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    かけはし2019年5月27日号

『ヘゲモニーと永続革命 トロツキー、グラムシ、現代』


読書案内

森田成也著/社会評論社刊 2500円+税



誤解・偏見を共に
乗り越える活動
 トロツキーとグラムシを共に取り上げて、ロシア革命以後の革命理論における両者の相互関係について分析する、というイデオロギー的作業は、最近までほとんど行われてこなかったのではないだろうか。多くの場合、グラムシに帰される「陣地戦」という概念とトロツキーに代表されると言われてきた「機動戦」という概念は、対立的に捉えられてきた。
 トロツキー理論を高く評価する人びとは総じて、イタリアの傑出したマルクス主義者であるアントニオ・グラムシについてそれほど重視せず、他方グラムシの研究者やグラムシ理論を高く評価してきた活動家や組織は、「機動戦の理論家」として規定づけられたトロツキーの「永続革命」については、偏見をふくめてほとんど検討されることもなかった、というのが実態だろう。

二つの理論の
密接な関わり
活動を終えることになったトロツキー研究所が残した理論的成果の一つは、トロツキーの研究者とグラムシの研究者が、おたがいの「誤解」の解消をふくめて、ロシア革命の時代における傑出した理論家、実践家としてのトロツキーとグラムシの著作について相互の理解を深め、現代に継承していく作業を積み重ねてきたことだろう。グラムシの研究者で言えば石堂清倫氏、片桐薫氏などのベテラン理論家の名を上げることが出来る。そしてトロツキー研究者の間では、本書の著者、森田成也氏が、トロツキー・グラムシ関係についての理論的掘り起こしの活動を主要に担ってきた。
本書は、当時のコミンテルン(共産主義インターナショナル)を主要な舞台にして、イタリアやドイツなどヨーロッパ革命運動の戦略・戦術、コミンテルンの方針などとの関係で、「ヘゲモニー」概念がどのように適用されたかを分析している。
そして、「ヘゲモニー」と「永続革命」に関してどのような論争が展開され、新しい理論的可能性が切り拓かれたのか、スターリン官僚独裁支配の下で、それがいかに歪曲・圧殺されることになったのかを丁寧に追求している。本書に収録された論文の元となったものはほとんどが『トロツキー研究』の各号に掲載されたものだが、大幅に加筆されており、あらためてぜひ読んでいただきたい。

ヘゲモニー概念
とロシア革命
本書の第一章「ヘゲモニーと永続革命」の冒頭で、著者は以下のように指摘する。
「一般に、グラムシの名前と結びついている『ヘゲモニー』論は、西方、陣地戦、先進国革命と結びつけられ、一般にトロツキーの名前と結びついている『永続革命論』は、東方、機動戦、後進国革命と結びつけられている。このような機械的対置から、トロツキーの永続革命論はヘゲモニー論とは無縁で、東方の遅れた国家に特有の機動戦の一種であるとする神話(グラムシが『獄中ノート』で展開した議論に基づいている)が一般的となっている。しかし、これは永続革命論とヘゲモニー論の密接不可分な関係を看過するとともに、それぞれの理論をも著しく貧困化するものである」。
本書全体の問題意識と理論的展開は、この冒頭の一文に集約されるものだろう。
当初、「トロツキー研究」第58・59合併号(2011年)に掲載された論文を大幅に加筆したこの第一章だけで、八〇ページを超すボリュームとなり、本書全体の三分の一に近い。「ヘゲモニー」という概念は、グラムシに代表される西欧の「先進国革命」論に重点を置いて紹介されることが多いのだが、著者はそうした通説的概念の誤りをも積極的に正している。
「ヘゲモニー」概念は、すでに一九世紀末からのロシア社会主義運動の中で、「ロシア・マルクス主義の父」と言われたプレハーノフによって取り入れられていた。この「ヘゲモニー」概念は、どのように発展的に適用されていくべきなのか。

ヘゲモニーの
実現とは何か
著者の森田は、長い第一章の末尾で次のように述べている。
「プロレタリアートの権力獲得後におけるヘゲモニーの本来の存在様式は、一部の論者が言うような永続的民主主義革命ではなく、ヘゲモニーの民主主義的成熟の過程であるということができる。……かつて革命的熱狂の中で一時的に獲得された『ヘゲモニーの実現=大衆の自己権力』が、今度は長期にわたる前進と退却、試行錯誤の中で少しずつ再実現されていくのであり、この『再実現』の過程こそが、真の実現過程なのである」。
「そうした長期的過程の中で、市民社会から疎外された自律的な階級的支配機関としての『国家』(言葉の狭い意味でのそれ)は本当の意味での非暴力的自己統治機関に転化していくだろう(もちろん世界革命の広がりと文化性の高まりとともにだが)。だがそれは多くのマルクス主義者が考えているような『政治の死滅』を意味するのではなく、むしろ、階級支配から解放された『政治』(言葉の広い意味でのそれ)の真の繁栄を意味するだろう。……少数派の人権と自然環境に配慮しつつ、人と人との、集団と集団との連帯と協同の絶えざる深化と拡大の、民主主義的自己統治過程が登場するだろう。そのような具体的で『政治的』な試行錯誤の過程の中でこそ、マルクスが『共産党宣言』で述べたような『各人の自由な発展が万人の自由な発展の一条件であるような協同社会(アソシエーション)』が本当の意味で実現されていくのである」。
私は、おそらく森田が一番言いたいことは、ここにあるのではないか、と考えて、「未来社会」に関わる、第一章末尾の長い引用をした。
「ヘゲモニーと永続革命」について、今、あらためて問題を提起しようとした場合、「共産党宣言」のこうした現在的射程での再解釈が必要になるのかもしれない。

両者の相互補完
的位置関係とは
本書の内容はさらに「第2章 トロツキーとグラムシの交差点」、「第3章 グラムシはトロツキーを非難したのか」、「第4章 トロツキーの永続革命論とグラムシの受動的革命論」、「第5章 ロシア・マルクス主義とヘゲモニーの系譜学」、「第6章 ホブズホームのグラムシ論を批判的に読む」、「補論1 マルクス・エンゲルスにおける『ヘゲモニー』使用例」、「補論2 レーニンにおける『ヘゲモニー』使用例」から成っている。
いずれも革命論における「ヘゲモニー概念」の歴史的再検討にとって、必要な分析を行っており、通説の誤り、歪曲を正していく上で必要な指摘が含まれている。
第4章「トロツキーの永続革命論とグラムシの受動的革命論」では両者が「より深いレベルではつながっている」と語り、次のように説明している。
「革命的ブロックにおける内的ずれと不均衡に対するすぐれた洞察と、そうした『ずれ』によって生じうる階級的ダイナミズムの具体的分析という点で、両者の議論はかなり共通している。そして、歴史的課題がより進歩的でより下層に近い別の階級ないし階級分派によって代行された場合には『永続革命』として現象することを考えれば、受動的革命は永続革命のいわばネガであり、永続革命論と受動的革命論とはまさに相互補完的な位置関係にあるとみなすことができるだろう」と。
このあたりの分析については、さらに深めていく必要があると思う。
(平井純一)

香港

民主主義的権利はこれまでにも増して脅威にさらされている

ピエール・ルッセ

 中国当局の要請に応じて、香港に住む誰をも大陸に引き渡すことを正当化する法案が作られた。この法律の採択は、恣意的な抑圧の絶え間のない脅威の下で、地域住民が生きていかねばならないことを意味するものだ。市民的なものだろうと政治的なものだろうと、地域的なものだろうと、もう少し広い範囲のものだろうと、さまざまなネットワークは、とりわけ脅威にさらされることになる。
 一九九七年、香港は一九八四年の中英共同宣言にもとづいて、「一国二制度」という原則に立って中国に返還された。かつては植民地であり、今や特別行政区となった香港は、高度の自治を享受し、引き続き現在の基本法(憲法)の下で生活し、国際的関係をふくむ多くの特別の諸権利を保持してきた。二〇一七年、習近平は一方的にこの協定を非難し、「もはや適切なものではない」「もはやいかなる具体的な意味もない」「この協定には縛られない」と述べた。
 それ以来、この地域への中国共産党の支配は拡大し続けている。初めてのことだが、最近一つの小さな政党が禁止され、その代表的な人びとに「見せしめ」として投獄が言い渡された。二〇一四年の巨大な規模の民主主義的動員(「雨傘革命」)と結びついていた、というのがその理由だ。香港に基盤を持つ団体が指導する中国の労働者の闘争との連帯は、犯罪とされている。
 現在、中国政府は、特別行政区の政府に対して、とりわけ特別区から中国本土への犯人引き渡しを行う法律の採択を促している。現在、香港は約二〇カ国だけと引き渡し協定を結んでいるが、中国、マカオ、台湾とは結んでいない。
 こうした法律の採択は、新たな質的転換点を示すものだ。中国の秘密警察は、書店や出版社に対してかつて行ったように、もはや香港の市民を誘拐し、本土にこっそりと連行する必要がなくなるからだ。法的に認可された引き渡しは、習近平をいらだたせるすべての人びとにとって脅威である。大陸法はこうした専横を許容するものとして定められているからだ。市民的・政治的・宗教的異論の持ち主は、必要とあれば通常の犯罪者に分類されることになる。
 香港政府は、実業界に関心を向けようとしている。「実業界」は議会において重要なカギとなる一三議席を擁しており、その活動のテリトリーは主要な国際金融センターの一つである。この目的のために、実業界は「引き渡し」法から、例えば、「税金逃れ」などのいわゆる「ホワイトカラー」犯罪を除外している。しかし、ふつうの人びとの民主主義的自由を保障するために北京政府に抵抗するかれらの能力については、だれも信用などしていない。
 この法案は、まさしく「ダモクレスの剣」(訳注:「栄華のさなか」でも身に危険が迫っていることを示す古代ギリシャ由来のことわざ)である。それは、人びとを恒常的不安の状態に置くものだ。それはこの地域のすべての人びと、中国人も外国人もターゲットにしたものだ。この点が重要である。地域の多くの活動家たちのネットワークは、インドネシアやフィリピンからの家事労働者など移民の組織とともに香港に拠点を置いているからだ。
 法案の発表は、この五年間で最大の抗議デモの引き金となった。四月二八日、主催者側の発表では約一三万人が街頭デモに立ち上がった。デモ参加者は法案の廃止と共に、北京政府に近い位置にある、二年近く主席行政官の地位にあるキャリー・ラムの辞任を要求した。香港で何が起こっているか、その問題の重要性を評価することが重要である。現在進行中の抵抗運動への連帯を確認し、民主主義的闘いへの弾圧の脅威にさらされている人びとを防衛する活動に備えよう。
二〇一九年五月一〇日

追悼 丹清宣同志

 

 去る四月二一日、福島県いわき市で長年にわたり市民運動の中心を担ってきた丹(たん)清宣同志が急速に進行したガンのために亡くなった。享年七三歳。丹さんは、日本革命的共産主義者同盟(JRCL)中央委員を務めてきた。さる五月七日、八日に地元で通夜と告別式が行われた。地元で闘いを共にしてきた同志からの追悼のことばを掲載する。(編集部)

 去る五月七日通夜、八日告別式。
 地方の葬儀場とはいえ、会葬者で満ぱいになった。
 多くの人から出た同じ言葉は、商売熱心、真面目な人柄でした。
 寝言でも“毎度ありがとうございます”(奥様の言)というほどでした。それは何事にも貫かれていた。地域には「いわきを変えるゾ市民の会」や映画をみる会、週刊金曜日、九条の会、などの文化活動があります。簡単にいうと、革新的な、面白そうなサークルや文化活動に、よくもまあそんなに、と思うほど参加していました。
 もちまえの熱心さ、真面目さで、文化人や知識人との間に、広い面識をもっていました。
 映画や講演会によくさそわれたが、何か調子よくしゃべる、というのではなく、なんとも寡黙に、チラシや用紙を黙々と配る、面白くないやり方でした。
 満ぱいになった葬儀場の光景をみて、商売や家柄もあるだろうが、やはり“人がらだね”という感想が大方でした。……
 ひるがえって、高校生の時は、陸上部に所属、長距離走が得意でした。正式の名称は記憶にないが、いわゆる市民マラソン、駅伝大会があって、それに出場、アンカーをつとめ、仕舞百メートルもないところで先頭をとらえ、抜き去って優勝。拍手、喝采を浴びた場面は印象的でした。頑張りやさんの勲章を心に刻んだ瞬間でしょう。
 東洋大に進学した後は、広く社会に目を向け、都会の渦に巻き込まれ、流されることなく、着実に広い視野を身につけ、郷里の友人が行う労働運動にも関心を寄せ、国際主義をかかげていました。
 あきれるほどの各種文化活動は、現実への飽くなき関心によるものでした。
 
 連合の発足(一九八九年)
 組織人員七九八万人、現在六八五万人、一一三万人減少。
 いわゆる労働組合の右傾化が、否応なく進んだ。国労や全電通の闘いがきかれなくなり、地元では地区労の主力になっていた合化労連の衰退、全港湾や生協病院労組、連帯労組が中心になった。
 今年の春闘では、松本執行部の一声で、最賃制の維持を訴えるストライキを決行、メーデーには三〇〇人ほどが毎年のことながら、メーデーの起源を確認しながら、労働者の国際連帯をにぎにぎしくとり組んでいる。
 脱原発は地域社会のテーマ。武藤類子代表、佐藤和良市議会議員が中心になって、裁判闘争、大衆的な脱原発を取り組んできた。
 葬儀場には、そうした大衆運動関係の面々が集まった。郡山や遠方からの参加者も目立った。三里塚を思い出させる参加者もいた。
 政府は原発事故の費用を最大八一兆円と試算しているが、子供だましにもならない。一次汚染水対策に凍土壁で封じ込めるといったが、原子力規制委員会の更田委員長が否定するにいたった。
 健康や環境に及ぼす放射性廃棄物の害毒は数十万年あるいは数百万年も持続する。ドイツのゴアレーベン村には、高レベル放射性廃棄物深層処分研究所がある。“核のごみ”の地層処分は、危険で出来ないと拒否、全責任はごみを生み続ける原子力産業側にある。世界に四百基以上ある原発は必ず猛毒の高レベル放射性廃棄物を出すが、その最終処分場は世界のどこにもない(ドイツ緑の党、ドミニク代表、環境大臣)。
 「自然には善悪はないが、文化が善悪を作る。それに反発する人間が出て、文化と人間は弁証法的に進化していく関係にある。人間は未来を考え、あるべき姿になる」(羽仁進)。
 福島原発をめぐっては、全国に約三〇件の集団訴訟が起こされており、安全神話は崩壊した。
 “故人の遺志はわれわれの双肩に”
(いわき ST)



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