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                          かけはし2002.1.1号より

激化する階級対立構造のなかに反資本主義左翼の大衆的形成を

グローバルな戦争と世界同時不況の進行

 世界同時不況が進行し、グローバル資本主義の矛盾があらわになる中で、アフガニスタンへの侵略戦争を機に帝国主義の反動攻勢が激化している。階級対立の構造はグローバルな規模でいっそうきわだったものになっている。小泉政権は、労働者市民に犠牲を押しつける「構造改革」を推進しながら、参戦国家体制づくりと憲法改悪に向かって暴走している。新自由主義と軍事化に立ち向かう闘いを広範に作り出していこう!




グローバル戦争と帝国主義支配

 湾岸戦争とソ連邦の崩壊から十年経た二十一世紀の最初の年は、世界同時不況の深まりに示されるグローバル資本主義の限界の露呈と、「九・一一テロ」以後ブッシュ米政権が発動した新たな帝国主義戦争という世界規模での危機の発展によって特徴づけられる。
 世界の最貧国の一つであり、二十年以上にわたる内戦で破壊され飢餓に苦しむアフガニスタンに対して、世界帝国主義のチャンピオンであるアメリカは、核兵器以外のあらゆる大量殺人兵器を使用し、タリバン政権を圧倒的な軍事力で叩きつぶした。かつて米帝国主義自身が支援した、徹底的に反動的で人権を無慈悲に抑圧するタリバン政権に対して行われたこの戦争は、グローバル資本主義の不正で残忍な支配システムの下に呻吟する「南」の世界の中で、そこからも排除され、解体された社会に加えられたリンチに等しいものであった。
 本紙二〇〇一年新年号論文の冒頭は以下のように述べていた。
 「開票をめぐる一カ月以上ものどたばたの末のブッシュ新米大統領の登場。大多数の人びとから命脈はすでに尽きていると見放されながら、それに代わる政権擁立劇の頓挫のゆえに与党の総もたれあいで成立した森改造内閣の発足。二〇〇〇年末に世界のGNP一位、二位を占めるアメリカと日本で起きた政治的混迷と行き詰まり状況は、帝国主義の国民的統合力が急速に衰退し、その国際的・国内的支配の正統性が喪失しつつあることを象徴する事態だった」。
 しかしそうした状況は、少なくとも局面的には変化したように見える。「九・一一」以後にアメリカを覆った愛国主義の旋風は、「正義と悪の闘い」という二項対立図式を各国の支配者に迫って「新しい形の戦争」を解き放ったブッシュ政権の支持率を九〇%近くにまで押し上げた。日本では、四月の小泉政権の登場以後、森政権の下でフラストレーションをつのらせていた世論が、小泉のデマゴギッシュな「聖域なき改革断行」論に「変革者」としての期待をかけ、七月参院選での自民党の圧勝をもたらした。世論調査によれば、政権成立後八カ月を経過した今日でも小泉内閣の支持率は七〇%を超えている。小泉内閣は、こうした高支持率を背景に「国際テロとの闘い」における日本の責任を大義名分にして、参戦法案=「テロ対策特措法」などを成立させ、憲法改悪のスピードを大きく加速させた。
 世界資本主義の危機は、いっそう現実のものとなっている。しかし、その経済・社会的危機をも利用して進められている帝国主義諸国の政治的・軍事的攻勢に対して、この間、反グローバリゼーションの動員を飛躍的に発展させてきた労働者階級人民は有効な対抗策を提示し反撃を組織するための模索を継続しながらも、全体としては依然として情勢の急激な展開に間に合っていない。とりわけ、各国の社会民主主義勢力、社民化したポスト・スターリニスト諸党、さらには政権に参画したヨーロッパの「緑」勢力は、帝国主義の対テロ戦争を支持し、それぞれに違いはありながらも新自由主義的グローバリゼーションの枠組みを「不可避の趨勢」として受け入れ、大衆的・集団的抵抗の組織化を事実上拒否しているのである。
 こうしたことに支えられて、戦争を推進軸にした帝国主義の反動的な政治的イニシアティブと国民的統合力を回復する動きが進んでいることを、われわれは確認しなければならない。たとえそれがグローバル資本主義の危機からの脱出の水路を与えるものとはなりえず、帝国主義の長期的なイニシアティブの回復を意味するものではないとしてもである。

世界の軍事化と踏みにじられる人権

 アメリカ帝国主義のブッシュ政権は、EU諸国や中国、ロシアの反発を押さえ込みながら、自国資本の利害をゴリ押しする「一国行動主義」を貫徹している。アメリカはCTBT(包括的核実験禁止条約)の署名・批准を拒否する姿勢を堅持し、国連総会で一九九四年以来日本政府が提案している核廃絶決議案に初めて反対した(十一月五日)。これまでの決議案には盛り込まれていた「CTBTの二〇〇三年度までの発効」という目標を、今回はブッシュ政権を配慮して削除していたにもかかわらずである。
 ブッシュは、さらに十二月十三日に弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約からの離脱を正式に発表し、ミサイル防衛計画を本格的に推進しつつ、「国際テロ組織壊滅」を口実にした今回の対アフガン戦争をさらにイラク、ソマリアなどにも拡大しようとしている。それと呼応する形で、イスラエルの極右シオニスト・シャロン政権は、パレスチナ自治政府を「テロ支援団体」と規定してアラファト議長との一切の関係を断つことを発表し、「中東和平」プロセスを葬り去る道に決定的に踏み込んだ。イスラエルは十二月三日以後、連日のようにパレスチナ暫定自治区への軍事攻撃を行って、民間人に大量の犠牲を強要している。
 「九・一一」はグローバルな帝国主義政治の暴力的性格を一段と強化した。フィリピン、インドネシア、ラテンアメリカなどで地域の分離主義運動や武装抵抗勢力に対する支配体制の側からする軍事的攻勢がエスカレートしている。
 「自由と民主主義」の価値を標榜する帝国主義諸国においても「テロ対策」を口実にした民主主義の制限や人権のはく奪が急速に進んでいる。それはアラブ・イスラム・南アジア系の人びとに対する排外主義の嵐を解き放った。
 反テロ法を施行したアメリカでは、「九・一一」以後「テロ容疑者の封じ込め」を名目に千百四十七人を拘束し、十一月二十七日現在でも五百五十人の身柄を拘束し続けている。その大半はビザの期限切れなどの軽微な「犯罪」によるものであり、大量の現金を保持していたとかカッターナイフを保持して旅行していたなどの理由で拘束されている人もいる。その場合、被拘禁者は、拘禁の理由や手続きの進行を対外的に知らせることを妨害され、どこに拘禁されているかを明らかにされていないケースも多い。また「九・一一」以後の一週間で五百四十人のアラブ系米国人と二百人以上のシーク教徒がレイシズムによる襲撃を受けている。アメリカ・ウェストバージニア州で反戦Tシャツを着て登校し、反戦クラブの結成を呼びかけて停学処分を受けたパナマ生まれの女子高校生は、脅しや嫌がらせのためについに退学を余儀なくされた。
 移民や難民申請を行う人びとの権利をはく奪し、保護を求める人びとを無制限に収容・拘束する措置もEU諸国で実施されており、イギリスでは「反テロ法」によって裁判所の許可なく「被疑者」を拘留する措置が導入された。ドイツでは「反米」のスローガンを掲げるデモが不許可となっている。
 日本でもアフガニスタン人の難民申請が却下されるなど、外国人への不当な人権侵害が強まっており、警察による武器使用条件の緩和による治安弾圧の強化、米大使館周辺での抗議行動の排除といった脱法律的措置が一方的に施行されている。
 アムネスティ・インターナショナル日本の森原秀樹は「米国をはじめ多くの国家が、『テロリズムとの闘い』をその政治課題の最優先事項と位置付け、立法や行政上の措置をとっている。それらは往々にして、今回の事件への緊急対応という範囲を超えており、人権擁護の基準を長期的に後退させる懸念のあるものが極めて多い」と警鐘を乱打し、それが「政治的な反対者や平和的な活動を行なう人びとが犯罪者とされ、表現の自由や結社・集会の自由の抑圧につながる危険性」について厳しく指摘している(『世界』01年12月号、「世界を覆う人権の危機」)。
 われわれは、資本の新自由主義的グローバリゼーションが、アメリカ帝国主義を主導者とする軍事的グローバリゼーションと平行して進展し、「危機管理」や「人道的国際介入」を大義名分として、国連や国際法といった国民国家間の世界秩序の枠組みを超えた武力行使の力学を解き放つことについて強調してきた。「人間の安全保障」という概念すら、それを正当化するものとして恣意的に利用されてきたのである。
 またわれわれは、資本のグローバリゼーションが、旧来の「国民国家」の障壁を投機や利潤を求めた資本移動の促進のために撤廃しながら、それと表裏一体の関係をなすものとして、支配階級の「国民」的支配の動揺を阻止し、国家の正統性を防衛するために、強権主義と排外主義に彩られたナショナリズムを新たに醸成する必然性を持つことをも指摘してきた。それは労働者市民による自由な民主主義的活動のスペースを抑圧する国家機能の肥大化という危機である。
 まさに「九・一一」が作りだした「国際テロ包囲網」と、対アフガニスタン「報復戦争」の発動は、帝国主義の軍事がイニシアティブを発揮する情勢の新たな局面を急速に押し出したのである。かくしてわれわれは、帝国主義ブルジョアジーの側から能動的に進められている世界的な規模の階級対立の深まりに立ち向かう思想と運動をどのように築き上げていくかが問われることになる。

運動の質的飛躍が求められている

 一九九五年末のフランス公務員労働者のストライキ闘争以後、失業者や移住労働者など「排除された人びと」の闘いと結びつき、一九九七年、九九年の二度にわたる「ユーロマーチ」運動を通じて、一九八〇年代後半以後の守勢的局面からの脱出を可能にする新たな社会運動としての高揚を作りだしたヨーロッパの労働者運動。一九九九年十一月末のシアトル以来、大規模な動員を繰り返し、G8やIMF・世銀、WTOが促進する新自由主義的グローバリゼーションに対する巨大な抵抗を発展させ、自然発生的レベルでの反資本主義意識の復活と「もう一つの世界は可能だ」を合言葉にした国際的オルタナティブの模索(とりわけ二〇〇一年一月にブラジル・ポルトアレグレで開催された世界社会フォーラムを通じて)への道を切り開いてきた反グローバリゼーション運動。これらの運動は、「国際テロとの闘い」という帝国主義の新たな戦争政策を軸にした、「国家と社会の軍事化」、強権主義支配の全面化と対決する闘いの中で、重要な飛躍を強制されている。
 日本においては、「市場原理主義」的な民営化、規制緩和を振りかざした大リストラ、失業・雇用破壊と労働条件改悪、医療・福祉・年金制度など社会的諸施策の切り捨てに代表される資本の新自由主義的攻撃に対する集団的抵抗の闘いが、帝国主義諸国の中では例外的なまでに陥没している。この中で小泉政権は、憲法九条に代表されてきた戦後の平和主義的意識を最終的に解体して「参戦国家」体制を確立し、あわせて憲法そのものの明文的改悪のスケジュールを早めているのである。
 われわれは、この中で憲法改悪・参戦国化に対する反戦・平和の政治的闘いと、資本の新自由主義的攻撃、そしてその政治的表現である小泉「構造改革」路線に対する労働者階級の反撃を、労働組合のレベルから作りだしていくという二つの闘いを、文字通り同時的に築き上げていく大きな課題に挑戦していかなければならない。それは今日の帝国主義的軍事・政治の再強化との闘い、天皇制イデオロギーの再編をともなう新たな国家主義との闘いの中で、衰弱化した一国的「護憲・平和」主義の基盤をグローバルな連帯と民主主義と人権をめざすものへと発展させていくことであり、新自由主義的な資本のグローバリゼーションによる超搾取・収奪がもたらす地球的な規模での民衆の生活と文化の破壊、すなわち貧富の差の拡大、絶対的貧困、疾病、飢餓、差別、環境破壊、抑圧との闘いを、労働者自身にかけられた失業、権利と生活の破壊に抗する闘いと結びつけていくことである。
 自衛隊の海外派兵や憲法改悪には反対だが小泉の「構造改革」には賛成という新自由主義「リベラル」派の言説は、帝国主義の軍事的覇権・介入主義の基礎にあるグローバル資本主義の新自由主義を「不可避」なものと見なす決定的に誤った主張である(本号6〜7面高島論文参照)。
 市場原理主義への批判やグローバリゼーションの「否定的側面」への社会的規制を表面的には受け入れながら、コソボやアフガニスタンへの「人道的介入」戦争を積極的に推進する欧州社民や「緑」の帝国主義的政治が、結局のところグローバル資本主義の枠組みを固守するものであることと、それは同一の関係にある。アメリカ帝国主義の軍事的暴走と小泉政権のそれへの追随を批判する一方で、小泉流「構造改革」には万々歳という立場は、結局のところポスト冷戦期における帝国主義の軍事的・政治的支配に「人道」的でソフトな体裁を取らせようとする主張に帰結する。
 われわれは、憲法改悪反対や有事法制との闘いにおいて柔軟な共同戦線を形成していかなければならない。しかし、その際も、労働者・市民の民主主義的・社会的諸権利を防衛し、それを強化していく立場から、こうした新自由主義的「構造改革」推進論への批判をゆるがせにすることはできないのである。

世界同時不況と日本資本主義の袋小路

 資本主義の世界同時不況が、すでにわれわれを直撃している。IT、バイオなどのニューテクノロジーに主導された「ニューエコノミー」というアメリカ経済の「不況なき永久繁栄」の幻想は、完全に崩壊した。もともとこの「ニューエコノミー」自身、十年間に及ぶ景気上昇という見せ掛けとはうらはらに、アメリカ労働者の実質賃金を一九五〇年代の水準にまで後戻りさせたと言われるほどの賃金押し下げ、長時間労働、貧富の格差の拡大の上に成立したものであった。しかしこの過程を通じて、アメリカ経済は膨大な貿易赤字を累積的に増大させながら、「アメリカンスタンダード」に基づく市場開放、自由化、規制緩和を各国に強制しつつ、世界資本主義をリードしてきたのである。
 しかし二〇〇〇年末からのITバブルの崩壊に示されたアメリカ経済の後退の始まりは、「九・一一」テロの衝撃にも加速されて、本格的な不況局面へと移行している。二〇〇一年十一月十六日に米連邦制度理事会(FRB)が発表した十一月の鉱工業生産指数は前月比一・一%下落し、九〇年十一月以来十一年ぶりの大幅下落となった。対前月比マイナスは十三カ月連続であり、これは大恐慌時代の一九三一年五月から一九三二年七月までの十五カ月連続以来、六十九年三カ月ぶりの長期下落である(十二月十四日に発表された十一月の指数も前月比マイナス〇・三%だった。これで十四カ月連続となる)。十一月二十六日には、米経済調査局(NBER)が、米経済が二〇〇一年三月以降リセッションに突入したことを確認した。デリバティブ(金融派生商品)などへの投機を繰り返してきたエネルギー企業エンロンが、米国史上で最大規模の負債を抱えて倒産したことは、「ニューエコノミー」の破綻を象徴する出来事だった。
 二〇〇二年には失業率六%台へ突入することが確実なアメリカ経済のデフレ・スパイラル局面への突入が危惧されており、それはすでに確実にデフレ・スパイラルの階段を転げ落ちている日本経済の危機と複合して、一九三〇年代型の世界恐慌的情勢の到来すら予測されているのである。
 日本資本主義の危機は、小泉「構造改革」路線の中でいっそう出口のない閉塞状況に陥っている。十二月七日に発表された国民所得統計でも、二〇〇一年第3四半期(七〜九月)のGDP成長率はマイナス〇・五%と二期連続でマイナスとなった。とりわけ個人消費(民間最終消費支出)は前期比で実質マイナス一・七%の大幅減である。二〇〇一年度の政府経済見通しをプラス一・七%からマイナス〇・九%へと大幅に下方修正せざるをえなかった小泉政権は、来年度の政府経済見通しを〇%成長とすることに決着した、とされている(朝日新聞01年12月15日)。
 この数字は、制度発足以来の最低水準である。しかし、現実には不良債権処理に伴う企業倒産の飛躍的な増加や、リストラの促進による失業の大幅な拡大(11月30日の総務省発表では完全失業率は五・四%と過去最高を更新し続けている)、実質賃金水準の低下などによって二〇〇二年度も二年連続してマイナス成長になることは確実なのだ。〇%成長に政府経済見通しをとどめた理由は、マイナス予測が財政出動の口実になることを恐れた財務省の思惑が強く働いたためである。
 このような経済危機は、小泉政権の看板であった「聖域なき構造改革」を決定的な破綻状況に追い込んでいる。小泉「構造改革」の焦点をなす二〜三年のうちに不良債権処理を行うという方針に基づく金融庁特別検査による不良債権処理の上積みは、株価下落による含み損の大幅な増大と合わせて、大手銀行の経営を壊滅状況にたたき込んだ。二〇〇二年三月期決算見通しでは、不良債権処理による損失額が大手十四行で六兆四千四百五十億円に達する。それは一九九八年に次ぐ、新たな金融危機を到来させるだろう。
 いうまでもなく金融危機の深まりは、倒産と失業の連鎖を際限なく拡大し、耐えがたいまでの犠牲を労働者人民に強制することになる。十二月六日に明らかになった中堅ゼネコン青木建設の倒産は、ほんの端著にすぎない。小泉首相は、この青木建設の倒産に対して「構造改革が順調に進んでいる表れだ。金融機関が早く不良債権の処理を進めなければいけないと、厳格な資産査定に本気で取り組んだ中での動きだ」と言い切った。この倒産・失業の嵐を肯定的に受け止める小泉首相の姿勢にこそ、小泉「構造改革」路線の本質が端的に示されている。「構造改革なくして景気回復なし」と豪語し続ける小泉の強硬路線は、このようにしてデフレスパイラルをいっそう加速させるとともに、もっぱら労働者人民への犠牲のみを強要するデマゴギー政治としての性格をますます露呈させている。
 日本資本主義の危機を促進する小泉「構造改革」は、六百五十兆円の公的債務を抱え込んだ財政危機を決して緩和するものでもない。財務省は二〇〇二年度予算の一般歳出を前年度比二・六%減とする「緊縮予算」方針を決定した。しかし不況による税収の落ち込みの中で、一般会計の歳入を特別会計を使ってやりくりする「隠れ借金」が02年度予算では総額一兆五千億円に達するのである。これは「構造改革」路線の目指す「財政健全化」方針とはまったく逆のものであり、「国債発行総額三〇兆円枠」という小泉の公約の破綻をごまかす操作にほかならない。
 そしてすでに、デフレ不況脱出のために主張されている「インフレターゲット」論や、財政支出の増加は、すでにG7の中で最低に下がった日本国債の格付けをさらに悪化させ、国債価格の下落(金利上昇)、資本流出、円安と企業倒産、巨額の国債を買いつけている金融機関の破綻をいっそう劇的な水準にまで至らせるだろう。いずれにせよ、逃げ道のない袋小路なのである。

破綻する「小泉改革」と闘いの道

 特殊法人改革を柱とする「小泉改革」は、十二月十八日に閣議決定されることになっている「整理合理化」計画で、その基本が確定することになる。すでに十一月二十二日の与党合意によって、日本道路公団など道路四公団の民営化、都市基盤整備公団、住宅金融公庫、石油公団の三法人については廃止が合意された。しかし、それが高速道路建設などに示される「ゼネコン政治」の転換を意味するものではなく、まさに「道路族」議員など利権にしがみつく「抵抗勢力」との妥協の産物にすぎないことは、当の「道路族」議員が「満足」の意を表明していることから見ても明らかである(本紙01年12月10日号、高島義一「破綻する『構造改革』」参照)。
 しかしその一方で、「労働市場の柔軟化」を名目にした雇用破壊の促進や、医療、福祉・保育、教育などにおける「民間活力の導入」を名目とした社会的公共支出の解体という新自由主義的「構造改革」路線は、スピードアップされている。十二月十一日に政府の総合規制改革会議(議長・宮内義彦オリックス会長)が小泉首相に提出した第一次答申は、生活・経済の分野全般にわたる「規制緩和」を打ち出した。
 そこでは医療や保育への株式会社方式の導入、施設介護での多様な経営主体による競争などの市場原理が提案されているが、とりわけ労働の分野では「円滑な労働移動」「就労形態多様化」を口実に、資本にとって都合のよい、安価で、いつでも解雇できる労働力を提供できるための「規制緩和」が進められているのである。
 答申は「個々の企業あるいは産業が労働者に対して保障できる雇用期間は短くならざるを得ない」と公然と主張し、雇用の短期化、流動化、不安定化をさらに促進しようとしている。派遣労働期間の撤廃、製造業部門への導入解禁などによる正規雇用の整理、「解雇ルールの法制化」という名の「解雇を容易にするルール」の法制化などがそれである。小泉首相は「解雇しやすくすれば、企業はもっと人を雇う」と主張する。しかし、それはもっぱら低賃金・無権利の不安定雇用の拡大という資本の超搾取を可能にする条件を拡大するものにすぎない。
 「需要と供給のミスマッチ論」が今日の大失業を説明するキーワードとして語られている。つまり、新規雇用の場は存在するが求職側が資本の要求する条件では就職しないために、失業者が増大しているというのだ。ここでは労働者の側の自己努力が足りないという説明がなされている。しかし、五・四%に達した二〇〇一年十月の完全失業率の中で、生産縮小のため求人そのものが減少する「需要不足失業」が一・四%、すなわち完全失業者の約四分の一を構成しているという統計は、雇用機会そのものが不況の中で失われているという事実を端的に証明している。「雇用の柔軟性」に向けた規制緩和によって、雇用機会は増大するという新自由主義派の主張は、全く事実に反している。
 日本経済の深刻な危機とあいまった生産拠点の海外移転は、新規雇用の場をも著しく奪っている。二〇〇二年春卒業予定の高校生の就職希望者のうち十月末の内定者は五〇・七%と過去最低である。とりわけ失業率が全国一の沖縄県では内定率はわずか一六・三%にすぎない。沖縄では、高卒就職希望者のうち八〇%以上が雇用の場をいまだ見いだしえていないという現実が重くのしかかっているのだ。
 日本資本主義の深刻な危機を、小泉「構造改革」路線が増幅している。しかし、民主党をふくめた議会政党の圧倒的多数とマスメディアは、小泉の呼号する「特殊法人解体」路線に拍手を送り、それが政官財の複合的癒着にもとづく利権構造を解体して、「活力ある競争社会」を実現し、日本経済を上昇軌道に乗せるための突破口だと主張している。市民運動の側からも、小泉の規制緩和と「聖域なき構造改革」の主張が、公正で平等な社会を市民の側から実現する上での「チャンス」ととらえる見解は少なくない。
 しかし問われていることは、今日の小泉「構造改革」路線が、決して労働者・市民の民主主義的スペースを拡大・定着させるものではないということである。小泉の進める新自由主義的「改革」は、旧来の政官財の複合的癒着による利権配分システムを解体しつつ、新自由主義的な「市場原理」を導入することを表看板にしている。
 それは決して既得権を持つ者の特権を廃止し、市民が自らの「創意」に基づいて自由に参入する「公正」な「機会の平等」をもたらすものではない。新自由主義が実現するのは「強者」である資本の独裁であり、「弱者」としての大多数の労働者・市民はあらかじめ排除されている。そこでは労働者・市民の民主主義的スペースは極度に圧縮され、少数者による「上」からの権威主義的な決定が、強化されていく。ごく少数の経営指揮者に意思決定が独占されている今日の大企業の「トップダウン」方式が、全社会化されていくことになるのである。すでに小泉首相の政治運営の方法にそれは表現されている。
 われわれは、何よりも小泉の「構造改革」路線がもたらす失業・雇用破壊、医療・教育・年金などの社会的公共支出の切り捨てに対決する労働者・市民の行動的な抵抗を組織するとともに、既得権防衛のための「守旧派的抵抗」ではない、労働者・市民の民主主義的自己決定に基づくオルタナティブを対抗的に獲得していく道を目指さなければならない。
 すでにその萌芽は、原発・ダムなどの開発至上主義的な路線に対する地域に基礎を置いた独自の政策を作りだす試みとして始まっている。国際的にも、「世界社会フォーラム」が開催されたブラジル・ポルトアレグレのPT(労働者党)市政(ちなみにポルトアレグレは人口百万人以上の大都市である)の下での住民による「参加型予算」の実績が注目を集めている。
 「この街の行政は過去十二年にわたって、労働党を中心とする左翼連合によって独特の方式で営まれており、住宅、公共交通、道路、ゴミ回収、診療所、病院、下水道、環境行政、低所得者向け住宅、識字教育、学校、文化、治安など、多くの分野でめざましい展開を示している。その成功の秘訣は何かといえば、答えは住民参加型予算にある。つまり、市内各地区の住民が、予算配分を極めて具体的かつ民主的に決めている。市民が自ら、どのようなインフラの設営もしくは改善を望むのかを決定し、更に工事の進展や予算の手当までしっかりと見定めることが可能になっている。公金の流用や権利の濫用は不可能であり、予算の投入先は地区住民の過半数の意向に沿ったものとなる」(イニャシオ・ラモネ「ポルト・アレグレ」、『反グローバリゼーション民衆運動――アタックの挑戦』柘植書房新社刊)。
 資本の新自由主義に対するオルタナティブは、資本のグローバリゼーションを「不可避」の枠組みとして受容することを拒否するところから出発する。グローバリゼーションを「不可避」の前提とするイギリス労働党のブレア流「第三の道」路線は、資本の最も信頼しうるパートナーに転化してしまった。
 全世界的な反グローバリゼーションの闘いは、「もう一つの世界」の可能性についての確信を現実の運動の中から切り開いている。小泉の「構造改革」路線に対する反撃の闘いは、日本の労働者・市民の闘いを資本の新自由主義的グローバリゼーション、ならびにそれと結びついた帝国主義のグローバルな戦争政策に対する国際的な闘いの一翼として再組織していくところからしか展望されないのである。

反戦と反グローバリズムを結んで

 すでに述べたように、アメリカにおける「九・一一」の反人民的な無差別テロに対するブッシュの「報復戦争」は、「テロと闘う国際包囲網」に全世界の支配階級を統合し、地球規模におよぶ情勢の軍事化と民主主義や人権に対する攻撃を強めている。
 二〇〇二年の国際情勢は、ブッシュを先頭にした帝国主義諸国のアフガニスタンや中東、その他の地域に対する戦争の拡大を阻止し、アフガニスタンの民主主義的な復興、自立に向けた闘いを支援する国際的な連帯をわれわれに要求している。
 同時にわれわれは、「構造改革」路線が本格化する次期通常国会(一月二十一日招集予定)において、労働者を軸にした抵抗と反撃の闘いを作りだしていかなければならない。国労の闘う闘争団を先頭にした「四党合意承認」の撤回、一〇四七人の被解雇者の現職復帰の闘いを支援しよう。NTT十一万人合理化反対、郵政民営化反対の闘いを全労働者の闘いとして取り組もう。
 さらにわれわれは次期国会での有事法や憲法改悪のための国民投票法の上程、教育基本法改悪の動きなど、「参戦国家体制」の完成に向けた攻撃と対決する広範な共同戦線を築き上げていかなければならない。それはまた憲法改悪を許さない全国的な陣形を準備していくための闘いでもある。
 中谷防衛庁長官は、十二月十日のラムズフェルド米国防長官との会談で、戦局がイラクなどに拡大したことを念頭に置いて、自衛隊が継続してこの戦争で米軍を支援するための条件について意見交換した。中谷は「アフガン以外において何らかのことをする際、あらかじめ相談してほしい」とラムズフェルドに注文したという。それは明らかに、米軍が戦火を拡大した場合にも、自衛隊が参戦することを約束したものだと言わなければならない。
 われわれは、地球上のあらゆる場所において「テロとの闘い」を名目に、自衛隊が無制限に米軍と共同して参戦する決意を語った小泉政権を糾弾し、自衛隊の即時撤退を要求するとともに、改悪PKO法の下での自衛隊海外派兵の拡大に反対しなければならない。
 次期通常国会では、いよいよ本格的な有事法制=戦争法の上程が予想されている。有事法制は第1分類(自衛隊法、防衛庁設置法など防衛庁関係の法令)、第2分類(道路法、医療法など他省庁関係の法令)、第3分類(新たな法整備が必要な分野で、所管官庁が明確でない分野)に分けられる包括的な法体系であるが、いずれも憲法で規定された「国民の権利」を深刻に侵害する内容をふくんだものにならざるをえない。さらに「有事」の概念をテロなどの「緊急事態」にまで拡大することによって、「テロ対策」を口実に事実上の戦時法制=戒厳令を可能にするものとなろうとしている。「有事法制」阻止の闘いの準備を早急に進めていかなければならない。
 沖縄・名護東海岸への海兵隊の新基地建設計画は大詰めの段階を迎えている。新基地建設阻止に向けた地元住民、全沖縄の闘いと連帯し、「基地も軍隊もいらない」という訴えをさらに多くの人びとの間に広げよう。
 われわれは参戦体制と憲法改悪を阻止する持続的闘いを、反グローバリゼーションの闘いと結合し、アジア・全世界の新たな運動との連帯をいっそう深める中で「新しい世界は可能だ」というスローガンを自らのものとするための意識的挑戦を続けていく。
 国際主義的な反資本主義潮流の形成のために! 社会主義革命運動の再生のために!
      (平井純一)


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