かけはし重要記事

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「38度線が消える日」は近づきつつある        かけはし2003.1.1号より

朝鮮半島情勢の展望と課題

日朝交渉をめぐる状況をどうとらえるか

 〇二年、朝鮮半島は大きく動いた。金正日はルビコン河を渡ったのであり、もはや後戻りは出来ない。〇三年は三八度線なき朝鮮半島の未来像をどのように描いていくのかをだれもが問われる年となるだろう。
 「南北統一」に連帯・呼応する日本労働者階級の闘いを、理想像からではなく突きつけられた現実の中から展望していかなくてはならない。朝鮮半島からユーラシア大陸の各エリアへと陸路で連結される時代の到来は見えてきたのだ。朝鮮、中国、ロシア、モンゴルの、そして少数民族間の国際(族際)協力は緊密化していくだろう。
 その時、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)との国交すら正常化できず、ロシアとの戦後処理(領土問題)すら未解決で、中国を「シナと呼べ」と遠吠えする都知事を頂くこの国が惨めな歴史の阻害物としてその流れからうち捨てられるのは明らかだろう。こうした流れの中、〇三年の朝鮮半島はどう動くのだろうか。

日朝交渉とピョンヤン宣言

 九月十七日に日朝両政府が署名したピョンヤン宣言は条文第二項において、植民地支配に対する日本の謝罪と補償を放棄し、日本による経済協力を明記することで過去を清算することなく抹殺した。六五年当時に「日本の謝罪と補償」を求める韓国人民の民族的闘いの中でこの声を無視して日韓条約締結が強行されたように、ピョンヤン宣言は九〇年代以降に高まった旧日帝の戦争犯罪を暴露する運動、北朝鮮をはじめとする海外や在日の戦争被害者の「謝罪と補償」を求める運動の高まりを足蹴にした。
 再開される日朝交渉は、日本の朝鮮植民地支配の実態と戦争犯罪を暴く残された数少ない外交(国交交渉)舞台となる。「日朝間の不幸な過去を清算し、懸案事項を解決し、実りある政治、経済、文化的関係を樹立」するとしたピョンヤン宣言冒頭の趣旨を真に意味あるものに転化するために、日朝交渉の舞台を日本による謝罪と補償を明記した日朝協定へと高めていかなければならない。戦後補償運動へのより積極的関わりが求められる。
 またピョンヤン宣言の三項、四項で確認された「互いの安全を脅かす行動はとらない」「北東アジア地域の平和と安定を維持・強化する」という条項は、北朝鮮の核兵器開発や軍拡に反対するためにのみ明記されているわけではない。単独行動をほしいままにする世界の憲兵アメリカ帝国主義の軍事同盟国である日本に対してもその行動に平和の順守を求めている。この観点から私たちはアジアの平和を脅かす対米追随の日本の軍事・外交路線に反対し、北朝鮮の核兵器開発に反対する。

始まった金正日最後の闘い

 北朝鮮にとって昨年は経済危機打開、産業基盤再建に向けた動きが顕著となった年でもあった。しかしこの動きも韓国を始め周辺諸国に全面依存したいまだ形式的整備の段階にあり、その実質と成否はこれから問われることになり、金正日による軍事と外交のもてあそび、緊張激化政策はこの流れと到底相容れないものであることが本年にはより明確になるだろう。
 韓国との南北経済交流は開城や金剛山での経済特区建設、経済協力に向けたさまざまな実務協議の開催、鉄道・道路連結工事とそれに伴う非武装地帯での地雷除去作業の同時着工、韓国や東南アジア諸国への経済視察団派遣など、昨年後半からにわかに活性化してきている。また ロシアとの間では金正日の二度にわたるロシア訪問を経て主に鉄道インフラ再建に向けた全面的協力支援を取り付けるなど依存関係を深めている。中国との間では新義州での経済特区建設が九月のヤンビン騒動にもかかわらず既定方針として進められ、また亡命防止のため一時は減少傾向にあった中国への研修留学者も増大に転じ五百人を超えると言われている。
 しかしこうした金正日の国家再建路線も対米、対日関係の正常化という整った国際環境の下でのみ実現可能な選択なのであり、再開して間もない日朝国交正常化交渉の中断、核兵器開発をめぐる米朝協議の決裂と朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)による重油提供の凍結、この問題での中ロの対米協調という深刻な現実を前にしてはプラン事態が土台から揺らぎ始めている。金正日による軍事と外交のもてあそびがどこまで続行されるかによって今年の朝鮮半島情勢はおおきく変化するだろう。

「米朝対決」の構造と行方

 クリントン前政権時代に好転の兆しを見せていた米朝関係はブッシュ政権登場以降、「9・11」を決定的契機としてアメリカによる一方的な「北朝鮮・悪の枢軸」規定が打ち出されることによって冷却化し、北朝鮮側の対米不信が強まる中での米朝協議再開となった。協議は最初から難航が予想されたものであり、再開冒頭からの核兵器開発疑惑をめぐっての協議決裂は対立の構造をむしろ早期により明確にするものとなった。
 今日の時点から振り返ってみると、昨年十月冒頭の米朝協議決裂から二週間の沈黙の後にアメリカが突如暴露した「北朝鮮の核兵器開発」、さらにその十日後の北朝鮮による米朝不可侵条約の提起(核兵器開発については触れず)と続いた状況は、米朝がともに情勢の推移をにらみながら水面下での駆け引きを展開していることを示唆している。
 「協議の場で米国特使が濃縮ウラニウムによる核兵器開発の証拠があると言って真相を明らかにせよと迫ったが施設に関する証拠は示さなかった。そこで姜第一外務次官が濃縮ウラニウムの方法による核兵器よりそれ以上のものも作るようになっていると言い返した」(11月29日、北朝鮮外務省アジア局副局長)と言う応酬が発端となり、この核兵器開発問題については「米国が持ち出しているわれわれの核開発自認とは米国特使が帰国後に恣意的に用いた表現であってあえてそれについて論評する必要を感じない」(12月12日、北朝鮮外務省の核施設再稼働に関する談話から)と言うのが現時点での北朝鮮政府の公式姿勢である。
 明らかなように外交戦術として核兵器開発を明確に否定も肯定もせず、疑惑そのものをより焦点化させようとしている。金正日のこうした軍事と外交のもてあそびに対しては「北東アジア非核化」のためのイニシアチブを発揮することを要求し、米帝ブッシュに対しては「悪の枢軸規定」撤回による米朝協議再開を要求しなければならない。
 現実に進行している事態は北朝鮮による核施設再稼働の意思表示と九四年米朝合意破棄への揺さぶりという、一見「深刻な事態」であるかのような外観を呈しているが、米朝双方ともこうした局面の到来(演出)はあらかじめ織り込み済みであり、しばらくは外交次元での「米朝対決局面」がさらにエスカレートしていくだろう。核査察受け入れ後も対イラク武力侵略を公然と唱えて軍事作戦配置に就いている米帝ブッシュが、一方で北朝鮮には「外交努力による平和解決」を唱えるダブルスタンダードの裏で、最終的には外交的大局判断へと転換する北朝鮮外交の戦術は読み解かれているだろう。私たちが備えるべきは新たな米朝合意という局面到来の中での東アジアの未来についてである。

金正日最後の闘いの結末は

 再開された日朝国交交渉、そして米朝協議がともに中断・決裂するという事態の中、経済破綻の中から国家再建を図ろうとしている金正日にとってはどのような解決の展望があるのか。
 明確にしておきたいのは、金正日とその側近グループにとって二千万人(北朝鮮の総人口は二千三百万人)の人民の未来は何ら考慮されておらず、ただただ金王朝体制の延命と一族の財閥化にのみ関心が注がれていることだ。慢性的な食糧危機にさらされている二千万人民の苦難にいささかでも思いを致すなら、人道支援にすら支障をきたし中国、ロシアさえ離反するような外交選択などあり得ない。出身成分分類によって核心(忠誠)階層から除外された北朝鮮人民は、王朝国家の単なる奴隷・棄民に落とし込められているがために、すぐる八〇年代から慢性的な食糧不足と飢餓状態を余儀なくされ続けている。今日における北朝鮮脱出者らのおびただしい証言は、この厳然たる事実を離れて北朝鮮国家を語ることをもはや許さない。
 どのようなプロセスをたどるにしろ、金王朝一族の延命という最後の一点が確保できるなら、その後の対米、対日交渉とも急激な局面転換を伴って事態は進行するだろう。これが金正日の計算づくの外交戦術、北朝鮮に残された選択肢だ。
 また韓国では今年二月に民主、ハンナラのどちらが新政権に就こうとこれまでのソフトランディング路線をゆるがせにはしないだろう。朝鮮半島の平和定着への願いは、何よりも筆舌に尽しがたい朝鮮戦争の惨禍をくぐったこの地に生活する人々自身の切実な願いだ。長期的視野に立てば、現下の南北交流活性化はやがては韓国への全面的依存関係へと移行し、金王朝は実質的に韓国政府によって特別に保護された特殊な政権実態へと変容していくだろう。
 その暁には現代やサムスン、LGと並んでキムジョンイルという名の新興財閥が名を連ねているかもしれない。朝鮮半島を取り巻くさまざまな外交因子からすればあまりにも楽観的に思われるかもしれないが、これが残された現実的展望であり、やがて私たちは押し寄せてくるこうした局面にどう向き合うかが問われることになるだろう。

拉致事件全面解決のために

 九月十七日の日朝首脳会談に朝鮮半島の未来と日朝間の歴史清算の願いを託した人々の期待は、金正日の拉致事件謝罪と被害者八人の死亡が伝えられる中で霧散したかのように見える。しかし前世紀百年間の日朝関係の歴史と日本の戦争責任が霧散することなどはあり得ず、ピョンヤン宣言はとりあえずその解決の場を提供するものとなった。
 9・17以降から今日までの経過を振り返る中で、メディアによる日朝間の歴史を省みない拉致事件報道ラッシュによって在日朝鮮人の存在自体が危うくされるというもうひとつの事件被害が作り出されているという状況に対する反撃の闘い、日本に対する戦後補償運動を進めることと、金正日による拉致事件徹底追及の立場に立つことは一体のものであることを自覚した運動の取り組み、の二点が意識されなければならない。
 また大衆運動次元においてそれぞれが個別に糾明されていく闘いの中に歴史背景論を持ち込んで比較・軽重を論じること自体が、戦争被害者と拉致被害者双方を愚弄する根本的に間違った態度であることを自覚し、自戒し、促していくことだ。いまだ日本という国が朝鮮・中国をはじめアジアの人民から「歴史を悔い改めない」傲慢で許せない国家として断罪され続けている責任を明らかにしていくことと、金正日による拉致事件徹底追及の闘いそのものはまったく別個の事柄である。ともに許すまじき戦争犯罪であり、国家権力犯罪であり、徹底解明し、徹底追及し、責任を明確化し、(処罰・補償)する、という姿勢を貫こう。
 拉致事件解明のための当面の課題は、まず生存被害者の原状回復が原点であり、この単純にして明快な原点をあいまいにした論点の拡散(五人戻せ論/報道の自由論/国交優先論)は最小限にとどめるべきだろう。原状回復とは分別と常識に属する事柄であり、政府サイドが、あるいは右派が、左派が主張しているからといった次元に解消されるような問題ではない。むしろ「北朝鮮は特異な体制の国だから」といった「迎合的」俗論の中にこそ新たな蔑視と差別が潜んでいる。
 「日朝間の立場の差異などは二の次だ。わが共和国の尊厳を尊重しない中で問題を協議しても何の進展もない」――十一月末に日本メディアに対して語った北朝鮮外務省当局者のこの言葉は率直に北朝鮮政府の外交スタンスを言い表している。「尊厳」ひいては自尊心・体面となるが、このキーワード(殺し文句)を読み解いて打開策を練ること、その前途に局面打開の方策が見えてくるだろう。

38度線なき朝鮮半島の展望

 〇〇年6・15南北首脳会談から今日までの流れは、開始された南北交流が形式はどうあれ、その実態において北朝鮮が韓国の社会・経済に深く組み込まれつつあるプロセスでもあることを示している。南北共同事業の象徴とされる北朝鮮・金剛山の観光開発事業一つをとってみても、資金調達、施設建設と運営、交通手段確保、観光客誘致と事業展開全般を韓国が請け負い、北朝鮮が提供しているのは土地(観光エリア)と監視要員のみと言うのが実情だ。
 南北間で新たに合意されている北朝鮮・開城地域での経済特区建設、現代財閥による工業団地建設、鉄道・道路連結事業などほとんどすべての共同事業は、インフラ整備から物流システム確立まで同様にすべて韓国が背負わなければならないことになるだろう。しかし北か南かと競合的に見る時代はもはや過ぎ去ったのであり、南北朝鮮の独自の民族事業としてその発展の将来性と展望こそ着目されるべきだろう。もはや北朝鮮は産業基盤領域において韓国に組み込まれる形で「一体化」するしかない状況にある。
 一方、昨年は中国主要都市で北朝鮮脱出住民の外国公館への駆け込み・亡命事件が相次いで決行され、九五年以降の中朝国境地帯での北朝鮮難民 急増の実態が明らかになった。この地域での北朝鮮難民は少なくとも十万人に達すると指摘され、北朝鮮から韓国への亡命者は昨年一年間だけで倍増して千人を突破している。私たちはこうした事態を一瞥して「北の崩壊をねらったもの」「企画された亡命」などと冷やかに論評する人々の見解よりも、現地で見聞した北朝鮮食糧事情の窮状、一家離散も顧みず命がけの亡命を余儀なくされている北朝鮮人民の生き延びるための必死の闘いを伝える現地レポートを徹底的に重視する。私たち自身の連帯しようとする姿勢自身が問われてくるだろう。

日朝交渉めぐる情勢と課題

 昨年十月に再開された日朝国交正常化交渉は「拉致被害者家族帰国」・「北朝鮮核開発」問題を優先させようとする日本側と「経済協力」問題を優先させようとする北朝鮮側との間で協議が平行線をたどり、とりあえずは合意された次回交渉再開、「安保協議」開始の日程も未定のまま実質的には決裂状態に陥っている。求められているのは双方がピョンヤン宣言合意の原点に立ち返ることであり、協議再開が時代の要請ともなっていることを自覚することだろう。
 私たちは日朝交渉の場において、「日朝間の不幸な過去の清算」が真剣に論議され、日本による謝罪と補償をその実質とする日朝国交によってのみ未来が切り開かれることを確信している。日本側はこの課題を短絡的な経済協力論議へと集約するべきではなく、また北朝鮮側は金正日が牛耳っている「軍事と外交のもてあそび」路線が国交交渉の流れに背くものであり、国交交渉に思いをよせる日本の労働者市民にすら不信感をもたらしていることに気づくべきだろう。
 アメリカは六〇年代にアジアでの反共防衛ライン構築のために当時の日韓国交交渉プロセスに介入し、終始一貫して「謝罪と補償」を求めていた韓国に対し早期妥結の圧力をかけ続けた。そして日本は逃げを打ち、韓国は煮え湯を飲まされ、ベトナム派兵まで求められた。そして今日、アメリカは日朝国交交渉プロセスにも介入しようとしている。
 九七年からつかんでいたとされる「北朝鮮核開発疑惑」を日朝交渉再開の直前に突如として「暴露」し、アメリカの国益に沿わない国交交渉は阻止する意図を露わにした。同様に南北交流プロセスに対しても極めて冷笑的で牽制的姿勢を隠さない。国交交渉の中断はアメリカの帝国主義的介入を増大させ、対アフガン、対イラク武力侵略で露わになった単独行動主義を東アジアの地にも呼び込むことになるだろう。
 国交交渉を取り巻くこうした状況を日朝はともに自覚すべきであり、誠実に交渉再開に努めるべきである。そして私たちは朝鮮植民地支配に対する「日本による謝罪と補償」実現のための大きな仕事に取りかかろう。   (荒沢 峻)


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