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    かけはし2019年5月27日号

混乱に向かう光景にまだまだ終りはない


中東

ジルベール・アシュカルへのインタビュー/ディナ・ヤズダニ

新たな若い世代が変革導く運動をつくり出せるかどうか、が鍵


解題

 「フェア・オブザーバー」


 中東と北アフリカは、二〇一一年のアラブの春から、つまり八年前から、この地域を揺るがせた諸々の抗議を反響させ続けている。蜂起、革命、反乱、と言及されてもきた抗議の諸行動は、エジプト、チュニジア、リビアでは終身的独裁者を打倒することに導いた。チュニジアはアラブの春から、新しい競争選挙、総意の政治、また一連の民主的な改革をしたがえて現れたが、エジプトは、軍司令官のアブデル・ファッター・エル―シシがモハメド・モルシ大統領を打倒した連合を率いた後、彼の選出をもって権威主義支配を強固に固めた。
 シシはそれ以来、諸選挙では許可された野党候補者の数を制限しつつ、また異論のあらゆる形態を粉砕しつつ、鉄拳をもって支配してきた。アムネスティ・インターナショナルはシシ支配下のエジプトを、「批判者にとっての屋根のない監獄」と、また活動家にとっては「かつて以上に危険」と描いてきた。
 その間リビアは、国の東部と西部間で、二つの競合する政権間で、分断されている。ムアマル・カダフィ打倒後に生み出された政治的真空は、政治的諸派に対し相当な影響力を獲得している武装諸グループの台頭を可能にし、和平プロセスと統一された国の展望をさらに複雑にしている。エジプト、UAE、フランスの支持の下に東部でリビア国民軍を率いているカリファ・ハフタル将軍は、西部へ彼の権力を伸ばす努力として、トリポリへの前進を開始し、国連が後押ししている政権とのもう一つの本格的な内戦に火を着ける怖れをつくり出した。
 次いでシリアがある。バシャル・アルアサド大統領は二〇一一年の平和的な抗議行動に、火に油を投げ込む残忍な弾圧で応じた。そしてそれは残忍な内戦へと成長し、今その九年目に入っている。この紛争は、アサド体制と反政権派間の内戦から、イランとサウジアラビア間の宗派的な代理戦争、そしてイスラム国(IS)と他のイスラム派諸グループにたいする戦争として、多数の戦線で闘われ続けている。紛争は、五〇万人以上のシリア人の死、および国内と世界各地の双方に追い出された一二〇〇万人以上、を残すことになった。最後に残されたバグズの拠点をISが三月に失ったことで、多くは今、シリアの紛争が終わりに向かおうとしているのかどうか、推測中だ。
 アラブの春はまた、この地域を貫いて政治的力学を変える助けにもなってきた。その前線には、影響圏の競合をめぐるサウジアラビアとイランの冷戦がある。イランは、そのシーア派影響圏をイラク、レバノン、シリアを貫いて橋でつなぐことにより、自身を地域の指導者に位置させるというリアドの野心を掘り崩してきた。この二ヵ国はイエメンを、それらの引き立てに応じて権力の振り子を揺らす、宗派間の戦場に変えてしまった。しかしながらイランは、ワシントンのトランプ政権の下で米国がその支援を王国に投げかけた中で、その地域的影響力と力が衰えるのを知ることになった。
 トランプ大統領は彼の中東政策で混じり合ったメッセージ――イランの核取引からの撤退から、シリアからの米軍部隊の完全撤退要求、またイスラエルとサウジアラビア両者に対する米国の支援を元気づけることまで――を送り出してきたが、彼の行動は、これまでもそうだったがこれからも、この地域に底深い影響を及ぼし続けるだろう。
 この地域は変わりやすい環境にあり、今も恒常的に移行を続けている。そしてわれわれのアシュカル教授に対するインタビューは、すべてのできごとが過去二週間の幅で起こった、アルジェリアにおけるブーテフリカ大統領の退陣、ハフタルのトリポリへの前進、そしてスーダンにおけるオマル・アルバシル大統領の追い出し、これらの前に行われた。同時に、この地域の多くは、サウジアラビアとイランの容赦ない権力闘争とシリアの紛争の間で静止状態にある。
 以下のインタビューでは、「フェア・オブザーバー」(インタビュアーはディナ・ヤズダニ)が、この地域で進行中の混乱、その将来に関する彼の見方、そして楽観主義ではないとしても、希望をもつ根拠についてアシュカルと話し合った。なお文章化に際しては、明確化のために若干の編集がある。

IS敗北の主張は希望的観測


――去年一二月トランプ大統領は、米国はシリアでISを敗北させた、彼は今その国から全米軍部隊を撤退させている、と公表した。先月には、シリアの米軍部隊を四〇〇人維持することに合意した後、米軍はISの領土を一〇〇%再獲得した、と再び主張した。ISは本当に敗北させられたのか? それを敗北させることはそもそも可能なのか?

 まったくそれはいい質問だ。そのようなネットワークの本性そのものが、彼らを押しつぶすことを難しくしている。ISはイラクにおけるアルカイダの継続だ。そしてそれは、イラクのイスラム国へと変形を遂げ、次に内戦の間にシリアで再登場し、イラクとシリアのイスラム国へと変わり、その後再度イラクにあふれ出た後廷臣をしつこく勧誘している。この種のテロリズムの事業は、米国および現地の諸政権に対する暴力的な敵意を育て上げる要素がある限り、続いていくだろう。底に潜む原因がそこにある限り、われわれはさまざまなブランドのテロリストのネットワークが突然現れるのを見続けるだろう。

――ISがイラクやシリアで何とか獲得できたその領土を失った以上、彼らはもっとゲリラ戦争に頼るとあなたは予想しますか? あるいは、もっと小さいグループに割れ、そのことで米国や他の諸勢力が彼らを潰すことをもっと困難にする、と予想しますか?

 圧倒的な力――全世界がISを敵として同盟した――を前に、彼らが彼らの力のピークで支配した広大な領土を放さないでおくことはできないだろう、と予想するのは困難ではなかった。つい最近までその一部を何とか維持できたということは、実際もっとも驚くべきことだ。それは、彼らの最後の奥地に閉じ込められている、という感覚で高められた彼らの決意の証明だ。
しかし別のやり方では、そのような環境を前にする戦士たちの論理的な対応は、彼らの支配下にある領域を放棄し、同じ地域の中でか、あるいは全体的にかどちらかで、ゲリラ戦あるいはテロ攻撃に依拠することだ。忘れてはならないことだがISは、シナイ半島やリビアを例として地域の他の領域に、さらにサハラ砂漠南部のアフリカやその他のアラブ世界を超えた領域へと広がっている。
そうであれば、彼らがいくつかの領域で今も活動している広範囲にまたがる国際的ネットワークを何とか形成できている時、彼らを根絶したなどとどうすれば主張できるだろうか?

シリアめぐるトランプの矛盾


――トランプは彼の観点として、シリアにおける米国の唯一の使命はISを打ち負かすことだ、とはっきりさせた。このグループは少なくとも領土の点で打ち負かされた、と彼が言明して以後、シリアにおける彼の戦略とはどういうものか? 米軍部隊は徐々に撤退することになるとあなたは信じるか、またそうするならば誰がその代わりになると考えるか? これは自覚がないままの、米国にこの地を去るよう圧力をかけ続けてきたイランの利益になる行為ではないのか?

 シリアに関するトランプの立場にはある種原理的な矛盾がある。明白なことだが、普通彼とはまったく大いに一致している人びとの多くが、シリアに関し彼がとった立場に対し、今度だけはむしろ不満に思っている。イスラエルのベンジャミン・ネタニエフ首相は、実際上すべてのことについてトランプと見解が一致しているが、この問題だけは別だ。それは、シリアから部隊を引きあげさせたいというトランプの切望が、ネタニエフの反イラン優先とぶつかっているからだ。というのも、シリア内の米国の存在が果たしている一つの鍵的な機能がまさに、ユーフラテス川東部の広大な領域がイランの支配下に落ちないように確保すること、にあるからだ。ちなみにその領域は今、米国が支援するクルド諸部隊とシリア民主軍のアラブ人パートナーによって支配されている。
米軍部隊がシリア北東部を離れるならば、クルド諸部隊はその領域のアラブの部分にはとどまらないだろう。彼らは、彼らがロジャヴァと呼んでいるクルド諸地域に引き上げるだろう。彼らにとっての主な脅威はトルコであり、イランではないのだ。トルコの大統領は、シリア北東部のクルドが支配する領域に侵攻するつもりだとの彼の約束に対する、まさに好機を掴もうとしている。
ユーフラテス川東部のアラブ人が住む領域はこうして、シリア政権の支配に開かれることになり、そしてそれは、独立した要素としてのシリア政権は今では一つの虚構でしかない――それはその二つの支援者に完全に頼っている――以上、ロシアとイランどちらかの、あるいは両者の支配を意味する。米軍部隊の撤退は不可避的に、その大きな領域部分の支配獲得に向けた、他の諸大国への招待になるだろう。
イランにとっては、これは非常に重要な好機になると思われる。それがイランに、テヘランからレバノンの海岸まで貫く回廊を完成させることを可能にするからだ。そしてその回廊完成は、イラン政権の拡張主義的攻勢の主軸になっていたのだ。それこそが、イラン問題でトランプにもっとも近い者たちの何人かが、シリアからの米軍撤退という彼の公表に非常な失望を覚えた理由だ。彼らはトランプに圧力をかけた。そしてそれが彼を、妥協、および数を減らして部隊を維持するという合意、に導いた。

動乱止める要素はまったくない

――シリアの場合次は何か?

 二〇一一年のアラブの春を起点にこの地域が不安定化を刻印された長い時期に入ったからには、シリアだけではなく、地域全体に対しても、語ることは非常に難しい。この地域におけるまさに多くの経済的、社会的、政治的問題の蓄積の後では、爆発はすでに長いこと機が熟していた。シリアではそれが、不幸なことに極めて悲劇的な性格になった。われわれが今見ているものは、シリア反政権派に対するシリア政権の勝利ではなく、実際はシリア内での場をめぐるロシア・イラン連合の勝利なのだ。
少なくとも予想可能な将来にとっての大きな問題はしたがって、この勝利した二つの連携相手の間に今後何が起きるか、だ。ロシアとイラン間の関係はシリアでどう進展するだろうか? それが大きな問題だ。
この二ヵ国は、バシャー・アルアサドの体制を支柱で支える点では合流したとはいえ、抱えている設定課題は完全に異なっているからだ。イラン問題はプーチンが握っている大きな切り札だ。つまり彼は、シリア内でのイランの存在をイランが固めることを妨げる上で、最良の位置にいるのだ。だが、彼がシリアの支配のためだけでイラン問題で何かをする、ということはないと思われる。彼はすでに、そこで彼に必要なものすべてを支配しているからだ。イラン問題はむしろ、EUや米国との関係における交渉カードになると思われる。
EUの場合、難民問題がシリア人の悲劇がつくる、つまり彼らの国を逃れなければならず、近隣の諸国あるいはEUで難民にならなければならない、何百万人というシリア人がつくる、もっとも深刻な結果だ。彼らは特にシリアの隣国に、諸々の緊張の大きな原因にならずに何年もそこに留まることができるとは期待できないほどに、大量の数で集中している。
多くの諸国は、彼らをシリアに戻すことに大きな利害関係をもっている。そしてロシアは、それへの鍵を握っている。ロシアが、これらの難民に信頼性ある安全の保証を与えることのできる、また彼らに故国に戻る気にさせることのできる、ただ一つの大国だからだ。ロシアはシリア人から、確かに親体制派だが、しかしこの国で展開した宗派戦争あるいは民族的復讐戦に利害関係のない大国、と見られている。他方イランはその正反対だ。シリア人難民の主要な部分は、政治課題を宗派的に設定することで突き動かされている大国である、そのイランに支配されたシリアの諸地域に戻ることを本気で考えるとは思われない。
結論として、シリア、あるいは問題となる地域全体について間違わずに行うことができる唯一の予測は、予想できる将来、情勢が安定化することはないだろう、というものだ。そこでの動乱は、何十年ではないとしても、今後何年も、止まる方向に向かってはいない。

体制崩壊必然だが次は見えない


――今年早くあなたは、古いアラブの専制的秩序は結局は崩壊するだろう、と「アル―クズ・アル―アラビ」紙に書いた。この専制的秩序が意味するもの、またそれらの体制崩壊を促進するために必要になるもの、それを説明できるか?

 アラビア語言語圏にはびこっている秩序の専制的性格は明白だ。そこでの例外はほんのわずかしかない。その一つが今日のチュニジアであり、アラブの春が頂点に達した六ヵ国の中で、何とかその民主的な成果を維持できたただ一つの例だ。もう一つがレバノンだが、それは、その多元的信仰を包含した政治システムを理由に、長期に続く異なった政治的伝統を抱える国だ。
しかしそれを除けば、この地域にある国家のほとんどは、専制か軍事独裁か、のどちらかだ。後者は軍が体制を支配している、という意味でのことだが、たとえばエジプトとアルジェリアがその例になる。八ヵ国のアラブ君主国は、憲法や議会がある国だとしても、すべて絶対王制だ。八ヵ国の例すべてで、主権は民衆にではなく、王、あるいは首長、またあるいはスルタンに帰属している。残りの諸国すべてに権威主義体制がある。
この専制的秩序は、もはや機能する形では残り得ない。もちろん問題は、何年先にそれが終わるか、それが済むまでに、どのような種類の損害とどれほどの民衆の死が引き起こされるか、だ。しかしながら私が言いたいことは、二〇一一年からずっと、アラブの春と呼ばれたもののまさに始まりから言い続けてきたことだ。つまり私は、それは、アラブの春というラベルが伝えるような、民主的移行のなめらかな、平和的な、また短い局面になる軌道にはない、と強調し続けてきた、ということだ。
二〇一一年の革命的衝撃波は地域全体に影響を及ぼした。その年の間には、大きな蜂起を見た六ヵ国と共に、社会的抗議の大きな高まりがほとんどすべての国で起きた。これは、偶然、あるいは単なる言葉が伝える感染ではなかった。それは、いくつかの爆発的要素の何十年にもわたる蓄積がつくり出した産物だった。その中でももっとも決定的なものは、世界でも最高になる失業率――特に男女の若者たちの失業――に導いた、低い経済成長率だった。
同じ爆発的成分は今、もっと速い速度で大量に生産され続けている。失業、若者の失業、そしてあらゆる種類の社会的、経済的問題がただ悪化し続けている。それらはこの地域では、和らぐ方向には少しも近づいていない。それこそが、この地域の社会的、経済的、そして政治的秩序における根底的な変革を除いては解決の可能性がない、そうした大きな構造的危機の存在という事実を私が強調する理由だ。もちろん、そうした変革を得るのは、特に権力に留まるために虐殺をも決意している体制を前にする場合、容易ではない。
そうした変革を始めから終わりまで進めることができるためには例外的な指導部を必要とする。そしてそれらは今のところ、見える範囲ではどこにもない。これは、われわれはこの地域で、何年にもわたる、おそらくは数十年の動乱、という見通しを前にしている、ということを意味する。そして、確かなこととして、それがハッピーエンドになる保証もまったくない。より良い未来に向けた根底的変革が起きないならば、それに代わるのはさらなるカオスと暴力であり、ISがそうしたむき出しの表示であった逆行的残忍さへのさらなる転落だ。

民衆はどこでも体制打倒を希求

――あなたは始めに、アラブの春はこの地域全体を揺さぶった、と述べた。われわれが今日スーダン、アルジェリア、ヨルダン、ガザで見つつある諸々の抗議行動は、アラブの春の第二波なのか? 私の考えでは、あなたが先に述べた六ヵ国とは異なり、二〇一一年にこれらの諸国は大衆的な高揚を経験していなかった、またそれらの国はこの期間に何らかの意味のある政治的変革も経験しなかった、ということに留意することにも興味をかき立てるものがある。

 しかしあなたはそのリストに、チュニジアも加えるべきだ。チュニジアは、二〇一〇年一二月に運動が始まった時、アラブの春に道を開いた国だった。そして二〇一一年一月に一つの勝利を達成した。二〇一一年以後、この波全体には地域の規模で一つの後退が起きた。つまり二〇一三年、エジプトとチュニジアでは、革命的盛り上がりから旧体制の部分的な復古を伴った反動的な逆戻りへの、またリビアとイエメンでは、内戦へと転換する反動的暴力への、一つの移行が起きた。それにもかかわらず、底にある構造的な危機は悪化を続け、様々な国で社会的、政治的闘争の開始、あるいは再開に導いている。
スーダンとアルジェリアで進行中の盛り上がりは青天の霹靂ではないのだ。スーダンは、二〇一一年に、次いで二〇一三年に再び、さらに現在の盛り上がりに先立つ昨年には新しい回として、抗議の波を見てきた。過酷な弾圧を前に、われわれがこの数週間見続けてきたような種類の大衆的決起へと、運動が勢いを集めるには時間を要した。
アルジェリアでは、二〇一一年には限定的な抗議行動があった。そして体制はすぐさま、サウジ王国が行ったような経済的譲歩を差し出した。彼らは、賃金引き上げや社会的支出の形態でオイルマネーを注入することで、何とか民衆の静止を買い取ることができた。アルジェリアには、今アラブ全諸国で作動している追加的な要素があった。それは、この二、三年を通じてシリアで展開した類の、あるいは一九九〇年代ずっとアルジェリアが置かれた類の、悲劇的な情勢に陥るという怖れだ。
しかしわれわれが今見ることができるように、アルジェリアが二〇年前に経験した恐るべき戦争の一〇年といった抑制力ですら、その民衆に蜂起を無期限に思いとどまらせるには十分でなかった。若者たちが今前に出ている。彼らは体制を変えたがっている。確かにそれは容易ではないだろう。しかし事実は、アルジェリアの民衆が自分の番として、その意志をはっきり声にするという地域を覆う民衆的熱望に合流するにいたった、ということだ。
「民衆は欲する……」は、あなたがどこででも聞くスローガンだ。人々は体制を打倒したがっている。あるいはあれやこれやを欲している。これは非常に重要であり、それは確実に続くだろう。どのような敗北の可能性があろうとも、弾圧が核心的問題を解決することはないだろう。シリア自身においてさえ、そしてその悲劇のひどさにもかかわらず、社会的抗議は先頃上り坂になった。それは長い距離を要する革命過程であり、もっと多くの国が遅かれ早かれこの争いに加わるだろう。これが言うべきことだ。
モロッコは、早くから社会的抗議の重要な波を経験してきたもう一つの国だ。そこでも危機は今にも爆発しかかっている。そして遅かれ早かれそれは爆発するだろう。エジプトはシシの独裁的支配の下で長期の安定に達したと信じている者は誰でも自分自身をだましている。その国は、社会的、経済的諸条件が耐え難くなり続けているがゆえに、遅くというよりもむしろより早く沸点に達する、もう一つの国なのだ。

MBS依存はサウジの大問題


――サウジアラビアの王子、モハムメド・ビン・サルマン(MBS)に対する精密調査――イエメンに対するサウジ率いる戦争からジャーナリストのジャマル・カショギの残忍な殺害まで、さらに先頃の大量拘留と著名な活動家、特に女性の人権活動家に対する拷問までの、人権攻撃に関する長さが増す一方のくどい話し――が増え続けている。特にサウジが自らを地域の指導者として、また世界的プレーヤーとしてさえ位置させ続けている中で、政治的あるいは経済的にどちらかで、路線逆転に向けた国際社会からの何らかの圧力をこの王国が感じている、あなたはそう考えるか? そして、トランプ政権のMBSとの親密な関係は、この国の人権を助けているのか、あるいは傷付けているのか?

 サウジ王国での方向転換には、王子を彼の職務から解任することが必要になるだろう。彼は基本的に悪童なのだ。彼は、彼にはすべてが許されていると信じる環境の中で成長した。そして彼は極めて野心的であり、良心の呵責を欠いている。彼は、二〜三〇〇〇人の王子が国家の財源をほとんど無制限に利用できる腐った君主制の産物だ。
われわれが今日ひとりの人物に集中させて見ているものは、この国の情勢におけるそうした大きな変化の表現ではない。MBSが他のメンバーを犠牲にして支配的エリートを一人で体現する者になった、というのは正しい。しかし、残りの民衆にとっては、これまでも変わることなくそこにはテロの空気があったのだ。
MBSがトランプと彼の家族に後押しを受けている――ジャレド・クシュナーがこれに関して中心に位置している――という事実は、ジャマル・カショギの無様に取り繕われた暗殺から生じた打撃の国内的波及を限定する上で、鍵となる役割を果たした。万が一トランプが舞台から去ることになり、違った姿勢の大統領で置き換えられることになるとすれば、それは十分に王子の解任に導くだろう。それほどまでサウジ王国は、米国に密接に結びつけられている。米国にそれほどまで依存している体制にとって、その安全保障が一人の人物によって支配されているということは確かに問題だ。そしてその人物は、トランプとクシュナーを別にすれば、米国内と世界の残りでひどく嫌われているのだ。

しかし潜在的可能性はある!


――私は、中東の将来に関して、何らかの楽観主義あるいは花一杯の絵柄を招くと思われる質問を聞いてみたい。しかし私は、もしそれが存在していないのであれば、どんな楽観主義もこしらえ上げるようなことはしたくない。それで代わりに聞くのだが、今日中東で安定性への最大の脅威とは何か?

 それは脅威ではなく現実だ。不安定化の主な要素は、この地域の社会的・経済的妨害物だ。それに加えて火に燃料を注いでいる数個がある。それらの一つがもちろんISだ。ネタニヤフの挑発政策は地域レベルで、パレスチナ人内部にとどまらず途方もないほどまで怒りを高めることになった。イエメンにおける戦争は、われわれの時代における最悪の人道危機であることに加えて、緊張の主な原因だ。イランの地域におけるふるまいとサウジ・イラン間宗派的競合もまた、地域すべてにまたがって諸々の緊張を高めている鍵になる要素だ。したがって、不安定化には多くの要素があり、反対の方向で作用するものはほとんど何もない。
しかしあなたが言ったように、われわれは楽観主義をこしらえ上げてはならない。そしてこうした鋭く広大な諸問題に対処する場合、楽観主義的な言及で締めくくることは、結局のところ人為的なことになると思われる。
しかしながら私は、楽観主義と希望の間を区別する。楽観主義はもちろん、最良のことは起きるだろうとの信念だ。しかし希望は異なる。それは条件付きだ。希望とは、希望が存在する限り、もっとよい何かに対する潜在的可能性があることを認めることだ。
そしてその観点から私は、希望には理由がいくつかある、と断固主張するだろう。潜在的可能性は存在している。彼ら以前の世代がやってきたようにへつらうようなことをやるつもりのない、新しい世代がいる。それは、特に彼ら自身の未来また彼らの現在でも問題になる場合、闘いを続けるつもりでいる若い反抗者の世代だ。
鍵を握る問題は、私が先に述べたように、指導部の問題だ。われわれは、組織された運動の出現、また世界のこの部分を変革するという広大な任務を処理できる指導部の出現、を見ることになるのだろうか? 若い世代が、必要とされる変革をもたらすことに向け、彼らの膨大なエネルギーに水路を付けることができる組織された運動を何とか作ることができるならば、この地域は、この非常に暗いトンネルから抜け出し、近代化と発展の軌道に戻る可能性を得ると思われる。
これは確かに大きな「もし」だ。しかし、今日はびこっている悲観主義を前にした時、潜在的可能性は存在していると強調することが重要だ。二〇一一年に楽観主義の陶酔感が優勢だった時私は、ある人びとには悲観主義だと思われた。そして今日、私は他の人々には、あるいは同じ人々にとってさえ楽観主義と思われるだろう。しかし私は、悲観主義者でも楽観主義者でもない。それはまさに、問題の大きさ、およびまだ打ち砕かれていない、そして押しつぶすことが非常に困難と思われる、潜在的可能性の存在、を認識する問題なのだ。(二〇一九年四月一八日、「フェア・オブザーバー」より)

▼ディナ・ヤズダニはフリーランスのジャーナリスト。現在は国際NGOで働き、以前は「アスラン・メディア」でニュースリーダーの任に就いていた。スンニ派のマレーシア人の母親とシーア派のイラン人の父親から育てられた彼女の主な関心は、宗派主義、またもっと広く中東政治、に向けられている。彼女は、「フェア・オブザーバー」ではレポーター。(「インターナショナルビューポイント」二〇一九年四月号) 




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