火花が飛び交うホームページ
民主労働党と社会党のホームページ掲示板は最近、火花が飛び交っている。両党の党員や支持者たちが互いの指向点や対北観、統合進歩政党の創党方法などを巡ってし烈に論争しているのだ。
論争の火種は昨年十一月三十日、ファン・クァンム民労党中央研修院長が党機関紙「進歩政治」六七号に寄稿した「社会党の同志たちに送る七つの質問」。ファン院長は「保守勢力は、きのうの敵と手を結び権力を再生産する『大事』の前ぐらいには小さな違いを賢く克服してきたのに、民衆の利益を代弁するという進歩陣営はいまなお『小さな違い』に目を奪われ『大事』を企ることができずにいる」として社会党に攻撃の矢を向けた。
公開の場に移った進歩政党統合問題
彼は、民労党指導部は(九老乙区と東大門乙区)補欠選挙で二人の進歩政党候補が出たことは国民の前で罪を犯したものだと反省したのに、社会党はどう評価しているのか、と砲門を開いた。さらに@社会党はイデオロギー政党なのか、進歩政党なのかA朝鮮労働党は社会党の敵なのかB社会党が改良派だと規定した運動陣営とは具体的にどこを指すのか、などと問いつめた。特に、ファン院長は青年進歩党が社会党へと改称しつつ掲げた「反資本主義、反朝鮮労働党」路線の矛盾を指摘しながら、極めて挑戦的に問いつめた。「朝鮮労働党も資本主義に反対している勢力だ。南韓の労働階級が北韓に攻め込んで朝鮮労働党を蹴散らそうというのか。社会党は本当に朝鮮労働党を敵と考えているのか」と。
社会党指導部は公式の反応を自制した。だが党員たちは怒った。ファン院長が悪意のこもった質問によって社会党を罵倒しているというのだった。社会党九老乙区の選対部長を担ったキム・ジュノ氏は「そうだ、敵だ。朝鮮労働党を、北韓の労働者民衆を抑圧している絶対権力だと理解している」と攻撃的な答弁をした。キム氏は数日後、三週間ほど前、民労党から進歩大連合のために会おうと言ってきたが、これを拒絶するやファン・クワンム院長が怒って社会党を攻撃し始めたのだと主張した。
そもそもファン院長は、なぜこのような挑発的な文章を書いたのだろうか。「青年進歩党のときには民労党との違いが、それ自体で鮮明だった。ところがある日、綱領や内容の変化もなしに社会党へと名前だけ変え、あたかも労働者階級を指導する代表政党のように映り出した。ファッションは変えても内容は隠蔽、労働者たちも混同している。党名を変えるというときから論争をすべきだったのだが時期を逃しただけだ」。特にファン院長は「社会党が実際の内容もなしに民労党を改良主義だとあおりたてつつ鮮明な革命政党のように振る舞っている」と主張した。
だが社会党は再・補欠選の敗北や進歩新党創党論、地方選挙の候補者の座をめぐる論争など、民労党内部の不満を沈静させるために社会党に組織的な攻撃をしかけているのでは、との疑いを抱いている。社会党のある中心的関係者は「進歩陣営の代表を自称していた民労党が先般の再・補欠選で社会党とさしたる票差がないことが明らかになると、焦った。しかも進歩陣営の連合を通じた再創党を推進するうえで社会党がジャマだと考え、決めつけているのだ」と分析した。
論争の激化とともに、両党の指導部はともに困惑ぎみだ。特に深刻なのは論争の激化とともに人身攻撃的方向に流れるという点。何人かの社会党支持者たちは「親北勢力である全国連合や韓総連が行動をともにする民労党との結合はあってはならない」として親北論争をひき起こした。両党指導部の人事についての人身攻撃的非難が乱舞し始めた。イ・サンヒョン代弁人はファン院長の文章について「党の公式の立場ではなく、一個人の寄稿文にすぎない」し、「社会党とこのようなやり方での論争を継続するのは何の得にもならない。生産的な論争を始める時」だと語った。
民労党は十二月十四日、労働、市民、社会運動などすべての進歩勢力を網羅した統合進歩政党創党の方針を公式表明し、社会党に統合を公式提案した。公開の場で連帯の方法を論議しよう、というものだ。社会党も同十三日、シン・ソクチュン代弁人の名義で城門を開いた。「民労党の一部勢力とはともにできないが民労党に反対しているわけではない。民労党は競争し連帯すべき進歩勢力」であり「民労党の統合提案に対して開かれた心で臨む」と語った。いまや公開の場に移された進歩政党統合問題が互いの違いをどう生産的に解決していくのかは各進歩政治勢力の政治的力量にかかっているものと思われる。(「ハンギョレ21」第389号、01年12月27日付、シン・スングン記者)
存続の危機に直面する在日の民族学校に韓国政府の援助を
危機に直面する総連系民族学校
十二月八日付「朝日新聞」によれば在日朝鮮人の子どもらが通っている「民族学校」が大きな危機に直面している。ここで言う民族学校とは解放後、日本で民族教育を主に担当してきた在日本朝鮮人総連合会(総連)系の学校だ。新聞によれば日本全域にある総連系学校の土地や建物を担保として総額百九十四億円の融資限度が設定されており、そのうち約八十八億円は総連系の銀行である朝銀信用組合が債権者になっている、という。
ところで各地の朝銀信用組合は破綻し、各信用組合の金融整理管財人は、日本政府が直接関与している預金保険機構や整理回収機構と提携して、担保物件である日本各地の民族学校を処分して債権を回収することを進めるようにしている。民族学校が競売されて、なくなってしまうおそれがあるのだ。
日本政府の弾圧と韓国政府の敵視と
解放後の日本において在日同胞一世は何よりもまず子どもらの教育に力を注ぎ込み、ほとんど自力で学校を建て、教師を養成してきた。現在、日本には韓国系の学校が四カ所、総連系の学校が八十カ所ある。総連系の学校は幼稚園、小、中、高、大学などがあり、約一万五千人が通っている。ここで明らかなように在日同胞の民族教育は北韓系の総連が経営してきた。かつては百数十余の学校があったという。
バブル経済の崩壊後、日本の有名な大銀行や大企業も倒産の危機に遭遇している。在日同胞の企業も似たような境遇だ。総連系は財政難を打開するとの名目で各地の民族学校を担保に巨額の資金を引き出し、それがいま、日本政府の銀行債権整理政策の対象となっている。
在日同胞の民族教育は、植民地の本国だった日本の地で被抑圧民族の尊厳を守り、人間としての自矜心を教えてきたのだ。当然にも日本において民族教育は単純な教育問題ではない。そこでは支配集団と被支配集団の間に差別や偏見についての深刻な葛藤があるだけではなく、南北韓の政治的、イデオロギー的対立が複雑にからみ合っている。
民族教育は本来、国民国家が責任をとる公教育だ。けれども在日同胞の民族学校は、ほとんど在日同胞たちの努力によって完成されてきた。むしろ歴史的に見ると、韓国政府は南北対立の中にあって、常々、総連系の民族教育を敵視した。一九六六年、六七年、六八年と相次いで日本政府が国会に上程した「外国人学校法案」は韓国政府の差し金によって、民族学校を廃止しようとする意図で推進された。
韓国政府と結託した日本政府のこのような試みは日帝治下の民族意識抹殺政策の延長線上にあるものだった。当時のパク・チョンヒ政権の北韓に対する憎悪心が民族教育の弾圧という反民族的行為に拍車をかけていた。幸いなことに外国人学校法案は良心的な日本人のねばり強い闘いによって阻止された。もちろん、総連の民族教育が北韓の国民教育として成立してきた以上、体制イデオロギー中心の教育内容など、多くの問題があるのは明白だ。だが、これほどに大規模な自主的民族教育が旧植民地の本山で半世紀以上も継続されてきたことは世界の教育史にあって特筆に値することだ。それは間違いなく一時代を生きた「民族共同体」の総財産だ。
この数年、日本の同胞たちの間では北韓体制のイデオロギーや教育内容に隷属した民族教育の方法について、さまざまな疑問が提起された。また民族学校の財政的基盤の弱化、朝銀信用組合による抵当権設定などの問題がからみ合い、自主的民族教育を推進しようとの運動も展開されてきた。このような運動は韓国において統一教育や平和教育を推進している市民運動と充分に提携できる素地がある。
過去の過ちをぬぐい去るべきだ
総連系の民族教育問題を考えるとき何よりも重要なのは、今日までそれを担当してきた教師や学父母の意向を尊重するということだ。あくまでも在日同胞の自主的教育事業を守り、支援するとの原則を貫徹する必要がある。このような民族教育の問題は、日本の歴史教科書歪曲問題よりも、はるかに重要だ。金剛山観光事業や民団系銀行の再編のための投資も重要だけれども、民族教育を守るための政策の推進も極めて重要だ。これまでに犯してきた過ちをぬぐいさるためにも韓国政府は、この問題に関して「南北共同声明」において首唱した和解と協力の精神を貫徹しなければならないだろう。
世界化の時代に国家や民族に局限された教育は克服されるべきだとも言われる。だが日本が植民支配の過去を反省せず、また南北の分断が続いている状況にあって、在日同胞の子どもたちはいまなお「民族」という回路を通らないことには人間としての自矜心を持つことができない。在日同胞の民族教育を守り、望ましい方向に発展させることは、われわれがともに背負わなければならない時代的課題ではないだろうか。(「ハンギョレ21」第389号、01年12月27日付、ユン・クォンチャ/日本・神奈川大学教授・ソウル大招へい教授(思想史))
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