| 韓国はいま ユ・スンジュンとオ・テヤン
かけはし2002.2.18号より |
一人は国民すべてが知っているというほどに名の知られた歌手だ。特に彼は最近の若手の歌手の中では珍しく、青少年たちから中年にまで至る幅広い年齢層から愛されている。別の一人は仏教の持つ共生と平和の精神にしたがって生きていこうと努力している平凡な青年だ。彼は早くから日の当たらない場所で苦労している人々のための自発的な奉仕活動を生活の一部にしてきた若者だ。ユ・スンジュンとオ・テヤン。この二人の青年が、韓国の男子ならばだれもが行かなければならない所と考えている軍隊に行かない、との選択をした。
社会の「合意」の屈服か拒否か
ユ・スンジュンに対する反応は怒りと冷笑とであり、オ・テヤンに対する反応は無関心だ。これは、わが社会の暗黙の「合意」を「回避」したり「拒否」したことに対する国民的感情の表現だと思われる。軍隊に対するわが社会の暗黙の「合意」は以下のように要訳できる。だれが行きたくて行くものか、と。
好むと好まざるとにかかわらず、わが社会がいずれにせよ耐えなければならない苦痛の領域が存在し、こればかりはだれもが公平に分担しなければならないというのが軍隊に対する暗黙の「合意」の情緒的実体だ。ユ・スンジュンとオ・テヤンの選択は、このような「合意」に対する挑戦だと受けとめられており、挑戦者たちは、それにふさわしい対価を支払わなければならない、という「合意」の付則が適用されるだろう。いましがた、私がこの文書を書いているコンピュータ画面でユ・スンジュンという名前を見つけた子どもが一言、ポンと言い放って行った。
「ユ・スンジュンはいまや人気がガタ落ちです」。初等学校(小学校)三年の子どものこの一言はユ・スンジュンが支払わなければならない対価が何であるかを含蓄している。
韓国国籍を放棄して米国の市民権を取得したことによって彼は軍隊問題をきれいさっぱり解決した。法律的には、そう言える。そうは言っても法律がすべてを解決できるわけではない。韓国社会が成し遂げた経済や文化の土台の上で人気や富を享受していた青年が、その社会の構成員ならばだれもが耐えなければならない義務を簡単に「回避」したことに対して、人々は深い裏切り感を持っている。
オ・テヤンが支払わなければならない対価のむごさはユ・スンジュンの「右肩下がりの売れ行き」程度とは比較できない。五年以上の懲役刑、そしてそれにも増した苦痛に満ちたさびしさが彼を待っている。いささかの「右肩下がりの人気」と損害しを甘受することによって軍隊を「回避」したユ・スンジュンと苛酷な不利益を甘受しながらも軍隊を「拒否」しているオ・テヤンは、軍隊に行かないことに伴う損益計算書上の違いほどにも軍隊に対する態度が違っている。
ユ・スンジュンは軍隊に対するわが社会の暗黙の合意について全く異議がないばかりではなく、積極的な信奉者でさえある。彼は常々、「永遠に韓国で生きていくし、身体検査にも堂々と応じて判定通りに軍服務をやりぬく」と公言してきた。そう言っていた彼が突然「米国市民」になって軍隊問題を簡単に「回避」してしまった。
オ・テヤンは軍隊に対するわが社会の暗黙の合意に全く同意していない。軍隊は、共生と平和という自身の信念とは相反する目的を持った組織であるがゆえに、別の形式で兵役の義務に準じる責任を遂行したいと考えている。
彼は今日まで彼が生きてきた生き方の延長線上で一人暮らしの老人たちのための奉仕活動に誠実に取り組んでいる。彼のような生き方をしている人々によって、わが社会の冷たい一隅が少しは温かさを獲得してきた。
オ・テヤンの声に応えるべきだ
オ・テヤンは軍隊を回避するのではなく拒否しているのであり、その拒否を通じて一律的な軍服務形式の変化を要請しているのだ。彼は自らの全存在を投じて、わが社会が持っている軍隊に対する暗黙の合意を再検討してくれ、と要請している。彼は決して共同体に対する個々人の義務や責任を否認してはいない。否認どころか、他のだれよりも隣人や共同体のために献身する意志や覚悟がハッキリしており、そのように生きてきたし、現に生きている。軍隊に対する暗黙の合意に迎合する発言をしてきていて、言いわけがましい理由を言い繕って軍隊を回避したユ・スンジュンとは比較のできない美しさをオ・テヤンは持っている。
いまや応えなければならないのは、われわれの方だ。オ・テヤンのような誠実な青年が監獄ではない所で社会に寄与できる方案を作らなければならない。私がそのように生きていくことはできないとしても、美しい人間が美しく生きていく道を阻まれるのを見て無視するようなことがあってはならない。ユ・スンジュンに向けられた怒りの声が正しいと言おうとするのなら、それよりももっと声を大にして、オ・テヤンの提案に応えるべきだ。子どもらとともに生きて行こうとして教育大学に入学した美しい青年オ・テヤンが行くべき所が監獄しかないというのでは、余りにも悲しいではないか。(「ハンギョレ21」第395号、02年2月7日付、論壇欄、パク・ヒョンソク/小説家)
良心的兵役拒否権確保のために連帯する会が発足
良心的入隊拒否をしてオ・テヤン氏は昨年十二月十九日にソウル松坡区庁から「入隊しなかったのか」との確認の電話を受けた後、城北区にあるホームレスのためのボランティア施設「朝を開く家」に入り、奉仕活動をしている。
オ氏に対する法的な措置は多少、時間がかかるものとみられる。エホバの証言の前例に照らせば入営拒否から拘束まで一〜六カ月かかる。いったん兵務庁が兵役法違反で警察に告発すると捜査が開始される。
オ氏は語っている。「周りの方々が心配しているように、自分の良心を守るために公言していたことが私の自由を縛りつけることにもなるのです。今後も私が言ったことに反することなく生きていかなければならないからです。けれども、いつも仏の教えにしたがって生きていくとの決心をしたがゆえに宣言したのです。恥かしさと至らなさばかりだが、いつもそのことを自覚しようと努力するしかありません」。
昨年十二月二十七日、参与連帯の講堂で平和人権連帯、参与連帯など九団体の主催で「良心に伴う兵役拒否権確保のための市民・社会団体懇談会」が開かれた。オ・テヤン氏の兵役拒否宣言を契機に、良心的兵役拒否に対する市民・社会団体内部の認識を高めるための動きだった。
二時間近い討論の後、主催九団体は、二〇〇二年一月に「良心に伴う兵役拒否権確保のための連帯する会発足」を提案した。兵役に替わる代替服務制の導入を求める十万人署名運動も同時に提案された。今後、この日の懇談会を開催した諸団体を中心に本格的な良心的兵役拒否権獲得のための運動が展開される見通しだ。(「ハンギョレ21」第391号、02年1月10日付)
オ・テヤン氏は正しい
勇敢な人の力になりたい
特定の宗教はないけれども個人的な信念として殺傷に反対し戦争を憎悪し、完ぺきとは言えないけれども菜食をしてきた私にとって兵役の義務は到底、受けいれられるものではありませんでした。そこで私も良心的兵役拒否をしようかと考えては見たものの、国内ではエホバの証人以外に信念上、良心上の理由で兵役を拒否した先例がなかった。しかも兵役を拒否して懲役暮らしをすれば、私自身が社会的に埋葬されるばかりでなく、何の罪もない父母や家族たちにも大変な苦痛が待ち受けていることを考えると、ちゅうちょせざるをえなかった。
信念を貫徹させられなかった私自身にとって嫌悪感を拭いさることはできなかったし、それは今後も続くと思う。これに反してオ・テヤン氏は自らが正しいと信じ、実際にもそのような信念を守るために多くの犠牲を甘受しながらも勇気ある決断を下した。個人的に彼を援助できる方法を探し、私より勇敢な人のために微力ながら力となりたい。(「ハンギョレ21」第395号、02年2月7日付、投書欄、匿名、軍人)
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