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    かけはし2019年6月10日号

仙台地裁で違憲判決


旧優生保護法被害者訴訟


国は謝罪せよ!一時金支給法の抜本改正を


初めて認められたリプロダクティブ・ライツ

 五月二八日、仙台地裁で旧優生保護法をめぐる訴訟で初めての判決があった。午後三時の開廷から五分後、共同通信は「強制不妊手術を巡る国賠訴訟の判決で、仙台地裁は旧優生保護法は違憲≠ニの判断を示した」と配信した。
 判決は一方、不法行為から二〇年で賠償請求権が消滅する民法上の「除斥期間」を適用。一九九六年に不妊手術を巡る条項を撤廃した法改正後の国と国会の救済不作為についても請求を棄却した。なお、被害者と国の主張、判決の要旨については「河北新報」をもとにした別表「旧優生保護法国賠訴訟の争点と判断」を参照のこと。
 判決要旨はわざわざ、「平成の時代まで根強く残っていた優生思想が正しく克服され、新たな令和の時代においては、何人も差別なく幸福を追求することができ、国民一人ひとりの生きがいが真に尊重される社会となり得るように、最後に付言する」とまとめられている。原告の義姉の佐藤路子さんは「言い渡しでは令和の時代がよくなるようにとあったが、令和ではなく今まで苦しめられていた人の声に耳を傾けてほしかった」と訴えた。
 全国優生保護法被害弁護団は同日、「旧優生保護法訴訟判決に対する声明」(資料参照)を発表。原告側は三一日、地裁判決を不服として仙台高裁に控訴した。

「気づける世代」による被害者支援


 四月二四日、「旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律」が成立、施行され、一時金の請求書などが厚労省HPからダウンロードできるようになった。
 施行三日目の四月二六日、札幌地裁に訴えている小島喜久夫さんが一時金の請求を行ったと報じられた。実はこの請求は、日本テレビ系列の札幌テレビ放送(STV)の記者が施行の翌日「裁判と一時金は関係ない。明日申請しましょう」と働きかけ、翌二六日、記者は小島さんの自宅に申請書を持参し、申請先の北海道庁まで同行、弁護団に相談をさせぬまま申請させた。STVは小島さんが申請に向かう様子を同日のニュース番組で放送したという。「欺罔」を用いた取材だった。弁護団は二八日に抗議、五月一六日に質問状を提出したが、第四回口頭弁論期日の三一日までに回答はなく、小島さんは一時金申請を取り下げた。
 毎日新聞は次のような社説を掲載した。
――旧優生保護法は一九四八年に与野党議員の主導で成立した。当初は手術件数が少なく、議員らは何度も国会で予算増を要求した。厚生省(当時)は増えた予算を消化するため都道府県に手術の推進を求めた。「身体の拘束」「麻酔」「欺罔(ぎもう)(だますこと)」を用いることも認めた――(毎日新聞/四月二五日社説)。
 毎日新聞はキャンペーン報道「旧優生保護法を問う」で昨年度の日本新聞協会賞(編集部門)を受賞した。二月までの記事や、今回の立法措置に対する被害者らの要望書などの資料などをまとめ、『強制不妊―旧優生保護法を問う』を三月に刊行した。同書から仙台のふたりの原告についての記述を抜粋する。
 強制不妊の被害者は約二万五千人とされる。宮城県は北海道の二五九三人に次ぎ、一四〇六人が強制不妊の被害を受けた。
 一六歳で被害を受けた飯塚淳子さんは中学三年の時、地域の民生委員から知的障害児のための施設「小松島学園」への入所を通告された。「入所児らへの不妊手術の推進を愛の一〇万人県民運動≠ニ呼んでいた。在所中は手術を免れた飯塚だったが、卒園すると、奉公先で当然のように手術を強いられた」。「県の施設で精神薄弱者≠ニ診断された直後、愛宕橋の先にたたずんでいた診療所≠ノ連れていかれた」(一七頁)。同書の表紙は、広瀬川にかかる愛宕橋のスケッチだ。
 一五歳で被害を受けた佐藤由美さんは、路子さんが得た「優生保護台帳」に記載された手術理由が「遺伝性疾患」だった。由美さんは「口蓋裂で生まれて一歳で行った手術の麻酔が効きすぎて障害が残った」。「追加で公開請求した由美の生涯判定記録には遺伝負因なし≠ニあった。優生保護法では、遺伝性でない障害・疾患による不妊手術は親の同意が必要だが、遺伝性≠フ場合、親の同意すら必要なく医師が申請し都道府県が認めれば強制的に不妊手術を行うことができる。事実をねじ曲げ、本人の意思を代弁する親までも無視する形で手術が行われたのではないか」(四三頁)。
 同書のあとがきに、取材班デスクの栗田愼一は今回のキャンペーン報道の特徴の一つに「記者になって一〇年前後までの若手が率先してかかわったことです」と書く。続けて、優生手術に対する謝罪を求める会の設立メンバーのひとりで東京大学の市野川容孝さんの「社会の受けとめ方が変わった」との考えを書く。「鉄道のホームから視覚障害者が転落する事故は昔からありましたが、関心を集めるようになったのは近年です。性的少数者の権利尊重も同じ文脈にあるのでしょう。つまり、社会的弱者の視点に立った環境や考え方が普通≠ニなりつつある時代だからこそ、問題に気づけた――」。「気づける世代≠ェ新聞社の一線に立ち始めた」(二九九頁など)。
 「気づける世代」は弁護団でも同様だった。「訴状には、譲ることのできない弁護団のこだわりも盛り込まれた。憲法第一三条が保障するリプロダクティブ・ライツ≠ェ侵害されたという主張だ。優生保護法の違憲性は、子どもを産めなくした≠ニいうことではなく、子どもを産んだり、産まなかったりする自由≠ェ侵害されたことだと認識してもらうためだった」。「一九九六年の母体保護法への改定以降も当事者への救済策を講じてこなかった国と国会の立法不作為≠追及する史上初の訴状は、法律が改定された当時小中学生だった若手が中心となり、二〇一八年一月二六日に完成した」(一五五頁など)。

「おわび」ではなく謝罪こそが必要だ


 一時金支給法は前文で「多くの方々が、特定の疾病や障害を有すること等を理由に(中略)生殖を不能にする手術又は放射線の照射を受けることを強いられ、心身に多大な苦痛を受けてきた。このことに対して、我々は、それぞれの立場において、真摯に反省し、心から深くおわびする」と「おわび」が入った。成立後、「執行していた立場から、真摯に反省し、心からおわび申し上げます」という法の前文をなぞっただけの首相談話が発表された。
 全国約一八七〇の共同作業所で構成する「きょうされん」は法案の段階で、国の謝罪の仕方、法案の内容、審議の進め方の三つの危機意識をもち、成立後に常任理事会は「成立にあたっての声明」を発表した。声明では、国の謝罪は法案作成前に行うべきであった、国会は現在の会期中に謝罪の決議をすべきだと求めた。法律の内容では、一時金三二〇万円という水準が人権侵害の上塗りだと指摘した。審議の進め方では被害者の参考人招致などの意見表明の機会が拒まれ、障害者権利条約の制定過程などで重ねられてきた「私たち抜きで私たちのことを決めないで」という観点はすっかり抜け落ちたと批判した。
 支給法の施行後、厚労省は一時金の請求・相談件数などを定例で公表している。最新の件数は、請求受付が一二九件。うち支給の認定は五月末で九名だ。都道府県別では、北海道四名、宮城四名、石川一名。相談は都道府県に八三〇件、厚労省に三二件。請求は施行から五年間、また生存者に限られ、遺族らは排除されている。
 法では個人情報保護を理由に被害者への個別の告知は行わない。可能な限り個別の告知を検討している自治体もあり、法の下の平等が「崩される」可能性がある。仙台地裁の他の訴訟を含め、七地裁で公判が進行中で、仙台高裁の控訴審を含め、賠償を認める判決の可能性がある。仙台地裁での違憲判断によって、旧優生保護法の合憲を前提とした支給法と首相談話の土台は崩れた。金額を含め、法の早急かつ抜本的な改正、「おわび」ではなく「謝罪」が必要だ。
  (六月三日 斉藤浩二)

 【訂正】本紙2019年4月8日号(2562号)2面「旧優生保護法による強制不妊手術」記事5段目の「義妹の佐藤路子さん」を「義姉の佐藤路子さん」に訂正します。

旧優生保護法訴訟判決に対する声明

全国優生保護法被害弁護団

2019年5月28日

 本日、仙台地方裁判所第二民事部は、原告らの請求を棄却するとの判決を言い渡した。この間、被害の重大性について社会的に大きく報道されるなどし、原告ら被害者は司法権による被害回復がなされるものと期待して本日を迎えたが、その期待が大きく裏切られる結果となり、憤りを抑えることができない。
この判決は、憲法13条の法意に照らし、人格権の一内容としてリプロダクティブ権が尊重されることを明らかにし、旧優生保護法が個人の尊厳を踏みにじるものであって憲法13条に違反することを初めて認めた。これは誰もがひとしく個人として尊重され生殖に関して国の干渉を許さないことを明示したものであり、この点については一定の評価が可能である。
しかし、判決は、特別立法の必要性が極めて高いとしつつ、立法内容については国会の合理的裁量に委ねられている事項であること、リプロダクティブ権をめぐる法的議論の蓄積が少ないことや現在まで司法判断もなされていないこと等を理由に、立法措置をとることが国会にとって明白ということは困難であるとして、立法不作為については国賠法上の違法は認められないと判断した。
また、除斥期間の規定は目的の正当性並びに合理性、必要性が認められるとして憲法17条に違反しないとし、手術自体の違法性に基づく国家賠償請求も認めなかった。
先般成立した優生保護法一時金支給法が被害回復には極めて不十分であることを考えても、人権救済の最後の砦である司法府が国の責任を認めなければ、原告ら被害者の今後の被害回復は困難であり、裁判所に対する信頼は失墜したと言わざるを得ない。
我々は、原告ら被害者の被害救済のため、今後も全力を挙げて戦い抜くことを表明する。
以上

コラム

ナイトウォーク

 週三回ほどのナイトウォークを続けてきたが、原稿を抱えていたり温泉宿一泊の墓参りなどがあったために、二週間近くさぼってしまった。それで今夜は歩こうと思い、いつもよりも少しばかりペースを落として四キロコースを歩いてきた。
 コースは四キロ、四・五キロ、五キロの三通りがあり、その日の体調や天候などを考えながら行き当たりばったりで決めている。ペースは時速六キロで、一〇分で一キロということになる。毎週火曜日には途中の書店で「エコノミスト」を買い、ゴールは自宅近所のスーパー。そこで缶チューハイや食料品などの買い物をするのである。
 タバコ吸いだからだろうが、歩き始めてから一〇分間ほど咳が止まらない。有酸素運動によって肺が活発に動き出すことによって、肺の中にたまっていたタール交じりのタンが咳とともに排出されるのだろう。咳をするのはつらいが、タンを出し切ると肺がきれいになったのか胸が軽くなったような良い気持ちになるのだ。
 「ウォーキング秋に始めて冬やめる」という川柳があるが、東京でも真冬の夜は辛い。それなりの決意なしには出発できないこともある。そんな時はまだ陽が残っている時間帯に出発するのがよい。幸い東京の冬は晴れの日が多い。陽だまりのなかを一生懸命に歩けば、ほんのりと汗もかく。
 真夏の夜も別の意味で辛いものだ。夜の八時、九時では蒸しかえるような暑さが残っている。それで一一時頃になってから出発することもある。去年の夏には半ズボンで帽子をかぶって、人通りもほとんど無くなったT通りを黙々と歩いていると、パトカーに一分間ほど並走されてしまったこともあった。
 新時代社から自宅まで、月に一度くらい歩いて帰ることにしている。玉川上水の遊歩道を二〇分ほど歩くと、道の左右に東京消防庁の学校や訓練所、宿舎や車両整備場がある。東京消防庁の消防士たちは福島原発事故で四号機のプールに海水を注入して、日本を救ったヒーローだ。いつも「ありがとう」と心のなかでささやきながらそこを通り過ぎるのである。自宅近くのS神社まで一時間の道のりだ。
 健康と体力の維持のためにウォーキングを続けてきたのだから、いまや肩身の狭くなったタバコはやめなければならない。とはずいぶん前からそう思ってきた。二〇年四月からは「喫煙者弾圧法」である国の「改正健康増進法」と、さらに厳しい東京都の「受動喫煙防止条例」が施行される。喫煙者は犯罪者のように敵視されて、ゴキブリやドブネズミと同様の扱いを受けることになる。そして最大三〇万円の罰金付きだ。「弾圧をやめろ!」と声も上げられない…。
 現在も「無煙たばこ」という製品はあるが、どうも効き目が弱いようだ。JTが「煙は出ないがニコチンががっつり染みる」タバコを開発してくれるのを待つしかないのだろうか。それができれば間違いなくノーベル賞ものなのだが……。   (星)



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