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フランス                      かけはし2002.2.11号より

ATTACが7000人の大集会

国際主義と反帝国主義の方向性を鮮明にして


 大統領選挙に先立つこと数カ月、ポルト・アレグレの世界社会フォーラムに先立つことわずか数日、ATTACは、パリの集会場ゼニトで開かれた一月十九日の集会で、七千人を結集することによってそのすばらしい力を誇示した。参加者数は当初主催者側が予定していた三千人の倍以上となる盛況を示した。ATTACは、政党から自立した組織であることを自ら宣言しているが、主要政党の指導者の中でここに参加していたのは、LCR(革命的共産主義者同盟・第四インターナショナルフランス支部)のアラン・クリヴィンヌだけであった。一月二十二日の『ル・モンド』紙は、クリビンヌは、「現場活動家として、雰囲気をかぐために」そこにやって来たのだと報じている。
(「かけはし」編集部)
 会場となったゼニトは、ATTACが計画した「大イベント」に参加するためにやって来た最終的に七千人(六千人は会場内に、残りの千人は会場の外で参加することになった)の人々を収用することができなかった。この集会は完全な成功であったが、開催されるまではそのような成功が予め完全に保障されていたわけではなかった。この集会によって、急進的な観点を主張し、われわれを満足させることができるようないくつかのメッセージを送ることができるようになった。
 イグナシオ・ラモネからスーザン・ジョージやダニエル・メルメ――彼は友人であるダニエル・ベンサイドの言葉を引用して発言を結んだ――を含めて、ベルナール・カッセンに至るすべての発言は、ATTACの敵を、すなわち、金融市場と多国籍企業グループをはっきりと指し示すものであった。その全般的路線は明らかに、国際主義的であり、反帝国主義的である。出席者は、とりわけIMF(国際通貨基金)やWTO(世界貿易機関)のような国際機関の拒否を表明したり、債務帳消しを要求したりする発言個所に拍手喝采した。
 確かに、資本主義という用語が標的を指し示すために明確に使われたわけではなかった。しかし、そのことから、ATTACが資本主義の巧妙な調整という目標を超えることに成功していないという結論を導き出すことは、この運動全体の発展力学について思い違いすることになろう。金融に対する批判だけでは狭い観点に留まることになるととらえることができたので、ATTACは金融への批判の観点を超えて自らの観点をさらに拡大した。
 ATTACがゼニトで公表した「マニフェスト二〇〇二年」ではトービン税が副次的な計画になっているかのような印象が若干与えられているのは、意味のあることなのだ。民主主義の再適用の全般的な導入の後に続いて、公表されたこの文書は社会的テーマを取り上げ――「労働を中心にした社会の組織化を再考すること」――、「国民所得の中の賃金の取り分の再調整」と「賃金労働者の地位の再調整」の必要性を主張している。ATTACの活動家が明確に立証した金融の悪事と社会問題との間の結びつきが詳しく語られ、ストラスブール・サンドニのマクドナルドの青年労働者の発言は熱烈な拍手で受け入られた。
 ATTACはまた、九月十一日というもうひとつの試練をも受けた。ATTACは、反グローバリゼーションの運動を犯罪視しようとする警察的であると同時にイデオロギー的でもある試みの前にぐらつくこともあり得ただろう。ブッシュやブレアやその仲間たちの政策へのATTACの密かな追随や少なくとも戦争の問題をめぐってATTACの深い亀裂が生じることも危惧され得ただろう。だが、こうしたことはいっさい起こらなかったし、一月十九日の集会ではこの点がまさに明確になった。
 会場からの「それで戦争は?」といういくつかの質問に対して、ベルナール・カッセンが発言の中で鮮明な答を提起した。ATTAC議長のカッセンは、B52が地球の問題に対する回答ではないと主張した。彼は、チリのサルバドール・アジェンデの最後の演説を引用して、このもうひとつの九月十一日(一九七三年)――この日、アジェンデを首班とするチリ人民連合政権は軍部のクーデターによって打倒された――を忘れるべきでないと強く主張することによって大きな感動を伝えた。もうひとつ感動を与えたのは、ATTAC内で一九七〇年代の旧世代と「新しい左翼」との間の二つの世代間の出会いである。
 ATTACは明らかに社会変革構想の再建の場である。この過程は政治に対して要求される自立という特徴のもとで実現される。ATTACは、(大統領選挙の)候補者を出さないし、いかなる候補をも支持しないだろう。それは、権力の場に圧力を行使する機会を逃さないが、その役割は特権的な交渉相手というよりもむしろ大衆動員の仲介人であることである。
 このようにして取り入れられた態度によって、懐柔の多くの試みに最低限の距離を取ることができ、そのような試みは成功のチャンスを失っていく。左翼連合政府がもたらした結果はすでに明らかになっており、集会参加者は、現在の経済大臣のやり方にやじを浴びせた。シュヴェヌマン――MDC(市民運動)の指導者。MDCは、共産党や緑の党とともに社会党を中心とする多元主義的左翼連立政権に参加している――について言うと、彼は、チュニジアでATTACの姉妹組織であるRaidの活動家をほとんど日常的に迫害しているベン・アリの独裁を支持するというひどい誤りを犯してしまった。(『ルージュ』1月24日)

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