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「日の丸・君が代」強制をはねかえせコンサートとデモ |
【神奈川】二月二十四日、「日の丸・君が代」の法制化と強制に反対する神奈川の会の主催で「日の丸・君が代」強制をはねかえせ2・24コンサート・デモが取り組まれた。同会は、国旗・国家法制定後の二〇〇〇年二月に横浜・桜木町で行われた強制反対のリレートークを行った際、右翼の執拗な妨害と神奈川県警のずさんな警備が原因でデモ行進を中止に追い込まれた。それから二年、この日も同様に右翼が大挙して介入しようとする事態になったが、約百人の参加者はものともせず集会とデモをやり抜いた。
横浜市従会館で行われた集会では、司会の中森圭子さんが「強制に対して沈黙するのではなく、少しでもものが言える場所を作っていこう」と呼びかけてスタート。教育労働研究会の外山喜久夫さんが高等学校の現場から「いまは歌を歌うかどうかではなく、歌の歌い方、旗の揚げ方にまで県教委の『指導』が介入してきている」と報告。
川崎の村松ゆりこさんからは韓国人として学校に通う子どもの保護者として、卒業式での「日の丸・君が代」強制の中止を求める要望書を当該校長に提出し、川崎という地域でも公務員の国籍条項のさらなる撤廃と日立就職差別事件などの問題に地道に取り組んでいるとの報告があった。
続いて非核市民宣言運動ヨコスカの新倉裕史さんがまず、二月十二日の自衛隊補給艦「ときわ」横須賀基地出港時に自衛官の家族などの見送りをうつした写真を示しながら、「この写真の中で日の丸の小旗を振っている見送りの人間は一人もいない。自衛隊員というと日の丸賛成というイメージがわれわれにあるが、この時、自分の家から自発的に日の丸を持ち出して見送りに出た人がいない、という事実に着目するような発想の転換が必要ではないか」と問題を投げかけ、この二十四日に三百十三回目の市内月例デモの日を迎えることも紹介しながら、「このデモも少ない人数で歩きながら石を投げられたり、唾を吐きかけられたりして自分たちは非国民なんだという思いに押しつぶされそうな時もあったが、ある時からどれだけ少ない人数でデモをするかということに楽しみを見いだすようになって、デモが質的に充実してきた気がする。地域でも、『デモの日と重なるから祭りの日程を変えた』と言ってきてくれた人がいたり、米軍基地のゲート前では、米軍人の家族から何回かエールを送られたり、デモに参加しない人にもデモの効果が定着してきているのを感じる。タフに行動しようということより、私はゆったりとやっていきたい」と話し、国家が強制する暴力に対峙していく上での、一つのヒントを示した。
緊急アピールでは、公安警察の不当逮捕による九カ月の拘留を経て、保釈された千葉学校労働者合同組合の渡壁隆志さんが「権力はターゲットを捕まえてから容疑をでっち上げる『つくる会』だ」と訴えてカンパ要請。
コンサートには趙博(ちょう ぱく)さんが登場。有名な漫談「君が代尽くし」で君が代のパロディーを多彩に披露し、大阪、広島で国旗・国家の強制に伴って起きている事件についてもコメントした。国家権力に連なるものを徹底的に野次り倒し、軽妙に語り、権力に痛めつけられてきた民衆の思いを叙情と躍動にあふれるメロディーに乗せて熱唱する趙さんに会場からおしみない拍手が寄せられた。
コンサートの余韻を胸に、デモへ出発しようとする参加者に対し、会場の向かいにある伊勢山皇大神宮への参拝を済ませ、日の丸の大旗を数十本掲げてナチスばりの儀式を行っていた、右翼団体構成員約五十人が罵声を浴びせかけてきた。そして、彼らはデモコースを先回りしては集団で体当たりを試みたり、対向車線から四十台に及ぶ街宣車を使って、大音量で「日本から出ていけ」などと、がなりたてた。他にも参加者が持つプラカードを奪う、「君が代を斉唱する」などの嫌がらせを繰り返した。
しかし、参加者はこうした妨害にもかかわらず、き然として「日の丸・君が代を強制するな」「政府、県教委は思想・良心の自由を守れ」「戦争動員のための歌や旗はいらない」のシュプレヒコールを桜木町・日ノ出町一帯に鳴り響かせ、デモを貫徹した。
この日、右翼は街宣車から「反日団体横浜市従」という誹謗宣伝を繰り返し行ったが、このように天皇制のあり方に異議を唱える集会に会場を貸すことができないように目論んだ妨害がこれまでも神奈川県内で行われてきたし、これからも行われる可能性が強い。こうして右翼が街頭に堂々と登場する状況に対しては、国家による強制を拒否する大衆的な反撃によってのみ食い止めていくしかない。
また、デモの規制のために四百人を動員した神奈川県警・機動隊は、表面上右翼の暴力を規制しているかに見えるが、私服警官はデモ参加者に「早足で歩け」「右翼を挑発するな」などと筋違いの規制を押しつけようと躍起になっており、実際は警察当局が右翼団体を利用して強制反対のデモに不当な規制を加えようとしているとしか考えられない。ワールドカップ開催を直前に控えて、「日の丸・君が代」強制反対のデモの妨害をかねて行われた警察・右翼合同の一大デモンストレーションに強く抗議する。
そして、文部省を先頭に強引に実行される、「日の丸・君が代」の学校現場などでの強制に抗して、「日の丸」は揚げない、「君が代」は歌わない、という当たり前のことをどのように主張していくのか、各地でさまざまな試みを行っている人々と連帯していくことが必要だ。ますます民衆を戦争へ動員しようとする圧力を断ち切るために、「日の丸・君が代」の強制がまかり通る状況をぶっちぎっていこう。 (海田)
山本校長による卒業式「君が代」強制に反対する札南生の闘い
札幌弁護士会が人権救済の勧告
【札幌】一九九九年の国旗国歌法施行後、学校への「君が代・日の丸」完全実施を道教委がすすめるなかで、「君が代・日の丸」を実施しない学校が、一昨年の五十七校からいっきに九校へと激減した。
札幌南高ではこれまで、卒業式・入学式で「君が代」が歌われることはなかった。しかし、二〇〇一年四月一日山本宇衛が校長に赴任して事態は一変した。道教委の完全実施方針の意を受け、九月二十日の職員会議で卒業式「君が代」実施を山本校長が表明した。
南高新聞が行った「君が代実施」に関する全校生徒調査で八四%が「実施すべきでない」という圧倒的反対の声のなか、十二月五日に百五十人の生徒が参加し、第一回意見交換会が山本校長と持たれ生徒の多くから「実施反対」の声が上がった。
十日にも第二回の意見交換会が百三十人の参加で持たれた。「君が代を南高で行う必要性を説明してほしい」という参加者の疑問に対し山本校長は、「学習指導要領を守る職責がある」「平行線の議論は意味がない」と居直り、一方的に話し合いを打ち切り、十二日の職員会議で多くの教職員の反対意見を無視して卒業式での「君が代」実施を決定した。そして十三日、「卒業式における国歌の取扱いについて」という文書を配布。全校生徒に「君が代」実施を宣言する。
これに対し生徒十二人が「日の丸・君が代に反対する有志の会」を作り、生徒大会実施へ向け署名活動を開始。五百六十三人の署名を集め、二十五日に生徒大会を予定するが定員数に充たず流会。生徒集会に切り替え「日の丸・君が代強制反対決議」を三百人の賛成で採択した。また、札南高三年の一人がホームページを作り、その中で議論が行われ、ブルーリボンの着用などが呼びかけられている。
三月一日の卒業式が迫るなか、二月十四日には札幌弁護士会が、昨年十二月二十八日に札南高三年生十人が出していた人権救済の申し立てを認め、子どもの権利条約に基づき「山本校長は君が代斉唱の実施決定の過程で、生徒に対し十分に意見表明、参加の機会を設けなかったほか、納得を得られる説明などもしなかった」「実施反対の意見が尊重されず、子どもの権利条約で認められた意見表明権を侵害した」として「さらに十分な説明と協議を行い、納得を得られるよう最大限の努力を続ける」ことを勧告した。これは、二〇〇一年の埼玉県所沢高校に続くものであろう。
札南高山本校長は、二月十九日付北海道新聞のインタビューで「学校としては生徒の人権侵害をしたとは思っていない。現時点では卒業式で国歌斉唱を行う考えにかわりはないが、勧告の内容については今後教職員と話合い、対応を考えたい」と答え、あいも変わらず生徒との対話を拒み「君が代」を強行しようとしている。
二月二十五日付北海道新聞の特集で鎌田唱市道教委育長は「札幌弁護士会の勧告は、君が代斉唱がだめと言っているのではなく、あくまで手続き上の問題だと受け止めている。だから、生徒との意思疎通が不足だったということ。ただ、どこまで話をすればいいのか。難しいが、できるだけ、学校側が生徒に理解を図ってほしい。また、卒業式の場で、生徒に対しては『内心の自由』『表現の自由』は認める必要がある。しかし、教員は指導する立場だ。座ったままなどというのは、態度としてふさわしいのだろうか」と述べた。居直りだけではあき足らず、さらに教職員への脅迫をするしまつだ。
一月十九日には札幌南高校長宛に、「君が代・日の丸」の強制と法制化に反対する札幌市民の会が申し入れを行い、二月には「日の丸・君が代」に反対し行動する会が札南高生にビラ入れを行った。二月九日には、「かでる二・七」に於いて七十余人が参加し、教育にこそ民主主義を!市民集会が行われ、「日の丸・君が代」に対する闘いが教育現場を地域で包み込むかたちで作られる重要性が十勝や小樽から報告されている。
札幌では、昨年のホワイトドーム完成以降、ドームで行われるプロスポーツの試合のたびに「ホワイト・ベリー」、地味なところで「山本潤子」など北海道出身の歌手・バンドによる「君が代」が演奏され、札幌市教委は、「日の丸・君が代」の完全実施を業務命令として通達するなど気持ち悪い状態が、これでもかとやられているが、高校生も力一杯闘っている。闘いはこれからも続く。(田川)
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