もどる

    かけはし2019年6月10日号

民主的権利を尊重せよ!


パキスタン

パシュトゥンの人々に新たな弾圧

ファルーク・タリク/ラル・カーン



 五月二六日朝、北ワジリスタン州ボッヤのカルカマル検問所で、軍の作戦に苦しめられた村人たちの座り込みが続いていた。この現場に、パキスタン下院議員であるアリ・ワジルとモシン・ダワルが、この抗議行動を支援するためにバヌから彼らのキャラバンを率いて到着した。地域における軍の残酷な探索作戦に抗議していた人々の中で、歓喜の波が爆発した。
 当地の一女性に対する攻撃という嫌疑に反対して地域住民が行った座り込みは、その前日に始まり、この日にはPTM(パシュトゥン防衛運動)の労働者が加わっていた。
 さまざまなスローガンが掲げ始められ、抗議の人々とこの地を包囲していた軍部隊との間でもみ合いが起こった。
 しかしながら軍が発砲する中、軍のコミュニケによれば抗議に参加した人々三人が殺害され、四五人が実弾で負傷した。伝えられるところでは、この衝突の中で国軍の銃弾がモシン・ダワルにも傷を負わせた。
 ISPR(パキスタン軍広報部)によれば、アリ・ワジルは彼の八人の同志と共に逮捕された。ISPR報道向け発表は、この現場にいた二人の下院議員と彼らの同志たちを、軍に対する発砲との容疑で中傷した。
 モシン・ダワルとアリ・ワジルは、二〇一八年七月、北ワジリスタンと南ワジリスタンから下院議員として選出された。両者は彼らの選出に先立つ数カ月、PTMの人気を博した指導者として現れた。
 PTMは、タリバンに対する国家的支援を終わらせること、軍の作戦により追い払われた部族の市民の帰還、パシュトゥン地域における軍の横暴を終わらせること、を求め続けてきた。
 逮捕された議員はマルクス主義者であり、タリバンを後押しする国家に反対する当地民衆の抵抗とさまざまな悲惨を象徴している。彼の家族一三人は、父親と兄弟姉妹を含んで、タリバンから標的とされて殺害されたのだ。
 パシュトゥンは、パキスタンで三番目に大きな民族的コミュニティを構成し、大部分はアフガニスタンと接する地域に住んでいる。事実としてこの地域には一世紀以上にわたって、英国植民地主義勢力による東洋主義的歪曲の描写が与えられてきた。
 国軍による暴力行使が示すものは、主流の企業メディアに対する完璧な支配、政治エリート、その諸政党、イムラン・カーンの現右翼政権、さらに彼らの意のままになる他の諸勢力、を通してパシュトゥンの運動を潰そうという、頂点にある国家高官たち内部にある追い詰められた焦燥感だ。
 ラホール左翼戦線(LLF)は、この残忍さ、および非武装の元々の住民と活動家に対する実弾使用をいささかの留保もなく糾弾する。
 われわれは、本日命を落とした犠牲者の家族と友人たちへの深い連帯とお悔やみを表すと共に、平和的なデモの参加者に対する発砲に責任を負う者たちの逮捕を要求する。
 われわれの要求は以下の通りだ。
?アリ・ワジルの即時、無条件釈放、そして彼の安全の保証。
?国家は、モシン・ダワルの所在を公表し、彼の安全状態を保証しなければならない。
?この地域からの武装部隊の即時撤退、および地域に出されている夜間外出禁止令の解除。
?偽りのない要求すべての受容。それは早くから、将軍たちや首相による公式的言明の形で、明らかに知られていた。
?LLFは、抑圧、搾取、欠乏に反対する闘争の中で押し出されている、社会的、経済的、文化的、政治的な要求を全面的に支持する。

ラル・カーン博士(「アジアン・マルキスト・レビュー」編集者)
ファルーク・タリク(ラホール左翼戦線呼びかけ人、アワミ労働者党スポークスパーソン)
タイムル・レーマン博士(パキスタン・マズドール・キッサン党書記長)

▼ファルーク・タリクは、アワミ労働者党の全国スポークスパーソンであり、同党の前書記長。
▼ラル・カーンは、パキスタンの「闘争」グループ指導者。「アジアン・マルキスト・レビュー」編集者、および「パキスタン労働組合擁護キャンペーン」国際書記でもある。(「インターナショナルビューポイント」二〇一九年五月号) 

パキスタン

アリ・ワジルの逮捕

ツイッターでトップの話題に

人権委員会・事件精査要求

ファルーク・タリク

 

 逮捕されたアリ・ワジルが五月二八日の彼の逮捕翌日には、ツイッターのトップを飾る話題になった。ツイッタースレッド「♯アリ・ワジルはどこにいる?」には数万人が参加した。ソーシャルメディア上でのキャンペーンに加えて、カイバル・パクトウンクワ、バロチスタンなどの都市数十における抗議のデモが、パシュトゥン防衛運動(PTM)に対する支持を示す証拠となっている。
 この圧力が当局に、アリ・ワジルをバヌの反テロ法廷に連れ出すよう強制した。この法廷は八日間の再拘置を判決した。その後対テロ警察が彼を拘置所に収容しペシャワールに移した。
 さらに、アリ・ワジルは拘留中に拷問を受け、脚を折られた、との未確認報道もある。暴力的圧迫と糖尿病に苦しんでいるアリ・ワジルは、今も施療の機会を否認されている。
 二七日のISPR(軍広報部)発表によれば、二六日の発砲現場付近でさらに五人の遺体が発見された。したがって、八人の死を招いたこの恐るべき事件は、公式に認められることになった。一方PTMのもう一人の指導者であるモシン・ダワルはビデオメッセージの中で、この事件の中で一三人が殺害され、三〇人以上が負傷した、と語った。
 同じく下院議員であるモシン・ダワルは、上記の事件に対するミラン・シャーにおける抗議行動をも公表し、彼の友人たち、支持者とその友人たちにミラン・シャーに来るよう訴えた。
 このビデオでモシン・ダワルは、ワジル一門を率いるグル・アラム博士をも登場させ、その彼は、治安部隊が彼らを殺害したがっていると告げた。モシン・ダワルは、検問所での攻撃という嫌疑を否認し、彼の組織は平和的であり、平和的にとどまるだろう、と語った。彼は、われわれはいかなる法も決して破っていず、どんな小さな暴力にもまったく関わらなかった、と語った。
 いくつかの報告によれば、PTM労働者に対する嫌疑主張とアリ・ワジルと彼の仲間八人の逮捕は、国の他でも進んでいた。アリ・ワジル自身の選挙区であるワナではこの二日間数千人がデモを続け、兵舎の外で座りこんでいる。さらに国の他の都市数十でも抗議行動がある。
 このような大衆的運動を押しつぶすための国家当局による力の行使にはいつでも後々まで残る影響がある。そして当局が歴史から学ぶことはまったくない。しかし歴史が告げることは、実体のある課題に基礎を置くそのような運動が力と権力の行使によって抑圧される可能性などまったくない、ということだ。この事件を経て、PTM運動が増殖し続け、大衆的支持を集め続けていることは明白だ。発砲のニュースが広まるや否や当局は、夜間外出禁止令を公布した。しかしそれも、抗議のために人々が街頭に現れることを止めることはできなかった。
 五月二六日のニュースは国際報道でも取り上げられることになり、人権の国際組織であり囚人保護の組織であるアムネスティ・インターナショナルは、この事件に対する独立し効力のある調査を行うよう、パキスタン政府に要求した。同組織は、非武装の民衆に対する発砲に対してはいかなる道義的正当性もない、と語った。
 「パキスタン人権委員会(HRCP)」は、本事件に関する議会委員会設置を求め、アリ・ワジルを即刻議会に出席させることを要求した。
 事件のビデオは何十本も当局の主張を否定していたが、その一方PTI(パキスタン正義党、イムラン・カーン現首相が創設)の閣僚たちは、恥知らずにも発砲や逮捕を正当化し続けていた。PTM指導者と下院議員のモシン・ダワルもまた、当局の主張を否定した。ちなみにモシン・ダワルは、四〇qも歩いて安全なところに着いた。
 情勢は現時点で極めて決定的な段階にある。抗議行動は続いている。機動隊と警察はカラチで、平和的な抗議活動参加者を逮捕した。
 モシン・ダワルは彼のビデオメッセージの中で、この運動に参加したすべては非武装だった、治安部隊兵士は、彼と彼の仲間たちが抗議に加わった時に発砲を始めた、と語った。アリ・ワジルを支持する何百万通というメッセージがソーシャルメディア上に投稿されている。そしてソーシャルメディア上では過半数が、事件に対する政府の見方を拒否した。(五月二八日、ウルドゥ語日刊紙「ジェッドジュド・オンライン」にファルーク・タリクが寄せた記事からの英訳)(「インターナショナルビューポイント」二〇一九年五月号) 

ブラジル

5・15反ボルソナロ決起

全土で数十万人が街頭を占拠

われわれの武器は教育だ



さまざまな領域
からデモの波が
 五月一五日、ブラジルの群集がボルソナロに対決して数々の通りに繰り出した。学生、教育者、労働者など数多くの社会層数十万人が、公教育に対する政府のいくつかの攻撃に反対してデモを行うために、この国の州都すべてを含む一六〇以上の都市に結集した。学校、技術研究所、大学、労組、さらに諸社会運動からデモの波が登場し、それらは、この権威主義極右政府に対決するこれまでで最大の決起を作り上げた。
 この運動の触媒は、新教育相、アブラハム・ウェイントラウブによって公表された大学予算の三〇%カット、に対する民衆的な憤激だった。そしてそれは、公教育システム防衛における大きな社会的支持を獲得した。ブラジルでは、科学研究諸計画の圧倒的多数は公立大学で発展させられている。そしてそれが、技術的前進およびこの国の社会的発展において基本的な役割を満たしているのだ。
 ボルソナロによるこの攻撃は、人文科学と批判的思考に対するイデオロギー戦争という脈絡の中にはめ込まれている。そしてそれは、公的システムの教員と学生に対する止まることのない降格に反映されている。政府は、教員が受け取る低賃金や教科の取り止めを伴った投資ほぼゼロというシナリオを進めているにもかかわらず、ブラジルの教育が抱える諸問題に責任がある者として、力を込めて教員と学生を指摘しているのだ。彼の粗雑でいい加減なやり方とピッタリ合う形で、彼はデモ参加者たちを、政治諸グループに奉仕する「役に立つ間抜け」と呼ぶことまで行った。
 同時にボルソナロは、学校のカリキュラムから健康とセクシャリティを排除することを擁護し、出口として家庭内教育を提案、彼の保守的で反啓蒙主義的本性をあらためて証明している。彼はまた不条理にも、ブラジルでの以前の軍事独裁期(一九六四―八五年)にはびこった諸々の政治的迫害行為にならって、クラスに対する秘密裏の記録、および教員の見解表現を抑圧すること、をも擁護している。

女性と若者が
闘いの前面に
反ボルソナロの戦闘では、女性の指導的役割に注目することが重要だ。彼の性差別的で女性蔑視の諸言明と対照になる形で、若い女性の学生たちは今彼女たちの学校や大学の中で、彼女たちの教員と並んで闘いを率いている。そしてその教員もまた国中でほとんどが女性だ。近頃の公立学校占拠の波は、家父長的社会の不公正さと意識的に闘っている、そして前例のない範囲でフェミニズムの考えを広めている、若いフェミニスト学生によって組織された。
この運動は、再び力を取り戻し、また精力的な若者の強さをはっきり示し、居住区と彼らが行進した街頭で大きな支持を受けた。若者は彼らの家族メンバーや住民全般の共感を勝ち取った。学生たちが知識の防衛を象徴する形で本を集会に持ち込んだ「本の蜂起」として知られるようになったものは、諸々のデモでは際立つものになった。この運動は始まったばかりであり、新たなデモがこの行程の継続に向けて五月三〇日に予定されている(まさに全国で一〇〇万人規模のデモとして実現した:訳者)。
五月一五日のデモは、現政府が時間を単位に信用を失っていること、そして民衆的決起を通して打ち破られる可能性があること、を示した。基本になることは、この権威主義の脅威に対決するに当たってはあらゆる連帯が必要になっていると同じく、世界中の同志たちすべてがこの闘いでブラジルの人々を支えることだ。ブラジル人の抵抗は孤立していず、それは、多くの大陸の数ヵ国を脅かしている極右のエスカレーションに対決する国際的闘争の一部だ。
われわれは共にテーブルをひっくり返すことができる! われわれの武器は教育だ! われわれの闘争は一つだ! (「レフト・オン・ザ・ムーヴ」より)(「インターナショナルビューポイント」二〇一九年五月号)

 


もどる

Back