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ソルトレークシティー冬季五輪            かけはし2002.2.18号より

「グローバル戦争」の下で始まった国家主義と偽善の祭典


グローバル戦争と一体

 ブッシュ政権による「グローバル戦争オリンピック」が始まった。
 「ソルトレークシティー冬季五輪の聖火リレーは、通過する各州はもとより、米国全体が盛り上がる現象を生んでいる。テロとの戦い、テロからの復活とダブらせた五輪組織委員会(SLOC)の策が成功した。聖火はいまや米国の希望の灯となった。……今回の冬季五輪はすでに、大会前から米国中の人々の意識を変えている。自信、勇気、エネルギー……聖火が大国のパワーを照らす。大会が近づくにつれて、このムードはますます高まるだろう。『競技でもほかの国を圧倒するメダルを勝ちとって、米国が世界一の国であることを見せよう』。一部にはこんな論調さえある」。
 今年一月九日の朝日新聞スポーツ欄のコラム「風」は、「米国色に染まる聖火」という見出しをつけて、オリンピックが迫るなかで興奮が高まっていくアメリカの雰囲気をこのように伝えている。こうした「アメリカの正義と偉大さを世界に発信する」という愛国主義の噴出は、開会式でひとつの頂点を迎えた。
 開会式には、ニューヨーク世界貿易センター崩壊現場で発見され、対テロ報復戦争の象徴となったボロボロの星条旗が掲げられた。この星条旗は、「不屈の自由作戦」と名づけられたアフガニスタン侵略戦争に出撃する米艦隊を送り出す現場で掲げられ、大リーグワールドシリーズではニューヨークのヤンキーススタジアムに掲げられ、テロ犠牲者の名前が会場に大写しされ観客が星条旗の小旗を打ち振る愛国イベントとなったスーパーボウル会場に掲げられ、「テロと闘うアメリカ」への「愛国心」をかきたて大衆の意識を戦争へ動員するシンボルとなってきた。会場にひるがえるこの星条旗を見て、米オリンピック委員会(USOC)会長ボールドウィンは「感極まって涙がこぼれた」と語った。米メディアは「悲劇と正義の旗、会場に」と報じた(朝日新聞2月10日)。
 開会式に先立つ二月七日、ブッシュはイスラエル首相シャロンとの共同記者会見で「われわれに味方するか敵対するかどちらかだ」と述べ、アメリカのグローバル戦争への協力を各国に迫った。その二日後の開会式で国際オリンピック委員会(IOC)のロゲ会長は、「われわれは再びこの偉大な国に集いました。たいへんな悲劇を乗り越えようとしている米国民とひとつになり、世界平和をめざします」と述べた。そしてブッシュは「誇りと決意と感謝に満ちた国家に代わり、開会を宣言する」と述べた。無数の星条旗が打ち振られ、「USA!」「USA!」の大合唱がスタジアム全体に轟いた。
 二メートル以上のフェンスで囲まれた会場を警備するために州兵や警官隊一万六千人が動員され、治安対策費にはアトランタ五輪の三倍を超す五輪史上最大の三億一千万ドル(約四百億円)が注ぎ込まれた。空からのテロを警戒するとして、開会式と閉会式の時間帯は空港を全面閉鎖し、期間中は会場周辺の地域上空七十二キロ平方が全面飛行禁止になっている。ヘリも飛行機も定期便以外は近寄ることもできず、大会組織委員会の治安担当者は「上空を飛ぶ飛行機がいれば撃ち落とす」と断言した。
 「ホッケーなど室内競技の会場では、監視カメラが観客一人一人の顔を写し、直ちにテロリストと照合する。スキーの斜面では夜も熱感知カメラが森をにらむ。爆弾を嗅ぎ分ける警察犬がくまなく行き来し、怪しい者は狙撃手がためらわず撃つ態勢だ」(朝日新聞1月26日)。
 日本共産党の「しんぶん赤旗」は、「21世紀のオリンピック運動」と題する共産党スポーツ部長の広畑成志とIOC委員の猪谷千春の対談を掲載した。その冒頭で猪谷は言う。「今度の大会は、冬の五輪史上最も重要な特別の大会になると思います。卑劣なテロの脅威にスポーツは屈しないということを表現するうえでも、この大会を敢然として行なうこと、成功させることが大変重要です」(1月30日付)。
 まさにソルトレークシティーオリンピックは、「テロ撲滅」を掲げてブッシュ政権が推し進める報復戦争が「正義」であり、それを「グローバル戦争」に拡大することが「正義」であり、その「正義」の担い手たるアメリカが世界で最も偉大な国であり、それに諸国が追随することが「正義」であるというメッセージを全世界に、とりわけ全米に強烈に発信し、ブッシュ政権の戦争政策を正当化しその下へ国民の意識を動員する一大イベントとして、徹底的に演出され、組織されているのである。それは、アメリカ帝国主義が推し進めるグローバル戦争と、文字通り一体のものであった。

勝利至上主義による荒廃

 開会式でのIOCロゲ会長の発言では「ドーピングとの闘い」が強調された。開会に先立ってドーピング検査センターが公開された。最新型の分析機械は、長野五輪までは検出が不可能だった赤血球増加ホルモンEPO(エリスロポエチン=エポ)が検出できるとされている。
 しかしドーピングは不可避である。「国威」を発揚し民衆に「国旗」を打ち振らせて興奮させるためには、何よりもまず勝利しなければならないからである。また大企業が一社当たり何百万ドルものスポンサー料を支払い、マスメディアが何十億ドルもの放映権料を支払うに足る「見せるスポーツ」「見られるスポーツ」であり続けるためには、スター選手たちの派手なパフォーマンスと記録更新が必要であるからである。千分の一秒単位の記録更新のために、空気抵抗の少ない着衣をはじめありとあらゆる用具や、高速トラックや高速リンクなど施設の開発が進められ、そして人体改造の手段としてドーピングが行なわれている。
 すでにアメリカでは多くのスター選手が、科学的トレーニングからスポンサーとの交渉まで徹底してシステム化された、企業としてのスポーツクラブに所属している。勝たなければ経営が成り立たず、選手自身の社会的栄達も実現しない。ドーピングの誘惑は強力である。アメリカは最も組織的なドーピングが行なわれてきた国である。それはこの二月四日、世界反ドーピング機関(WADA)のパウンド委員長(IOC委員)が、ドーピング違反者の通告を拒んでいる米国陸連を国際競技連盟(IAAF)と米国オリンピック委員会(USOC)から除名すべきだと述べざるを得ないほどのものなのである(ロイター=時事2月4日)。
 IOC医事委員会のメロード委員長は二〇〇一年二月六日、二〇〇〇年のシドニーオリンピックに参加した選手の約六%に当たる六百七人がぜん息の治療薬を使用しているという診断書を事前に提出していたことを明らかにした(共同通信01年2月6日)。ぜん息の治療薬には筋肉増強剤としてドーピングに使われているたんぱく同化剤(アナボリックステロイド)などの禁止薬物が含まれている。一般のぜん息の罹感(りかん)率は約一%である。ハードな練習で体を鍛えているはずのオリンピック選手が、ハードなスポーツが困難なぜん息を一般人の六倍も「患っている」。エポ以外にも、もともと体内にある成分であるために検出のきわめて困難なホルモン系物質が広く使われており、検出方法の開発と新しいドーピング法の開発がいたちごっこで進んでいる。選手の健康を破壊することになるドーピングは、ますます広がっているのである。
 スキージャンプ競技では、九九年のルール改定によって大型選手が有利になったため、小柄の選手は軽量化で揚力を得るために健康を害するほどの減量を行なっている。九キロも体重を落とした船木選手は肝機能の低下に悩まされた(しんぶん赤旗01年2月2日)。ドイツのスベン・ハンナバルト選手は減量しすぎてウィルス感染で倒れ、コーチから「老人のような体力」と言われたと語っている(朝日新聞02年2月4日)。ヨーロッパでトップクラスの選手が拒食症に陥ったことも報じられている。オリンピックの国家主義と商業主義によって激化された勝利至上主義がもたらすスポーツの荒廃は、選手に自らの健康と生命を削ることを強制するまでに深刻化しているのである。

スポーツマフィアの支配

 ソルトレークシティーは、今回の冬季五輪招致をめぐる世界的買収スキャンダルが九九年一月に発覚したことでその名を轟かせた。
 暴露されたのは、IOC委員一人当たり十万ドルにも相当する金品の贈与、買春の斡旋、IOC委員が出身国で立候補した自治体首長選挙の選挙資金提供、土地転がしの利権供与、IOC委員家族の留学斡旋・就職斡旋、三流「芸術家」である有力IOC委員の子弟をソリストとして出演させるオーケストラコンサートの開催、家族・親族・友人まで含めた豪華な招待旅行、IOC委員出身国のスポーツ団体の資金やスポーツ用品提供と選手の国外研修斡旋など、ありとあらゆる買収工作だった。
 ソルトレークシティーは九一年のIOC総会で最有力といわれながら長野に敗れた。買収疑惑が浮上したとき、ソルトレークシティー五輪招致委のトム・ウェルチ元会長は述べた。「われわれがはじめてやったわけではない。長野の真似をしただけだ」。
 開催するだけでも「開催国」として大国意識を満足させ、国家主義的国民統合に役立つオリンピックは、長野冬季五輪が象徴するように巨額の税金を食い物にして乱開発を推し進めるゼネコン政治の象徴である。テレビなどのメディアにとっては高視聴率を保障する一大イベントである。だからこそありとあらゆるワイロによって、この巨大国際スポーツショーは売買されてきたのである。
 二十一年間オリンピックに君臨してIOCを巨大多国籍スポーツイベント企業に育て上げた真性ファシスト・サマランチが引退し、ベルギーのIOC委員だったロゲが委員長が就任した。ロゲは「改革」を宣言したが、サマランチに選ばれたIOC委員たちは、二月四日のIOC総会で「五輪買収スキャンダル」の締めくくりとして提案された「不正防止」のための新しい規則案を先送りにしてしまった。
 規則案は、IOC委員や各国のオリンピック委員会(NOC)幹部らがその立場を利用して関係業者や自治体関係者などと癒着するのを防ぐため、便宜を受ける際には倫理委員会への申告を義務づける内容だった。しかし「書類手続きが煩雑で負担が重い」「対象が各国オリンピック委員会や五輪組織委員会を含んでは、適用範囲が広すぎる」などの反論が相次ぎ、ロゲ新体制の下での「五輪改革の柱」はあっさり頓挫した。
 アメリカ連邦地裁は昨年十一月、税金の不正使用、申告漏れ、買春接待問題などで告発されていたソルトレークシティー五輪招致委員会元会長ウェルチらへの、検察側の訴えをすべて棄却した。そして開会式直前の二月五日、ソルトレークシティーのあるユタ州オグデンでウェルチを慰労する会が開かれ、長野冬季五輪の金メダリストら百数十人が集まってウェルチによる文字通りワイロまみれの「五輪招致の功績」をたたえた(共同2月6日)。
 五輪マークをはじめオリンピックに関わるありとあらゆるものを商品化し、数十億ドルもの放映権料などの巨額の収入を揚げる巨大多国籍企業となったIOCは、スイスのローザンヌに本拠を置く準国際機関として無税特権を行使し、しかもその収支は非公開である。IOCを頂点にして各国のスポーツ界の腐敗が進行し、その国家主義と商業主義が極端な勝利至上主義をあおりたてることによって、スポーツそのものを荒廃させているのである。

「平和の祭典」の欺瞞

 ソルトレークシティー冬季五輪組織委員会(SLOC)ロムニー会長は、開会式で「人権と正義」を高らかにうたいあげた。ロムニーらが語る「人権と正義」は、9・11テロ以降「テロ対策」の名目で、米国在住のアラブ系やパキスタンなどの南アジア系住民がわかっているだけで千二百人以上も、「住所を変えた」などのささいな理由で逮捕状もないまま拘束され、三カ月以上も不当に拘留され続けているという「人権と正義の蹂りん」をおおい隠す。アフガニスタンで、いまも米英軍の爆撃が続き、多数の命が奪われ、傷つけられているという「人権と正義の蹂りん」をおおい隠す。
 そしてそれは、「アメリカの正義」を旗印にして推し進められている「グローバル戦争」を正当化し、民衆の意識を戦争へと動員しているのである。それは、ベルリンオリンピックがヒトラーの侵略戦争をおおい隠し、同時により大規模な侵略戦争へと民衆を動員する国家主義的国民統合を強化したことと、全く同様である。
 国家主義と腐敗したゼネコン政治と偽善の巨大スポーツショーはいらない。「グローバル戦争」と一体となった「平和の祭典」の欺瞞と偽善を暴きだそう。マスメディアがあおりたてるオリンピックフィーバーに冷水を浴びせかけなければならない。
(02年2月10日 高島義一)


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