| 戦争のドロ沼から抜け出す「共存」への模索を かけはし2002.1.1号より |
パレスチナに対する全面戦争だ
十二月十三日、イスラエルによる対パレスチナ全面戦争が開始された。
直接的には前日の二つの事件がきっかけだ。「ヨルダン川西岸のユダヤ人入植地イマヌエル近郊で十二日夕、入植者らを乗せたバスがパレスチナ人武装グループに爆弾や小銃で襲撃され、イスラエル人十人と犯人一人が死亡」、「(さらに)バス襲撃テロの数分後、ガザのユダヤ人入植地ネベデカリム近くでパレスチナ人男性二人が入植者の車を狙って身に着けていた爆弾で自爆して即死、入植者四人が負傷」(読売新聞ニュース速報/12月13日付)した。
これを受けて同日夜、イスラエル軍がパレスチナ暫定自治政府の治安施設などへの一斉空爆を行い、イスラエル政府は深夜の緊急安全保障閣議で自治政府のアラファートと一切の関係を絶つことを決定、十三日未明から大規模な攻撃が開始された。
自治地域のラーマッラーに侵攻したイスラエル軍は、アラファートが滞在するとされる大統領府(議長府)まで約百メートルの地点に戦車部隊を進めて包囲、近くにあったパレスチナ放送局を空爆、破壊した。朝日新聞ニュース速報(12月14日付)によると、「イスラエルのシトリット司法相はイスラエル軍放送で、『アラファト議長を標的にしない』としつつも、議長がラマラから外に出ることを禁じると語った」。
またガザ回廊へも同様の空と陸からの攻撃を行い、ガザ国際空港も空爆した。十四、十五、十六日にも攻撃は続いている。
国連安全保障理事会では十五日に、事態打開のために監視機構設置などを求める決議案(エジプトとチュニジアの共同提案)の採決が行われたが、アメリカが拒否権を行使して否決された(アメリカは今年三月、パレスチナへの国際監視団の派遣要請決議案採択に際しても拒否権を行使した)。さらに同じ十五日にアメリカ国務省は、先月下旬から現地入りしていたアメリカ特使ジニ(前米中央軍司令官)が、活動を中断して一時帰国すると発表した。現在のブッシュ政権による対中東政策の欺瞞性は明らかであり、かつ、その「仲介」策は完全に手詰まりとなったと言わざるを得ない。
「虐殺者」シャロンの政治手法
今後の展開は非常に流動的だが、(1)現在の対パレスチナ戦争は、「テロと断固戦う」というアメリカの対アフガニスタン/対ターリバーン戦争の「論理」をイスラエルのシャロン政権が、そのまま「身にまとって」行われていること、(2)それゆえにヨーロッパ諸国も含めて、イスラエルの軍事行動に対する非難ができにくい(あるいは、アメリカとは異なるヨーロッパ独自の立場を打ち出し難い)構図が生まれているように思えること、(3)さらには、現在のアメリカの戦争が、「イスラーム原理主義グループの国際的なテロ・ネットワークに対する戦争」として拡大される可能性(対イラク、対ソマリア……など)があるし、イスラエルの対パレスチナ戦争が、このアメリカの「拡大された対テロ・ネットワーク戦争」の中に位置づけられるかもしれないこと、などがポイントとなるだろう。
アラファートの政治的な(あるいは/同時に、身体的な)生命の抹殺も辞さず、さらには「ポスト・アラファート」状況下でパレスチナの人々がどのような状況に追い込まれようとも構うことなく、断固として抵抗勢力を粉砕するまで軍事力を行使する、そこまでシャロンは腹をくくっているかもしれない。一九七〇年代初頭のガザ回廊での徹底的な弾圧政策、そして八二年のレバノン侵攻とサブラ・シャーティーラ両難民キャンプでのパレスチナ人虐殺事件は、「戦争屋」あるいは「虐殺者」と評されてきたシャロン自身の、いわば歴史的な政治手法を明確に表現していると考える。
新たな「大破局」に至る可能性も
今の状況は、一九四八年のイスラエル建国宣言と第一次中東戦争の開始、それに伴う大量の難民の発生という、パレスチナ人たちの表現としての「大破局」に匹敵するような事態に立ち至る可能性すら、はらんでいるだろう。しかし、それでもなおパレスチナ問題は「解決」しない。これまでのイスラエルによる戦争や虐殺、さまざまな弾圧、さらに巧妙とさえいえる抑圧政策の歴史は、あるいはパレスチナ人の側からの闘争やテロの歴史は、その強大なイスラエル軍の武力が問題を解決できなかったことを示す、長大なリストでもある。そしてまた、軍事力は民衆にとっての「安全保障」をもたらさない、そのことをも、このリストは示していると言えるだろう。シャロンの軍事的な数々の「勝利」は、しかしそれが軍事的な勝利であるがゆえに、実はただちに「敗北」をも意味せざるを得なかったのだ。
「共存」への模索をともに考える
先月中旬、パレスチナ問題に関する英語のメーリングリストに、「タアーユシュ(ユダヤ人とパレスチナ人のパートナーシップ)」というイスラエル人たちのグループが、困窮するガザ回廊のパレスチナ人家庭に支援カンパを集めて送るキャンペーンを開始するとの投稿があった。ガザ回廊に住むパレスチナ人の人権活動家と協力して、各家庭の必要状況に応じて確実にお金を届けるという。ガザのひどい状況を考えれば、こうした取り組みも有り得るのだろうと思ったが、それ以上に印象深かったのは、このグループ名のアラビア語だ。「タアーユシュ」は、「共存」。
イスラエルは非常に軍事化された国家・社会だし、そのシオニズムの根底には明らかにアラブ・パレスチナに対する人種差別が存在しているだろう。しかしイスラエルの民衆が、自らの手で安全を実現し、同時にパレスチナ人たちが奪われ続けてきた諸権利を回復して公正な和平を実現するためには、それがどれほど困難な作業であっても、共存に向けた努力を積み重ねてゆくしかないのではないか、さらに、そのような新しい、民衆レベルでのイニシアチブが、イスラエル人の側にも、またパレスチナ人の側にも必要とされている、と考える。
また、そのような共存に向けた努力への展望は、ただちに私たち自身が、誰とどのように共存してゆかなければならないのか、またそのためには私たち自身にはどのような努力が求められているのかという問いとして、他ならぬ私たち自身の前にもあるのだと考える。(01年12月17日 記)
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