かけはし重要記事

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アジア民衆フォーラムに参加して           かけはし2002.2.4号より

香港に結集したアジアの反グローバル化運動 (3)

早野 一


経済危機・大失業とNGO

 民衆フォーラムの最終日は平日ということもあり、会議自体は夜から始まることになっていた。午前中は、香港に事務所をおきアジア全域の労働、社会問題を広く調査しているNGO、アジアモニタリングリソースセンター(AMRC)を訪問した。APWSL香港の若いスタッフが香港の失業についてレクチャーしてくれた。「香港では五年ほど前から失業問題が深刻になってきた。しかし最低賃金法、雇用保険、年金などはなく、労働組合やNGOはこれら社会保障を整備することを求めている。また社会サービス関連の雇用機会を増やすように政府にも求めているが、政府の反応は冷ややかでなかなか実現は難しい。その他、香港の労働運動は四週間連続で週十八時間以上労働の労働者にしか適用されない労基法の改正を求めている。三十年のあいだに驚異的な経済発展を遂げてきたが、貧富の格差は拡大しており、貧しい人々はこのような経済発展の恩恵を享受していない。政府の責任はますます重大だが、財界からは『労働条件の向上はさらなる失業をもたらす』として労働者に自助努力をもとめる。多くのNGOが地域経済の活性化の活動に従事し始めている。政府もそれは歓迎しているが、それは自らの責任を放棄した上でのこと。地域経済活動は、自立的なものを目指すNGOと政策の一環として位置付けたい政府との引っ張り合いだ」。
 彼の話を聞いて、香港の失業の状況は深刻な事態を迎えていることが分かる(最新のデータでは失業率は五.八%)。特に女性と青年の失業が深刻なようだ。彼は青年が自分の未来を希望を持って話すことができない状況になっていると指摘していた。地域経済活動とは、おそらくは生協活動やコミュニティ活動のことを指すと思われるが、この評価をめぐって(というか展望をめぐって)香港の運動の間で意見の相違があることを、夜のフォーラムで垣間見ることになる。

オクスファム香港事務所で

 AMRCを後にして、オクスファム香港事務所へと向かう。オクスファムとはヨーロッパを中心とした巨大NGOで、さまざまな活動を支援している。今回のアジア民衆フォーラムでも資金や通訳などの面で、多くの若いスタッフが活躍していた。
 やや遅れて到着すると、すでにフォーラムの海外ゲストが到着していた。簡単に自己紹介を済ませ、オクスファムの活動のレクチャーを受ける。巨大NGOはどこでもそうだが、活動資金が政府あるいは企業から提供されており、活動が制約されることが問題になっており、ここでもそのような問題について参加者から質問があった。オクスファムの担当者は、慎重かつ注意しなければならないこともあるがバランス感覚も必要であると返答していた。ミーティングの後に事務所を見学させてもらったが、オフィスビルのワンフロアーすべてを借りきっており、その活動領域も環境、遺伝子組み替え食品、貧困撲滅……と広範囲にわたっており、宣伝教材やパンフレットも充実している。多国籍企業の問題を告発したパンフレットも発行している。若いスタッフが多いのも納得できる。ちょうどアフガン難民への募金活動をしてきたという学生たちが帰ってきた。袋いっぱいの募金がみえた。

グローバリズムめぐる討論

 その後ホテルで休憩を取り、会場へ向かう。発言希望の参加者からのアピール、そしてどのようにグローバリゼーションに立ち向かっていくのかというまとめの討論が行われた。中国の輸出加工区でコミュニティ活動を行なっている参加者からは、厳しい出稼ぎ労働者の状況が報告されたり、ILO条約をしっかり実現させることが重要だという発言があったり、債務帳消し運動はできないかという問いかけがあったりと、論点はさまざまだ。
 日本からはグローバル化の背景としてある莫大な投機的金融取引に対して課税するトービン税の実現がアジアの金融センターである日本と香港では重要ではないか、反グローバル派が結集するポルトアルグレでの世界社会フォーラムに参加しようという二点を提起した。反応は「トービン税?」「ポルトアルグレ?」というのが大半であったようだ。
 後で聞いた話によると、香港では社会保障制度が整備されておらず、退職金や年金、失業保険などがないので、多くの庶民が株式投資で収入を増やす状況があり、一般的に金融取引に課税をすると言うと「え? 自分の税金負担が増えるのか」と考えるそうだ。もちろん少数であるが中心的活動家は、トービン税や世界社会フォーラムの名称やその意義を知っているのだが。香港の反グローバル運動もこれからなのかな、と感じた瞬間でもあった。

異なる運動の連帯の困難さ


 後半の議論はおもに香港の反グローバリゼーションの運動をどのように進めて行くのかという運動論的なものになった。これまでのさまざまな運動は「個別化、アトム化している。それをつないでいくことが重要である」という発言は『グローバリゼーションモニター』に集う複数の活動家から提起された。「そんなの当然じゃないか」とその時は思ったのだが、その後の質疑応答で、「そうはいうが、運動をつないでいくことは難しい」という趣旨の発言がいくつか出たことには少々驚いた。
 「じゃあ、なんでこのフォーラムに参加してるんだよ」と思ったが、よくよく考えると、これは香港固有の問題でもない。日本の運動でも、多くの活動家が運動の連携が必要であると考えているが、それぞれの運動を継続することで精一杯なのが現状だ。あるいはそもそも他分野の運動との連携の必要性を感じていない場合も多い。そういうことが率直に討論されているだけ、香港は日本よりもましなのか、とも考えられなくはない。

 後で聞いた話だが、運動の連携は難しい、と発言したのは生協運動のグループだったそうだ。『グローバリゼーションモニター』の最新号には、香港の反グローバル運動の経過を紹介した文章が掲載されていた。筆者は、フォーラムで運動の連携が必要であると訴えていた若い活動家だ。彼は工盟の専従でもあり、この文章はおもに民営化反対を闘う労働組合の側からみたものである。少々長いが引用する。
 「民衆の支持のない反民営化運動は容易に孤立し萎縮する。民間と公営機関の労働者、住民が共同の敵――自由化政策を推進するグローバルな政治と財界の結託――を認識することで、権利を防衛する運動を社会改革運動に転嫁することで、はじめて堅実な連帯の基礎ができるのである。……地域経済は地域ネットワークを再建する意義においても労働組合活動とは比べものにならないほど優れている。それゆえ生活協同組合運動は、労働組合活動と互いに補完し、協同でグローバル化に反撃することが可能である。……しかし、香港の生協グループは地域活動に比重を多く置き、他の組織とのつながりに対してはあまり興味を示さない。かれらは単に一地域の周辺労働者に依拠するだけでは政治的力を示し、社会を改革することができない、ということに認識がない。……香港の反グローバル化運動を発展させようとすれば、民衆の認識を引き上げなければならない。異なる領域、地域での協力と支援(互いに足を引っ張り合うものではなく)が重要である。政治的抵抗は必要であり、それは他の何かで代用できるものではない。……民衆にとってグローバル化とは何なのかが理解しづらいなかで、運動はまず政府と多国籍資本を抵抗の対象としなければならない。」(「『世銀は出ていけ』から反グローバル貧困化へ」陳敬慈 『グローバリゼーションモニター』二〇〇一年十一月一日号)
 この文章からも、香港における運動の連携の困難さが見て取れる。異なる運動が連携してともにグローバリゼーションに抵抗するには、さまざまな困難を克服し、互いに切磋琢磨しつつ、効果的な連携を模索していかなければならない。

始まった運動の課題は大きい


 グローバリゼーションは人間の営みに関するすべての事柄に影響を及ぼしている。資本主義のもたらした状況なので当然ではある。世界規模での階級闘争がこれまでになく低調であるなかでもたらされた状況でもある。しかし人間の営みすべてに影響を及ぼす現象であるからこそ、労働、環境、健康、人権、女性、子ども、セクシャリティー、マイノリティ、文化などの運動が、グローバリゼーションという切り口から思考し、連携を模索し、またそれに反撃してもいけるのである。
 またそれが一国的な運動になりえないのも、グローバリゼーションが国境を軽がると越えて、民衆の生活に影響を与えているからであるともいえる。これは新たな世界規模での階級闘争の復活――新たな革命のサイクルへの助走を切り開く可能性を持つものでもある。
 反グローバリゼーション運動に責任を持つこと、それを単に改良的な運動に終わらせない(改良を含むことは避けられない)こと、それが革命的左翼に課せられている任務でもあるのではないか。そんなことを考えながら、フォーラムでの討論を聞いていた。
 最後にフォーラムの宣言が提案され、討論が行われた。時間の都合などもあったのだが、フィリピンの運動内部の対立から空回りの議論に時間を取られ、宣言自体はその場では採択できなかった。主催者もうんざりしていたようだ。
 帰国後に実行委で話し合われ採択された宣言が送られきた。それは、台湾からの参加者の入国拒否を非難し、アメリカ、イギリスによるアフガンへの戦争を非難し、WTOや世銀、IMFなどが反民主的でグローバル化を推進し貧富の格差を拡大していることを指摘し、国際的な民衆交流と連帯でこの状況を突破していこう、というものであった。
 アジアでは東京、シンガポールに次いで巨大な金融市場である香港での反グローバリゼーション運動の開始の意義は極めて大きい。しかしそれと同じくらい任務は巨大である。深まる経済危機の中で、香港を自由貿易地域に、という意見も出ており、中国政府も検討に入る可能性があることが最近報道された。国際的ネットワークのつながりの中で反グローバリゼーション運動を作り上げていく必要があるだろう。日本においても香港との運動を意識していく必要があるだろう。互いに学びあうためにも。そんな風に感じた三日間であった。   (つづく)


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