敦さんの報告、JCOの隣の工場で働いていて被曝した両親の大泉夫妻の健康被害への補償を求めて裁判闘争を闘う大泉実成さん(臨界事故被害者の裁判を支援する会)の報告などを受け、集会後、神田へデモ行進を行った。
 肥田さんは、自ら治療にあたった広島の原爆被爆者が、口や尻など体のあらゆる穴から血を流して血の海のなかで次々に死んでいった現実を、生々しく語った。そして「低線量被曝の恐ろしさをアメリカは隠している。被爆した人たちが、五年後、十年後、二十年後、何が原因かわからないまま死んでいく恐ろしさを知ってほしい」と述べ、「核兵器をなくして原発を止めなければならない。核兵器をなくさない限り原発は生き延びる」と強く訴えた。

健康被害訴訟の現状

 大泉さんは、「被曝した人々のなかにすでにがんが発病する人々が出始めているが、茨城県は『日本人の四分の一はガンになる』と言って取り合おうとしない」と述べ、行政の無責任な姿勢を批判した。低線量被曝と発病との因果関係を証明することは極めて困難であり、被曝被害者は苦しい立場に置かれている。
 大泉さんはさらに、JCOが裁判準備書面で被害を急性障害だけに限定し、晩発性障害や遺伝障害をすべて切り捨て、中性子線の危険性も切り捨てていることを糾弾し、苦しみや怒りをエネルギーに代えて裁判闘争を闘う決意を表明するとともに、支援を訴えた。

なぜ臨界は起きたか

 槌田さんは、「旧動燃が引き起こした臨界事故―バケツ作業だけなら臨界事故はなかった」と題して報告した。二〇%ウラン溶液の場合、容器の太さ十七センチ以内、容積十リットル以内、ウラン質量二・四キログラム以内であれば臨界事故は起きない。二・四キロのウランは動燃が発注した一八・八%溶液なら六・五リットルに相当する。そのためJCOは一ロット六・五リットルずつ製造して納入しようとしたが、動燃は一ロット四十リットルで製造し納入するよう要求した。原子炉等規制法で定められたウランの計量作業を手抜きしようとしたのである。
 この経過はJCO弁護団の最終弁論と福島瑞穂議員の国会質問への政府の回答で確認されている。そして沈殿槽に四十リットルのウラン溶液を入れたとたんに臨界事故が起こった。十リットルのステンレス製バケツで六・五リットルずつ作業していれば、それ自身は確かに問題のある作業方法ではあっても臨界は起きなかったのである。
 槌田さんは、「バケツ使用」が原因で現場作業員に責任があるかのように主張した有馬科技庁長官の記者会見と、それを真に受けたマスコミの無知が、二人の死者と多数の被爆者を出した重大事故の真の責任者である動燃と国を免罪してしまったことと、違法な作業を強要された現場作業員に責任を押しつけた粗雑な裁判を厳しく糾弾した。
 集会決議を確認してデモに出発、「JCO臨界被曝事故を忘れないぞ!」「被爆者の健康被害を補償しろ!」「東海大地震が来る前に浜岡原発を止めよう!」「核も原発もない社会を作ろう!」と訴えた。(I)


「多国籍企業の横暴を許さない
工場閉鎖と中国移転、労組への弾圧
「韓国シチズン労組を応援する会」が結成総会


 九月二十六日、東京・全水道会館で「韓国シチズン労組を応援する会」の結成総会が韓国シチズン労組を応援する会(準備会)主催で開催され百人が参加した。
 開会の前に、現地の争議ビデオ上映が行われ、韓国シチズン労組の団結してがんばる様子が映しだされた。

国際連帯で新自由主義と闘おう

 最初に、主催者を代表して、中岡基明さん(全国一般全国協議会中央執行委員長)が次のように闘いの意義を提起した。
 「一九八九年に韓国スミダがFAX一枚で工場閉鎖され、中国へ移転していった。こうした日本資本による労働者への攻撃に対して、韓国スミダの労働者は日本に来て闘った。日本の労働運動はこれを支援した。そして、アジアスワニーの闘いなど、日韓の労働者が共同して闘いぬき勝利した。その後、アメリカのファイアストン労組の闘いもあった。現在では、フィリピン・トヨタ争議も支援している。このように日本の資本が海外で直接労働者への攻撃をしている。そして、国内でも新自由主義という攻撃が労働者にかけられている。韓国シチズンの支援の闘いは、国境を超えた闘いでこうした資本の攻撃をはねかえし、勝利を作りだすという点で極めて重要な闘いとなっている」。

一方的な工場移転と労組への大弾圧

 続いて、平賀健一郎さん(中小労組政策ネット事務局長)が経過報告を行った。
 一九七八年に、シチズンは韓国・馬山(マサン)市の自由貿易地域に進出した。当初従業員は千八百人で、居心地の良い会社であったと言われるが、業績が悪化し三回の人員削減をした。昨年十一月二十二日、会社が廃業を決定し通知した。今年の一月二十二日に廃業についての労使の強制合意があり、中国大連へ企業移転した。廃業についての合意は韓国労総の幹部だけで行った。この不法な廃業強制合意に反対して、従業員百八十五人中百二十人が徹夜の座り込みに突入した。以後、会社側管理者が外部職員を動員し、会社侵入を企てるが労組が阻止した。
 三月に、韓国シチズン労組は韓国労総から民主労総に上部団体変更し、闘いの体制を作り上げた。四月には、清算人が「暴力団」を使い強制退去執行を試みたが、労組が阻止した。
 韓国シチズンの組合員たちは、二百二十日以上の工場占拠を続け、シチズン本社に雇用の保障を要求している。しかし、会社は不当な「特殊公務執行妨害罪」ということで労組幹部十四人を告訴・告発し、八月初めには二十六人の組合員に約十八億ウォン(一億八千万円)の損害賠償を請求し、財産仮差押えを行った。そして、八月十三日には朴委員長が逮捕され、九月に「懲役八カ月」の実刑判決が下された。
 韓国シチズン労組は六月にから九月にかけて、日本へ三回の派遣団を組織し、支援の要請や本社シチズンとの交渉を行った。九月三日の本社交渉では、事態の進展に向けて一抹の希望が見えたものの、その後、韓国現地で行われた協議は不調に終った。韓国シチズン労組の遠征闘争は準備の段階を終え、本格的な闘争の段階に入った。労組の要求は@工場閉鎖についての不法な強制合意取消しA会社再稼動のための可能な方案協議B不透明な廃業手続き公開C清算金二百億ウォンについての公開――である。

支援の要請受けて闘いの体制を確立

 続いて、副委員長の金基善(キム・ギソン)さんが決意表明をした(別掲)。さらに韓国シチズン労組遠征闘争団のメンバー全員が、廃業の不当性や事務所を占拠して闘っている労組員に対する攻撃、朴委員長に対する懲役八カ月の判決、そして日本本社の無理解などを口々に批判し支援を訴えた。
 連帯のあいさつを全労協議長の藤崎さん、日韓ネットの小沢さん、国労闘争団の岩崎さん、ATTACジャパンの田中さんらが行った。
 結成総会は、韓国シチズン労働組合を応援する会の役員を以下のように選出した。共同代表・中岡基明全国一般全国協議会中央執行委員長、長谷川武久全日建運輸連帯労働組合中央執行委員長、柚木康子全石油昭和シェル労働組合副委員長、田宮高紀全統一労働組合中央執行委員長。
 財政(会費・カンパのよびかけ)、シチズン田無本社などへの要請・抗議を毎週のように行う行動提起、闘争アピールの朗読が行われ、満場の拍手で承認された。総会は韓国式の「闘争!」のシュプレヒコールと日本式の「団結がんばろう!」で全員の闘争の意思を確認した。
 この後、韓国シチズン労組は十月四日、五日と銀座・数寄屋橋前でアピールをした。
(M)


韓国シチズン副委員長・金基善(キム・ギソン)さんの決意表明から

 闘いが八カ月になっている。シチズンとの闘いはグローバリゼーションとの闘いだ。多くの弾圧を受けてきた。血書で団結を固めてきた。実は今日は勝利の報告集会の予定だった。しかし、交渉は決裂した。組合に対して、弾圧し続けるということだ。皆さんの支援が必要になっている。韓国スミダの闘争の時、多くの支援を受けた。さらなる支援を要請したい。法律的なしばりもかけられている。必ず勝利すると信じている。国際連帯こそ勝利に近づく道である。新自由主義・グローバリゼーションの攻撃は決して他人ごとではない。この嵐と闘っていかなければならない。不道徳なことは許してはならない。もっと多くの人々に知らせなければならない。ハチマキに書いてあるように生存権を守ろう。どのように弾圧されても、鉄は叩かれれば叩かれるほど強くなるが労働者も同じだ。勝利のために旗をあげてゆこう。
(発言要旨・文責編集部)

会費・カンパ 団体1口5000円1口以上/個人1口1000円3口以上
振込先中央労働金庫本店営業部普通口座番号1136931「韓国シチズン労組を応援する会事務局鳥井一平」
b韓国シチズン労組の闘いについてはレイバーネットのウェブサイト http://www.labornetjp.org/worldnews/korea/jkconflict/citizen



日朝首脳会談から1年━拉致問題、核開発と戦争、朝日正常化を考える

「在日」と日本人による市民討論会で活発な議論
さらに広い論議の積み重ねを


 九月二十七日に東京・星陵会館で「9・17(日朝)首脳会談から一年/「在日」と日本人による市民討論会」(主催・実行委員会)が開かれ二百人あまりが参加した。
 この討論会は昨年9・17以降、ピョンヤン宣言が発せられたにもかかわらず日本人拉致事件が明るみにされることによって険悪化の一途をたどる朝日関係を憂い、こういう時だからこそ在日と日本人がこの状況に対する率直な意見や問題提起を交わして「うわべだけでない本当の信頼関係」を模索し、築き上げていこうと企画された。
 討論会は三つの議題(拉致問題をどう考えるか/北朝鮮の核開発と戦争の危険をどう考えるか/真の朝日正常化への展望は)を設けて進められたが、やはり未解決の拉致問題、日朝間の歴史清算についての発言が多くを占めるものとなった。
 拉致事件については、「他国を一度も侵略したことなどないことを民族の誇りとしてきた在日にとっては早くこの事件を解決し誇りを取り戻さなければ」「あってはならないこと。金総書記は謝罪したが、でっち上げだといって私たち在日ををだまし続けた朝鮮総連はどうして謝罪しないのか」「北朝鮮に残されている拉致被害者の家族を日本に帰すのは当たり前のことだ。私たち在日自身が母国が少しでも良くなるようにすべき」「在日として日本、韓国、北朝鮮には是々非々の態度を貫きたい。解決のためには行動が必要であり北朝鮮にどうアプローチするかともに考えよう」という解決を求める在日韓国・朝鮮人の相次ぐ意見の一方で、植民地支配の歴史の未解決、マスコミによる排外的な北朝鮮報道、日朝間の歴史や在日韓国・朝鮮人についての日本人の無知・無関心のあまりのひどさを指摘する意見も次々と出された。
 また民族学校教師からは拉致事件報道から派生して教育現場では児童・生徒たちにどのような心理的被害がもたらされているかが語られ、北朝鮮帰国者の生命・人権問題に携わる運動団体からは帰国事業で北朝鮮に渡った九万三千人の人たちの問題にももっと関心を持つべきだとの提起もあった。日朝国交交渉については日本からの一方的な恩恵論で語られることの誤りを指摘し「長い目で見れば日朝間の歴史を元に戻すという時代の流れ」の中で取り組むべき課題だとの指摘もあった。
 一方で「9・17以降に朝鮮学校では安全のために集団で登下校しているというが本当とは思えない」(拉致事件救援運動関係者)だとか「あの日本の天皇にも匹敵する金総書記が拉致事件を認め謝罪したことの意味は大きく、そのことを素直に受け止めるべきだ」(元社民党国会議員)といった、日朝問題、在日問題、北朝鮮問題の現実を理解していない意見までもが出された。
 世代を超えて、立場を超えて、それぞれが発言し、日朝問題をめぐって日本人、在日の市民レベルでどのような意見があり、その一致する側面と一致し得ない側面の両方が明らかにされ、何が課題なのかも意識化されただろう。端緒の段階にあるけれども、日朝間の現状はこうした討論会の積み重ねを必要としていることを実感させる集いとなった。討論会にはつきもののヤジと思われるような発言は最後まで皆無であった。(A)


資料

「北朝鮮へのまなざし」を考える連続講座


 七月二十日に「拉致被害者・家族の声をうけとめる在日コリアンと日本人の集い」を無事なし遂げた私たちは、そこでの成果と反省を踏まえ、今後どのような取り組みを行うべきかについて、二度の話し合いをもちました。その結果、まずできる活動として、十月から「北朝鮮へのまなざし」を考える連続講座を行うことを決めました。
 私たちの行く手に横たわる緊急かつ重大な現実的課題を前にして、勉強会とはいかにも迂遠ですが、課題が大きいのであればなおさら、目前の事象のみにとらわれず、過去・現在・未来へとつながる広い視野と展望のもとに、物事をじっくり考えてみたいというのがその趣旨です。
 取り上げるテーマは様々ですが、いずれも私たち日本人や在日コリアンがこれまで北朝鮮(ひいては韓国・朝鮮・在日全般)とどう向き合い、どんな経験を蓄積してきたのか、その過程でどこに誤りがあったのかを歴史のなかに求め、それとは異なる新たな未来の創造を模索するものにしていきたいと思います。
 また、「集い」のなかで私たちが基本姿勢として打ち出した、人道主義的で普遍的な視点に貫かれた話となるはずです。
 第1回「朝鮮問題と私……40年の歩みから」
第一回目は、実行委員会代表の一人である鈴木啓介さんに、自分と朝鮮問題とのかかわりを振り返っていただきます。
 一九六〇年代以来四十年におよぶ朝鮮や在日コリアンとのかかわりのなかで、どのような出会いや発見があったのか、またいま何が問われているのかなど、ご自身の半生を総括する形で、冷静な分析と率直な心情の吐露があるものと思われます。
講師 鈴木啓介(〈多文化共生をめざす〉在日韓国朝鮮人生徒の教育を考える会世話人・都立新宿山吹高校教員・`7・20集いaよびかけ人)
10月18日(土) 午後6時半/ところ 日暮里ひろば館(JR山手線日暮里駅北口より徒歩5分・ひぐらし小学校前)東京都荒川区西日暮里2-10-9 電話:03―3801―7208
資料代 500円(高校生以下無料)
連続講座これからの予定
第2回 11月29日(土) 太田昌国 『「拉致」異論』(太田出版)を出版して
第3回 12月20日 小池和彦 北朝鮮関連本からみる日本の言論状況
第4回 1月24日 高柳俊男 映画『海を渡る友情』から北朝鮮帰国事業を再考する
第5回 2月21日 西中誠一郎 マンホール画家・ツ良奎のみた韓国・日本・北朝鮮
第6回 3月31日 呉崙柄 私の歩いてきた道
 いずれも6時半より、場所は未定。ホームページで随時告知いたします。問い合わせはメールでお願いします。
ホームページ
http://tsudoi0720.at.infoseek.co.jp/ 
Eメール:tsudoi0720@lycos.jp

拉致被害者・家族の声をうけとめる在日コリアンと日本人の集い報告集 500円

 七月二十日、「拉致被害者・家族の声をうけとめる 在日コリアンと日本人の集い」が開催された(「かけはし」8月4日号既報)。この集会の報告集が自費出版された。
 金正日政権による拉致被害者の家族、有本明弘さん、横田滋さん、横田早紀江さんの話と、在日コリアンの発言を、集会に忠実に報告集としてまとめもので、貴重な記録だ。
 パンフ目次。
 開会のあいさつ/鈴木啓介
 拉致被害者家族の思い/横田滋さん 横田早紀江さん 有本明弘さん
 在日コリアンの一人として/呉崙柄 朴来洪 李福子 呉文子(代読) 朴保(歌と語り)
 結びのことば/高柳俊男(法政大学・朝鮮史)
 `集いa実行委員会に寄せられた声/【資料】新聞報道 集会前・集会後/【資料】 集会当日配付資料より
 郵便振替口座に、冊子代金と送料をあわせて入金を。
口座番号 00180―3―462684 加入者名 鈴木倫子 冊子代金 1冊 500円(10冊以上 400円)送料1冊・210円



「昭和の日」の参議院での採決に反対する

 四月二十九日の「みどりの日」を昭和天皇裕仁を賛美する「昭和の日」に変更する祝日法改悪案が、延長されたさる七月の通常国会で衆議院を通過し、継続審議となった。この天皇制賛美に貫かれた法案の臨時国会での参議院可決・成立に反対するために、反「昭和の日」プロジェクトが天皇制や「日の丸・君が代」の押しつけに反対する人びとによって呼びかけられ、三十一団体、二百十五個人の連名で以下のアピールが参議院議長などに九月三十日に送付された。(編集部)
 四月二十九日の「みどりの日」を「昭和の日」とする祝日法改正案は七月十七日衆議院本会議で採択されている。共産党と社会党のみ反対、三年前いったん廃案になった時、反対した民主党は賛成にまわった。一人が反対、二人が途中退席、五人が欠席・危険した。民主党の造反者の出現がマスコミで話題になったが、記者会見した菅代表は「皇室を尊敬していくという我が党の基本的姿勢と矛盾があるとみられないように、という政治的配慮からの判断」とあきれた説明をしている。
 第百五十七国会の参議院で採択されてしまえば、この「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」ための「祝日」は成立してしまう。
 私たちは昭和天皇の誕生日を「昭和の日」とし、ヒロヒト天皇とその時代を祝うことに反対する。議会内政党の反対論は「昭和」といっても戦前(中)と戦後は大きく違う、平和の時代の象徴天皇は祝えても、戦争の時代の天皇は素直に祝えない、という論理である。私たちは、あの天皇の軍隊による植民地支配と侵略戦争の時代の「昭和天皇」はもちろん、その戦争責任をまったく取らずに戦後に延命し、アメリカの意向にコントロールされた戦後国家(日米安保体制)づくりに政治的に動き、今日の戦争国家日本への道を準備した、象徴天皇制下(戦後)の「昭和天皇」をも祝おうとは思わない。
 だから、環境問題に心をくだく天皇(皇室)のイメージづくりのためにつくられた「みどりの日」が五月四日の「国民の休日」として残されることにも反対する。
 考えてもみよ。戦争は最高最大の環境破壊であり、天皇制はその戦争の元凶であり続けているのだ。
 参議院の採決に反対しよう。
 反「昭和の日」プロジェクト
 連絡先:東京都新宿区上落合3―15―1―301 落合ボックス気付FAX03―3368―3110 03―3234―4118


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