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米国の戦争-戦争のグローバル化と資本のグローバル化の中で |
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ウォールデン・ベロー(フォーカス・オン・ザ・グローバルサウス事務局長) |
アメリカへの無差別テロは、世界資本主義の支配者たちに対する「最高の贈り物」だった。深刻な不況に陥り、新自由主義政策に対する世界的反撃に直面し、経済的にも政治的にも支配の正統性を失いかけていた世界資本主義・帝国主義世界支配体制は「グローバル戦争」によって態勢をたて直し、新たな攻撃を開始した。
対テロ十字軍兵士がトラボラ地区のビンラディンの隠れ場所に迫ろうとしている現在、至るところで爆弾が破裂して然るべきだというのが米政府の論理だ。しかし、ヨーロッパは冷めており、途上国は不安を感じ、アラブおよびモスレム諸国の多くが落胆している。
その理由は明白だ。少なくとも四千人が死亡し、その多くが民間人であり、四百万人の難民が、中心の権力がばらばらとなり混乱した部族環境の中に帰るのだ。ビンラディンと彼が率いる組織がしたことは恐ろしいことで釈明の余地はないが、ある国に対して正義の名の下にこのようなことをすることはどうだろう。米国は町を救ったのではなく破壊してしまったのだ。
しかしワシントンは、こうした事実によって戦勝気分に水をさされるのを放ってはおかないだろう。タリバンとアルカイーダは抹消されてしまったが、今回の勝利はペンタゴンにとって大きな意味がある。
圧倒的な、空からの精密照準攻撃によって、ほとんど地上部隊の支援なしに、従ってほとんど死傷者を出さずに、戦争に勝つことができた。
もちろん地上部隊が全く不要だったのではないが、それは攻撃よりも、炎の雨のようなミサイル攻撃にショックを受け士気を失った兵士の掃討作戦に必要だったのであり、それは北部同盟など地元兵士の役割を盗んだものだ。
一九九九年のコソボ紛争で真先に試みられたことが、今度のアフガニスタンで確実となった。今回の戦争は、「ベトナム症候群」の棺桶に打ち込む最後の釘だったのだ。
圧倒的な火力、ハイテク、完璧な勝利という「米国流の戦争」に自信を取り戻したワシントンは、イエメン、スーダン、ソマリア、イラクなど他のテロ支援国家に対して同様の介入を行うことを現在真剣に検討している。また、アフガニスタンでの出来事は、コロンビアの対麻薬戦争における米軍の役割を強化する力となるだろう。
米国流の戦争に自信を取り戻すとともに、途上国の問題への直接介入が改めて見直されている。九月十一日の前でさえも、多くの途上国が既に「失敗した社会」として特徴づけられていた。一九九四年に「ザ アトランティック」に掲載されたロバート・カプランの論文もその一つだが、植民地の解放がアフリカと中東に安定した国家の出現ではなく、世界全体の不安定という脅威をもたらす「アナキー」につながったことを説得力をもって説くいくつかの重要な論文が出た。
九月十一日後は、ワシントンとロンドンで、国家の主権と自決権がさらに尊重されなくなった。保守派の知識人が、強大国がまだ明言できないでいる見解を述べるようになったが、一例を挙げると、「モダンタイムズ」の著者のポール・ジョンソンは次ぎのように述べている。
「最良の中期的な解決策は旧国際連盟の委任統治システムであろう。それは両大戦の間、植民地主義の『りっぱな』様式としてよく機能した。シリアとイラクはかつて非常に成功した委任統治国だった。スーダン、リビア、イランもまた同じように国際条約によって特別な体制の下に置かれた。近隣諸国と平和に暮らすことができない国や、国際社会に対して密かに戦争をしかけるような国が完全な独立を期待することはできない。安保理のすべての常任理事国が、多かれ少なかれ米国主導の政策を支持している現在、テロ国家を監視下におく新たな形態の国連委任統治システムをつくることも困難ではないだろう」。
驚くには当らないが、こうした意見の中で、テロのような極端な対応に至る根本原因に目を向けるものはほとんどない。例えば、植民地の境界線が独立後の対立を引き起こしたこと、グローバル経済の不完全な秩序の下で新しく生まれた諸国が周辺化され続けてきたこと、石油・エネルギー集約的な西洋文明を支えるために先進諸国が石油とガスのある地域を支配し続けてきたこと、などがある。
アフガニスタンのつぎの段階は、一九九三年にソマリアの反抗で失敗した最初の主要な試みに続いて、新たな信託統治ないし委任統治システムの実験に入ることだ。EUは英国の指揮の下に占領軍を永続的に派遣することを求められ、国連は政治の空白を埋めるため、対立する部族集団を調停して「代表者の政府」をつくるために引き出された。アフガニスタンの最近の出来事を観察すると、ワシントンは、軍事行動では単独で、しかし政治的には協調して(もし政治構造が崩壊した場合に、別の国や組織が責任をとらせるように)、という原則に従って行動している。
テロに対する戦争には国境はない。従って国内での戦争も同じような姿勢で行う必要がある。九月十一日は第二の真珠湾だったのであり、ブッシュ政権は米国人に向かって、いまや第二次世界大戦のような全面戦争の中にいるのだと言う。
冷戦でさえテロに対する戦争ほどには全体主義的な言い方はされなかった。プライバシーと行動の自由に対する権利を制限する法律や行政命令が驚くべきスピードで定められた。今回の戦争が始まって九週間のうちに、つぎのような法律が可決され、行政命令が発効している。つまり、外国人を裁判にかけるための秘密軍事法廷の設置、検事総長に容疑だけで外国人を無期限に拘留する権利の付与、盗聴や秘密捜査の拡大、入国管理手続きで外国人が反証などできない秘密証拠の使用を認めること、依頼主と弁護人との間のプライバシーに政府が介入することを認めること、人種ないし部族プロフィールの制度化、などである。
ヨーロッパでもワシントンに続いて、反テロのムードを利用して、九月十一日までは脇に置かれていた多くの法案を一気に通そうとした国が多かった。ただ、英国も含めて、各国の国民と議会は米国ほどおとなしくはない。
九月十一日以降の米国の法律は国内的にばかりでなく、国際的にも懸念されるが、それは単独主義政権の法的制度化だ。つまり、一連の新たな法律と行政命令は、標的とするテロリストを仕留めるためには国外においてもほぼ何でもできる権限をワシントンに与えるものだ。
このことを示したのが、アラビア海にいたシンガポールの船に同意なしに乗り込み、無駄にテロリストの捜査を行った米軍の海賊まがいの行為だ。もし容疑者が発見されていたら、国防総省はその容疑者を例えばドイツの米軍基地に連行し、秘密の軍事法廷にかけることができた。
そして、もし容疑が固まれば、恐らく名前を公表されることなく彼は死刑にされるか米国で収監されたかもしれない。
九月十一日は古代演劇に登場するような急場を救う出来事であり、アルカイーダのニューヨーク攻撃は米国と世界の支配層にとって最高の贈り物だった。その数週間前には、反企業グローバリゼーション運動(anti-corporate
globalization movement)の盛り上がりを示す、三十万人というこれまで最大規模のデモがジェノバで行われた。ジェノバの抗議運動によって、グローバル経済システムの主要機関であるIMF、世銀、WTOの正当性がこれまでになく失われたことが明らかになった。
資本主義グローバリゼーションを担う機関の正当性の危機が一触即発の状態に陥ったのは、その危機がグローバル経済の根本的、構造的危機と交錯したからだ。構造的危機の主な特徴は、工業分野の過剰生産、企業の独占化傾向、金融市場における無統制の投機行為だ。いわゆる「ニューエコノミー」が消滅し景気が後退すると、二〇〇〇年度末から二〇〇一年度初めにかけて、米国のGDPの半分にあたる四百六十億ドルが工業部門から消えてしまった。景気後退の世界的な波及とその深刻さを示す「世界同時不況(synchronized
downturn)」という言葉も生まれた。
九月十一日以前に正当性の喪失に悩まされていたのはグローバル経済システムを支えるの機関ばかりではなく、米国を中心とする北側の政治システムもそうだった。米国の自由主義的民主主義が、金権政治と呼ぶに値するほど完全に企業のマネー政治によって腐敗してしまったことを、次第に多くの米国人が気づくようになっていた。
二〇〇〇年の大統領選挙のとき、ジョン・マッケイン上院議員は、世界に類を見ない規模で行われている、企業が選挙制度を支配するシステムの改革という一点に焦点を当てて選挙運動を行ったほどだ。
一般の人々をテロリストに変えてしまう不正義に対する感覚は理解しつつも、進歩主義者は常にテロを非難してきた。それは罪のない人々の命を奪うからだけではなく、反革命の機会となるからでもある。
実際、九月十一日以降の出来事は、歴史の書物に書かれた通りに展開している。
世界貿易センターの廃墟から鼻を突く煙が未だもうもうと立ち上っているときに、米通商代表はその機会をとらえて企業主導のグローバリゼーションに推進力を取り戻そうとした。昨年十一月にカタールのドーハで行われた第四回WTO閣僚会議で、米通商代表、EUの貿易担当委員、WTO事務局長が先頭となって、途上国に貿易自由化の新たな段階に入るのを認めるよう駆りたてた。ドーハ宣言によって、シアトルで倒れたWTOの貿易自由化の自転車が再び動きだした。
IMFと世銀も新たな戦争をそれぞれの機関が直面する危機を脱する機会ととらえた。IMFはパキスタンやインドネシアといったワシントンが戦略国家とする国に資金を振り向け、破産の危機に瀕するアルゼンチンのような非戦略国家からは手を引きさえした。左と右から挟撃の脅威にされされていた世銀は、九月十一日の機会をとらえて、テロの温床となる貧困に対処する「ソフト」な役割を果たす機関として、世銀がテロに対する戦争でペンタゴンの主要パートナーだという姿勢を打ち出した。
米国政治については、九月十一日によってブッシュは弱小大統領から近年最強の大統領となり、最近のニューヨーク・タイムズ紙の世論調査によれば八六%の支持率を得ている。リベラル派は全くおじけづいてしまった。
ジョン・ロックとトマス・ジェファーソンが述べた線に沿って、個人の自由を最大にしそれを守る政治システムを有していることを、米国人はしばしば誇りにしてきた。しかし、その伝統はここ数週間の間に手荒に覆されてしまい、秩序と安全を守るという名のもとに、個人の権利を凌駕する新たな権限を政府に与えさせられてしまった。米国の限られた民主主義は、十七世紀のロックから、市民は市民の安全を守る国に対して無条件に忠実でなけくてはならいないとするリバイアサンの著者、十六世紀のホッブスに逆戻りしてしまった。
十一月九日まで盛り上がりつつあった反企業グローバリゼーション運動は、現在その勢いを取り戻そうと必死に闘っているが、特に脅威となる点が三つある。先ず、ジェノバで劣り戦術のようなことをしてさらし者になった警察が、再び自信を取り戻していることがある。警察の新たな攻撃的姿勢が余すところなく示されたのは、昨年十一月十八〜十九日に行われたIMF・世銀会合のことだ。完全装備のカナダ警察が平和的に行われている反企業グローバリゼーションの抗議行動を急襲し、デモに参加していた若者を逮捕したのだが、新聞はすべて知りながら抗議をしなかった。
第二に、欧米の法律で使われている「テロリスト」の定義があまりにあいまいで、不服従運動を信望する非暴力グループにも適用可能なことだ。
第三は、反グローバリゼーションの大規模なイベントでは、何十万人という人々が国境を越えて集まるが、これがいまや、外国人は新たな法律によってテロ関連容疑で取り調べを受け、拘留、国外退去、入国拒否などの措置によって簡単に阻止される可能性があることだ。
ワシントンは勝利の味を堪能しているだろうが、抑圧的なタリバン帝国からアフガニスタンの人々を解放したという、スター・ウォーズのルーク・スカイウォーカーのような自己イメージを望んでいるのに反して、多くの途上国では悪漢ダース・ベーダーのイメージの方が勝っているだろう。実際、死が見ることのできない遠くから降ってくるといった米国流の戦争のやり方がこの傾向を強めている。
しかし、一つ確かなことは、帝国は常に抵抗を生むということだ。米国が一方で勝利を収めたとしても、中東や南アジアの戦略的状況がそれによって損なわれてしまった。パキスタンでは、原理主義者の政権の可能性が出てきた。ワシントンが支援してきたサウジアラビアのエリート層はこれまでになく一般大衆から離れており、批判的な若者の集団はビンラディンを米国に立ち向かうヒーローと見ている。アフガニスタンへの爆撃とイスラエルへの偏向によって、北アフリカからインドネシアまでのモスレム社会に深い怒りが広まっており、親米政権から権力を奪う動きの土壌となっている。
自由、公正および南側の人々の主権に対する、この時代を画する闘いにおいて、決定的な要素は最新技術か、大衆動員か。その結果はアフガニスタンかベトナムか。生き残るのはダース・ベーダーかルーク・ウォーカーか。
反企業グローバリゼーション運動に関しては、九月十一日は一時的には逆風だが、そこから一層の勢いが得られるだろう。世界のエリートの集まりと並行して行われる大規模なデモはいまや限界に達したが、これによって大衆戦術、法的戦術、議会戦術とも結びついた新たな運動の展開に向かうのではなかろうか。
九月十一日後の状況に明るい面があるとすれば、それは従来独立していた平和運動、人権運動、反企業グローバリゼーション運動という三つの運動の相互協力が重要だと分かったことだ。これは、力関係を中長期的に変えるのに多大な貢献をし得る力強い同盟だ。(ATTACニュースレター111号日本語版)
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