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    かけはし2019年6月3日号

若者の運動が既成の政治を圧倒


ベルギー

気候運動は自らをはっきり示し

民衆の意識に大きな影響与えた




 日本での報道は極度に少ないが、主に若者が中心の気候をめぐる大規模な大衆的決起が世界中に広がっている。一部の国ではそれが政治をも大きく揺るがした。その一例がベルギーであり、以下ではその経過と評価が論じられている。これからの階級闘争の展開を考える重要な要素として以下に紹介する。(「かけはし」編集部)

粘り強く強大な
大衆的若者運動

 この冬以来ベルギーを揺さぶり続けてきた気候運動は、民衆の意識に大きな作用を及ぼした。数ヵ月の決起を経て、われわれはここに最初の経過報告、およびこの運動の将来にとっての戦略的な問題に対する一つの回答の諸要素、を提起する。
気候運動はベルギーでは極度に多様だ。われわれが突入した新しい局面は、「気候のために立ちあがれ」が組織したEU議会を包囲する数回の集会をもって二〇一八年九月に始まった。
昨年冬、その切望は、カトヴィッツェでのCOP24開始に合わせ、気候を目的としたこの国の史上最大のイベントを実現することだった。この決起は七万人以上を結集し、そうである以上先の賭は成功を見た。時を同じくして、スウェーデンの若者、グレタ・トゥーンベリが、彼女に範を取り、高校生ストライキをあらゆるところで始めよう、との国際的呼びかけを発した。
国際的影響力を発揮してきたこの行動は、数ヵ国(ほとんどが「富裕な」諸国)へ広がった。最初の自然発生的な集まりは昨年一二月、ブリュッセルとEU委員会前に何度か集まったブリュッセルの高校数校の生徒数百人をも加えて、ここベルギーでも起きた。
一月一〇日、アヌナ・デ・ヴェーファーとキラ・ガントイスのフェースブック上の呼びかけに続いて、主にオランダ語圏(フランデレン)の生徒三〇〇〇人が、ベルギーで大衆的な気候ストライキに乗り出した。その指導部が「気候のための若者」と呼んでいるこの運動は、第二週からこの国のフランス語圏(ワロン)へと拡大した。
若者たちは一三週の間、気候のために毎木曜日行進した。それは、粘り強さと歴史的な強さをもった運動だ。第三週目には、四万人以上の若者たちがブリュッセルで行進した。支援グループもまた、「気候のための学生」や「気候のための労働者」といった運動の形で組織されてきた。とはいえそれらはまだ大衆的な規模にはなっていない。数百人の科学者は、支援を求めて声を上げ続けている。

教育行政当局は
抑圧回避を選択


フランデレン選出の環境相のホケ・シャウフリイーヒ(キリスト教民主党)は、この運動の性格について陰謀論的嘘を広めたことで辞任を強いられた。同時に、市民団体の「気候のために立ち上がれ」は、高度に制度化された諸部門(たとえば「気候連合」)や若者たちも加わって、一月二七日、ブリュッセルの街頭に九万人以上を集めることができた。若者たちの中ではワロンで、新しい団体が生み出された。気候の闘いに関するより急進的、より戦闘的な観点に基づく「気候世代」だ。
教育省庁の側では政治家たちが、直接的抑圧のカードを切るよりも、むしろ支持、あるいはこの運動との協力であっても、それを試す方が危険が少ないと悟った。こうして多くの学校では、教育上の計画という形での教員の監督下で、学校システムの支配下に運動を押し戻すことにより、ストライキ数とそれらの戦闘精神双方を引き下げるために、各クラスがさまざまな催しにローテーションの形で参加することを認められるだろう。三月一五日、気候ストライキに対する国際的呼びかけに応じて、さらに四万五〇〇〇人の人々がベルギー中で諸々の街頭を行進した。この時には、FGTB(ベルギー労働総同盟)とCSC(ベルギーキリスト教労働組合連盟)傘下のいくつかの労組がそれらの活動家に決起を呼びかけた。
われわれはもちろん、底辺からのストライキの波というものからは遠く隔たっている。しかしそれは、若者と労組運動の接合という形で必要とされた重要な一歩だ。この行動の後には、世界中の一一二ヵ国での一五〇万人以上が参加したストライキが続いた。それは、最初の国際的な歴史的気候ストライキであり、その後には五月二四日における新たな国際ストライキに向けた呼びかけが続いた(一二五ヵ国、二三五〇都市で一八〇万人が決起、と報じられている:訳者)。

結集軸は気候法
直接行動も展開


この運動は、専門家が準備した「気候法」支持の要求を軸に結晶化した。この法は、気候の課題に関して政府の全政策を導く、一連の目標、方策、さらに全般的な予防事項の設定を目標にしていた。この法は、われわれが別のところで述べていたように不十分なものだった。しかしそれは、やがて来る諸選挙を前後した政府の相対的な無為以前にそれを通過させようと、決起のテンポと緊急性を定めた。
大衆的な諸々のデモに加えて、「気候の公正を求める行動(AFCJ)」、「一つの広がりをもつ気候グループと活動家による直接行動と市民的不服従の呼びかけ」を軸に、より急進的かつ「活動家」の極が現れた。AFCJは特に、化石燃料に対する諸銀行の投資に反対する抗議のために、三月一八日にBNPパリバ・フォルティス(ベルギーを本拠とする国際銀行:訳者)を封鎖することを支持し、また、気候法通過に向けて政府に圧力をかけるために、ルーエ・デ・ラ・ロイ(ブリュッセル中心部と東部をつなぐ主要道路、ベルギー政府とEUの名高い建物がいくつか面している:訳者)の占拠行動組織化にも参加した。
至近の週では、十分に予測できたこととして、木曜日抗議行動は続いたが、若者の決起数は着実に減少した。三月三一日、「気候のために立ち上がれ」は新たなイベントを呼びかけた。ブリュッセルの街頭には八〇〇〇人、リエージュには七〇〇〇人がいた。このイベントには、気候の闘争を社会的公正を求める闘いに結びつけようと、ベルギー、フランス、オランダの約二〇〇人のジレ・ジョーヌが参加した。それらの一連の参加層の内部には、少数のブラック・ブロックもいた。最終的に四月四日の最後の木曜行動は、ブリュッセルで五〇〇人(またエノー州でも七〇〇人の学生)しか引き出せなかった。新たな日付けとしては、諸選挙(注)二日前の五月二四日が予定されている。

勝利ではないが
成果着実に蓄積

 われわれは、これらの決起すべてをたどってみた場合、みごとな勝利を語ることはできない、そして不満足の感をもつことは正当だ。しかし戦線は動いた。運動の収支決算は全体として肯定的なものだ。
右翼のN―VA(新フランデレン連盟)は、五月の選挙キャンペーンの中心テーマが反移民のレイシズム、安全保障、さらにコミュニティに根を下ろすことになろう、と期待した。しかしフランデレンから始まったこの大衆的な若者の運動は、このキャンペーンの中心テーマが何であるかを固めることができた。つまり代わりに気候が中心になったのだ。
昨年一二月一六日にブリュッセルで茶色行進を行ったフランデレン極右運動のシルト・エン・フリエンデン(シールド&フレンズ)は、さしあたりその勢いを失った。もっと具合が悪いことに、そのスポークスパーソンであるドリエス・ファン・ランゲンホーフェは、気候のデモから物理的に排除された。
運動はこれまでにも言われたように、四カ月以上にわたって大衆的決起の模範的な粘り強さを示してきた。それは、多くの形態で、また多くの異なった戦術を通して、自らをはっきり示すことになり、あり得る気候の惨事に関する何千という議論に火を着けた。若者の全世代が、多くの先立つ世代よりもはるかに早く、学校や保護者の権威に対する不服従、学校ストライキ、諸々のスローガン、政治的諸テーマの復活、諸々のイベント、その他に基づいて、彼らの最初の社会的かつ政治的経験を積んだ。
これらの若者たちは非常に短い期間で、さらなる高等教育あるいは労働力市場に入ることになる。彼らは、次に何が起ころうと、権威と既成秩序を疑問に付すことを学び終えているだろう。

政治的戦略的
諸問題が復活

 大政党は諸労組と共に、この若者の運動に驚かされ圧倒された。それは、エコロジカルでも現実的でもないいわゆる「エコ現実主義」を唱導している人を愚弄したN―VAから、閣僚のシャウフリイーヒの辞任とMR(自由主義のフランデレン政党)にまで広がっている。ちなみにMRはこの問題に関する彼らの方針を四回も変更した。そしてその広がりの中には二つの労組連合があり、それらは、三月一五日のストライキに関して、熱のこもった支持(すなわち、CNE〈全国中央労働者、金属部門〉、FGTBなど)と肩をすくめる困惑(教員の諸連合による)の間で揺れた。
歴史的な気候ストライキそれ自身は、この国での歴史的な女性ストライキに続くものだった。双方の事例には、ストライキに決起した被雇用者数はまだ多くはないとしても、先例になるもの、重要な指針、がある。それは、抑圧と対決する闘い、およびわれわれの唯一の暮らしの場、地球の破壊に対決する闘いに対応する労働者運動の歴史的役割の問題、に始まりから基礎を置くという指針だ。
もっと全体的なこととして若者が駆動したこの気候運動は、際限のない機能低下から、ますます社会運動に襲いかかり続けていた士気阻喪から、この国を引き上げた。それはまた、われわれが次の報告で戻ることになる、全一連の戦略的な諸問題を生き返らせることにもなった。

▼マウロ・ガスパリニは、第四インターナショナルベルギー支部のLCR―SAP執行委員会の一員。
(注)ベルギーでは五月二六日に、三つの選挙が予定されている。EU議会選、地域圏議会選、さらに連邦議会選だ。(「インターナショナルビューポイント」二〇一九年五月号) 

ブラジル

公教育と教育の自由破壊許さない
15M(5月15日)、全国ストライキ

 五月一五日ブラジル各地で、ボルソナロ政府の反動的な教育政策に反対する数十万人のデモが繰り広げられた。ロイター通信は二〇一六年以後では最大規模の反政府行動と報じた。以下は、この行動に先立って行動への決起を呼びかけたアピール。(「かけはし」編集部)
 五月一五日、ブラジルの街頭は、学生、教員、またボルソナロ政府と公教育に対するその先頃の攻撃と対決して闘争中の他の教育労働者や他の諸層、からなる群集によって占拠されるだろう。ボルソナロは政権について僅かの月の内に、公教育と人文諸科学に直接攻撃を加え、公立学校と大学から資格を取り上げ、学生や教員を彼らの政治的立場を理由に迫害している。彼は、社会学や哲学の専門職を潰したいと思っている。彼が、そこの「学生はマルクス主義の政治思想で教育されている」と語っているからだ。
 つい最近現教育相は、大学と連邦研究機関の予算三〇%カットを言明し、多くのイニシアチブ、計画、さらに諸々の教育センターの存在すらも存立不可能にしている。他方それは、諸々の学校の教育に関わる自律性を終わりにすること、および家庭内教育の公認を提案し、あらゆる学習過程に必要とされる深い考察と批判的思考を中味のないものにしている。
 教育界の抗議が現れるには時間がかからなかった。ボルソナロと彼の教育相の反啓蒙主義的計画拒否の決起を求める学生総会が数百とある。学校、技術研究機関、大学は、ボルソナロの反動主義と対決する拠点へと組み入れられつつある。
 五月一五日、学生と教育者はブラジルを停止させるだろう! 国外の同志たちすべてがボルソナロ反対のこの大運動と連帯することが極めて重要だ! 国際連帯が非常に重要だ。支持を示すポスター、ビデオ、声明、またその他のあらゆる形態は、極右の大統領に対決する闘争に大きな違いを作るだろう。
 この決起を支持しよう! みなさんの支持を示すものを送ってほしい。そして、今日ブラジルを病に冒しているこの男主義、レイシズム、さらにLGBT嫌悪の脅威を共に打ち負かそう。

われわれの武器は教育だ!(「フントス」青年組織)
(「インターナショナルビューポイント」二〇一九年五月号) 


 
 
 
 
 


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